第221話◇ドラゴンキラー・ドラゴンキラーズ
技術に優れているとか、魔力量が多いとかならば策の練りようもある。
しかし、作戦を練ろうとそれを正面突破出来てしまう強者というのはいて、そういうシンプルでめちゃくちゃな人は対戦相手にとってとても厄介で、見る者にとってとても魅力的なものだ。
ヴォラクさんは確実に、そういうタイプの人だろう。
けれど、だからなんだというのだ。
こっちは十歳の時から、四大精霊契約者の親友をライバルに据えているのだ。
めちゃくちゃな強さくらいで、思考は止まらない。
「レイスくん。少しの間、僕の後ろへ」
彼は幼馴染のフランさんを気にしながらもすぐに下がった。
彼自身戦場を見極める能力は高いが、反応があまりに早い。
僕に指揮を任せた以上、余計な口は挟まないと決めているのか。
ならばその信頼に応えなければ。
「【黒魔導士】が【勇者】の前に出るだぁ? んな面白い陣形は見たことが――っ!?」
ヴォラクさんが跳んだ。
彼女自身、自分のやったことに驚いているような表情だった。
本能的な反応で、理性的な判断とは違うようだ。
さすがは竜さえ倒した者。野生の勘ともいうべきものも優れているようだ。
僕は聖剣で研ぎ澄ました己の魔力を黒魔法に変換。前方に放出した。
エアリアルさんとの戦いで見せた空間中に黒魔法を展開するアレは、さすがに今は無理だ。
だが予選開始からずっと聖剣に流した魔力ならば、大波とはいかないがそれに近い規模で魔法を放てる。
空間を黒魔法で満たすのではなく、大出力の黒魔法を放つという感じ。
【勇者】クラスでなければ
あまりに無駄になる魔力が多いので連発は出来ないが、機動力の高すぎる敵相手に打つならば有用だ。
「あんたのファンだけど、敵なら倒さないとね」
レイスくんが『水刃』を放つ。高い圧力を掛けられた水の刺突は真っ直ぐヴォラクさんへと伸び、彼女を貫く寸前で――避けられた。
彼女が遠目にも腹が膨らんだのが分かるくらいに息を吸い込み、それを吐くことで自分の体の位置を動かしたのだ。
なんという肺活量。魔法使いが風魔法でやるような空中回避を、息だけでやってのけた。
しかしレイスくんも回避される可能性は読んでいた。
僅かな間を設けて『水刃』は連続して放たれる。
彼女が再び息を吸い込むより早く、次弾は標的を捉える。
だがそれを彼女は尻尾で防ごうとした。
「若ぇのに大したもんだ!」
『水刃』は硬い鱗を突破し尻尾に穴を開けるが、それによって軌道が逸らされたことで頬を割く以上の追加ダメージは与えられなかった。
三発目は『逆噴火』の要領で上空から斜め下――つまり僕らの方向に超加速することで避けられてしまう。
「レメさ――」
「氷!」
レイスくんは水と氷、あるいは霧など自分にできることのどれで対応するか問おうとしたのだろう。
次の瞬間、僕の前に出たレイスくんが聖剣を振るうと視界を氷塊が埋め尽くした。
時間は数秒もない。
レイスくんと視線が交わる。
長々と会話するような時間はない。
「同じ気持ちだよ」
果たしてそれだけの言葉で、彼にどこまで伝わるか。
レイスくんがニヤッと笑った気がした。
氷の塊を蹴り砕いて、【竜の王】が再び現れる。
彼女の視界が開かれる瞬間を突こうと、レイスくんが己が生み出した水流に乗って彼女に斬りかかる。
「良い判断だ」
ヴォラクさんは剣でするように、己の腕を使ってレイスくんの斬撃を受け流す。
いや、どちらかというと盾のようにか。
腕の一部に展開された鱗を利用することで、肉を裂かれることなくそのようなことができるのだろう。
もちろん、とんでもない技量がなければ成立しないが。
そのまま腹部に膝蹴りを受けるレイスくんだが、やられっぱなしでは終わらない。
腹部に水の盾を展開し衝撃を殺しただけでなく、彼の斬撃を受け流したヴォラクさんの右腕は――氷結されていた。
「たっぷり魔力を込めたよ」
魔法は威力以外にも範囲や持続時間によって消費魔力が変わる。
同じ魔力を込めたとして、たとえば『火球』の威力を重視すれば飛距離は落ち効果範囲は狭まる。飛距離または効果範囲を重視すれば同様に……という具合だ。
至近距離、対象は腕のみ、そして肝心の魔力が大量となれば――威力は桁違い。
「ハッ! いいね!」
