第219話◇強者たちの理論

 



 リーダーの全てを歓声に変える発言に対し、緊張した様子のメラニアさんとヨスくんもこくこくと頷いた。

 【破壊者】フランさんは当たり前のように顎を引く。


「派手にやっていいんだよね?」


 レイスくんが確認するように僕を見た。

 【黒魔導士】レメは、聖剣を携えてレイスパーティーとして参加することに決めた。


「うん、ルールから考えてもそれがいい。生き残った選手たちを、みんなで倒そう」


「よし、じゃあそういう作戦で」


 レイスくんがリーダーだが、全体の指揮は僕に任せるとのことで決まった。

 ヨスくんやレイスくんが言い出し、反対も出なかったので引き受けることに。

 責任重大だが、【黒魔導士】レメのスタイルには合っている。


『さぁ、乱戦必至の点取りバトルまで三、二、一――開始です……ッ!』


 ステージは円形。

 イメージは山の一部を削り取った感じだろうか。


 川の流れる水辺があれば、開けた草むらもあり、木々の生い茂った視界の悪い空間や、傾斜の激しい坂道などがある。


 最初に指定された場所は、各パーティーくじで決まったもの。

 開始後に移動が許される。


 この戦い、位置取りも重要。

 開始時点から、まずは自分達のパーティーに有利な場所へ向かうのが先決か。

 あるいは移動中の敵を攻撃するか。


 まだパーティーが百もあるので、下手に戦いを始めれば横から攻撃を受けるかもしれない。

 共同戦線を張る者もいるやも。

 考えることがとにかく多い。大事なのは生き残りつつ、点を稼ぐこと。


 そんな中、幾つかの異変が同時に起きた。


 ◇


「――バンッ」


 丘のようになっていた空間が、まるごと吹き飛んだ。

 【灰燼の勇者】ガロことオレは、視界を遮って邪魔という理由で丘を爆破。


 当然、爆破に巻き込まれた多くの選手達は――退場している。

 活躍の場もなく消えてしまう選手たちを哀れ、とは思わない。


 最強目指して此処に来て、乱戦覚悟で予選に挑んだなら、開幕大技ぶっ放されたところで対応出来ないでどうする。

 これで落ちるんなら、最強に挑む資格がないってだけのこと。


「弟よ」


「はい、兄さん」


 仲間であり弟でもある【魔法使い】が、風魔法で粉塵を晴らす。

 オレと違ってクソ真面目でそりゃあもう顔の整った男だ。


「相変わらず派手好きだなぁお前は! しっかし、今回はお前みたいなのが他にもいるらしい! 愉快でならんな!」


 バカでかいハンマーを肩に担ぐ巨漢は【重戦士】。

 【戦士】の俊敏性を失う代わりに、一撃の重さを獲得した【役職ジョブ】だ。


「あら本当。炎は火の坊やで、大波は水の坊やよね。あれは……騎士さまのかしら」


 踊り子のような扇情的な格好をした女は【剣舞けんぶ者】だ。

 異国に伝わる【役職ジョブ】であり、舞いと共に振るわれる刃は邪心や悪霊を切り裂くという。


「遠くの敵もいいけど、まずは近くの敵を倒さない?」


 ビキニアーマーを装備した【戦士】の女が、ガロパーティー最後のメンバーだ。

 露出趣味ではなく、鎧一式で一つの魔法具。余計な衣類を追加で纏うと能力が機能しなくなるため、健康的で鍛え抜かれた美しい体を晒している。


 こいつの言う通り、今の一撃で近くにいたやつらが全滅したってわけじゃあない。


「あぁ、そうだな。だがまず言っとかねぇと!」


 オレは腕を広げ、観客席を見回し、叫ぶ。


「喜べお客様お前ら! 今日もオレ達が楽しませてやる! オレ達が楽しむついでにな!」


 爆発のような歓声が上がる。

 客のリアルタイムな反応を肌で感じられるというのは、ダンジョン攻略では得られない高揚があった。


 冒険者をやるからには、視聴者の喜ぶことをやるのは当然。

 ただ戦いたいだけなら喧嘩でもすりゃあいい。客あっての商売をするなら、客の満足を追求すんのは大前提。


 ド派手な魔法が見たい? 見せてやるよ。ツラの良いやつだと嬉しいか? そうだよな、目の保養ってやつだ。筋肉美に興奮するやつがいれば、柔肌にエロスを感じるやつもいる。いいぜいいぜ、存分に見るといい。ん? 全部揃ってても雑魚には用がない?


