第151話◇最強のパーティー
その日、僕らは改めて知ることになった。
――人類最強。
口にするとなんとも陳腐で、少年ならば憧れるかもしれないが、大人になるにつれてだんだんと口に出来なくなるような、そんなフレーズ。
この世界に二人だけ、それを当てはめても笑われない人間がいる。
――【炎の勇者】フェニクス。
この世界最初の『火』であったととも言われる、火精霊の本体に認められた者。
その相性は歴代と比しても抜群で、前回の第十層戦で精霊術の深奥が一つ――『神々の焔』を発動したことからもそれは窺える。
『この世のもの』の範疇にあるものはなんであろうと焼き尽くす精霊術を扱えるのだ。
そして、もう一人もまた同格の精霊と契約する者。
――【嵐の勇者】エアリアル。
世界に満ちる『空気』、その素となった存在とされる、風精霊本体に認められた者。
冒険者歴の長い者にはよくあるのだが、年を経て攻略スタイルが変わることがある。
エアリアルさんも例外ではなく、かつては自分が前に出て、豪快に精霊術をぶちかましていた。
だが今は中衛を務め、仲間を立てる形の攻略を好む。
長くやっているだけあって、パーティーメンバーの入れ替わりも一度や二度ではない。
それでも、エアリアルパーティーは一位になってから一度も、二位以下に落ちたことがない。
彼は仲間と共に、必ず勝つ。彼がいれば、絶対にダンジョンは攻略出来る。
冒険者の象徴のようになった彼の攻略には、興奮と安心感があるのだ。
「よく見ていなさい、ユアン」
画面の向こうで、エアリアルさんが言う。
そう。
冒険者達が第四層攻略に際して復活させたのは、【疾風の勇者】ユアンだった。
その判断について、後のインタビューで彼らはこう答えている。
「あたしは充分楽しんだからな。仲間全員死なせといて、自分だけさっさと復活ってのも気分じゃねぇし」
と、【魔剣の勇者】ヘルヴォールさん。
「失ったカリナ復活は、それを主張出来るだけの手柄を挙げてからと、そう思った」
と、【迅雷の勇者】スカハさん。
「俺とフランは退場しないから、復活権とかそもそも興味ないし」
と、【湖の勇者】レイスくん。
「自ら経験する以上に、成長の糧となるものはないでしょう。彼は素晴らしい勇者になる」
エアリアルさんはそうして、仲間達の承諾を得た上でユアンくんを復活させた。
ここで一つ、思い出してほしいのだが。というか、僕が強く印象づけられたのだが。
このレイド戦は、各層ごとに主軸となるパーティーが決められている。そういう方針のようだ。
第一層・番犬と獄炎の領域は、スカハパーティー。
第二層・死霊術師と陥穽の領域は、レイス&フラン。
第三層・吸血鬼と眷属の領域は、ヘルヴォールパーティー。
第四層・人狼と
順番で言えば、エアリアルパーティーということになる。実際、そうだった。
攻略映像を見た者達は興奮し、これぞ人々が冒険者に求めるものだと称賛し、同時に第四層の【人狼】達に同情さえした。
お前らは悪くない。とても強いのだろう。でも相手が悪かった。
といった具合に。
第十層戦でフェニクスに一撃を見舞った【人狼の首領】マルコシアス。彼が守る第四層の【人狼】達が、そこまで言われるほど。
あぁ、圧倒的だった。
それは脱落者の数にも表れている。
第一層では一人、第二層では二人、第三層では四人。順調に冒険者を削ってきた魔王城。
だが第四層では――ゼロ。
正直、驚いた。
第四層は手強い。フェニクスパーティーでさえ、僕がいても窮地に陥ったし――なんとか切り抜けたが、その場面ではフェニクスに魔法を使わせてしまった――マルコシアスさんもフェニクスとの一騎打ちに応じたから一撃で倒されたが、そうでなければ一人二人脱落してもおかしくない強者だ。
第四層は元々鉱山風のステージ。今回の追加された『爪牙』というのは新要素というより、元々あったものが強調されただけ。
配置される【人狼】の数が増え、冒険者を見つけるや襲いかかる。
……そうなのだ。
あの快男児マルコシアスさんの部下達は、みな気持ちの良い人達で、こう……小細工を好まない。
もちろん、そういったやり方があることは尊重してくれているし、僕の黒魔法だって大きく評価してくれた。いい人達なのだ、本当に。
