第27話◇パッとしない勇者パーティーの反省会(前)

 



 五層攻略後、私達は六層も踏破した。

 ダンジョンごとに特色というものがあるが、魔王城の場合は一層ごとに登場する魔物の種をガラリと変え、ダンジョン内の構造も変えている。


 一般的なのは火属性魔法を扱う魔物だらけのダンジョンだとか、鉱山風のダンジョンだとか、出現する魔物やダンジョンの構造に一つのコンセプトを持って運営されるモノ。


 これは観ている側も攻略する側も分かりやすい。何が起こるか事前に想像出来る上で、それをどう攻略するかを楽しめる。

 魔王城はそこも違った。あまりに多彩で自由。


 第一層は番犬の領域。

 何故か屋外だった。ダンジョン内なのでそんなわけはないのだが、天井を暗雲が立ち込めているかのように塗っており、周囲は荒野のように見えた。


 そして荒野の中に魔王城があるのだ。もちろん攻略前に魔王城の敷地内には入っているので、見せかけだ。視聴者に『この階層をクリアすれば、勇者パーティーは本格的に魔王城を攻略出来る』と示す為のモノ。


 高い岩壁がぽつぽつと伸びる荒野には、無数のヘルハウンド――【黒妖犬】が登場。

 猛禽の翼と大型獣の如き体躯を持つ【不可視の殺戮者】グラシャラボラスは、自身や【黒妖犬】の姿を透明にすることが可能で、冒険者に不可視の襲撃を仕掛ける。攻撃の瞬間のみ相手の姿が見えるようだった。

 フロアボスは三首の【地獄の番犬】ナベリウス。


 第二層は死霊術師の領域。

 スケルトンこと【骸骨騎士】は魔物で、ゾンビこと【生ける死体】は死霊術師の作り出したモノだ。これは死した生き物を操っているのではない。術師が過去に倒した冒険者の魔力体アバターを操っているのだ。


