第124話◇リリーの事情

 



 まったく予想してなかったと言えば、嘘になる。

 ただ、あくまで可能性の一つとしてだ。あるいはこんな理由だったりするのかもしれない、程度の考え。


 実際に言われると、やはり戸惑ってしまう。


「えと……」


 僕はフェニクスを見る。


 やつは何も言わず、静かに頷いている。

 いや、なんか言えよ。お察しの通り、みたいな顔だけされても困るって。


「……驚かれないのですね」


 リリーが意外そうに言った。僕の反応に、彼女の方が少し驚いているくらいだ。


「ま、まぁ、このタイミングでリリーから僕に話があるって言われればね」


 彼女だって僕が魔王軍参謀なのは知っている。


 急ぎでなければ時間が空くまで待つ筈だ。多忙を極めるだろう時期に時間を作ってほしいと言うのだから、理由があると考えるのは当然。

 理由なんて、そう多く考えつかない。


「貴方には、その理由まで見えているのですか?」


「いや、見えてるっていうか。僕らは仲間だったわけで……君が真面目なのは知っているし。スーリさん関連ならあるいは、って思ったくらいだけど……」


 その名前に、彼女の眉宇が歪む。


【無貌の射手】スーリさん。第五位スカハパーティーの【狩人】だ。


「……その通りです。しかし明確に彼への嫌悪を口にしたことは、そう無かった筈ですが……ラークも気付いているようでしたし、そんなに分かりやすかったのでしょうか」


「みんな知ってるよ。彼がエルフなんだろうなってことも、ね」


「――! そこまで気付いて……」


「まぁ、うん……そこはね、分かるに決まっているというか」


 リリーは森を出て最初の街で僕らに逢い、仲間になることになった。

 その後、スカハパーティーの存在を知った彼女は露骨にスーリさんに嫌悪を示していた。

 よく知りもしない人を一方的に嫌うような人間ではないから、理由があるのだろう。


 けど、同じパーティーになってから、彼女とスーリさんに接点はない。

 そして、彼女が森にいた時に関わったのは森の種族のみ。スーリさんの首から下は完全に人間のものなので、蟲人などということは無いだろう。


 森から出て、僕らと会うまでの間に何かあった……とは考えづらい。

 彼女が嫌うなら彼が何かしらをしたのだろうが、だとしたら隠す必要がないからだ。


 たとえばアルバの口の悪さに、毎度苦言を呈すように。

 彼女は問題だと思えば、それを指摘する。


 だとすれば、スーリさんが犯罪者だとか彼女を傷つけたとかではなく。

 おそらくエルフで、森の掟とか誇りなどに背いているから、好かない。

 種族の事情だから、僕らにも語らない。


 そんなところなのではないかと、たまに仲間内で話していたのだ。

 ということを掻い摘んで話すと、彼女は複雑そうな顔をした。


「で、では……みんな、知っていたと?」


「予想してた、くらいかな」


「……不覚、です」


 彼女の頬がほんのり赤く染まっている。

 普段冷静なリリーが羞恥に顔を赤くするとは、珍しいものを見た。


 僕とフェニクスの視線が自分に集中していると気づくと、彼女はわざとらしく咳払い。


「コホンっ……。そこまで知られているのであれば、話が早いというものです。えぇ」


 彼女の長く尖った耳の先が、ぴくぴくと震えている。

 ここはサラッと流すのが優しさというものだろう。


「つまり、彼と戦う場が欲しい、ということかな?」


 僕が確認すると、彼女は首肯。

 顔を隠すように、酒を呷る。


「頼む以上は隠すべきではないのでしょう。わたくしは、あの男の在り様を許容出来ないのです」


 リリーは語った。

 リリーとスーリさんは同郷。より正確には、彼女の父が彼に弓を教えた。

 スーリさんは森の中で一生を終えるつもりはないと、故郷を出ていった。

 その時の彼には、エルフとしての誇りが確かに備わっていたらしい。


 数年が経ち、リリーも森を出た。最初は旅のつもりだったという。

 最初の街で冒険者という職業を知り、更には火精霊の本体と契約したフェニクスと出逢ったことで彼女は将来を決めた。

 旅は旅でも、冒険者として各地のダンジョンを巡る生活を選んだ。


 そして、見つけてしまった。兄弟子とでも言うべき、父の教えを継ぐ者を。

 彼はエルフであることを隠し、エルフの弓術、その極地を『神速』として登録していた。


 『神速』使用者は世界に三人。リリーとスーリさん。そしてスーリさんのパーティーメンバーの一人だ。

 元はエルフの風魔法と弓術を組み合わせた神技と考えれば、使用者が極端に少ないのも頷ける。


「ここ数年で、エルフへの風当たりも弱まってきました。それでも彼は己を偽り続けている」


 エルフの冒険者、という存在が受け入れられる空気が出来たのは、リリーという前例のおかげだ。


 たった数年と思うかもしれない。だが、それまで業界で認められなかった存在が、数年間生き延びることがどれだけ大変か。


 フェニクスと組むことが出来た幸運は、確かにあるだろう。

 そんな僕らのパーティーだって、彼女を受け入れる時はエルフ耳を魔力体アバターで隠すかどうかの話し合いが行われた。


 ……まぁ隠せと言ったのはアルバだけだけど、その意見だって当時の空気を思えば当然。アルバは人気を得たいわけだから、わざわざ茨の道を歩こうとするのを止めるのは分かる話だ。