ただ、あくまで自分達はその肉体を武器に戦うことを好む、という人達なのである。
以下、エアリアルパーティーの第四層攻略について列挙していく。
一つ。『空間把握』によって入り組んだ縦穴横穴がどこに繋がるか暴く。
それによって【人狼】がどこからやってくるか事前に察知、パーティーに遭遇するより先に風刃で粉微塵に切り裂いた。
カメラで確認したところ、冒険者達へ向かう途中の【人狼】達が突如として退場していったのだ。
一つ。【紅蓮の魔法使い】ミシェルさんとの合成魔法。
合成魔法というのは、二人以上で一つの魔法を組み上げたもの。
息がぴったりとあっていなければならず、扱いが非常に難しい。
二人が使ったのは『轟爆炎』という魔法で、爆破魔法の威力を風魔法で底上げするもの。
少し広い空間に出たところで待ち受けていた無数の【人狼】は、一撃で塵と化した。
一つ。【サムライ】マサムネさんとそれぞれ一方向を死守。
フェニクスパーティーもやられた、十字路からの三方向襲撃。今回は来た道も含めて四方向からの襲撃だった。
エアリアルさんは風の聖剣を抜き、最も敵の多い通路に単身飛び込んだ。
まるで人の形をした嵐。彼の通り過ぎた後には、土埃に混じって、刻まれた魔物の魔力粒子が舞っていた。
マサムネさんは逆に不動。立ちふさがる壁のように一歩も引かず、それでいて迫りくる敵の全てを斬り伏せた。
一つ。【剣の錬金術師】リューイさんとの連携。
構造上、どうしても幅の狭い通路を通らなければならない冒険者達。
そういった箇所でも敵は襲ってくる。
かといって下手に高火力の魔法で迎撃しては崩落しかねない。
そこで【錬金術師】であるリューイさんの出番。
彼は周囲の土から槍や短刀などを作成。エアリアルさんは彼が作った先から武器を手にとり敵に突き刺し、傷一つ負わずに通路を通り抜けた。リューイさん自身も果敢に戦った。
一番の衝撃は、やはりあれか。
エアリアルさんは風精霊本体の契約者。だからそう、分霊に出来ることは本体にも出来る。
エアリアルさんはスカハさんの『迅雷領域』を再現し、雷の如く敵を蹴散らした。
また、レイスくんが【吸血鬼】戦でやった『空気の圧縮と解放』によって敵を吹き飛ばした。
更にはフロアボスのマルコシアスさん相手に一騎打ちを仕掛け、これをヘルさんスタイル――つまり素手――で撃破してしまった。
パーティーメンバーの強みを活かした攻略を指揮し、最高戦力【勇者】持ちとして強大な敵を打倒する。
勇者の在るべき姿。
第一層から第三層までの攻略を経て醸成された、魔王城有利という空気を。
第四層の攻略で覆してしまった。
不安を抱いていた視聴者も安心したことだろう。
大丈夫、人類には【嵐の勇者】がいるのだ、と。
エアリアルさんのこの動きには、三つのメッセージが隠れている、と僕は感じた。
一つは視聴者に向けたもの。前述の通り、安心してほしいというメッセージ。
一つは魔物に向けたもの。我々はそう容易くやられはしないというメッセージ。
最後は冒険者に向けたもの。これが一位だ、登ってこれるかい、というメッセージ。
レイド戦で組んだ各勇者を彷彿とさせる技・スタイルを見せつけたのだ。
一位を目指すのなら、そんなエアリアルさんよりも鮮烈な活躍を積み上げねばならない。
彼は確かに、後進の育成に熱心だ。
だがそれは、優しいとか、次代を見据えているとか、そういうことだけではなくて。
きっと、ずっと、彼は待ち望んでいるのではないか。
最強の称号をほしいままにしてなお、自分のライバルとなる者の出現を。
復活権を行使し数を十一へと増やした冒険者達は、第五層への進出を決定。
第四層攻略によって、また一つ復活権を獲得。
ここまでで、ようやく主軸パーティーは一巡りした。
ヘルヴォールパーティーは、第四層攻略時点では全滅状態。
続く第五層はやや特殊な層でもあるし、彼らもどう出るか……。
「いやぁ、さすがは人類最強! 言い訳のしようのない敗北だった!」
後日。
マルコシアスさんが僕の執務室を訪ねてきた。
「己が不甲斐なさに恥じ入るばかりだ! 済まない参謀殿!」
今日は人間状態。銀髪赤目で大柄。荒々しさと鋭さを感じる顔つきだが、彼の気配と笑顔のおかげか、威圧感はない。
