第222話◇炎と湖と天秤




 フェニクスは早速聖剣を一閃させる。

 剣の軌跡をなぞるように火が起こり、三日月状の刃を模した火炎が【正義の天秤】アストレアに向かう。


 しかしそれは彼女に届く前に、大地より突き出た土の壁によって阻まれてしまう。


「……通常の土属性も使用可能なようだね」


 フェニクスの言葉に、僕は小さく頷く。


 精霊と契約すると魔法よりも一段上の精霊術を使用出来るようになる。

 ただし、それ以外の魔法を使えなくなることが多い。


 たとえば万能タイプだったレイスくんは、水精霊本体と契約したことでそれまで得意としていた風魔法を含む他の属性を使えなくなった。


 正確には使うと精霊の機嫌が悪くなり、精霊術がしばらく行使出来なくなるのだとか。


 それでもレイスくんの場合は精霊本体との契約なので、水属性全般が使用可能だ。

 土の分霊と契約した【銀嶺の勇者】ニコラさんは『白銀』の創造と操作のみ、水の分霊と契約した【氷の勇者】ベーラさんは『氷結』のみ、風の分霊と契約した【迅雷の勇者】スカハさんは『雷撃』のみと、一属性の更に一部分のみを精霊術として与えられる。


 強力な分、自由度の面で未契約状態に劣るわけだ。


 この自由度を存分に活かしたのが、精霊未契約にして元世界ランク一位【不屈の勇者】アルトリートさんだったりする。

 器用貧乏なんて言う人もいるが、その枠に収まる人が一位になれるような世界ではない。


「普通は、出来ても補助的に使えるくらいだけど……」


 僕も少し驚いていた。


 たとえばニコラさんの兄である【金剛の勇者】フィリップさんは、『硬化』の精霊術を与えられている。

 そのままだと、見た目は変わらず自分の耐久力を上げる使い方に限られるが、実際は違う。


 彼はゴーレムのような装甲で自分を覆い、そこに『硬化』を施す『金剛』という技が使える。

 おそらく、自分の体を覆う時のみという条件で許可されているのだ。


 それだって同属性だから許されること。

 精霊術を与えられた契約者が同属性の魔法を使うことは、ある。


 しかしアストレアさんは今、フェニクスの魔法を防げるだけの土壁を出した。

 メインの精霊術は『不可視の圧力』だろうから、それとは別に通常の土属性魔法も使えるということになる……のか。


 常識外れの精霊契約者だ。

 十三人の騎士団長は世襲。各団長の血に連なる者が跡を継ぐ。

 そして団長の地位だけでなく、精霊契約まで継承されるのだという。


 極めて例外的かつ特殊な精霊契約で、謎も多い。

 今はそういうものと捉えるしかないか。


 試しに放った黒魔法は抵抗レジストされた。


 ……僕のこともしっかり警戒している。油断とかは期待出来ないな。


「【炎の勇者】フェニクス殿、【黒魔導士】レメ殿とお見受けする」


 土壁を崩し、再び姿を現したアストレアさんが言う。

 僕らが頷くと、彼女は続けた。


「ご両名、協力して私に対応するということでよろしいか」


 フェニクスが人好きのする笑顔で頷く。


「えぇ、何か問題が?」


「いや、そちらの方がありがたい」


 フェニクスは一瞬訝しむような顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。


 騎士団は犯罪者を取り締まる組織だ。

 犯罪の抑止のために功績を大々的に発表することはあるが、騎士個人の能力を公表することはない。


 そんなことをしては、犯罪者に対応の隙を与えるだけだからだ。

 冒険者やスポーツ選手のように、観客を魅せる職ではないのだから、当然の対応といえる。


 そんな騎士団が、敢えて優秀な騎士や団長を全天祭典競技に投入した。

 良い成績、可能ならば優勝することで最強の称号を騎士団にもたらし、それ自体を抑止力とするためだろう。


 悪いことをしたら世界最強が取り締まりにくるかもしれない、なんて地域で悪さをしたい者などいないだろうから。


「アストレア選手は、お前を倒すつもりらしい」


 世界四位の【勇者】を倒したとなれば、それだけで一気に評判になる。


「正しくない。私は、貴方がたを退場させる」


 先程僕らを攻撃したのは、僕らが潰し合うのを止める為か。


 僕は素早く状況把握に努める。絶えず続く実況の声からも情報を拾う。


 まずフェニクスパーティー所属の他四人は、ガロパーティーのメンバーを相手に勝利したようだ。

 ガロパーティーはリーダーの得意属性だけでなく、パーティーの攻略方針もフェニクスパーティーと似ていた。

 火力で押してスピーディーに進める、というやり方だ。


 実力者揃いの第十一位パーティーと戦って欠員なしとは……【氷の勇者】ベーラさんがいることを考えてもすごいことだ。

 彼ら四人はフェニクスとの合流を目指してこちらに向かっている。


 そしてレイスパーティー。【白魔導士】ヨスくんは【鉱夫】メラニアさんの肩に乗り、こちらもパーティーでの合流を目指していたようだが、二人の騎士によって阻まれ戦闘に発展。


