第67話◇攻略失敗と魔王軍参謀とレメ先輩のファンな王子

 



「フィルがやられた!? なに、黒魔法!? 杖持ちが矢のタイミングでデバフ掛けてくるってこと!?」


 レイラが持ち前の俊敏さで一体の杖持ちに近づき、その喉を掻き切る。


 そのまま近くの杖持ち二体に飛びかかろうとして、体勢を崩した。

 彼女らしくない動き。


 そこへ杖持ち達が飛びかかる。どういうわけか杖を捨て、腰からナイフを抜いて。


 ――魔導師じゃないのか!


 先程固めたゴブリン達と動きが同等。戦闘職なのだ。


「身体、重っ。これ、やばっ」


 前と後ろからナイフで刺され、レイラが倒れる。


「……回復を」


 とマルクが言うが、間に合わない。


「自分の身を守るんだ。敵はボクがなんとかする」


 白銀を地面から生み出す。剣を握った、人の腕。そして杖持ちに向かって振るう。

 ゴブリンは回避を選ぶが、無駄。


 腕が――伸びたからだ。

 間合いを調節しての斬撃が、彼らを真っ二つにする。

 何かが駆けてくる音。


「ニコラ」


 見れば、飛びかかってきた馬人の前脚で、マルクが盾ごとひしゃげていた。


「いらっしゃいませ勇者様。わたくしオロバスと申します」


 仮面を付けた、人馬の女性。


「君が仲間を退場させたのだね、悪いけれど仇は取らせて貰うよ」


「お断り致します。魔力体アバターを壊されるのは嫌なので」


 そのまま彼女は踵を返す。

 ボクは追撃、出来なかった。


 身体が一瞬、石になったかと思うくらいに動かなかったから。


 その一瞬で、彼女に距離をとられた。

 彼女の走り去った方向に、一人の魔人がいた。


 レベル『4』に対応する為の魔物は、射手だけではなかったようだ。

 だがボクは彼を見て驚く。


 片角の魔人。


「……レメゲトン? な、なんでこんなところに」


 彼はボクを見ている。

 その瞳に、僕は強い既視感を覚えた。


「ずるいと思うか? 【銀嶺の勇者】」


 声を掛けられたことで、ボクは【勇者】の仮面をすぐに取り戻す。


「……ボクらが上級だから出てきてくれたのでしょう? 貴方ほどの方が、中級狩りに顔を出すとは思えない」


「その通り。このダンジョンの防衛に駆り出されるのはこれが初めてだ」


「貴方が出てきて、『4』ですか」


「戦闘は他任せだからな、丁度よかろう」


 それなら、ギリギリ『4』相当かもしれない。

 彼は黒魔法も優れているようだから。


「どうしてお姿を?」


「どうしてだと思う?」


 わざと、ということ。


「……また来ます。次は、完全攻略しますので」


「では、最深層で待つこととしよう」


 そうして、ボクは兄の指示通り棄権した。

 この場で彼に挑みたい気持ちもあったが、それはしなかった。


 ◇

 

 防衛後。


「ど、どうして顔を出されたんですか?」


 トールさんは不安げな顔のまま続ける。


「彼らがこの動画を配信したら、レメさん目当てで冒険者が押し寄せてしまうかも」


「それはありませんよ」


「そうですかね……よければ説明してもらえると……」


「彼らは難度が変わることを予想して此処に来ていたようですから。難度が変わるダンジョンと、魔王軍参謀。敗北した映像を投稿しても、注目は集まるでしょうがパーティーの人気には繋がらない。それどころか貴重な情報をバラまくことになってしまう」


「つ、つまり……? えぇと、自分達で攻略したがる筈だから、映像を世界に発信してライバルを増やすなんて真似はしない?」


「はい」


「でも、難度変更だけでも充分では?」


「再挑戦を気長に待てるなら、そうですね」


「? 確かに僕達は急いで稼がなくちゃいけないですけど、参謀が出るのと……あ、もしかして角ですか?」


 トールさんも気づいたようだ。


「はい。フェニクスにどう勝ったかは誰も知りませんが、みんな予想した。僕は角にとてつもない魔力を隠していたんじゃないかって。まぁ、実際そうでしたし」


「でも全開の精霊術とぶつかって相打ちするほどの魔力が、そう何回分も角に収まっているとは考えられない」


「つまり、僕を倒すなら今ってことです。フェニクス戦後で角の魔力が枯渇している――と思われている――今が狙い目」


「【炎の勇者】を退けた魔王軍参謀を負かしたとなると、かなり話題になるでしょうしね。なるほど、これは他の冒険者には教えられない情報だ。上を目指す者ならなおさら」


「はい。そして必ず、僕が魔王城に戻る前に再戦しようとする」


「失敗しても、きっと何度も。上位パーティーの魔力体アバター再生成は結構な額になります……なるほど、なるほど……」


 コンセプトは変わらないまま、特定の相手に対して僕の存在を有効に使える。


「短期間で稼がなくてはいけませんからね」


 中級上位相手にも同じことをしてもいいかもしれない。

 気をつけるべきは、パーティーの実力だ。


 魔王軍参謀がいたんじゃ勝てるわけねーよ、と思ってしまう者達に姿を見せてしまうと噂がすぐに広まってしまうだろう。

 決して他者に漏らさず、自分達こそが参謀を倒すのだと考えられる者達を選ばなければならない。


「彼らはまた来ます。今回と同じようには行かないでしょう。どう倒すか考えないと」


 どうしようかなと考える僕を、トールさんがじぃと見ていた。


 ◇


 その日の帰り、カシュと一緒にダンジョンの敷地外に出た時のこと。


「やっぱり……」


 と、呟く声には聞き覚えがあった。

 同時に、僕が周囲の人間に反射的に掛ける認識阻害の黒魔法が、抵抗レジストされたのが分かった。


 ……【勇者】クラスが最初から弾く気満々で魔力を纏うと、このレベルの魔法は通じない。

 僕の魔法を予想する者自体が滅多にいないから、そうそう問題にはならないが。


 そこには……髪が長いし眼鏡を掛けているし泣きぼくろがないし胸が……大変豊満だが、僕の知っている【勇者】がいた。


 首を傾げていたカシュだが、やがて何かに気づいたように目をぱちくりした。


「あ、ひーろーの人ですかっ?」


 カシュが嬉しそうに声を上げる。


「おや、すぐに気付くだなんてすごいね。うん、ヒーローだよ。ショーは楽しんでくれたかな、お嬢さん」


「はいっ」


「ありがとう。君のような可憐な童女を笑顔にすることが出来たなら、舞台に上がった甲斐があったというものだ」


 肌に染み付いているのか、彼女は爽やかに微笑んだ。


「……ニコラさん、だよね」


 僕はなんとか笑みを浮かべる。


「はい。ニコラでもニコでも、お好きなように。レメ先輩、ですよね」


 僕が声を掛けると、どういうわけか『王子』は少女のように微笑んだ。


「う、うん。あぁ、先輩はやめてもらえると。それと、話しやすいようにしてくれて、うん」


「ありがとう。では、レメさんと呼ばせてもらおうかな」


「僕は、ニコラさんって呼ぶね」


「ボク、レメさんのファンなんだ」


「え?」


「だから、すごく驚いたよ。さっきレメゲトンの目を見た時、レメさんと同じで燃えてた、炎みたいに。でもどういうこと? 勇者に憧れてたんだよね。けど目は死んでない。夢を諦めてない。レメさん、ごめん、初対面でこんなこと訊いて。でも、気になるんだ。何があったのかな?」



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