第154話◇第五層・夢魔と『誘惑』の領域(下)

 



 【サムライ】マサムネさんは、パーティー内でもエアリアルさんとの仲が長い。

 その剣技は奇跡の域に達していると言われ、魔法さえも断ち切ってみせる。


 放浪の身だった彼はエアリアルさんと出逢い、そして仲間に誘われたのだという。

 マサムネさんは自分の剣術を見世物にするつもりはないと断ったが、エアリアルさんがあまりにしつこいので条件を出した。


 戦って、負けた方が一つ言うことを聞く。

 本人達があまり語りたがらないので詳しい内容は分からないが、どうやら引き分けだったようだ。


 ダンジョン攻略を単なるショーだと思っていたマサムネさんは、エアリアルさんのような強者が真剣に取り組むなら何かあると考え、しばらくは一緒にやるとパーティーに加入。

 以来、二人はずっと共に戦っている。


 地を裂き、雲を割り、魔法を断つ剣技を操る【サムライ】。


「いかんな、少し、楽しい」


 エアリアルさんが子供のように笑っている。

 マサムネさんの手元が見えない。いや、ブレて見える。


 その度に甲高い音と、空気の弾けるような音が響いた。

 エアリアルさんの風刃を斬っているのだ。


 懐に潜り込んだマサムネさんの、すくい上げるような一閃。

 エアリアルさんはそれを咄嗟に聖剣で受け止めた、が。

 ピキッ、と罅が入る。


 聖剣は剣自体が優れているのではない。どんな粗悪な品でも、精霊が宿ることで聖なる武器へと変わる。攻撃の威力や耐久性、魔力の通りなどが格段に上がるのだ。


 たとえばフェニクスの聖剣なんかは、あれはあいつの卒校記念に僕が贈った安物だ。

 ろくにお金を持っていない十三歳が買える品なので名刀なわけもないのだが、火精霊が入ったことで聖剣になった。それどころか見た目も変わって格好良くなったものだから、あれは少し驚いた。