 ――そうこなくっちゃな。やっぱり観たいのは冒険で、勝利だよな。


 その点で、オレとお前らは同じだ。

 客が最高に楽しめる娯楽を提供してやる。


 だがまず、オレ達の人生だ。オレ達が最高に楽しめなくちゃ意味がない。

 どっちも最高な気分になれるのが、一番だろう?


 爆発から逃れた敵が視界に入る。

 仲間と一緒にそいつら全員倒して、そんで客もオレも見たい景色を見る。


「炎はあっちだな? フェニクスたちに挨拶に行くとしようぜ」


 ◇


 ――【正義の天秤】アストレア。人々は私をそう呼ぶ。


 森エリアから、木々が消えていた。

 より正確に表現するならば、大地から天に向かって伸びる全ては――押し潰されていた。

 まるで、神の手が天空から落ちてきたかのように。


 それは他の選手たちも同様で、その体は生き物の体を保てなくなるほどの圧力に潰れ、魔力粒子と散る。

 退場だ。


 しかし全てではない。

 様々な種族と【役職ジョブ】が集まった祭典予選、頑丈な者も数多くいた。


 一人の龍人がいた。大柄な男で、その肌を龍を思わせる鱗が覆っている。

 地を這いながら、こちらに近づいてくる。


「見事な執念だ、敬服する」


 私はその言葉を贈ると共に、彼の首を聖剣で断ち切る。


 彼の体は頭部を失ったことに気づいていないみたいに、僅かの間、匍匐前進を続けていた。

 それは退場を迎えるまでの極僅かな時間だったが、魂の不屈を見せつけられるようで、私は胸中で感嘆する。


 同じように私の魔法に抗う選手たちを、部下が一人ずつ退場させていく。

 四人の部下の行動に合わせて魔法範囲を調整することなど、造作もない。


「……同時代に三人の四大精霊契約者。それらを打倒する魔王城。あまりに強大な戦力の集中は望ましくないが、現実は現実。せめて我々が世に保証しよう。どのような強者が悪に堕ちようと、騎士団の在る限り――大陸の平和は決して破られないのだと」


「ハッ!」


 部下の声が重なる。


 【勇者】が【魔王】ほど危険視されないのは、精霊との契約があるからだ。

 人を愛する四大精霊とその分霊は、契約そのものに力の悪用を防ぐ内容を組み込んでいる。


 たとえば、故意に人を殺めれば契約は破棄される。

 戦後『人』の範囲は拡大され、今ではかつて魔族と称された亜人も範疇に含まれる。

 簡単ではないが他にも様々な手段があり、とにかく――精霊契約者からただの【勇者】に戻す方法があるのだ。


 【勇者】が悪に落ちた時に厄介なのは精霊だけでなく培った人気や人脈で、それらに邪魔されて捕縛が困難になることもある。時には捕まえるなと騎士団側を責めるファンまで現れるのだから、困ったものだ。


