第171話◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域4




「おや……」


 エアリアルさんはすぐにやって来た。

 彼が探るような視線を巡らせる。


 そう、第三エリアはこれまでと趣が異なる。

 というのも、第三エリアは空と海の領域。

 砂の通路に、下は海。そして上は空。


 当然、海に水棲魔物、空には有翼魔物がうじゃうじゃと。

 そして、一人。僕がいる。


「面白いコンセプトの層だ。複数の魔物を組み合わせることで、攻略済みの層の再演に終わらないアイディアが良い。驚嘆すべきは、その主戦力である魔物たちをことごとく召喚してみせる貴殿の魔力だがね」


「そう思うなら堪能してほしいものだがな」


「しているとも。私は今、とても楽しいよ」


 エアリアルさんの顔は活き活きしている。


「――ふむ。これも避けるか」


 四方から僕を狙う風刃を、ノータイムで繰り出した【嵐の勇者】。

 しかし、それらは互いに激突し、轟音を上げながら消滅する。


「カーッカッカ! 盗んでやった盗んでやった、【嵐の勇者】から参謀殿を盗んでやった!」


 僕の腕は、彼のあしゆびに掴まれている。

 そして彼は翼を持ち、羽ばたいていた。

 僕は今、空を飛んでいるのだ。


 巨大な鴉の亜獣、【怪盗鴉】ラウム。

 第七層のフロアボス【雄弁なる鶫公】カイム、その配下である。


「よくやった」


「いいってことよ旦那! こういうスリルもたまにゃあいいもんだ!」


 亜獣の中には高い知能を有し、人語を解する者も珍しくない。ラウムさんもそうだ。

 が、悠々と会話している時間は――ない。


「そうだな、返していただこうか。私の敵だ」


 次なる攻撃。

 空を裂く透明の刃が迫る。


飛ばせ、、、


 命令する。


「ハイヨッ!」


 ラウムさんは即応。

 視界が切り替わる。


 僕は海底、、にいた。

 海底には魔法陣が刻まれており、僕はその上に転移した形。


 ラウムさんの魔法の一つに、空間移動がある。

 しかしこれは【時の悪魔】アガレスと同じものではない。

 彼の持つ魔法が本人の技量次第でどこへでもどんなものでも飛ばせるのに対し、ラウムさんの魔法には条件がある。


 一つ、対象を視界に収めていなければならない。

 一つ、転移先には事前に魔法陣を刻まなければならない。


 第七層の謎解き中に落下した者が入り口まで戻されるのは、ラウムさんの魔法によるもの。

 その分、アガレスさんの魔法に比べると消費魔力は少なくて済むという。


 海底に出現した僕に、すかさず近づく影があった。仲間だ。

 【人魚】の女性が一人近づいてきて、僕に触れる。

 瞬間、ふわりと何かに包まれる感覚。僕の周囲に空気の膜を張ってくれたのだ。水魔法の応用。


「助かった」


 魔力体アバターは生身が死ぬほどのダメージで退場する。

 もちろん、死には溺死も含まれる。


 ――確かに驚きましたよ、エアリアルさん。


 でも、あそこまで早くは想定していなくとも、追いつかれた場合を考えない僕じゃない。

 魔力を練る時間を稼ぐ方法くらい、用意している。


「ふふふ、参謀のお役に立てて光栄です。でもカーミラ様には内緒ですよ? ……八つ裂きにされてしまうので」


 助けてくれた人魚さんが、にっこりと微笑んだ。

 後で映像を観るだろうから、僕が内緒にしていても意味はない。

 なんてことを言う場面ではないので、軽く頷くに留める。


「――――」


 瞬間、海が揺れた。違う。揺れてるのは、エリアそのものか。これは、まさか。


 ――割れた、、、


 貝殻をこじ開けるみたいに、海が開かれていく。強引に、かつ迅速に。

 砂の通路を境に、海が二分された。


 巻き上げられた海水は宙を飛ぶ【鳥人】達を飲み込み、それを避けた者達も翼を濡らされて高度を落とさざるを得なくなる。


 そして、僕は。

 人魚さんの手に掴まって荒れ狂う海流の中を進んでいた。


「私達の誰かを海底に転移させるつもりだったのかい? それとも、これが想定される使い方なのだろうか。どちらにしろ、うん、良い使い方だ」


 ――このまま水中にいるのはよくないな。


 と、考えた時には捕まっていた。

 空気の箱ならぬ、空気の球体だ。中に満ちるのは海水と人魚と魔王軍参謀。


「どうする? レメゲトン殿」


 こんなもので終わりはしないだろう? 終わらないでくれ、と。

 彼の目が語っている。

 楽しい時が終わらないことを望む、子供のような目。


 どうするって……?

