第56話◇恋情の悪魔の正体と炎の勇者に迫る影

 


 

 気になっていたことがある。

 歓迎会の時、アガレスさんはシトリーさんのことを「【夢魔】もどき」と呼んでいた。


 シトリーさんの能力は本物だし、四天王なのだから実力不足への皮肉ではないだろう。

 では、何故『もどき』なのか。


 その答えが、目の前にあった。

 しゅるる、と彼女の服だけが地面に落ちる。

 一瞬彼女の姿が消えたかと思ったが、違う。


 服の中から出てきたのは……猫サイズの――亜獣だった。


「どう……思う?」


 声はシトリーさんのまま。

 だが先程までの明るい調子ではない。拒否されることを恐れるような声色だ。


 黄色に黒のまだら模様――豹だった。背中には猛禽類を思わせる両翼。


 世界が平和になってから、以前より活発に議論されるようになったことに――どこまでを『人』とするか、というものがあった。


 以前は『モンスター』扱いだったオークやゴブリンには独自の言語もあるが、公用語を喋る者もいる。コミュニケーションが成立するのだ。


 他の種と比べて繁殖力が比較的高く、発現する【役職ジョブ】のバリエーションが豊富で、その数と多様性から終戦後に『多数派』となったのが、身体的な種族的特徴を持たない、いわゆる『人間』。

 僕やフェニクス、アルバやラークが該当する。


 エルフのリリー、吸血鬼のミラさん、魔人のルーシーさんやアガレスさん、人狼のマルコシアスさんなど、『人間』に極めて近しい容姿の者は判断が簡単だ。

 全て人だが、人間と比した時に異なる特徴を持つ為に――亜人と呼称される。

 龍人や鳥人なども同じ。オークやゴブリンも今ではこれに該当する。


 問題になったのは、人を模し、人の言葉を操る者。

 アルラウネや、シトリーさんのように特殊な亜獣の場合。

 最終的には、本人が望み、国に申請すれば『亜人』として認めるという法律が出来て落ち着いた。


「やっぱ気持ち悪い、かな」


 それでも差別意識を持つ者はいる。

 何が人とそれ以外を分けるのだろう。

 そういう難しい問題に答えを出せるほど、僕は頭がよくない。


 だけど分かるのは、シトリーさんが頼りになる同僚だということ。

 嫌われる覚悟を持って、僕に秘密を打ち明けてくれたということ。

 僕は彼女の前に屈む。


「まさか。素敵な毛並みと翼ですね」


 シトリーさんが目を見開く。


「…………ほんとに?」


 安心させるように、笑顔で頷く。


「はい」


「でも、可愛くなくてヤなの」


 だから、可憐な夢魔の姿をとっていたのか。


「なりたい自分になれるなんて、羨ましいです」


 それからしばらく、シトリーさんは僕を見上げていた。

 やがて躊躇うように羽ばたき、恐る恐るといった具合に僕の肩へ下りてくる。


「ヤじゃない?」


「軽すぎて不安になります」


 僕の冗談が通じたようで、ようやくシトリーさんは唇を緩めた。

 そのままペロッと僕の頬を撫でる。


「ありがとう、レメくん」


「いいえ」


「シトリーはね、この姿が好きじゃないの。夢魔なら可愛い格好出来るし、魔法も合ってた。でも夢魔に擬態した状態で雇ってくれるところはなくて、ルーちゃんだけが夢魔として受け入れてくれたんだ」


 ただでさえ夢魔のダンジョン就職は厳しい。夢魔に変化した別の亜人、でも難しいだろう。


「そうだったんですね」 


「アガレスくんはちょっと意地悪だけど、ミラっちも友達になってくれたし。ふーちゃんは何も気にしてない感じだったかな。レメくんは、褒めてくれたね」


 彼女が僅かに輝いたかと思うと、いつものシトリーさんに戻った。一瞬の出来事だった。

 ただし、服はそこに落ちているままなので、全裸だ。


 咄嗟に目を逸らそうとするが、ガシッと頭を掴まれる。

 なんとか彼女の目だけを見るよう努める僕を、シトリーさんが楽しげに見つめている。


「シトリーはね、人の望む姿になれるんだ。優しい君へのお礼に、君が望む最高の美女になって、何かしてあげたいな。どうする? 口に出してみて、どんな姿にでもなってあげるよ」