 いつだって、最初の一歩を踏み出す者には苦難が訪れる。

 道のない茨の壁を、素手で裂いて道とするような、そんな覚悟が求められる。

 リリーには、それがあった。


 【黒魔導士】のくせに勇者になりたがる馬鹿な少年は、それを否定したくなかったのだ。


「そ、っか……」


 リリーは、種族を隠していることが気に入らないようだ。

 彼女の怒りは分かる。共感とは違うかもしれないが、話を聞いて理解は出来た。


 同時に、当時種族を隠したスーリさんの判断も分かる。というか、リリーが凄いのであって、人気商売において世間の目はとても大事なものだ。


 僕がパーティーを抜けることになったのだって、言ってしまえば世間人気が異様に低いからというのが大きな理由だし。

 まぁリリーの場合、誇るべき種族を偽って冒険者をやっている同胞が許せないのだろうけど。


「しかしリリー、魔物として彼の前に立ちはだかることは、君にとって己を偽ることになってしまわないかい?」


 フェニクスが言った。


 冒険者はその設定上、人間ノーマル優遇。

 エルフは大戦時、不干渉を貫いていた過去がある。

 勇者と共に戦う冒険者、という設定に合わないのだ。


 違和感は抵抗感を生み、それを嫌悪感にまで発展させるファンは少なくなかった。


 リリーの美しさ、『神速』という強力なスキル、【炎の勇者】からの信頼、そしてなによりも――どんな風評にも揺らがない彼女の気高さ。

 それらが、人々の心を動かした。


「今回重要なのは、個人ではなく種族です。わたくしは、魔物側のエルフとして参戦するつもりでいます」


 なるほど。

 エルフとして彼と戦い、エルフとして勝利を収める。

 そうすることで、彼に何かを伝えるつもりなのだろう。


 実は、僕はあることに気付いていた。

 フェニクスパーティーが第四位になり、スカハパーティーが第五位に下がった後。

 リリーは彼らの動向に気を配っていた。


 酒場や食堂に設置された映像板テレビで彼らが映れば食い入るように見ていたし、移動中は冒険者関連の情報誌を読んでいた。


 きっと、リリーはエルフでも上へ行けると証明したかったのだ。種族は、耳は、美しき金の毛髪や肌は、エルフとしての誇りは隠す必要がないのだと、彼に伝えたかった。


 でも、スーリさんは正体を隠したまま。

 リリーは秘密を暴露したいわけではない。彼の認識を、どうにか変えたいのだろう。


 僕のパーティー脱退に負い目を感じていながら、そんな相手を頼るほどに。


「かつて、わたくしは貴方とフェニクスの考えに救われました。どちらか一人でも耳を隠す側に回っていれば、わたくしは加入を諦めていたでしょう。わたくしがわたくしのままに戦うことを、貴方は許容してくれた。その恩がありながら、わたくしは貴方を足手まといと考え、その脱退に賛成しました」


「いや、それは別々の話だ。恩があるから、間違いも見逃さなくちゃいけないなんてことはないんだから。僕は自分の判断が一位への最短距離だと思っていたけど、それは失敗したわけだし」


「いえ、ベーラが言っていた通りです。気づくべきだったのです。事実、わたくしは違和感自体は抱いたことがあります。鍛錬よりも本番の方が、矢が当たると。……お恥ずかしい話ですが、わたくしはそれを、自分が本番に強いのだと解釈しました。どちらかといえば昔からそうだったこともあり、己を納得させるのは難しくありませんでした」


 アルバの魔法剣なんかは、練習で動く的を用意することがまず難しい。したところで、それは生きた的とは到底言えない。


 ラークの練習相手はアルバやフェニクスだったりしたが、その二人――特にフェニクス――と比べれば大抵の魔物の動きは遅く感じるし、攻撃力は低く感じるというもの。


 加えて僕は自分の黒魔法を気づかせないよう使っていたのだから、違和感を持てなくとも無理はない。


 リリーの場合もアルバと同じことが言えるが、彼女は元々が森の民。狩猟経験者。

 的を射るまでの過程が、練習と本番で僅かに異なると無意識が拾ったのかもしれない。


「僕のやり方にも問題はあったよ。勝つことにこだわるあまり、仲間から成長の機会を奪っていたんだから」


「その『問題』がなければ、わたくし達は今何位にいたでしょうか? 少なくとも、四位までは上がれなかったのでは?」




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