 だから、壊れても別の武器を聖剣にすることは出来る。そこは問題ではない。

 問題なのは、四大精霊の加護する武器を、そうではない武器で傷つけたこと。


 『神々の焔』を纏っていたという大きな違いがあるので比べても意味はないかもしれないが、角を解放した僕の拳でもフェニクスの聖剣は傷一つつかなかった。

 ……単純な『力』とは別の何か、なのか。


 カタナは普通の剣とは違い、『叩き斬る』のではなく『斬る』ことに特化した武器だとは聞くが……。

 重い鉄の塊を剛力で振るうものではなく、研ぎ澄まされた刃と己の技で敵を斬り伏せるもの。


「さて、どうしたものか」


 エアリアルさんは楽しげだが、同時に後方も気にしていた。

 レイスくん達だ。


「あれ、レイスくん、君あれがないじゃん。せーけん? 精霊契約者はみーんな持ってるのに」


 レメゲトン姿のシトリーさんが言う。


「俺、スプーンより重いものは持てないの。今度は可愛いでしょ?」


「あはは、さっき可愛くないって言ったの根に持ってる? ちょっと可愛いよ、それ――わっ」


 シトリーさんが咄嗟に腰を落とした。

 その頭上を巨腕が薙ぐ。背後の壁が轟音を立てながら破壊される。


「え、なんで君怒ってるの?」


 攻撃したのは、フランさんだ。

 表情がないので分かりづらいが、確かに剣呑な雰囲気を纏っているような……。


「怒ってない」


 フランは壁から引き抜いた巨大な右腕を広げ、卓上の虫でも潰すみたいにシトリーさんに振り落とす。


「わっ、ちょっと、大きいのにっ、速いねっ」


 シトリーさんは黒魔法を巧みに使い――速度低下や混乱を適切なタイミングで発動している――フランさんの攻撃を回避。

 【破壊者】相手にも、黒魔法は通るようだ。あるいは彼女がその、怒っていて上手く対処出来ない状態なのか。どちらにしろ、効くことは効く。これが分かったのは大きい。


「あ、分かった。シトリーがレイスくん可愛いって言ったのが気に入らな――」


「怒ってない」


 開いた手を握り、拳を振り落とすフランさん。

 同時に速さが増し、シトリーさんはそれを避け損ねる。


「……はぁ……可愛くない、絶対に可愛くない。可愛くなさすぎる。とてもつらい」


 シトリーさん自身にそういう考えがあるか分からないが、彼女がレメゲトンに変身することは僕にもメリットがある。

 彼女は特性を組み合わせて再現することが可能。


 つまり、だ。レメゲトンの見た目に、『普通の魔人の特性』を被せることが出来るのである。

 レメとレメゲトンが同一人物では? と疑う人も今後現れるかもしれない。既に一流の実力者には感づいている人達や知っている人達がいるわけだし。


 僕は人間だ。魔人のフリは出来るが、フリだとバレればレメとレメゲトンは繋がる。

 召喚魔法が魔法具によるもの、という考えも無くはないというか実際はその通りなわけだし。


 だがシトリーさんがレメゲトンに化けている時、魔人の特性を見せつければ。

 レメゲトンは黒魔法が得意な魔人、と強く印象付けられる。

 接近戦も得意な魔人というイメージが出来れば、距離を詰めるという選択肢を『危険なもの』と思わせることが出来る。


 いかにフルカスさんに鍛えてもらったといっても、僕自身の純粋な戦闘能力は本職には及ばないわけだし。

 そこは容易には覆らない、厳しい現実。

 その上で、魔物に勝利をもたらす勇者になると決めたのだ。


 実際よりも僕が脅威だと思わせることは、勝利の役に立つ。


「…………」


 フランさんは相変わらず無表情だが、小さく口が開いている。驚いている、のか。

 頭上から振ってきた巨大な拳を、シトリーさんの――右腕が受け止めていた。


 その腕は、黒い何かに覆われている。そして、肘からは黒く尖った何かが突き出ている。

 もちろん、偽物だ。右腕を覆うものに関しては、変身能力で見た目だけ再現している。


 肘から突き出ているものは、魔人の角だ。

 師匠の角ではない。


 彼女はどうやら、生来のものに関しては上手く再現出来るようなのだが、僕の角継承はイレギュラーもイレギュラー。

 砕いた角を秘術を用いて、長期間の苦痛と引き換えに定着させたもの。


 再現出来ない――少なくとも現在は――とのことで、肘から出ているのは彼女の知る魔人の角。

 僕でなくとも、そもそも魔人は角を継承させる種族。

 レメゲトンの姿に『角を継承した別の魔人』を被せることで、僕を再現しているのだ。


「別にね、みんながヤとかじゃないんだよ? ただ人それぞれ理想の自分ってあるでしょ? シトリーは出来るなら、ずっと可愛くいたいの」


「……興味ない」


「えー、君可愛いのに」


「…………かわいく、ない」


 一瞬、フランさんが苦しげな顔をした――ように見えた。

 ぐ、ぐ、ぐ、と、シトリーさんがフランさんの拳を押し返す。


「ははっ、さすがは魔人だね。参謀ともなると、フランに力負けしないのか」


 レイスくんが感心したように呟く。

 ちなみにシトリーさんが霧化しないのは、彼を警戒してのこと。第三層で霧化した【吸血鬼】を倒した風魔法。実体化の際にあれを食らうと、さすがのシトリーさんでもまずい。


 そしてレイスくんの発言についてだけど、僕がフランさんと力比べをしたら潰れて退場してしまう。


「レイス」


「はいはい」


 フランさんが左拳を振るった。その腕は普通の少女のもの――ではなくなっている。

 レイスくんの土魔法によって岩石を纏わせたような見た目になっていた。


「あぁ、もう。これはヤだったのに……」


 殴られると思ったその時だった。

