第141話◇第一層・番犬と『獄炎』の領域(下)
レイスくんとフランさん、そしてランク第三位のヘルヴォールパーティーの面々であれば、沈む砂の大地から脱することはそう難しくない。
これは即退場に繋がる罠ではなく、時間稼ぎだ。
自力ならばそれなりに、魔法を使うならば数秒、時を稼ぐことが出来る。それで充分。
ヘルさんは、近くの仲間の腕や肩を掴んでは軽く放り投げて助けていた。
極めて強力な駒である勇者を数秒封じることが出来るなら、罠としては最高の結果。
だが――。
「フラン」
「うん」
即断。
視線を交わしただけで意思疎通は済んだようだ。
フランさんのマントがふわりと捲れ上がったかと思えば、そこから覗くのは――異形の右腕。
巨人の腕を少女に縫い付けたような違和感だが、問題なく動くようだ。
彼女はそのままレイスくんの腕を掴み、真上へ打ち出すように投げた。
少女らしからぬ凄まじい力。
だが僕が気になったのはそこではない。
――フランさんを助けるのではなく、彼女に自分を助けさせた。
おそらく魔法を使う時間を仲間の救出ではなく、違うことに使うつもりなのだ。
「腕を切れ……!」
その短い叫びは、風魔法の応用によって大きく響いた。
距離の離れたスカハさんとセオさんにまで届くほどに。
――判断が早い。
【勇者】は全てにおいて常人を遥かに凌ぐ。
それは身体能力であったり、魔法の才であったり、努力の報われ方であったりする。
当然、頭の回転もだ。
フェニクスは幼い時、頭の中で色々と考え過ぎるあまり上手く言葉が出てこず、それをからかわれることがあった。
当時の僕は、あいつが一つ一つのことを大事に深く考えているからすぐに言葉にならないのだと励ましたし、実際にそう思っていた。そして、それは間違いではない。
だが思えば、その時から片鱗を見せていたのかもしれない。
短い時間で深い思考が可能な頭を持っていたということなのだから。
適職は十歳で判明するが、それは奇跡が授けられるのとは違う。
ただの判明。
実際、レイスくんは【
とにかく、年齢によって【勇者】の能力を測るのは無意味。
彼は瞬時に状況を把握し、彼自身の思い描く勝利の形に最も近づける選択をした。
そして、それはランク第五位パーティーのリーダー、【迅雷の勇者】にも――届いた。
糸を操るセオさんが迫る炎に目を剥き、レイスくんの言葉に「腕を……?」と戸惑っている間に、スカハさんは行動を済ませていた。
「お前を残すには、これが早い」
スカハさんの言葉と、セオさんの十指が地に転がるのは同時。
綺麗に指の根元だけを切断したのは手心というより、魔力の漏出を抑える為か。
指のあった箇所から、光の粒子が漏れ出ている。
「……! な、なるほど! 確かにこれならば炎はワタシを焼けませんね! 素晴らしい! ワタシの指が無くなり、糸を操ることができなくなったことを考慮しなければ、ですが!」
さすがのセオさんも笑みが引き攣っているが、彼らの判断を理解したようだ。
「落ちなければそれでいい」
レイド戦は通常の攻略と異なるルールで開催される。
冒険者達は、退場してしまうと次の層での復帰が出来ない。
ただ一つの例外を除いては。
その例外というのが、『二体のフロアボスを撃破すること』だ。
フロアボスは当然、各層に一体。
つまり、魔王様のところまで辿り着いた場合、それまでの十層のフロアボスは十体だから、復活可能な最大人数は、五人。
レイド戦では、最大で五回までしか復活出来ないわけだ。
【魔弾の射手】カリナさんは、第二層が攻略されない限りは復帰出来ないということになる。
これ以上仲間を欠くわけにはいかないという考えに及ぶのは当然。
退場さえしなければ、次の層までに
だから、この層で戦闘能力を失うことになっても、退場させないという判断は間違っていない。
だが一人が退場し、一人が大きく戦力ダウン。スカハパーティーでまともに戦えるのは三人。
攻略の中心パーティーとして、この状況からどう――。
「まさか」
ふと脳裏を過ぎるのは、一つの考え。
ある。
スカハパーティーを主軸に、この状況を打破する方法が、一つ。
