第15話◇魔王軍参謀、お出かけの約束をする

 


 

 記録石は様々な機能を備えたアイテムだ。

 魔力は必要だが、石に『別の記録石』を登録しておけば、そこへ人やものを転送させることも出来る。


 またダンジョンの攻略情報を記録することにも利用され、これをダンジョン側が確認することで冒険者は『前回の続き』から攻略を再開することが出来る。


 記録石のある部屋はセーフルームと言い、この中に入っている間は魔物に襲われないし、情報記録セーブを行って帰還することも出来るのだ。

 利用には登録証と呼ばれる身分を証明するアイテムが必要になる。

 そんな記録石だが、ダンジョン職員達も大いに活用していた。


「レメさん。今日はこれを使ってください」


 ミラさんに渡されたのは仮の登録証。昨日の今日では正式なものの発行は間に合わない。

 長さは親指程で、薄い金属製の板だ。穴が空いており、そこにチェーンが通されていた。


 カシュのことは数日掛かると思っていたらしく、仮の登録証は僕の分だけ。

 僕は紛失しないように自分の首に掛けようとして、やめた。


「カシュ、最初のお仕事だ。これを無くさないように預かっていてくれるかな」


 そう言ってカシュの首に掛ける。


「は、はいっ! ぜったいになくさないです、さんぼー!」


 参謀か。うぅん。


「……呼び方はいつも通りでもいいよ」


「いえ、お仕事ちゅうなので」


「そっか。なるほど。うん、分かった」


 少々の寂しさを感じるが、仕事に熱心なのはいいことだ。

 ふんす、と呼気を漏らしながら決意を漲らせるカシュを微笑ましく思いながら、僕たちは魔王城の中を歩いていた。


「魔王城地下には、一般に『ダンジョン』と呼ばれる施設の他に幾つもの空間があります」


「え、そうだったんですか?」


 ミラさんは既に僕から離れていた。その際にほんのり頬を染めつつ「これ以上は心臓に悪いですから」と言い、僕は内心で強く同意した。


「えぇ、訓練を行ったり、同じ階層所属の者や同じ種族で休憩したりなどするのに使われますね。大浴場もありますし、ホームシアターや鍛冶屋など体も心も武器防具に至るまでケア出来るようになっています」


「……ダンジョンってすごいな」


 一般人が知っているのは、なにやら太古の魔物が作り出した特殊空間ということくらい。

 ダンジョンの経営が国に許可されているのだから、それで充分。

 実のところ僕も同じだったが、改めて聞かされると驚く。


「通路が繋がっていないというだけで、防衛には有利ですからね」


「確かにそうですね」


 大昔なら攻略者など邪魔でしかない。出来れば入ってほしくないのだから、特定の手順を踏まなければ別の階層に繋がらないようにするのは賢い。


 まぁ太古の魔物達も長い時の果てに自分達のダンジョン内に温泉とか小型映画館が作られるとは夢にも思わなかっただろうが。いや……温泉は有り得るか? どうだろう。


「今日逢って頂くのは、ウェアウルフ……【人狼】の集団です」


 ちなみに、冒険者は【役職ジョブ】プラス名前で呼ばれることが多いが、魔物側は【役職ジョブ】ではなく種族プラスダンジョンネームで呼ばれる。

 【魔王】のような例外もあるにはあるが。


「【人狼】ってことは、人と半狼の状態を使い分けられるんですか」


「そうですね。フロアボスのマルコシアス含め善人ばかりですし、人の姿をとれる分レメさんを受け入れることへの抵抗感も少ないと判断しました」


 魔王様ことルーシーさんの配下なのだから、どうしようもない悪人などはいないだろう。

 だからといって、全員が人間の【黒魔導士】を手放しに喜ぶかと言えば違う。


 しかも元冒険者だ。スポーツで言ったらライバルチームを放逐された者がある日いきなり自分達のキャプテンに抜擢されるような話。エースでもいいかな。とにかく、気持ちの面で受け入れ辛いと思うのはまったく当然。