「謝ることはありませんよ。僕ら全員で、最終的に彼らを全滅させればいいんです」
前回同様、契約者であるマルコシアスさんは指輪で召喚可能。
「……! あぁ、感謝する! 貴殿のおかげで、オレはやつらと二度戦えるのだからな! ……しかし、それにしても強敵だった。直近の攻略映像は確認していたが、まるで別人のように感じたものだ」
「特にあの日のエアリアルさんは、
マルコシアスさんとはまだレメゲトン状態習得前に出会ったので、レメとして接する方が楽ということもあり、僕は仮面を外して応対している。
テーブルを挟み、互いにソファーで向かい合う状態。
「む? 機嫌が良かった、とは?」
「あぁ……。えぇと、テンション次第でパフォーマンスが変わることってありませんか?」
「うむ、あるぞ。漢の中の漢と拳を交える時は、やはり滾る!」
言いながら、マルコシアスさんは拳をグッと握る。
「そんな感じです。もう随分言われてないですけど、昔の攻略のコメントを見ていると、どうやらエアリアルさんは『ピンチになるほど調子が良くなる』タイプだったみたいなんです」
「ほぉ! それは気が合いそうだ。勝ちの見えた戦いほどつまらんものはない。どちらが勝つか分からない状態で、互いに全力を出す。それでこそ燃えるというものだろう!」
そういう考えもあるか。逆に、勇者が負ける試合など観たくないという人もいる。
楽しみ方や取り組み方は人それぞれ。
「でも、彼のパーティーはずっと不動の一位です。どう格好良く勝つかを楽しみにする人はいても、勝つか負けるかでハラハラする視聴者は小さい子供くらいのものでしょう」
まだ彼らの攻略に慣れていない幼い子達なら、勝つか負けるか分からずドキドキしながら攻略動画に熱中する筈だ。
昔の僕みたいに。
ただ、慣れた大人は違う。勝利は期待の対象ですらない。確定事項と化してしまった。
「彼のパーティーが敗北の危機に瀕することは、ほとんどなくなりました」
「ふむふむ。つまり今回のレイド戦、第四層時点で同胞を七人も欠いた事実が、【嵐の勇者】に火を着けたと、参謀殿はそう言うわけだな?」
「えぇ。それに、マルコシアスさんは気づかれたと思いますけど――楽しそうだったでしょう?」
言うと、彼はがははと笑った。
「あぁ、確かに! 身長で倍するオレとの殴り合いに興じるあの漢は、実に楽しそうに笑っていたよ。つられてこちらも笑ってしまうくらいにな」
と、そのタイミングでカシュがやってきた。
ぺたんと垂れた犬耳と、ふっくらとした柔らかそうな頬、中に星を閉じ込めたかのように綺麗な瞳。犬の亜人の童女。
元小さな果物屋さんは、今は魔王軍参謀秘書を務めている。
「おちゃ、おもちしましたっ……!」
卓上にトレイを置き、その上の茶器をマルコシアスさんと僕の前に運ぶ。
執務室への訪問者ということで、カシュがお茶を淹れてくれたのだ。
カシュはしっかりしてるとはいえ、最初はお湯の扱いは危ないのではと思った。火傷とか。
しかし聞いてみれば、【料理人】持ちの姉・マカさんの手伝いで家でも経験があるとのことで、何度かハラハラしながら見守ってみるとこれが実にテキパキとした動きだったので、以来任せることにしていた。
マルコシアスさんがソーサー上のカップを手に取り、口へ運ぶ。
彼が大きいので、子供用のおもちゃでも掴んでいるようだった。
「うむ、美味い! 美味い茶まで淹れられるとは、有能な秘書をお持ちで羨ましい限りだ!」
マルコシアスさんはカシュとも仲が良い。
名前が上手くいえないカシュに彼はマルコで良いと言ったらしく、いつしかマルコさんと呼ぶようになったようだ。
「えぇ、自慢の秘書です」
マルコシアスさんに続き僕にも褒められたことで、カシュが頬を染める。耳がぱたぱたしているところを見るに、照れているようだ。
「……えへへ」
その後、僕らはしばらく今後の防衛について語り合った。
これまで、エアリアルさんは各パーティーのやり方を尊重し、サポートに回っていた。
しかし第四層の攻略は、かつての彼を彷彿とさせるものだった。
次は第五層。四天王の二人目、【恋情の悪魔】シトリーの統べる、【夢魔】の領域。
さて、どうなるか。
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