 こうする、、、、のさ。

 彼の所為で巻き上げられた大量の海水の中から、それは振るわれた。


 ――来い、フォルネウス。


 巨大な鮫の亜獣。

 彼を呼び出すほどの魔力はまだ溜まっていない。


 最も身軽なラウムさんを召喚してから次がないことを見れば、エアリアルさんにもそれは分かった筈だ。

 角を解放すれば召喚は可能だが、それはしない。そもそも、解放すれば彼も召喚を警戒する。

 だから、これが刺さるのは今。


「な、に――」


 エアリアルさんの早すぎる到着に、僕が驚いた時と同じ。

 今度は彼が驚く番だった。


 鮫の尾びれ――上下に分けた時、上側が長い――の上側が、水中から飛び出し、勢いよくエアリアルさんの体に激突した。

 彼の体が吹き飛ぶ。


 空気の球体が解除され、海水と共に僕は落下。

 落下中、人魚さんが僕を水の外に押し出し、それを鳥人の男性が受け止めてくれた。


「距離をとれ」


 周囲を探るが、ラウムさんの魔力反応はもう無い。……倒されてしまったようだ。


「承知いたしました。それにしても……お見事です」


 僕がやったのは――部分召喚、、、、

 召喚魔法は空間を越え、契約者を呼び出す。


 エアリアルさんの空間支配を思い出してもらえると分かりやすいかもしれない。

 アガレスさんは体の一部分を別の空間に配置されたが、その時はまだ体は繋がっていた。


 視覚的にどうこうというのは、問題ではないのだ。

 空間がどんなにねじ曲がっていようと、繋がっているものは繋がっている。


 普段は一瞬で全身を喚び出しているだけで、ゆっくりと召喚することも可能なのではと考えた。

 【海の怪物】フォルネウスの巨体の内、尾びれだけを先んじて召喚。


 さすがは師匠の時代から魔王城にいるフォルネウスさんだ。

 そんな状態でも、繋がった空間から魔力反応を感知、召喚者の意図を察し、敵に強烈な一撃を見舞った。


「ははは! これは初めて見た! 繊細な技術に豪快な戦術! 愉快でならんよ!」


 扉付近の壁に激突する寸前、エアリアルさんは風を噴かせて減速。そのまま飛行状態を維持。

 狙うは海の中に消えたフォルネウスの一部か、僕か。


 ――僕だよな、やっぱ。


 自身も僕に近づいてきながら、風刃も作成。魔力量が多いから分かりやすい……でも、多い。

 なんていうか、うん。暴風の雨だ。強い雨風ではなくて、鋭い暴風が雨のように降ってくる。


 僕は自分を抱える鳥人に指示を出し、風刃を回避する道を探る。

 周囲の鳥人の協力を仰ぎ、風魔法や、時には申し訳ないが盾となってもらう。

 誰も躊躇わない。


 僕らはみんな、同じ目的で動いているから。誰も、魔王様のところへは行かせない。

 僕の指示の先に目的達成があると信じ、鳥人がその翼と体を散らせていく。


「そろそろ君に黒魔法の一つでも使わせたいのだがね」


「必要があれば、そうするとも」


 高度を下げていた最後の鳥人、僕を抱えていた男性が片翼を裂かれ、落下を開始する。


「申し訳ありません、参謀殿」


 そう言って、彼は最後の力で僕を投げる。直後、彼の体が真っ二つに裂けた。


「いや、上出来だ――来い、、


 落下する僕を追いかけるエアリアルさんが――飛び退いた。

 水中から槍のように、あるいは矢のように、もしくは光線のように、放たれた攻撃を回避したのだ。


「お招きに感謝しますわ、レメゲトン様」


僕は彼女の立てた水柱の上に着地。


「あぁ」


「状況を」


「フォルネウスの召喚が不完全だ。カイムは未召喚」


「うふふ、畏まりました。【水域の支配者】ウェパルの名に懸けて、時を稼いでご覧に入れましょう」


「任せる」


 と、そこで【湖の勇者】レイスくんが合流。


「あ、海だ。エアおじは……うん、まだいるね」


 ウェパルの水魔法は高位の分霊持ちに匹敵する。

 大波を起こすことはもちろん、圧力を加えた水を極細の水流として吐き出すことで、対象を吹き飛ばすといった応用まで修めている。


 『水刃』とも言われる、使用者の極めて少ない魔法だ。

 先程エアリアルさんが避けたのもこれ。

 仮に空気の鎧を纏っていようと、直撃を避けるほどの威力。


「また逢ったわね、坊や」


「そうだね人魚のお姉さん。また逢えて嬉しいよ、また退場させちゃうけどね」


 レイスくんとエアリアルさんの二人を、『水刃』が襲う。

 海面から蛸の触手のように飛び出す水流を、彼らは巧みに回避。


「船を出します」


 ウェパルは魔法具を持っている。遠く離れた場所から、武装船団を呼び寄せる魔法具を。

