第228話◇竜の王と正義の天秤からのお話




 【正義の天秤】アストレアさん。

 十三人いる騎士団長の一人にして、【勇者】持ち。


 美しい金の毛髪とキリッとした印象を受ける美貌を持ち、先程の予選では僕らレイスパーティーとフェニクスパーティーを相手に激戦を繰り広げた猛者。


 【竜の王】ヴォラクさん。

 『西の魔王城』四天王にして、真・異種格闘技の世界チャンピオン。


 龍人の特徴を一部継ぐ女性で、これまた予選でぶつかった。正直彼女との戦いでは仲間の誰かが退場してもおかしくなかった。


 僕の剣の師でもあるフルカスさんと知己のようで、黒い長髪はフルカスさんとの対比……のように感じなくもない。


「……レメ殿に声を掛けたのは私が先だったと記憶しているが?」


「こっちは待ちくたびれてんだよ。相手が目の前にいるのに待つつもりはねぇぞ」


「……粗野」


「堅物騎士」


 二人の間に空気がどんどん悪くなる。


「あはは、レメさんモテるねー」


 レイスくん、笑い事ではないと思うんだ……。


「確かに、オリジナルダンジョン攻略の時もレメさんの周囲には女性が大勢……」


 ヨスくん? 君もいたし、エクスさんやアーサーさんだっていたじゃないか。


「ひゃあっ……そうなんだ……レメさん……おモテになるんだ……」


 メラニアさんは照れたようにヨスくんの背後に隠れるが、残念ながら彼女はサイクロプスのハーフなので大いに彼の背中からはみ出てしまっている。

 あとおモテにはなっていないので、勘違いだ。


「……お腹空いた」


 フランさんは関心がなさそうだ。


「えぇとですね、僕でしたらどちらの話も伺いますから」


「いやレメさん、順番でしょ決めたいのは。だからこうしよう、おねーさん二人とも!」


 レイスくんの声にこちらを向いた二人の前で、彼がコインを弾いた。

 器用に自分の手の甲の上で、ぱちりと手を被せて止める。


 あぁ、これで表裏を当てた方の話を先に聞くというわけか。

 しかしその作戦は失敗する。


「表」


 と、二人とも同時に言ったからだ。


「……ごめんレメさん。この二人の動体視力ならコインの動きを目で追えるって失念してたよ」


「あ、あぁ、うん……」


 知ってはいるが、さすがと言う他ない。


「というわけで、格好はつかないけどこうするね」


 レイスくんが背を向け、振り返ると先程コインを受け止めたのと同じ状態。


「なるほどレイス殿、考えたな」


「あぁ、コインが見えなきゃ、頼れるのは運だけだ」


 コインを弾くという過程を省いて同じことをしたわけだ。

 レイスくんはどちらにも肩入れする理由がないから、不正は考えなくても良い。


「表」


「ハッ、騎士様の好きそうな面だなぁ。オレは裏でいいぜ」


「んじゃ行くよ。お、裏だ」


「…………」


「見たか騎士サマ!」


「ルールには従おう。少し下がる」


「……チッ、悔しがれっつの。まぁいいや、そんでよぉ、レメ」


「は、はい」


 ヴォラクさんの顔が近づいてきて、それに伴って僕の体は下がる。睨むように見てくるのはいいが、唇が触れかねない距離なのはよくない。

 やがて僕の背が壁に当たり、逃げ場がなくなる。


「お前さん――ふぅのなんなんだ……!?」


「え?」


「え? じゃねぇんだよ。タッグトーナメントを見たぜ。あいつは……あいつはなぁ、気に入ったやつのためじゃなきゃ、戦いの中で鎧は脱がねぇんだよ!」


「――――」


 それは、当時僕も驚いたことではあった。


 フルカスさんはフェニクスパーティー戦の時も、鎧を脱がなかったのだ。

 いや、そもそも鎧は強化のために搭乗しているわけだから、何もおかしくはないのだけど。


 レイド戦では鎧から出て戦っていたので、それも戦術に入れたのかと納得させたが。


「ルーさんの為ってんなら分からなくもねぇよ? けどな、あいつは自分の名前も見た目もあんま好きじゃねぇんだよ。あの戦いは、明らかにあいつ自身が楽しんでた! ただの他人ってこたぁねぇだろう」