誰かのサポートが必要だし、スカハさんにあることを諦めさせなければならないが。
これまでの僅かな動きでも明らか。
レイスくんは僕と同じ人種だ。
ざっくり言うと――冒険者オタク。
鍛錬で同じ時を共にしたから、なんてレベルの理解を超えている。
彼は【不屈の勇者】ばかりを見ていたというわけではないのだ。
あるいは自分が越えるべきライバルとして、研究していたのかもしれない。
今起きたそれを、なんと呼べばいいだろう。
一秒も無かっただろうか、僅かに地面を濡らした――
レイスくんの水魔法である。とはいえ、精霊術ではない。
彼は精霊と正式に契約を結んでいないから、特定の属性に縛られない。
不可視化は身につけているものにも及ぶ。衣装だけでなく、後からの付着物にだって対応。
だから水滴で居場所が判明することはない。
だが、濡れていない場所はどうだろうか。
たとえば四足獣が上空から水を浴びた時、胴体の下には濡れるのを免れる小さな空間が出来る。
もちろん疾走中の【黒妖犬】だ。居場所が知れると言っても本当に僅かな時。
だが、スカハパーティーにはそれで充分。
【無貌の射手】スーリの『神速』が、
【遠刃の剣士】ハミルの『斬撃を飛ばす』魔法剣が、
【黒妖犬】を狩る。
そして、【迅雷の勇者】スカハもまた、動いていた。
「瞬きの後に迎えに来る」
セオさんにそう残し、彼は有言実行。
隣で画面を見ていたカシュが「ひゃうっ」と震え、僕にしがみついた。その耳はピクンッと立てられている。
雷が落ちたような轟音と、閃光がフィールドを駆け抜けたからだ。
「…………」
仮面の奥で、僕は画面を見つめている。少し、険しい顔をしているかもしれない。
スカハさんは、気づけば仲間と合流していた。それも、セオさんを伴って。
そしてエアリアルさんより後方、つまりスカハパーティーが担当していた空間には、無数の魔力粒子がキラキラと輝きを放っている。
まだレイスくんは落下が始まったばかりだ。
本当に、ただの一瞬で。
彼らを狙っていた魔物達が、全滅してしまった。
規格外の魔力量、魔力と肉体の操作精度、耐久力などによって実現した精霊術と斬撃の組み合わせ。
スカハさんは片手剣型の聖剣によって、一瞬の内に魔物を斬って回ったのだ。
「生身なら、口からお見せ出来ないものが飛び出るところでした……」
瞬きの後には仲間と合流していたセオさんは、少し元気が無い。
「……『迅雷領域』」
カーミラが掠れるような声で呟いた。
元々は雷属性を纏った状態での無差別な広域攻撃を指すスキルだが、スカハさんが使う場合は違う。
彼は精霊術による超加速を、全て制御しているのだ。
ただ最初に使わなかったように、メリットばかりではない。
膨大な魔力はもちろん、極限の集中力が求められる。
そもそも、見えない敵の全てを斬ることは彼にも出来ない。ほんの僅かな時とはいえ、居場所を確認する術が得られたからこそ発動に踏み切れたのだ。
可能ならば温存したかったスキルだろう。
必殺技、あるいは奥の手という方が実態に近いか。
術の格では比べ物にならないが、フェニクスにとっての『神々の焔』のようなもの、といえば伝わりやすいかもしれない。
それをフロアボス戦前に使わせた、という意味では充分な戦果と言える。
だけど、彼がここでこれを使ったということは……。
「……感謝する、【湖の勇者】」
自身の風魔法でゆっくりと着地したレイスくんに、スカハさんが声を掛けた。
「あはは、どーいたしまして」
以前は相性が悪そうに見えた二人。
だが、それを理由に手を貸さないだとか、助けられたのに感謝をしないだとか、そういうことをする人達ではない。
「親睦を深めているところ申し訳ないが、スカハ。
【嵐の勇者】エアリアルさんの言葉は、確認だ。
「……えぇ、
スカハさんもそれを理解し、悔しげに頷く。
自身は魔力を大きく消費し、仲間を一人欠いた。もう一人は魔法具と指を失っている。
第一層の中心は自分達の予定だが、この状況でそれを主張するのは愚かというもの。
許可を得たエアリアルさんは一つ頷き、虚空へ視線を移した。