 しかし、そういった様々な困難を考慮しても、【魔王】の犯罪者の方が遥かに恐ろしい。

 何故なら――。


「団長、そろそろ魔法を解かれては」


 部下の一人が、私の魔力消費を気にして声を掛けてくる。


「まだだ。潰れていない敵がいる」


 視線の先、地面がそれの動きに合わせてぼごぼごと隆起するのが見て取れる。

 周囲には私の魔力が満ちており、更に地中ということで部下は感知し損ねたのだろう。


「迎撃します!」


「回避だ」


「! 了解!」


 地中からの接近も想定して土魔法に長けた者をパーティーに組み込んでいるが、敵の速度が想定よりも速い。


 部下と私が飛び退くと、一瞬前までの立ち位置を突き破って――巨大モグラが現れた。


 そんなモグラの亜獣に続いて、一人の魔人が地上に這い出た。


 ――私の精霊術を、角の魔力で相殺しているのか。


 高密度・高純度の魔力はそれ自体が世界に影響を及ぼす。

 精霊術による圧力に抗うことも可能。


「魔王城は『難攻不落の』一つじゃねぇと、ここいらで証明しないとなぁ!」


 人の王・長が一人でないように、魔物の王も同様だった。

 【役職ジョブ】としてでなく、ダンジョンでもそれは同じ。


 現代において魔王城を冠するダンジョンは全部で五つ。

 しかし、単に『魔王城』と呼んでいいのは『難攻不落の魔王城』ただ一つ、らしい。


 それらは『難攻不落の』を中心に四方に点在することから、東西南北を冠して呼称される。

 目の前の敵こそは、通称『西の魔王城』、その四天王――【獣を統べる義賊】バルバトス。


 ――やはり、魔人は特別だな。


 その頂点たる【魔王】は、更に別格。

 四大属性を司る精霊契約者の犯罪者よりも【魔王】の犯罪者が恐ろしいのは、悪行に走った際の弱体化が望めないことが大きい。


 加えて、黒魔術なんて習得された日には、一般人にはそれを防ぐ術がない。

 悪に人も魔物もないが、脅威には差がある。


 そういう意味では、かつて【漆黒の勇者】エクスが警戒されたのも頷ける。

 影精霊は四大属性と無関係の精霊。

 つまり、影精霊と彼の契約には、通常組み込まれる条件が存在しない可能性があるのだ。


 エクスが人を殺しても、精霊が気にしなければ契約は続行されるかもしれない。

 聖剣保有者である【騎士王】アーサー、新たにそうなった【先見の魔法使い】マーリン、【黒魔導士】レメも同様。


 彼らが何をしても、加護は消えず、精霊の力をそのまま持つかもしれない。

 それが、どれだけ怖いことか。


 彼らはそんなことはしないだろうという信頼は、世界への保証には残念ながら――ならない。

 だからといって、罪を犯してもいない彼らの人生を縛る行いは――正しくない。

 ならばどうするのが最善か。


「『西の魔王城』の名を世に轟かせるのが目的であるならば、騎士団打倒より先んじて、高ランクの冒険者と戦闘すべきと思うが」


「オレだってそうするつもりだったがな、お前さんの初撃で仲間がやられたんじゃあしょうがねぇ! 無視して戦果を求めるわけにはいくまいよ!」


 魔力反応からするに、バルバトスのパーティーメンバーは退場していない。


 彼は【調教師】適性を持っており、モグラの亜獣などは彼が使役しているのだ。

 従える亜獣はメンバーの数に含まれない。本来人に懐かない亜獣を調教することこそが、【調教師】という【役職ジョブ】の持つ力なのだ。ここに制限を掛けるのはフェアではない。