 ミラさんはその部分まで考え、僕がいきなり挫けたりしないように配慮してくれたのだろう。


「でも気をつけてくださいね。揃って善人は善人ですが、彼らはその……暑苦しいので」


「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。ミラさんの仲間なら、心配要らない」


 ミラさんは本当によくしてくれている。

 彼女に声を掛けてもらえなかったらと思うと恐ろしい。

 誰に認められることもない、不遇の【黒魔導士】としてどう生きることになったか。


 彼女は僕がちょっと悔しくなるくらいに僕の魔法について理解していて、個人的にもファンだという。

 ただずっと違和感が拭えない。


 とても嬉しいが、彼女から感じられる好意は、なんというか大き過ぎるのだ。

 カシュのように、初めての客でありほぼ毎日接客していた僕に懐いてくれるのならば分かる。嬉しいし、受け入れるのは簡単だ。経緯が分かるから。


 ミラさんの場合、何かパズルのピースが欠けているような感じなのだ。

 たとえばファンになったきっかけとかが分かれば、この違和感は解消されるのだろうか。


 つまり、彼女の好意の出発点。出処。単にすごい【黒魔導士】だから、逢ってすぐベタベタするというのは変だ。他の者への態度を見ても、ミラさんはその辺しっかりしている。


 決して軽い人ではないからこそ、その気持ちを軽く受け入れられない。

 それはそれとして、もうばっちり信用はしている。


「……。そういう嬉しいことを言われると、血を吸いたくなるので注意してください」


 吸血は、元は血中に含まれる魔力を吸い取る為のものだった。吸血鬼に年若い女性を狙うイメージがあるのは、若い方が魔力に富み、女性の方が魔法への適性が高い傾向にあるからとの説がある。

 とはいえ彼女は魔力が吸いたいわけではないだろう。


「少しなら吸われて困るものでもないですから、ミラさんが吸いたいなら僕は構いませんよ」


「レメさん、二度とそんなことを言ってはいけません。……そんなことを言われたら私……とにかくやめてください。仕事中ですよ?」


 ミラさんの顔はちょっと赤い。何かを我慢しているようでもあった。吸血衝動に襲われているのか。


「……気をつけます」


「ですがレメさん、次の日が休日なタイミングでもう一度言われたら、私はレメさんを吸うと思います。ちなみに私の休みは三日後です」


 魔力を吸われるのは、とてつもない疲労感を伴うらしい。ただでさえ血を失っているのに、魔力までガンガン減ると健康には良くない。翌日に仕事が控えている時にすべきではないとの判断か。

 それとも現代の吸血鬼特有の言い回しなのか。


 亜人達は、その先祖がしたような人に害を及ぼすあらゆる行為を現在はしていない。していないし、他の犯罪同様取り締まる法もある。

 吸血もそうで、同意を得ない吸血行為は暴行に等しいとの扱いだ。


「次の休みは三日後です」


 ミラさんはもう一度言った。

 恥ずかしながら、僕はそのことでようやく意図に気づく。


 これはあれか。その休日に逢ってもいい。つまりデートに誘われたら承諾しますよと伝えてくれているのか。


 血を吸うという目的というか建前はあるが、そうなのではないか。

 ただ僕は絶望的にモテない期間が十年続いたこともあり、こういったことには非常に不慣れだ。


 えぇい、勇気を出せレメ!


「色んなことのお礼もしたいですし、も、もしよかったら、その休みを僕にいただけませんか……?」


 言った。

 ミラさんは自分で促しておいて、まさか僕が誘うとは思わなかったのか目を見開く。


 そしてふいっと視線を逸してしまった。

 失敗した!? と僕の心が砕け散る寸前。

 その耳が赤く、頭部の蝙蝠羽――帽子はもうとっていたので露出している――がぴくぴく揺れているのに気づく。

 そして唇が恥ずかしそうにもにょもにょと動いた。


「……はい、是非お願いします」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。いやわかったが感情がすぐに発生しなかったのだびっくりし過ぎて。違うか。嬉し過ぎてか。とにかくまずい。何がって、とにかく周辺を全力で走り回って「ひゃっほー!」と叫び狂喜乱舞したい。それを押し留めたのは、長年の修行で培われた精神力と、カシュの手前恥ずかしいところを見せれないという思いと、両手で顔に蓋をするように表情を隠しているミラさんを一瞬も見逃したくなかったから。


「……レメさん」

 

 カシュの悲しげな声で僕は我に帰る。

 登録証を大事に小さな手で握っているカシュが、とても寂しげに僕を見ていた。

 ――そうだ、先程カシュとも約束したばかりじゃあないか。


「もちろんカシュと散策する約束も忘れていないよ。ミラさんに聞いて、何か甘いもののある店にでも行こうか」


「あまいもの……」


 カシュが一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐにまた落ち込んでしまう。


「……れ、レメさんとふたりで、ですか?」


 不安そうな声。

 ミラさんに案内してもらった方が確実だ。僕はこのあたりに詳しくないし。

 だが、カシュが幼いながらに何を求めているか、僕には分かった。

 ミラさんと二人でおでかけするなら……自分とは?