「ミシェル」
彼に名を呼ばれたのは、トンガリ帽子にローブ、手には杖といういかにも魔法使いといった格好の女性。
フェニクスが現れるまでは、最強の火属性遣いと言われていた【紅蓮の魔法使い】だ。
普段はほんわかした雰囲気のお姉さんなのだが、いざ戦闘となると――。
「いいんだね? 焼くよ~燃やしちゃうよ~」
異様にテンションが高くなる。
うきうきした様子で彼女が杖を振るうと、それは起こった。
巨岩ほどの火球が幾つも生まれ、何もない大地に向けて放たれる。
【不可視の殺戮者】を炙り出す目的だろう。
直撃すれば、先程のダメージもあって退場しかねない。
一撃が掠めたのか、グラさんの苦しそうなうめき声が響いた。
「君達も此処を守らねばならないのだろうが、私達は底に用があるのだ。この城の主にね」
魔王城は地下迷宮。層を重ねるごとに、冒険者達は下へと向かっていく。
やがて辿り着くべき底、魔王様の待つ第十一層を目指して。
エアリアルさんが、両手剣型の聖剣を上段に構えた。
火球の間を縫うようにして接近していたのだろう、片翼を失い、身体を焦がしたグラさんがそれでも果敢に【嵐の勇者】へ鋭利な爪を振るう。
「素晴らしい連携だった」
グラさんの爪が届くよりも、彼の振り下ろしの方が早かった。
次の瞬間。
【不可視の殺戮者】グラシャラボラスの身体は縦に割れ、遥か向こう、偽りの魔王城にもまた、剣で切りつけられたような亀裂が走った。
第一層の面々の活躍に沸いた映像室の者達は、今や画面を呆然と眺めている。
グラさんが退場したことで、荒野には静寂が訪れる。
エアリアルパーティー側にいた不可視の魔物達も、ここに至るまでに退場していた。
フランさんも、既にレイスくんが救出済み。
「ふむ、あたし達だけ何もしてないじゃないか」
ヘルさんが難しい顔をする。
「さすが魔王城って感じだね。このメンバーなら大抵のことは切り抜けられるけど、問題ごとの『切り抜けるまでに掛かる時間』を上手に使って策を講じてる」
相変わらず、レイスくんは十歳らしからぬ発言をする。
「うむ。スカハ達には悪いが、おかげで彼らのやり方が見えてきたね」
「だね。冒険者達の最適解に対して、そこを突いてくる」
エアリアルさんとレイスくんだけでなく、他の面々も気づいているようだ。
「はっ、いいじゃないか。それを真正面から潰すのが【勇者】ってもんだろう」
ヘルさんならそうだろう。
「そのあたりは、層ごとの主軸パーティーに任せるとしよう」
エアリアルさんはそう纏めた。
その発言はどちらかというと、魔王城の魔物達へ向けたもののように聞こえた。
君達がこちらの方針に気づいたことに、こちらも気づいたぞ、と。
特に異論が出ることもなく、既に移動を再開していた十六人は偽魔王城へと足を進める。
「で? どうするのさ。フロアボスと四人で戦うかい?」
ヘルさんの試すような視線に晒されたスカハさんは、否定するように首を揺すった。
「これ以上仲間を欠くわけにはいかない。レイス、フラン。協力を頼めるか?」
「もちろん。勝つ為に必要なら、なんだって協力するよ」
無邪気に見える笑みを浮かべるレイスくんと、無表情でこくりと頷くフランさん。
その後。
フロアボス・【地獄の番犬】ナベリウスさんは奮闘したが、退場者を出すことは無かった。
スカハパーティーが自分達を軸にした攻略を主張すれば、更に一人二人は落とせただろう。
しかし世界ランク五位ともなれば、さすがに弁えている。
プライドを優先させて仲間を危険に晒す愚は犯さない。
もう一つ理由があるとすれば。
レイド戦に限って言えば、フロアボス戦はダンジョン側にとって不利なものというところか。
ダンジョンは幾つかのブロックに分かれている。
最も大きなものが『ダンジョン』。ダンジョン全体を指す。
次が『層』。第一層から最深層までの各層を指す。
その次が『エリア』。第一層の場合、荒野エリア、フロアボスエリアの二つ。
このエリアだが、通常、フロアボスエリアはそれ以前のエリアより狭く作られる。