 話を整理すると、彼の従える亜獣の一体を私の精霊術が潰してしまった、ということだろう。

 当初の目的を果たすより、仇討ちが先というわけだ。


「義理堅いことだ」


「随分と余裕ぶっこいてんなぁ、騎士さまよぉ!」


 モグラの亜獣は再び地中に消え、バルバトスは私の精霊術を相殺しながら近づいてくる。


「そのようなつもりはない。たとえ貴殿が神であっても、敵ならば揺らぐわけにはいかないというだけのことだ」


 無辜の民の前で、騎士が怯えた姿など見せるわけにはいかない。


 警戒や恐怖は大切な感情だ。

 そして騎士団には、人々を安心させる義務がある。


 大丈夫ですよ、力のない人でも安心して暮らせる国ですよ、と証明し続ける義務がある。

 摘んでも摘んでも悪の芽は絶えず出てくるもので、完全なる平和の樹立はいまだ遠いが。


 それでも、諦めずに戦い続けるのだ。


 もし、強い人が悪い人になっても大丈夫。

 だって、正しくてもっと強い人が、あなた達の近くにはちゃんといるから。


 そのために最強の証明が必要だというのなら、するだけのこと。

 罪なき者を縛らないままに、罪なき者を安心させる最善の策があるとすれば、それだろう。


 正しい者が最も強いと、証明すればいい。

 その事実があれば、犯罪の抑止にもなろう。


 聖剣を構える。


「はっ、面白ぇ。お相手願うぜ、騎士団長殿」


「あぁ、そのつもりだ」


 ダンジョン攻略は素晴らしい娯楽だ。

 戦争のなくなった世界で、戦闘職の者に働き口を提供し。

 人が死なない安全な戦いで、世の人々を楽しませる。


 だがそこが、騎士団の戦いとは違う。

 簡単に人が死ぬ生身の戦闘に臨む騎士団にとって、無敗は絶対。


 見栄えなど気にする余裕はなく、そもそも見世物でないのだから不要。

 我々に必要なのは華麗さではなく、単に勝利だ。

 そうでなければ、罪なき人々が安心して暮らせない。


 部下に指示を出し、この場は自分が引き受ける。


「精霊よ」


 バルバトスが立ち止まり、膝に手をついた。

 増した圧力に、まだ耐えられるようだ。


「こんなんで倒れると思ってんなら、舐められたもんだな」


「そのようなつもりはないが、認識不足を認める。力を強めることにしよう」


 効果範囲を狭め、威力を高める。

 彼を囲む極僅かの効果範囲で、地面までもが沈んでいく。


 魔法はただ勝利のため。

 そして全ての勝利は、善なる者の平穏がため。


 ◇



 火精霊本体と契約したその瞬間から、私の呼び名は決まった。

 【炎の勇者】フェニクス。


 そんな【炎の勇者】は、予選開始と共に聖剣を抜く。

 刀身から炎が噴き上がり、世界を赤く染める。


「美しい景観を損なうのは、心苦しいが――」


 私が刃を一振りすれば、木の背丈を遙かに越えた火炎の大波が、草原を焦土とすべく迸った。


「負けたくない相手がいるんだ、加減は出来ない」


 草原に立っていた者たちは、その大半が活躍の機会を得られないまま退場する。


「これで全滅すりゃあ楽なんだが、そーもいかねぇか」


 【戦士】アルバの声に、【狩人】リリーが応じる。


「えぇ。いかに強力な精霊術といえど、誰もが無策ということはないでしょう」


 ほとんど同じタイミングで大規模な攻撃が四箇所で起きたが、そこでも同じだろう。


 地中や空高く飛んで炎から逃れた者、魔法や武器防具・種族特性で耐えきった者などが見られる。

 同様に爆破から生き残った者も、森と違って潰れずに済んだ者も、きっといる。


 仮にも最強を目指して集まった者達だ、そうでなければ。

 ずるいなんて声も出るかもしれないが、この攻撃をどうにか出来ない者達に、最強の魔王に挑む資格があるとは思えない。


