第68話◇白銀王子の憧れと悩み

 



「ん~っ」


 椅子に座ったカシュが足をぱたぱたさせた。頬は幸せそうにとろけ、耳は嬉しそうに揺れている。


 僕とカシュとニコラさんは今、落ち着いた雰囲気のレストランに来ていた。

 ニコラさんがこの街に来てから見つけたお店らしい。


 冒険者のご飯といったら基本、うるさい酒場か宿の食堂だ。こういうお店は映像板テレビの仕事や組合のお偉いさんと逢う時にご馳走になるものというイメージ。


 女性だとオシャレなカフェを知っていたり、男だと美味い屋台を熟知していたり。雰囲気の良い店や好みに合った食べ物を扱う店は冒険者にも重要。


 決して食事に無頓着というわけではないのだが、こういうタイプのお店はなんだか慣れない。

 落ち着いた雰囲気なのが、落ち着かない、みたいな。慣れの問題だろうか。


「お口に合ったようでなにより」


 ニコラさんはカシュが食事に舌鼓を打つ姿を見て、柔らかく微笑んだ。


 それから、僕を見る。

 さて、どうしてこうなったかというと――。


 ◇


 仕事帰りに声を掛けられた僕ら。


 いきなり僕のファンだったと言い、レメゲトンの正体を見破り、冒険者から魔物に転職した理由を問うたのは――【銀嶺の勇者】ニコラさん。


 なんのことですか、と誤魔化すことは当然、出来た。

 しなかったのは、彼女の瞳が真剣そのものだったから。


 そして、悩みを抱えているのが分かる表情だったから。

 どうしても曲げられぬことでもない限り、こういう人を無視はしたくない。

 適当なことを言って追い払うなんてしたくなかった。


 目だけで正体を見破ったとか、信じがたいけど。嘘みたいだからこそ、彼女の真剣さと合わせて考えれば本当のことなのだろうと思える。

 真剣には、真剣で応える。


「……勇者の形は一種類じゃないんだって、ある人に教えてもらったんだ」


「一種類じゃ、ない……」


「それに、勝つ、、のは魔物でも出来るから」


 僕が笑うと、ニコラさんは目を丸くした。


 彼女がファンというのも、本当のことだと思う。

 僕が勇者を目指していることはパーティー誕生当初よく口にしていたが、次第に僕に話を求める人自体が減っていった関係で、知っている者はそう多くない。


 冒険者好きかフェニクス好きの中には知ってる者もいるが、物笑いの種にされるくらい。

 真面目な口調で夢の件に触れられたのは、随分と久しぶりだった。

 いやまぁ、フェニクスは例外なので外すとしてだけど。


 勝つ勇者に憧れたのだ、幼い頃の僕は。

 その夢はフェニクスとの一騎打ちで、一瞬叶った。


「……そっか。レメさんは、やっぱりレメさんなんだね。ボクの勘違いじゃなかったんだ、よかった」


 安堵するような顔のニコラさん。


「えぇと、ニコラさん?」


「あっ、ごめんなさい。えぇと、あ、そうだ! こ、これっ、サインとか、もらえたり……」


 彼女が取り出したのはハンカチ。自分のものだろう。あとはペン。人気者はファンに頼まれた時用に持っていたりする。【嵐の勇者】エアリアルさんとかもそうだ。


「え、僕のサインを……?」


 こくこく、と赤い顔で頷くニコラさん。


「このハンカチ、高そうなんだけど」


「全然、いいので、ほんと……」


 彼女の声は掻き消えそうなほどに小さい。

 よく、フェニクスを前にした女性ファンがこうなっていた。


 ――ほんとに応援してくれてたんだなぁ。


 意外どころではない。

 【勇者】が【黒魔導士】のファンだなんて。

 少し驚いたけど、応援してくれる人がいたのはとても嬉しい。


「それじゃあ、はい」


 僕がサインをしたハンカチを返すと、彼女は両手でそれを受け取った。


「ありがとう。すごく大事にするので……」


 彼女が胸の前でハンカチを抱えるように持った。その腕が胸の形を、ふにょんと歪める。


「それじゃあ、そろそろ。あぁ、一応このことは」