第一層は少し分かりづらいが、広大な荒野エリアに対し、偽魔王城の門の前。
フロアボスは【地獄の番犬】ナベリウス。
第二層は無人の都市をイメージしたエリアに対し、外れにある霊廟。
フロアボスは【死霊統べし勇将】キマリス。
第三層は暗い森エリアに対し、古びた館の一室。
フロアボスは【吸血鬼の女王】カーミラ。
第四層は鉱山内を思わせる入り組んだエリアに対し、ダンスホールほどの空間。
フロアボスは【人狼の首領】マルコシアス。
ボスに至るまでの道程の方が長く、ボスとの戦いは決戦という感じ。
もちろん、フロアボスは強大な力を持った魔物だ。配下を引き連れて冒険者を迎え撃つ。
勇者パーティーにも引けを取らない強者。
なのだが、そもそもにして規格外な勇者が、このレイド戦では五人もいるのだ。
狭い空間では策を弄するにも限度があるし、配置する部下も無数とはいかない。
そもそも、ボス戦で視聴者が求めるのも、力のぶつかり合いだったりする。
苦難を乗り越えた冒険者達が、その層のボスを真正面から叩き潰す。
これに対抗するには、魔物の側もまた真正面から応じる他ない。
ダンジョン攻略&防衛は、エンターテイメント。この前提を無視するわけにはいかない。
仲間の力を借りることにしたスカハパーティーは、退場したカリナさんと戦力ダウンしたセオさんの代わりに、レイスくんとフランさんを入れる形で五人体制を維持。
もはや意外とは思うまい。レイスくんはサポートに徹し、フランさんが前衛を務めた。基本的にはスカハさんの魔力が回復するまで敵の攻撃を凌ぎつつ、各人が自身のタイミングで魔法やらスキルを浴びせる。
今回、エアリアルパーティーとヘルヴォールパーティーは露払いに徹した。
最後はスカハさんによって、ナベリウスさんの三ツ首が一度に切り落とされ、決着。
【遠刃の剣士】ハミルさんの右腕を奪い、フランさんに重度の火傷を負わせたが、退場させるには至らなかった。
数を十六人へと減らした冒険者達は、魔王城の第一層を攻略。
続く第二層への進出を決定。
その日の攻略は、終了となった。
「あの少年……
カーミラの言葉に、頷く。
「あぁ」
今回の攻略、世間の評価はどうなるだろうか。
スカハパーティーには、若干厳しい意見が寄せられるかもしれない。
詳しい事情よりも、分かりやすい情報で判断する者は少なくない。
第一層で仲間を失い、新人の力を借りた。この事実だけで批判する者はそれなりにいるだろう。
ただ、全体的には盛り上がるのではないか。
これまで見たことがない魔王城の歓迎、それをギリギリで切り抜ける冒険者達。
ピンチから一転、敵を全滅させるスカハパーティー。
それをサポートするのは、水精霊の本体に契約者と認められながらも、それを観客と言い切る若き【湖の勇者】。
結果から見れば一人の退場だが、良い結果だと僕は思う。
グラさんの力も大きいが、【黒妖犬】と【調教師】と簡単な罠で、一線級の冒険者達を苦しめ、一人を倒すことが出来たのだ。
魔物が単なるやられ役ではないと示す、素晴らしい一歩だったのではないか。
それに。
仲間達には悪いが、僕は彼らが第十層まで辿り着くと思っている。
もちろんそれ以前に全滅させるつもりで協力するし、仲間の力は疑っていない。
だけど、僕は彼らをよく知っている。どれだけ動画を繰り返し観たか分からない。
いずれもパーティー単体で魔王城に挑んでもおかしくない実力者達。
レイスくんとフランさんには未知数なところがあるが、今回の活躍で言えば他と遜色ない。
……いや、違うか。
結局は、ただの願望なのだろう。
僕自身が、彼らを迎え撃ちたいのだ。
レメゲトンが、彼らと戦いたいだけなのだ。
◇
「君がレメくんだね。あぁ、この前のタッグトーナメントを観たよ。素晴らしい活躍だったね」
第一層の攻略から数日後。
僕はまたまたエアリアルさんに呼び出され、そして――かちこちに固まっていた。
何故かというと、その場で待っていたのが憧れの――【不屈の勇者】その人だったからだ。
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