 冒険者の魔力体アバターをなるべく損なわずに本人を退場させ、その秘術で精神の伴わない抜け殻として術師の支配下に置くというもの。

 【死霊統べし勇将】キマリスが死霊術師であり、副官である【闇疵の狩人】レラージェはダークエルフ。レラージェの矢を受けると、肉体が腐る。


 レラージェが腐蝕の矢によって冒険者にダメージを与え、退場の瞬間にキマリスが死霊術を施して魔力体アバターの分解を防ぐ。


 第三層が吸血鬼の領域で、第四層が人狼の領域、そして第五層が夢魔の領域。

 第六層は、水棲魔物の領域だった。

 こうも階層ごとに特色が違うと、パーティーメンバーの構成によっては極めて攻略が困難になる層などが出てくるだろう。


 私達で言えば【恋情の悪魔】シトリーのいた第五層がそれに当たるか。【白魔導士】がいない場合、全滅もおかしくない構成の層だ。

 二人の【勇者】がいたことで短期決戦に持ち込めたが、厄介な敵だった。


 第六層攻略後、私達はいつもの酒場にいた。

 メンバーは五人。レメを抜いてベーラを加えた五人だ。

 攻略は成功したが、皆の顔は暗い。酒場の陽気な雰囲気に馴染めていない。


「あのー、少しいいでしょうか」


 ベーラだ。【氷の勇者】と呼ばれる通り、透明感のある青い髪と瞳をしている。猫背気味で小柄かつ細身。十三歳の少女で、武器は刺突剣。


「このままだと、ここから先の攻略は難しいと思うので、提案がありまして」


「あ? なんだよ」


 アルバの声には覇気がない。今回も、彼は活躍したとは言い難かった。その自覚があるのだろう。同様に他の二人も消沈しているようだ。先程から酒に手を出しもしない。

 ベーラはちらりと私に視線を向けた。頷くと、話し始める。


「第六層からはダンジョンランク……『攻略推奨レベル』が変わりました。そのことを考慮しても……お三方の動きは精彩を欠いていたと言わざるを得ません」


 ダンジョンには『攻略推奨レベル』が設定されており、最大で『5』、最低が『1』となっている。

 このレベルというのは実際の強さの数値化ではなく、パーティーとしての総合力・迷宮攻略実績から冒険者組合によって判断される。


 推奨とは言うが、基本的にレベルが足りない場合はそのダンジョンを攻略することが出来ない。ダンジョン側に拒否されてしまうのだ。

 レベル『5』を名乗れるのは全体で二十五組だけ。

 ただし、世界ランクの上位二十五組がそのままレベル『5』ではない。


 人気も加味される世界ランクとは、多少ズレが生じるのだ。

 私達は世界ランク第四位かつ、レベル『5』パーティーということになる。


 だがこれでは、レベル『5』のダンジョンは世界で二十五組しか攻略出来ないことになってしまう。

 それもあって、一部のダンジョンに導入されたのが深層高難度、と言われる形態だ。


 一つのダンジョンで『攻略推奨レベル』が変化するのである。

 魔王城で言うと、五層まではレベル『4』、六層以降は『5』の実力が要求される。

 仮にレベル『4』のパーティーが五層を攻略しても、六層には進めないということ。

 私達は問題なく進めるし実際進んだが、攻略難度は確実に上がっていた。


「ちっ……確かに五層六層と大して役に立ってねぇのは認めるけどよ」


 新人に言われるのが癪という気分を隠さず、それでも言葉には出さずにアルバが言う。

 第六層は基本的に海上だった。


 海の上に、石の通路が敷かれているのだ。そこだけが冒険者の通り道。

 そして海の中には水棲の魔物がうようよいた。


 気を抜いて進むことは出来ず、隙あらば海中から水魔法を放ったり、飛び出して体当たりを試みたりする。一瞬で退場させることが出来ないと海中に逃げられてしまうので厄介だった。

 最終的にはベーラに通路付近の水面を凍結してもらい、一行は進んだ。


 途中からは武器を持った【魚人】が通路に現れ、ようやく三人は出番が来たと戦闘。

 しかしやはり、アルバの魔法剣の命中率は下がり、ダメージも思うように入っていないようだった。


 ラークは自身の動きこそ鈍っていないが、全体的に敵の攻撃に押し込まれることが多くなり、これまでのように複数体を一人で相手取ることが難しいようだった。


 リリーも『神速』こそ健在だがその精度は確実に落ちており、それを補う為に手数を増やした結果、疲労も早くなった。


 それでもきっと、攻略の評価自体は悪くないだろう。

 それくらいにベーラの存在は大きい。

 炎の私に対し、氷のベーラという対比も視聴者は喜ぶだろう。視界に映るものを凍てつかせる【勇者】と、焼き尽くす【勇者】。


 【黒魔導士】の代わりに入ったことも考えれば、大きな反響がある筈だ。

 だが一部の目敏い視聴者は気づくかもしれない。三人は不調なのか? と。

 それがレメが欠けたことによるもの、と気づく人間はいないだろうが。

 しかし『不調』が今後も続けばどうなるか。


「まぁ相性も多少はあるでしょう。ですが私はそれだけではないと思います。そこで提案ですが、次の七層は……『レメさんが優秀な【黒魔導士】であった』という仮定の許に挑んでみませんか?」


「はぁ!?」


 声はアルバから。だが他の二人も驚きは同じだった。


 ――言葉というものは、何を言うかだけでなく誰が言うかが重要視される。


 好ましい相手からの愛の言葉は喜ばしいが、忌み嫌う相手からの愛の言葉は不愉快だろう。 


 私がレメを擁護することに、彼らは飽き飽きしている。数年間に亘り、私はレメの価値を説き続けた。彼が嫌がるので真の実力や師のことには触れられなかったが、結果は失敗。


 彼の能力を伏せたまま、彼のことを私が評価するのは仲間の悪感情を煽るだけだった。

 レメが抜けた日も、アルバは私が何か言おうとするのを制していた。レメも無駄だと分かっていたから、私を止めたのだろう。


 【炎の勇者】であるが故に、親友を評価する私の言葉は力を持たなかった。友情を理由に庇っているだけと思われた。


 だがレメと面識のないベーラの言葉なら?

 友情の入り込む余地のない【氷の勇者】が言うならどうなるか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る