蹴られて落下したレイスくんは展開した水に受け止められる形で地上に戻る。
ヴォラクさんは腕の氷を再び砕いたが、腕は青黒く変色してしまっている。
「芯まで凍ったか……じゃあ使えんな」
そう言うと即断。
なんと彼女は自分の腕を自分で引きちぎってしまう。
血液の代わりに舞い散る魔力粒子。
しばらく魔力の漏出は続いたが、彼女が「ふんっ」と気合いを入れると止まった。
いや、気合いじゃなくて別の理由があるのだろうけど、そう見えた。
彼女が地上に降り立って数秒も経っていない。
僕は彼女に向かって駆けていた。
手は聖剣の柄に掛かっている。
だが彼女は近づく僕を見つけられない。
いや、見つけ過ぎているというべきか。
「あ?」
『水鏡』だ。
水面に顔を覗かせれば、己が映る。
レイスくんはその現象を、姿見サイズの水を複数展開することで撹乱に利用。
今ヴォラクさんは、僕を映した無数の鏡を見ている。
魔力反応だけで個人を特定するのは極めて困難。
僕でさえ、仲間や親しい一部の人間を見分けられるくらい。あとは大小の判断くらいだ。
ヴォラクさんは強い。強い上に硬いし勘が鋭いし火まで吹ける。
だけど、魔法使いタイプでないのは明らか。どう見ても戦士タイプだ。
この状況、【勇者】の魔法が周囲を囲む中で僕の魔力を嗅ぎ分けることは出来ない。
「楽しい魔法だが、オレみてぇなやつにはあんま意味ねぇよ」
普通の人なら混乱する、戦いに慣れた人なら警戒して、達人なら本物を見抜こうとするだろう。
けれど、ヴォラクさんのような一部の人は、
何故なら――本物が自分を襲う瞬間に、対応すれば済む話だから。
実際、世間に初めて晒される僕の聖剣による一撃は、彼女の手の甲に容易く弾かれてしまった。
――あぁ、
「お前さん――」
――ヴォラクさんは、戦いを好む武人だ。
勝利のみでなく、戦いという過程を重視する。
彼女は強くて、とてもとても強くて、頑丈な人。
【竜の王】は己の圧倒的な強さと、戦いへの関心から――無警戒を選択できる強者だ。
気を張り詰めれば、巨人に踏まれることなどなかっただろう。
彼女の速さなら、メラニアさんを迂回してなお高速で僕らに迫れたかもしれない。
フランさんの攻撃だって避ける素振りも見せなかった。
それでいて、二点だけ。
僕の広範囲黒魔法と、レイスくんの『水刃』には最初から回避の動きを見せた。
敵の強さまで含めて戦いを楽しみたいから、攻撃を避けない。
けれど、致死の一撃を前にそんなことをしては戦いが終わってしまうし、なにより敗北してしまう。
無視すれば戦いが終わりかねない攻撃を嗅ぎ分ける感性。
僕がいつか【銀嶺の勇者】ニコラさんに感じた、天性の才能に似ている。
とにかく。
彼女を倒し切るには『致死の一撃』を連続させ、彼女がそれを回避出来なくなるまで削るか。
あるいは――そうと気づかせずに食らわせるかだ。
僕の最初の大規模黒魔法は、それ自体が並の【黒魔導士】には出来ないことで、仮に出来ても魔力がすっからかんになって再生成に時間が掛かるほどのもの。
更に、彼女の研ぎ澄まされた戦闘勘は黒魔法が放たれてからでも、それを避けることが可能。
もっと言えば、大規模黒魔法の後で絞り出したような黒魔法くらい、食らったところで
彼女の性格上、本当は一発目からして体感するつもりだったのだろう。
ヴォラクさんの本能が食らってはまずいと判断し、思考より先に跳んだと思われる。
黒魔法の威力そのものというより、それを食らって無防備になることでレイスパーティーからの集中攻撃に晒され退場することを察知したのかもしれない。
「僕一人で貴方に勝つのは難しい」
残念ながら【黒魔導士】レメの剣術は、フルカスさんという師に恵まれた上で並程度。
だから僕は、いくら切れ味の鋭い聖剣とはいえ彼女を斬れるとは思わなかった。
もちろん本気で打ち込んだが、その上で対処されることは分かっていた。
直後に反撃を食らうだろうことも。
そこまで含めて、必要なことだった。
あらかじめ対処されると分かっていた斬撃。弾かれたそれを、僕はすぐさま引き戻す。
彼女の蹴りを剣の腹で受け止め、衝撃に合わせて跳ぶ。
まるで砲弾のように空へ舞い上げられる僕。
だがしっかりと見えていた。