 ここに【破壊者】フランさんが加勢し、今は互角の戦いをしている。

 フランさんを十歳の少女と侮ると痛い目を見る。彼女は戦闘特化の特殊【役職ジョブ】である【破壊者】持ちであり、その才を存分に振るう強者だ。


 しかし、そんなフランさんを相手にしながら二人の騎士は――崩れない。

 騎士団長と共に祭典競技に出場するくらいだ、他の四人もまた相応の実力者なのだろう。


 残る騎士二人は残っていた別の選手を退場させ、アストレアさんのもとに戻っているところだった。

 と、数秒のうちにそこまでまとめたところで、フェニクスが言う。


「アストレア選手は、我々を倒すつもりのようだね」


 なんでちょっと嬉しそうなのか。


「我々ってのはさぁ、俺達も含めてのことだよね? フェニクスさん」


 フェニクスの反対側、僕を挟むように現れたのは――【湖の勇者】レイスくんだ。

 フランさんがヨスくん達を助けに行ったので、レイスくんは僕を助けに来てくれたのだろう。


「やぁ、レイス殿」


「こんにちは。うちのレメさんが世話になったみたいで、ありがとね」


「……構わないよ。のちに全力で戦うためだ」


「へぇ、きっと後悔するよ。うち強いから。もちろん、【黒魔導士】もね」


「知っているとも」


「ふぅん?」


 この二人、別に仲が悪いわけではないと思うのだが、笑顔で火花を散らせているように思えなくもないのは何故だろう……。


「――【湖の勇者】レイス……。【破壊者】の童女といい……子供相手に刃を向けたくはないが、君たち自身が敵として立つならば、容赦は出来ない」


 アストレアさんは、初めて無表情を崩した。苦しそうに。


「お姉さん、優しいね。けど気にしなくていいよ、きっと俺の方が強いからさ」


「……」


 フェニクスとレイスくんが、同時に僕を後ろへ突き飛ばした。


 僕が数歩後退している内に、二人を『不可視の圧力』が襲う。

 二人が自身の膝に片手を付き、もう片方の手は聖剣へ。


「……あー、間違えた。俺達の方が強い、だったよ」


「……その俺達というのは、私達も含めてのことだろう? レイス殿」


 二人から凄まじい魔力が放たれ、それに伴って二人の体勢が戻る。

 高純度の魔力を放出することで、一時的に精霊術を相殺しているのだ。


 高い魔法適性と実力がなければ出来ないが、この二人ならば問題ない。

 問題は、アストレアさんの実力だ。非常に高いことは確かだが、その上でまだ計りきれない。


 また、遠距離の精霊術もどれだけ通じるか……。

 彼女自身、この二人のように高純度魔力による相殺が可能と考えるべき。

 そうなると、『効果範囲』や『飛距離』などに魔力を割く必要がある遠距離攻撃は適さない。代わりに『威力』を削るか、それを補う為により多くの魔力を注ぐ必要があるからだ。


 『不可視の圧力』を絶えず相殺するのに魔力を消費するのもそうだし、この二人は開始時に大技を使って以降も精霊術を使っている。


 精霊の魔力を借りる方法もあるが、これも無限ではない。そうなると、予選からポンポン借りるというわけにもいかないだろう。


 二人がちらりと僕を見た。

 僕は小声で策とも言えぬ言葉を伝え、走り出す。


 二人は楽しげな笑みを浮かべて頷くと、同時に地を蹴った。


「接近戦を仕掛けてきた」


「団長の読み通りですね」


 アストレアさんと合流した二人の騎士が迎え撃つように前に出る。


 ……フェニクスとレイスくんの動きに合わせて精霊術の効果範囲も移動させている。相当の魔力操作能力だ。


 森を潰したような広範囲展開も出来るのに敢えて操作に気を遣う方を選んだということは……彼女自身魔力を温存しているのだ。

 四大精霊契約者が魔力を気にする状況なのだから、同じように精霊術を使った彼女が同じ状態に陥らないわけがない。


 今、三人は魔力を消費しながら生成し続けていることだろう。

 二人なら大丈夫だ。どちらの強さも、僕は知っている。


 それよりも今は――。


『おぉっとぉ!! フェニクスパーティーとレイスパーティーは共同戦線を張るようです!』


『流れからするに、レメ選手を架け橋に手を組んだという感じでしょーかー。レメ選手は元フェニクスパーティーですからねー』


『ヴォラク選手との決着から息をつく暇もない展開が続きます!』


『というかその決着までの流れもですけど、フェニクス選手との激突? 合流? もあまりにタイミングが良すぎて驚きですねー。まるで全部予定通りって感じで……』


 実際は即興もいいとこなのだが、レイスパーティーが上手く合わせてくれたのでそう見えたのだろう。

 フェニクスに関しては実況をずっと意識の隅で捉えていたので、ガロさん退場後から魔力反応を探っただけだ。


 空中で切り結ぶのだけはタイミングが難しかったが、レイスくんの『水鏡』のおかげで最適な瞬間を選ぶことが出来た。

 あれでヴォラクさんが待ち構えてくれたからこそ、僕の方から攻撃出来たのだ。


 そんなことを考えながら走り続ける。


『迫る四大精霊契約者二人に、迎え撃つ騎士二人!』


『レメ選手はー、おやおや?』


 僕が向かっていたのは――フェニクスパーティーの四人がいる方向だった。




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