 どこの会場にもいると思われる、記念参加・実力不足を認識しながら経験を積む為に参加したようなパーティーは、残念ながら結果を出せずに退場することだろう。


 我が友の師である【魔王】。

 我が友の憧れである【勇者】。

 そのどちらも伝説の存在として、祭典競技の最後で強者を待っているのだ。


「……なんだか、いつにも増してやる気出てるような。レメがいるからとか?」


 【聖騎士】ラークの言葉に、私は微笑む。


「事前の打ち合わせ通り、レイスパーティーに仕掛けるのは後だ」


 私達とレイスパーティーがぶつかることが、他の参加者たちにとって最も好ましい状況だろう。

 我々が戦っている間にポイントを稼ぎ、どちらが勝つにしろ疲弊した状態の勝者を倒すチャンスも得られるのだから。

 強い者を倒せばそれでいい、という競技内容ではないのだ。


「では、平常心だと?」


 【氷の勇者】ベーラが平坦な声で言う。

 言葉を交わしながらも、我々は戦闘をこなしていた。


 飛んできた矢と風刃を、ラークが大盾で巧みに弾く。

 逆にリリーがどんどん敵射手に射掛け、矢傷を作っていく。

 鳥人や風魔法で浮遊する敵を、アルバが次々に伸縮自在の魔法剣で斬り裂き、貫き、巻きつけては負傷・落下させていく。

 側面や背後から我々を狙う者達はベーラにまるごと、または足場を凍結される。


 私は聖剣を地面に突き刺し、精霊術を行使した。


「いいやベーラ、平常心ではないよ。ただ――」


 火精霊本体の加護を有し、鍛錬を積んだ【勇者】の魔力出力・制御能力があるからこそ実現可能な精霊術。

 その効果は、すぐに現れる。


 地面が灼熱し、融解、、する。


 ダンジョン攻略では必要以上の破壊行為は罰金モノなので、これを使う機会はほとんどない。

 予選開始前まで清涼な空気の流れる草原であったのに、今や噴火した火山を散歩するような光景が広がっている。


 地中にいた選手は這い上がる間もなく退場し、効果範囲にいた者達は赤い輝きを放つ液状の地面に呑まれ、倒れていく。

 『炎神の憤激』。


「私は今、少し――燃えている、、、、、


 ◇


 『海神の寝返り』なんて言うらしい。


 レイスくんの発動した精霊術は、海に眠る巨大な神がもし寝返りを打ったら、確かにこんな酷いことになるだろうなという規模だった。

 大波である。


 他の三人はメラニアさんの肩の上に避難。

 荒れ狂う自然の猛威に、抗える者がどれだけいるか。

 呑み込まれた者のほとんどは、その後水上に上がってくることなく――退場した。


「何ポイントか……は、まだ分かんないか。まぁいいや、もっと倒していこう」



『な、な、なんと……ッッ!!! 開始早々各エリアで大規模な精霊術が炸裂……!! 相当数の選手が一瞬で退場する事態になりました!』


『あ、あははー……。早速人数がグッと絞られたので、お客さんもどこ見ればいいか分からないってことはなくなったのかなー、という感じです。四人のめちゃくちゃな【勇者】がド派手にかましてくれましたがー、ご安心を! これでおしまいにはなりませんよー!』


『その通りですね。あれほどの精霊術を受けてなお健在な選手たちがまだまだいます! また、この四パーティー同士の激突の時も近いでしょう!』


『超適当に五千ポイントを四で割っちゃうと千二百五十ポイントですけど、他の会場の並み居る強力パーティーの中にはもっと獲得しちゃうパーティーも出てくるかもですよねー? 重要なのは会場での順位ではなく全体での順位なわけでー』


『同会場の有力パーティーが他の選手を倒しすぎる、、、、、前に全滅させないと、必然的に自分達が獲得出来るポイントの総量が減るわけですから、全体で高順位を目指す人達ほど悩ましいですね。迅速にポイントを稼ぐべきか、どんどんポイントを稼ぎそうなパーティーを先に倒すべきか』