レイスくんがヴォラクさんの足元を凍結させ、回復したメラニアさんがヨスくんを他の選手から庇い、そのヨスくんがフランさんに白魔法を掛け、そのフランさんの拳が――再びヴォラクさんを捉えるところを。
僕が彼女に掛けたのは『混乱』でも『速度低下』でもない。
彼女の驚異的な耐久力を一度で無効化するほどの『防御力低下』だ。
彼女が僕の剣に直接対処すると読んで、手の甲で弾かれた瞬間に接触面を通して黒魔法を叩き込んだのだ。
彼女から見れば、レイスパーティーのメンバー個々人には足りないところもあるのだろう。
実際その通りだと思う。
僕の仲間はみんなまだまだ成長途中にある。
これからもっと強くなる。
けれど今勝たなければならなくて。
不足しているものがあって、一人で勝つのが難しいなら。
簡単だ。
僕らは一人じゃない。
「補い合うのが仲間ですよ」
レイスくんも言っていた。僕も同じ気持ちだ。
「チッ……」
ヴォラクさんは悔しそうな、楽しそうな、物足りなそうな、それでいて満足げな笑みを浮かべ――退場した。
『なるほど、めちゃくちゃに突破されるところまで作戦に組み込んで、個人の勝利を捨てた上でチームの勝利を得たわけか』
ダークが何か言っている。
それにしてもヴォラクさん、彼女――。
『止めを刺すことに拘ってなかったね。相棒と戦うのが目的だったんだろう』
そう。僕らのパーティーが全員無事で済んだのは、ヴォラクさんが迎撃はしても追撃はしなかったことが大きい。
ガース選手に僕が黒魔法を掛けたと気づいた時の反応からも、彼女はあまりポイントを気にしていないのかもしれない。
……そこまでして僕を気にするなんて、フルカスさんと何があったのだろう。
『それより相棒、今の君じゃあ空飛べないでしょ』
僕の体はまだ空中を流れていた。
だが大丈夫。
そろそろだ。
体を捻り、真後ろに向かって聖剣を振り抜く。
瞬間、剣戟の音が鳴り響いた。
紅の炎の軌跡を描き、マントを鳥の両翼のようにはためかせ、こちらに向かって飛んできたのは――。
「やぁフェニクス、こんな空で奇遇だな」
「……私には、君がこちらを狙って飛んできたように見えたのだけどね」
【炎の勇者】フェニクスが、そこにはいた。
互いの聖剣越しに、目が合う。
フェニクスがこちらに来るのは感じ取っていた。後は位置取りとタイミングを調整し、ヴォラクさんの反撃に合わせて跳ぶだけ。
さて、ここまでは上手くいったが猶予はあまりない。
「下まで運んでくれ」
「今は敵同士では?」
「あの人もな」
僕が視線で示した先を、フェニクスは一瞬で確認。
直後、フェニクスが僕の衣装を掴んでその場を離脱。
僅かな間を開けて、僕らの飛んでいた空間が歪んで見えた。
歪んだ空間の先、地上には一人の騎士が佇んでいる。
【正義の天秤】アストレア。
四大精霊に極めて近い高位の分霊と契約した、十三人の騎士団長の一人。
少しでも回避が遅れていれば、潰された森の木々と同じく、僕達も地面でぺちゃんこになっていたのだろう。
「……君の選んだパーティーと戦うのは、そう簡単ではないようだね」
君の選んだパーティー、の部分に若干棘を感じる。
「拗ねるなよ、フェニクスパーティーは五人揃ってただろ」
軽口を叩きながら地上に下りる。
フェニクスが僕との再戦を望んでいることは分かりきっている。
アストレアさんの魔法で僕がやられるという終わり方は、敵同士の状況でも嫌がると判断。
「出来れば五人同士で戦いたいものだ」
僕らがヴォラクさんと戦っている間に、他の戦いも当然進んだ。
フェニクスとガロさんの戦いはエリアを地獄のように変えながらも、フェニクスの勝利。
アストレアさんとバルバトスさんの戦いは、彼女の衣装に僅かな傷がついたのみで、アストレアさんの勝利。
『西の魔王城』四天王というくくりでバルバトスさんとヴォラクさんが同格ということを考えると、アストレアさんの強さは相当なもの。
「じゃあどうする?」
フェニクスは、笑った。
「我々以外の全員に、ご退場いただく他ないだろうね」
「よし、やろう」
気持ちよく親友と戦うための、共同戦線が張られた瞬間だった。
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