 ドキリとしたのは、一瞬のこと。

 僕は彼女の手をそっと取って、自分の顔から離す。

 上着を脱いで彼女に掛ける。


「レメくん?」


「今の姿が、シトリーさんの『なりたい自分』なんですよね」


「うん……」


「なら、そのままでいるのが、一番いいですよ。お礼なんて、考えなくて大丈夫ですから」


 ちょっとした戯れのつもりなのかもしれないが、誰かの都合で自分を変えるということを、仲間にさせたくなかった。

 シトリーさんは目をぱちくりさせた後、顔全体でとろけるように笑った。


「あはは。ミラっちが落ちるのも分かるなぁ。君は人たらしなんだねぇ」


「え、なんですかそれ……」


「ごめんねレメくん、試すようなことして。でも安易な誘惑に乗る子に、ミラっちは任せられないからさ」


「そういうことなら、怒れないですね」


 彼女がそう言うなら、そういうことなのだろう。

 シトリーさんの手が僕の指輪へと伸びる。


「シトリーは君のことを気に入っちゃった。友達になろうよ」


「えぇ、是非」


「友達が困っているなら、手を貸すのは当然だよね」


「そう在りたいと思います」


「シトリーも。だから、君が困っている時は助けるよ」


 互いの魔力が流れ、シトリーさんと契約出来たのが分かった。


「よろしくね、レメくん」


「こちらこそ」


「じゃあ、服着ようかな」


「出ていますね」


「優しいね」


「当たり前だと思いますよ……」


「上着、借りてるね」


「今返されても困ります」


「あはは」


 僕は備品室を出る直前に、ふと気になったことを尋ねた。


「僕がシトリーさんと話してもミラさんが怒らないのって、シトリーさんの正体とは関係ないですよね?」


 亜獣だから心配要らない、なんてことを考える女性じゃない。

 シトリーさんを人として見た上で、警戒不要と判断した何かがある筈。


「うん? あぁ、シトリーってほら、性別とか超越してるから」


「それって、どういう……」


「そこはまだ秘密~」


 性別など無い種なのか……あるいは男の子なのか。

 とにかく、あのミラさんが接触してもよいと判断するだけの理由があるのだろう。

 まぁ、本人が秘密と言うなら暴こうとも思わない。


「あ、お昼一緒に食べようよ」


「じゃあ、扉の前で待ってます」


「覗くくらいなら、ミラっちに言わないでおいてあげるからね」


「しっかり閉めておきますね」


「可愛くないなぁ」


 僕は部屋を出た。

 胸を押さえる。


「……あー、めちゃくちゃ緊張した」


 そういう経験値が大きく不足しているので、平静を装うのに大変な精神力を要した。

 女性の裸に慣れる時は来るのか。

 自分がそんな存在になれる日は、なんだか想像出来なかった。


 扉の向こうから「可愛いなぁ」という声が聞こえたような、聞こえなかったような。


 ◇


「貴方がたは、このままで三位以上になれるとお思いですか?」


 私は目の前に立つ、紅炎の如き毛髪と漆黒の双角を持つ男性を見据える。


「私達は、一位を目指しています」


「それは目標でありましょう。私が話しているのは現実でございます。三位以上が固定されて数年が経過している今、現状を打開するのは困難だ。だから貴方がたは【黒魔導士】を追い出し、【氷の勇者】を迎え入れ、難攻不落の魔王城攻略へ踏み切った。なんとかして注目を集め、人気を高めようとね」


 パーティーへの取材という名目でとある宿の一室に呼び出された私達だったが、目の前の男はインタビューが目的ではないようだった。


「フェニクス殿、貴方は一位に相応しき逸材だ。他の四名も、それぞれ見所がある。……どういうわけか、三名ほどかつて感じられた程の力を発揮出来ていないようですが、まぁ時が解決するものと思いましょう」


「話が見えてきませんね。私達に何を言わせたいのでしょう?」


「新しい時代の【勇者】にはご興味ありませんか?」


 その男は、親友レメの師である老人に、よく似ているように思えた。



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