 思い当たることが、ないでもない。


 そういえば初めて魔王城で逢った時は、鎧姿だった。

 仲間になるかも分からない僕の前に姿を晒すことに、抵抗があったのか。


 実際、参謀になったあとの歓迎会などでは生身の姿での参加だったし。……あれは鎧姿だとご飯が食べにくいからっていうのもあるだろうけど。

 それに、フルカスさんは本名が好きではないという話は以前聞いていた。


「……フルカス殿に直接尋ねられては?」


「あ!? それが出来るならやってるっつの! ……逢ってくれねぇんだよ」


 ヴォラクさんが悲しげな表情になる。


「何があったんですか?」


「別に……オレとアイツは幼馴染でな。だが親父が魔王城を抜けるってんで、オレもついてくことにした。ルーさんは嫌いじゃねぇけどよ、個人的な付き合いと仕事はまた別だろ」


「……ですね」


「でもアイツは、ルーさんへの情から残ったんだ。それが気に入らなくて大喧嘩して――それから無視されてんだよ……」


「…………」


「酷くねぇか!? メールもシカトで直接寮に行ってもガン無視だぜ!?」


「ち、ちなみに大喧嘩っていうのは?」


「は? まぁお互い若かったからな、どっちも骨の二三にさん本折れたくらいだったぜ。あぁ、あいつの角を曲げてやったら尻尾千切られたんだったか」


「それを、生身で……?」


「口喧嘩からステゴロになったんだぞ、魔力体アバターに換えてる余裕なんてねぇよ。まぁルーさんの親父さんが白魔法使えたんで、怪我はすぐ治ったけどな」


 そういう問題かなぁ……。

 種族によって感覚は違うので、一概には言えないが。


 人間にとって「いや死ぬでしょ」みたいな行為が、種族によってはじゃれ合いだったり何かの試練だったりする。


 前に聞いた、大昔にやっていた魔王が子に施す教育とやらも、子供がしょっちゅう死ぬものだったらしいし。


 共生の時代になったとはいえ、そう簡単に種族間の差は埋まらない。


 ふとヨスくんを見ていると、苦々しい顔で頷いていた。

 鬼的に、それくらいの喧嘩ならよくあるようだ。


 とはいえ、フルカスさんが怒っているのなら、些細な問題ではなさそう。


「で、だ! レメ! オレは驚いたんだぜ? なにせ、オリジナルダンジョン攻略にまでアイツが参加したんだからな! しかもお前さんもいたって話だ! もしかしてよ、お前さん、お前さん……アイツの、か、きゃ、きゃれ、あぁクソ! 彼氏なのかよ、なぁ!?」


 ヴォラクさんは恥ずかしそうに顔を赤くしながら叫んだ。


「いえ、違います……」


「ほんとか!? アイツのガキみてぇな体とそれに見合わぬ化け物並の乳に興奮する変態じゃあねぇだろうな! 鎧の下に着るあのピチピチん服を舐め回すように見たり、ベッドの上であいつのちっこい角をつんつんとかしてたら、オレは、オレはそんな男がいたら……ころ……ハッ」