「うん、言わないよ。隠してるってことは、知られたくないんだろうから」


「ありがとう。行こうかカシュ」


 メモの入ってるポケットに伸ばされた手をそっと握り、僕らは宿に向かう。


「あ、あのっ……!」


 なんとなく、引き止められるのではと思った。

 彼女の中にある悩み。僕の方から「何か悩みがあるの?」と尋ねることはしないが、なんとなく話したそうだなというのは感じていた。


「夕食がまだなら、ボクおすすめの店に一緒に行かないかい? もちろん、ご馳走するよ」


 カシュのお腹がきゅるる、と鳴った。

 断る理由も特にない。


 少しだけ、この場にフルカスさんがいなくて良かったと思った。

 奢りだなんて言うと、無限に食べそうだ。


 ◇


 と、そんな感じだ。


 カシュのメモについては、美味しい食事がその任務を忘れさせてくれているようだ。


 料理が来る前に少し聞いたところ、「レメさんに近づく虫……いえ女性は、たとえ動物のメスであっても記録して下さいね。全てはレメさんを守る為なのです、え? なにから……? その身を滅ぼす邪悪です! 私とカシュさんにしか出来ないことなのですよ」と任務を言い渡されたのだとか。


 カシュは「レメさんのみがほろびるのはいやなので……」と真面目な顔で言っていた。

 可愛い。


 しかしミラさん……。

 まぁこのあたりは僕も許可というか納得というか、受け入れたことなので文句は言うまい。


「それで……」


 僕はやんわりと本題への突入を促す。

 カシュがデザートのケーキに喜んでいる中、ニコラさんと目が合う。


 ここまで、カシュとの関係を含めた脱退後の展開などを説明。

 彼女の方からはいかに僕のファンかが語られた。

 自分のスタイルを曲げず、貫き続けた姿に好感を持ってくれたらしい。


 レメゲトンとバレたことで、第十層防衛の件も僕だと知られた。

 フェニクスとの一騎打ちについて尋ねられたが、ここは答えを濁すしかなかった。


 冒険者時代の立ち回りについても、黒魔術に近いレベルの黒魔法を知られたくなかったという説明で納得してもらった。

 残すは、彼女の悩みのみ。


「あー、ボク、そんなに顔に出ていたかな」


 カシュ相手だと王子モードだが、僕と喋る時は中性的でありながら少女らしさを覗かせる口調になる。

 カシュがショーを喜んでくれたお客さんで、僕が憧れの冒険者だから、という違いだろうか。


「レメさんは、ボクをどう思う? ボクっていうか、『白銀王子』のことなんだけど」


「人気も実力もある【勇者】だと思っているよ」


本当に、、、?」


「……嘘を吐いたりはしないさ」


 彼女は慌てて手を振り、悩ましげな声を出す。


「いや、ごめん。レメさんを嘘つきって言いたいんじゃないんだ。そうじゃなくて……うー。たとえば……そう。レメさんはさ、もし【黒魔導士】が人気【役職ジョブ】で、黒魔術が精霊術並に歓迎される力だったら、使っていたんじゃないかな」


「それは、そうかもしれないね。いや、確実に使っていたと思う」


「だよね。でも、世間にありのままの自分が、、、、、、、、、受け入れられないから、、、、、、、、、、、やり方を変えるしかなかった。それについてはボクも今日まで知らなかったわけだけど、レメさんはあくまで望む自分は叶えようとしていたよね」


 黒魔術も角も露見するわけにはいかなかったが、仲間を勝たせる勇者になることは諦めていなかった。速やかに三位以内になれば、みんなにも認めてもらえると考えた。


「君は、望む自分を叶える為に、動けていない?」


 彼女が、重々しく頷く。


「うん。ボクが……ボクも、なりたい勇者は――」



「様子が変だったと思い探してみれば、何をしているんだ、ニコ」



 ニコラさんの言葉を遮るように現れた男性には、見覚えがある。

 【金剛の勇者】フィリップだった。



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