 シトリーさんの姿が消えた。


「あれ……反応されちゃった?」


 意外そうなシトリーさんの声。

 彼女はハミルさんの背後に出現し、彼に右腕を叩き込むところだった。


 ――四天王【時の悪魔】アガレスさんの魔法だ。

 時を飛ばしたかのような――空間移動。


 アガレスさんとシトリーさんは、険悪というほどではないが仲があまりよくない。魔王様にベタベタするシトリーさんに、アガレスさんが怒るという感じの展開をよく見る。

 それで使うのが嫌だったのだろう。


 しかし魔法は本物。突如として背後に出現したシトリーさんの右拳に、なんとハミルさんは反応。

 振り向きざまに剣を一閃し、それは右拳と激突。


 だがそこで終わらない。『飛ぶ斬撃』も同時に発動していたようで、シトリーさんの頭部が吹き飛んだ――否。

 外れた。


「……危ないなぁ」


 シトリーさんが呟く。

 ハミルさんの反応は見事だった。

 普通なら、隙を突こうと出現した魔物が返り討ちになったことだろう。

 正確に、レメゲトンの首を跳ねる軌道の斬撃を飛ばした。あの一瞬でだ。


 それでも、攻撃が外れたのは。

 シトリーさんの身長が変わっていたから。


 格好はレメゲトンのまま。右腕もそのまま。

 身体だけが、戻っている。

 【夢魔】のシトリーに。


 頭の位置が変わったことで、攻撃が外れたのだ。シトリーさんはレメゲトンよりずっと背が低い。

 フードの下の可憐な顔が、ハミルさんを見つめる。


「ねぇ、君もサムライさんみたいに――もうっ」


 魅了チャームはキャンセル。

 ユアンくんの風刃が迫ってきたからだ。


「多いよ、数、多くない? みんなで一人の女の子いじめるって、よくないんじゃない?」


「この数相手に立ち回れるなら、少なくとも普通の女の子じゃあないでしょ」


 レイスくんの氷結が、彼女の足と床を凍らせて繋ぎ止めていた。


「異常な女の子になら冷たくしていいの?」


「誰にでも優しくしたいと思うよ? ダンジョンじゃなければね」


 シトリーさんの右腕はハミルさんの魔法剣を咄嗟に掴み、離さない。


「ハミル殿! 離れてください!」


 ハミルさんは躊躇いを見せたが、結局従った。

 フェニクスパーティーの【戦士】アルバと同じく、武器に愛着のある者は危険が迫っても手放すことを躊躇ってしまう。


 仲間を巻き込まぬよう、一瞬風刃の速度が落ちた。

 ハミルさんが離れる。

 風刃が再加速。


 だがその一瞬の遅延で、シトリーさんは窮地を脱する。

 魔法剣で自分の足を――切断。

 極小の何か――虫だろうか――に変身し風刃を回避。


 ……何かに固定されていると、変身が出来ないのか。だから足を切った。


「く、ぅ……!」


 それだけではない。『飛ぶ斬撃』を放ち、ユアンくんの肩口に裂傷を刻んでみせた。


「上手いな。でも捕まえた」


 レイスくんだ。

 彼は両手の親指と人差し指を立て、それを組み合わせて長方形を作ると、それ越しに空間を見つめた。

 魔法剣を取りに戻ろうとしたハミルさんが、それに気づく。


「壁……? レイスくんがやってんの?」


「うん。透明の箱に閉じ込めてる感じ。水蒸気も虫も通さない。虫から直で転移は出来ない。捕まえたよ」


 魔法を使うには魔力が必要。虫の状態では無理。

 シトリーさんも気づいたのか、【夢魔】状態に戻る。


「もうちょっとレメゲトンと戦いたかったんだけどな」


「【夢魔】としてえっちな夢なら見せてあげるけど、ダンジョンで冒険者の好きにさせるのはダメだと思うな」


「あはは、参謀サンの手札を晒すのは避けたのかな。まぁ、本人と戦えばいいか」


「レイス。とどめを刺すんだ」


「あー、じゃあ、まぁ」


 指を交差させ、隙間が狭まる。それに伴い、箱も小さくなっているようだ。


「……もう。ミラっちの所為なんだから」


 シトリーさんの身体に変化が。


 左腕は人狼のそれだ。マルコシアスさんレベルの巨大な腕。右腕が魔人のもの。

 箱の縮小を食い止めるように、腕を張る。


「……ん。すごい抵抗だな」


「レイス。潰す……?」


「いや、大丈夫。それグロ過ぎだし、やっぱ凍らせ――」


 次の瞬間――マサムネさんが退場した。


「やば……時間掛けすぎた」


 レイスくんが、失態を悔いるように表情を歪めた。

 そう。


 シトリーさんはこのメンバーを全滅させる為に戦ったのではない。

 彼女の卓越した技能で誤魔化していたが、魔力もギリギリだった。


 マサムネさんは、剣技でエアリアルさんを凌ぐ。

 そしてマサムネさんは今、冒険者の敵となってしまった。


 エアリアルさんは殺さないように立ち回るが、マサムネさんに遠慮はない。

 長く食い止めるのは無理。どちらかが、退場するほどの傷を負うまでにそう時間はかからない。

 その時間を稼ぐ為の立ち回りだったのだ。


 そして今、エアリアルさんが精霊術を以ってマサムネさんを退場させた。

 【魔法使い】ミシェルさんは足がなく、【錬金術師】リューイさんは片腕がない。

 スカハさんは聖剣を、スーリさんは弓を失った。


 ギリギリまで『殺さないように』という条件付きだったとはいえ、このメンバーがここまで追い詰められる剣技の持ち主だったのだ。


「あぁ良かった。もう空っぽだよ」


 氷結されたシトリーさんは、そのまま退場。

 第五層は二人の犠牲者を出し、攻略に成功。


 だが、冒険者達の顔に勝利の喜びは……無かった。



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