 実況が聞こえてくるのは、ダンジョン攻略では無いことだ。

 タッグトーナメントでは聞こえてきたので、特段驚くことではないけれど。


「ヨス、足」


 フランさんの声。


「あぁ!」


 『脚力強化』をフランさんに掛けるヨスくん。

 ぬかるんだ地面に下りたフランさんの姿が、消える。えぐれた泥から、彼女が凄まじい踏み込みでどこかへ跳んで行ったのだと分かった。


 僕は聖剣の柄に手を掛けた。

 剣を抜くことはしないが、これにも意味がある。


 この聖剣、杖としての機能も付与されたのだ。

 タッグトーナメントの時に使った仕込み杖より性能が良いこともあり、今回は聖剣のみ。


『相棒のやり方に合わせてカスタマイズしてあげる優しさ。好きになっちゃった?』


 ――それはないけど、ありがとう。


 大波から逃れた者の大半は、飛行していた。

 魔法で飛んでいようが翼で飛んでいようが、有効な黒魔法は同じ。

 聖剣に流した魔力を使って、発動。


 ――『混乱』。


 規則的な翼の動きが乱れ、あるいは魔法の維持に失敗し、彼ら彼女らが落下する。

 その短い時間があれば、レイスくんには充分。


 ホースを通した水のような細い筋が、間欠泉のように噴き出す。

 圧力を掛けられた水に指向性を持たせた攻撃魔法――『水刃』だ。


「ナイスアシスト、レメさん」


 予選のルールでは、退場に影響したダメージは最新の二人分まで記録され、ポイントが分割されるという。


 つまり、僕の『混乱』とレイスくんの『水刃』で退場させた場合、僕とレイスくんが五ポイントずつ獲得出来るわけだ。


 この計算は異なるパーティーでも適用されるので、ダメージを負ってる敵を倒した場合、別パーティーの誰かと獲得ポイントが分割される場合がある。


 そのあたりも考慮して戦わなければならないが、このルール、実にフェローさんらしい。

 不遇職にも活躍の場を……と考えてる彼だからこそ、サポートメンバーでもポイントが稼げるこの方式を摂ったのだろう。


 たとえば、白魔法で強化されたフランさんが相手選手を退場させれば、彼女とヨスくんでポイントが分割される。

 同じように、【調教師】などが使役する登録亜獣によるダメージも、使役する者のカウントとなる。


 あとで個人獲得ポイントも確認出来るようだから、これまで可視化されなかった不遇職の頑張りがポイントという形でハッキリするわけだ。


「つ、掴まっててください……ね」


 僕とヨスくんはメラニアさんの肩に乗っていたが、その言葉にすぐさま服に掴まる。


「え、えいっ」


 可愛らしい声と共に放たれたのは、近くに転がっていたドデカい大岩だった。


 ゴオオオみたいな鈍く空気を貫く音がしたかと思うと、これまた鈍い悲鳴が聞こえてきた。

 メラニアさんが岩石を投げ、それが『混乱』で落下中の選手に的中したのだ。


『新進気鋭のレイスパーティー! レイド戦で大活躍した二人だけでなく、他の三人も優秀です! 体力、腕力、耐久力などに優れる【鉱夫】ですが、いやはや巨人ともなると投擲一つが必殺の一撃になるようですね! これには観客席からもどよめきが起きます!』


『【白魔導士】のヨス選手と【黒魔導士】のレメ選手はさっきからサポートでガンガンポイント稼いでますよー。ちなみにこの予選では支援職などの活躍も可視化出来るよう――』