 海の上に、海賊船が浮かぶ。それも複数。海賊船というのは……乗組員からの連想だ。

 船の出現と共に海中から続々と現れ、よじのぼって乗船したのは魚人達。


 彼らは羽根のついた帽子をかぶり、ボロくてダボついたコートとズボン、後は湾曲した剣という装備。

 中には眼帯をつけている者も。

 帆には魔王軍のシンボルや、黒い角――魔王様の角だろう――のマークが描かれている。


 立っていた水柱が形を変え、僕を甲板まで運ぶ。

 飛び乗ると、水柱は散った。

 魚人の一人が僕を見つけて、嬉しそうな声を上げる。


「おぉ、オオカシラ!」


「あぁ、エアリアルの攻撃によく耐えたな」


 海を割った攻撃のことだ。


「驚きましたがね! あっしらは、海じゃあそう簡単に死にませんよ」


 彼らにとって、カシラがウェパルさんで、それを従える僕は大頭オオカシラということらしい。

 魔物は敵役であり、恐怖を与える側。海賊を演じるのは分からなくもない。


 轟音が連続する。早速の砲撃だ。

 砂の道を歩くしかない者にとっては相当の脅威だが、勇者二人は空を飛ぶ。

 しかし今は『水刃』にも狙われている状況。気にすべき攻撃が増えるのは厄介な筈。


 おかげで、時間が稼げた。


 ――来い、カイム。


 鳥の着ぐるみを着た鳥人という、不思議な格好。背の高い帽子に杖も忘れていない。

 クイズ好きの第七層フロアボス【雄弁なる鶫公】カイム。


「ふむふむなるほど……! 参謀殿、嵐を起こしてもよろしいですかな?」


 僕が頷くのを確認して、カイムは魔法を発動。

 暴風が吹き荒れ、海水さえも巻き上げて渦を巻く。


「大海原で大嵐に遭遇、海中からは水の怪腕、謎の船団からは砲撃の雨。さすがの四大精霊契約者と言えど、参謀殿に近づくことは容易ではないでしょうな」


「カイム」


「なんでしょう」


「あそこへ」


 僕が指差すと、カイムは即座に動いた。


「魚人諸君! 総員退避!」


 それだけでなく僕の次の言葉も察し、命令を出す。

 すぐさま全員作業を放り出し、海に飛び込んだ。このあたりの対応力はさすが魔王軍。


 僕はカイムに抱えられ、空を飛ぶ。

 直後、船が真っ二つに割られた。


 魔力反応からすると、特大の風刃。どうやらエアリアルさんとレイスくんの合成魔法のようだ。

 風刃のすぐ後ろを飛んでいたのか、破壊され沈みゆく船を見下ろす者がいた。


 エアリアルさんだ。

 彼はすぐに僕を見つける。


「魔力感知能力も高い。これだけ視界の悪い中、あのタイミングで回避出来るとは」


 僕はカイムに言う。


「ここでいい」


「承知いたしました」


 カイムは海面すれすれまで下降してから僕を下ろした。

 辛うじて残っている砂の道だ。


「……ふむ」


 エアリアルさんは警戒している。

 あまりに無防備な姿に、どんな罠が待ち受けているかと。

 ウェパルの魔法、海中のフォルネウスや魚人、まだ見ぬ策があるのではないか。

 その思考に時間を割くほど、僕の魔力器官にとっては助けとなる。


「よし」


 なんと――彼は僕の前に降り立った。

 いや、それだけではない。


 不自然に僕らの周囲だけ凪いでいる。海面に空気の通路、蓋、とにかく風魔法を敷いて、海中から何かが飛び出すのを防いでいるのか。


「次は何を見せてくれるのだろうか」


「何も」


「何も?」


「強いて言うなら――暗闇か」


 僕の指輪に魔力が流れ、召喚が完了する。

 砂の通路ごと、エアリアルさんが喰われた、、、、


 この悪天候の中では視界は最悪。これ自体が魔法で引き起こされている為、周囲は魔力で満ちている。

 そんな状態なら、フォルネウスの尾びれをカイムに持たせ、上空から落とさせてもギリギリまで気づけない。反応が遅れても仕方がない。


 あとは僕が、尾びれ以外の残りの部分を召喚するだけ。

 そうして完全に第三エリアに出現したフォルネウスは、口を大きく広げ、【嵐の勇者】を腹に収めたわけだ。


 だが、これで【嵐の勇者】が死ぬとは思わない。


 フォルネウスさんには悪いが、じきに体内から彼を裂いて出てくることだろう。

 だがエアリアルさんも、かなりの魔力を消費している。

 四大精霊契約者だろうと、限界はある。そうすれば、残る手段は一つ。

 精霊本体の魔力を借りる。これもまた、有限だ。


 視線。

 ウェパルさんと戦っているレイスくんが、こちらを見ていた。

 僕も彼へ目を向け、それから転移石に触れた。

 そして、第四エリアへと飛ぶ。



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