 周囲の視線に気づいたのか、ヴォラクさんが我を取り戻す。


「まぁ、お前さんが嘘を言ってねぇのは分かった」


「そ、それは良かったです」


「全部を話してねぇのも分かったけどな」


「……」


 どこまで気づかれているだろうか。

 いやヴォラクさんのことだ、僕の拙い剣に、それでもフルカスさんの指導を感じ取っている筈。


 恋人ではないことを反応から確認出来たので、今はそれでいいとの判断か。


「あぁあとな、レメ。いやレイスパーティー。今日は負けたぜ。次ることがあったら、オレが勝つ」


「次は子供扱いしないでよね」


 レイスくんが言うと、フランさんも静かに頷いた。


「あー、お前らが強ぇのは分かるんだが……ガキを殴るのは気分が悪いだろ。そこに強さとかは関係ねぇわけよ。それでも本気で殴れっていうなら――その気にしてみな」


 ヴォラクさんから表情が消え、凄まじい闘気が放たれた。

 一般人ならそれだけで失禁しかねない圧力に、レイスくんは笑う。


「はっ、いいね。ほんと、ヴォラクさんにも本戦に進んでほしいよ」


 レイスくんが動じないのを確認すると彼女も笑い……すぐに落ち込む。


「……オレもだよ。さすがに試合で当たれば、ふぅもオレを無視出来ねぇだろうしな」


 ヴォラクさんは随分と幼馴染のフルカスさんを気に掛けているようだ。


「話は済んだようだな」


「あぁ、終わったぜ堅物騎士」


「私の名はアストレアだ」


「知ってるっつの」


 ヴォラクさんは僕たちにヒラヒラ手を振りながら去っていった。


「話すのはいいけどさ、場所移すか歩きながらにしない?」


 というレイスくんの提案にアストレアは頷いた。

 パーティーメンバーが前を歩く中で、僕とアストレアさんは並んで進む。


「話というのは、仕事の誘いだ」


 アストレアさんは端的に用件を伝えてくる。


「……え、と。まさか、僕を騎士団に?」


「あぁ、貴殿の黒魔法はあまりに有用だ。考えてみてもほしい。貴殿の黒魔法があれば、まず犯罪者との戦闘で仲間が怪我をすることはなくなるだろう。なによりも、周囲への被害を抑えられる」


 ……いつだったか、カシュの元職場であるブリッツさんの果物屋近くで、ひったくりに出くわしたことがある。


 あの時はブリッツさんに矢面に立ってもらったが、確かに犯人以外の怪我人を出すことなく解決することが出来た。


「また、貴殿の実力を思えば集団戦でも仲間に大きな恩恵を齎す筈だ。更に言うなら、再犯率の低下にも寄与出来るものと考える」


「あはは、効果あるかもね。悪いことなんてのは、それをして何か得すると考えるからやるんだ。レメさんの黒魔法で身動き出来ないままに、つよーい騎士さんに囲まれて捕まったら悟るだろうさ。少なくともこの地域で悪いことするのは割に合わないってさ」


 レイスくんが楽しげに言う。


「……つまりはそういうことだ。また、これは気の長い話になるが、貴殿には【黒魔導士】の希望になってほしいのだ」


「希望……ですか」


「怪我は日常にも付きまとう、故に【白魔導士】の需要が絶えることはない。だが【黒魔導士】の主な就職先は冒険者のみであるし、職探しに難儀する現状も把握している。一部は騎士団で雇用しているが……あくまで他の適性を伸ばす形の教練が主だ」


 魔法使い系に戦闘適性はあまり出ないが、僕みたいのでもフルカスさんのおかげで人並みには剣を扱えるようになった。


 体を動かすのが苦手ではなかったり、黒魔法以外の適性で役立つものがあれば、そちらを伸ばして騎士にするという方向か。

 だがそれは、黒魔法を得意とする者としての需要ではない。


「貴殿は……どういうわけか私と同じ類の鍛錬を積んでいるようだが、こちらも事情があって私主導であれを広めることは出来ない」


 自分に魔法を掛けて鍛える、というやり方のことか。


 一子相伝的なものであれば、軽々と他言は出来ないだろう。

 それに、あまり大っぴらにしても支持を得られないやり方だというのは僕も分かる。


 他の魔法で言えば自分の肌を焼くとか自分を氷漬けにするとかで、かなり危ない。


 黒魔法や『重力操作』だって同じだ。

 危ないのを承知で、強い目的があったから自分にそれを課した。


 これを大々的に掲げて【黒魔導士】を集めて育成……というのは難しいだろう。


「そこで、僕ですか」


「あぁ、理想論に否定的な者でも、成果から先に見せれば抵抗は少なくなるものだ」


 前例のあるなしで、話の通りやすさが変わることは実際のところ、よくある。


 【白魔導士】も不遇【役職ジョブ】だが、元エアリアルパーティー所属のパナケアさんという存在のおかげで、【黒魔導士】ほど不要論は掲げられなかった。


 ……僕も、【黒魔導士】にとってのそういう存在になれたらと、前は思っていたな。


「そろそろみんなレメさんの実力に気づいてるだろうからね。今回はポイントって形でどんだけ貢献したか可視化されたし。【黒魔導士】でもここまで出来る、で、めっちゃ大変だけど方法はあるってなったら――うん、教えてほしいって人はいっぱいいるんじゃない?」