 実況の二人は僕らのところ含め、忙しそうに戦況を語る。


「や、やったっ」


「あはは、ナイスメラニア!」


「は、はい……えへへ」


 レイスくんは仲間の活躍を褒めながら、自身は濡れた生き残りを氷結、『水刃』による空の敵への攻撃、それらでは倒しきれない敵へは――聖剣を抜いての接近戦を仕掛ける。


 そう。水精霊本体と正式に契約を結んだレイスくんは、聖剣化するための武器を持つことにしたのだ。


 彼の小さい体でも扱えるよう、取り回しのよいショートソード。ただし【勇者】の膂力を考慮して剣自体は重めの作り。

 聖剣化によって切れ味も斬撃の威力も大幅に向上している。


「は……はは、頼りになる仲間ですね」


 ヨスくんはフランさんへの白魔法を維持しながら言う。


「君もね。……余裕が出来たらレイスくんに身体能力の全体強化を」


「はい! 準備しています!」


 【勇者】はオールラウンダーだ。

 戦士系と魔法使い系を合わせて更に強化したような【役職ジョブ】なのだから。


 そして【破壊者】は前衛というより、枠に嵌まらないイレギュラーな戦闘系。

 この二人は自由にさせた方が戦果を上げられる。


 【黒魔導士】と【白魔導士】が的確にサポートすることで彼らの戦いをより円滑に進め、そのサポート役である二人は――サイクロプスのハーフであるメラニアさんが守る。


 サイクロプスは鍛冶・建築を得意とする種族で、【鉱夫】は【木こり】と並んで昔からよくある【役職ジョブ】ではあるらしい。


 ただし、必要ではあるものの、やはり彼らの誇りである鍛冶・建築の技術を持たない者達が目覚める【役職ジョブ】ということで、見下されがちのようだ。


 メラニアさんはレイスくんの仲間募集を見て、現状から抜け出すチャンスだと思ったようだ。

 自分を仲間に迎えてくれたレイスくんをランク一位にすべく、彼女は力を尽くす。


「れ、レメさん。黒魔法……ありがとう、ございます。おかげで、あ、あてやすかったです」


 彼女の言葉に、自然と笑みが漏れる。

 視線は向けず、集中を絶やさず、応じる。


「ならよかった。僕らも、メラニアさんのおかげでサポートに集中出来るよ」


「……! え、えへへ……そんな……ふへへ……。ふ、二人には指一本触れさせないというか……えへ……頑張ります……っ」


 ゆっさゆっさと体を揺らしながら、メラニアさんは丸盾と棍棒を取り出し、棍棒を地面に叩きつける。


 凄まじい衝撃に僕らは揺れるが、なんとか耐える。

 接近していた大蛇の亜獣はその威力に耐えきれず、一撃で退場してしまった。


「【召喚師】がいるみたいだね。今の感じからすると近くにいる筈だけど、魔力反応が確認出来ないから……魔法具かな。魔法具持ってるって情報は無かった筈だけど、さっきの蛇を見るに――」


 僕はおそらく近くに潜んでいるだろう敵の名を上げる。


「レメさん……そういうの全部覚えているんですか?」


 ヨスくんの言葉に、微かに首を横に振る。


「まさか。気になった人だけだよ。――メラニアさん、棍棒で地面を薙ぎ払うって出来るかな」


「ま、任せてください……!」


 またしても僕らは揺れるが、メラニアさんの肩という高所は結構都合がよかったりする。

 見晴らしもいいし、僕とヨスくんを攻撃するにはメラニアさんの不意でも突かないと無理だ。

 身体能力に劣る支援職が安全地帯からサポート出来るというのは、強みになると思う。


「あ、な、なんか吹き飛ばした気がします」


 魔力粒子が散っているので、誰か退場したのだ。


 棍棒を地面に叩きつけた状態から、周囲の地面を薙ぎ払う。

 これをハーフとはいえ巨人がやると、凄まじい範囲攻撃になる。

 倒したのが蛇使いの【召喚師】さんだといいのだが。


「レメさん! 巨人来たよ巨人!」


 レイスくんが楽しげに叫んだ。


「やっぱり、お、おっきい……!」


 なんてメラニアさんが言うくらいには大きい。

 ハーフではなく純血なのだろう。


 ……いやまぁ、この巨大さだ。みんな開始前からその存在には気づいていた。

 どうやら僕たちに狙いを定めたらしい。


 ――レイスくんは『海神の寝返り』という大技とこれまでの戦闘で魔力消費が激しい。


 再び大技を放つには、魔力生成にしばらく時間が掛かるだろう。


「ヨスくん、白魔法をフランさんに集中。メラニアさんは僕らを下ろして、巨人を迎え撃ってほしい。レイスくんは一旦戻って! フランさん! トドメを刺すのは君だ……!」


 優秀な仲間と巨人を倒す経験は、オリジナルダンジョンで積んでいる。


 大丈夫、やれる。

 聖剣に魔力を流す。


『楽しそうだね?』


 ――あぁ、楽しいよ。


 みんなが真剣に、勝利に向かって力を尽くしている。


 楽しくないわけない。

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