「私の騎士団に入ってほしい……と言いたいところだが、貴殿の希望があればそちらに口利きしよう。十年後二十年後、貴殿とその許に集まった者達の働きによって、【黒魔導士】へのマイナスイメージを払拭出来ると、私は考える」


 それは、考えたこともなかったが、すごい話だ。


 本当に、本当に素晴らしい話だと思う。


 だけど。


「ご提案は光栄ですし、希望のある話だと思います。ですが、僕は、この業界が好きなんです。夢もまだ叶っていませんし」


 魔物の勇者になるという新たな夢は、まだ途上。いや、終わりなんて来ないのかも。

 それでも目指すと決めたのだ。


「そうか。……君はそう言うだろうと思っていた」


 少しだけ、アストレアさんが表情を緩めた。


「っていうかね、おねーさん。普通リーダーの前でメンバーを引き抜こうとするかなぁ」


「……済まない、考えてみれば無礼な行為だった」


 レイスくんの言葉に、アストレアさんは謝罪。


「いいけど、あと誘うのレメさんだけ?」


「……【白魔導士】の少年とサイクロプスの女性も有望だ。入団希望ならば受け入れよう。ただ……子供に剣を持たせて犯罪者と戦わせるわけにはいかない。十三になれば訓練生としての受け入れも開始するが、興味はあるだろうか」


「俺は最強の勇者になるので、騎士には興味ありませーん」


「……わたしは、レイスと一緒」


「そうか」


 アストレアさんは、じゃあ何故訊いたとは言わない。


「……騎士団は人間ノーマルが多い印象でしたが」


 ヨスくんが言う。


「街に人間ノーマルの方が多いのと同じで、割合の問題だ。亜人の騎士は今となっては珍しくない。犯罪者に種族は関係ないのだ、捕らえる側も対応せねば後れを取る」


「た、確かに……」


「だが懸念は尤もだ。どうしても少数派は苦労する。それについても改善したいところだが、有効な策というものは中々なく……」


 アストレアさんは何気ない疑問にも真面目に回答してくれる。

 特にヨスくんが興味津々に話を聞いていた。


 それが一段落した頃になって、僕は尋ねた。


「そういえばアストレアさん、他の四人は?」


「退場後、自主的に走り込みに向かったようだ。メモが残っていた。私もこの後で合流するつもりだ。後日今回の映像を入手し、反省点を洗い出し、次へ活かすつもりだ」


「な、なるほど……」


「それと、レメ殿」


「あ、はい」


「冒険者を続けたままで……というのは厳しいだろうが、レイスパーティーは一時的な在籍とのこと。時間的余裕が出来た時に、臨時教官という形でも構わない、寄ってくれれば助かる」


「……ありがとうございます」


 あれ……魔王城勤務との兼任なら、意外と出来なくはなさそうな提案だ。


「いやいやあのね、レメさんは祭典競技が終わる頃には俺のパーティーに就職してるから」


「そうならなかった場合の話だ」


「言うじゃん……」


 そんなこんなで会場の外に出る。

 『初級・始まりのダンジョン』の関係者用通用口だ。


「ヨォ……! レメ! アーンドレイスパーティー! 更に更に騎士団長のネーチャン!」


 転移用記録石を経由して、前にも通った木の洞っぽい空間へ飛んだ。

 そこから外へ出ると、そんな声に迎えられたのだ。


「が、ガロさん……?」


 世界ランク第十一位パーティー【灰燼の勇者】ガロさんだった。

 彼のパーティーメンバーもいる。


「そうともガロだとも! 待ってたぜッ……!」


 そこには先程別れたヴォラクさんや、彼女の仲間である【獣を統べる義賊】バルバトスさんを含むパーティーメンバーまでいた。


 それだけではない。


「……や、やぁレメ。ど、どうやらガロ殿と目的が同じだったようで、ね……」


 フェニクスだった。


 世界ランク第四位パーティー【炎の勇者】フェニクスが、ガロさんに肩を組まれ、困ったような表情で微笑み掛けてくる。

 もちろんリリー達も揃っていた。


 僕を待っていたところを、ガロさんに絡まれ……話しかけられたのだろう。


「全力で戦った後は、全力で飲み食いしねぇとな! つーわけで、行くぞ……ッ!」


 どうやら、そういうことらしかった。


 それにしても……すごいメンバーだな。



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