「カシュさえ良ければ、二人で行こうか」


 今度こそ、カシュに元気が戻る。


「ふたりがいいですっ! ……あ、でもミラさんが嫌とかではなくてっ」


「えぇ、分かっていますよカシュさん。私もそのあたりは弁えていますから」


 カシュがまだ子供だからか、ミラさんは他の女性関連での警告を出す時と違って優しげな声を出して言う。


 短い間隔で二人の女性と出かける約束をしてしまった。片方はカシュだし、まさしくデートではなくお出かけなわけだが、それでも以前の僕からすれば有り得ないことだ。


 冒険者業界の【黒魔導士】、不遇過ぎるな?

 自分でそれを選んだのだが、改めて考えると酷いものがある。


「それと、レメさん」


 余裕を取り戻したミラさんが、僕の耳元に唇を近づける。


「貴方が優しいのは分かっています。でも、先程の言葉を他の吸血鬼には言わないで頂きたいのです。そんなことになったら、ふふふ……とにかく、よろしくおねがいしますね?」


「はい……」


 首元にナイフでも宛てがわれてるのか? ってくらいの緊張感を持って、僕は頷いた。

 体の芯に氷柱を差し込むような、ぞっとする怖さがあった。

 そんなことがありつつ。 


 やがて、僕らは記録石がずらりと並んだ部屋についた。

 カシュがはしゃぎ、僕も壮観だなと思う。

 一体どれだけの空間があるのか。ダンジョンとは不思議なものだ。


「こちらです」


 記録石の前に立つ。

 土色の台座の上に、青い拳大の石が嵌っている。


「第二運動場を指定してください。先に行って待っていますね?」


 ミラさんが登録証を記録石にかざすと、その姿が消えた。カシュが驚く。


「僕たちも行こうか」


 カシュが登録証を差し出すので、少し考えて首を横に振る。


「カシュがやってみよう」


「え……でも」


「大丈夫、怖くないよ」


 僕は彼女の脇を抱え、記録石の部分まで持ち上げる。


「ひゃあっ。え、え、うぅ……わかりましたぁ」


 登録証を恐る恐る記録石に近づけるカシュ。


「さっき聞いたよね。えぇと、どこだっけ?」


「もうっ、だいにうんどーじょー、ですよ」


 くすくすと笑いながら答えるカシュ。おっ、緊張がほぐれてきたね。

 カシュが意識したことに反応し、目の前の景色が切り替わる。


「わっ、えっ!?」


 驚いてじたばたするカシュだったが、僕に抱えられたままであることに気づき安堵の息を吐く。


「うん、上手く出来たね」


 褒めると、照れるようにはにかんだ。

 下ろすと、期待するようにこちらを見上げる。くいっくいっと頭部を近づけてきた。

 なるほど。


「よしよし」


 頭を撫でると、彼女から幸せそうな声が出る。

 カシュがいるだけで癒やしの効果が凄まじい。


「レメさんは甘えたい方ですか? 甘やかしたい方ですか? いえちょっとした確認です」


 すぐ近くにいたミラさんが言う。

 僕らが転送されたのは、広い運動場の端。

 そこでは狼化した【人狼】さん達がひたすらに走り込みをしていた。

 そのうちの一人、明らかに体格の大きいのがフロアボスのマルコシアスさんだ。


「さぁ走れ! 走りまくるのだ兄弟達よ! あの凄まじい黒魔法を受けても動けるくらいになればいい! 速度を倍にすれば、半分にされてもこれまで通り動けるだろう! がはは!」


 ……すごい理屈だなぁ。

 一番すごいのは、そのめちゃくちゃな理屈に全員が「オウッ!」と応えていること。


「マルコシアス」


 僕達は少し近づいて、ミラさんが彼に声を掛ける。

 カシュはその大きさに圧倒されて、僕にしがみついていた。

 見上げるほどの巨体がこちらに向く。


「おぉ、カーミラ嬢! もう時間だったか……む」


 彼が僕に気づく。

 そして狼の口が開き、嬉しそうな声で笑った。


「おぉ! 【黒魔導士】殿ではないか! まさか本当に我らが魔王軍に入られたとは!」


 どうやら、歓迎されているようだ。

 さすがはミラさん。優先して顔合わせをセッティングしたのは、こうなると予想出来ていたからか。


「よろしくお願いします。レメ……レメゲトンです」


「あぁ、ダンジョンネームだな。すぐに名乗るのも慣れるさ。よろしく頼む、レメゲトン殿」


 僕らはそう言って挨拶を交わす。


「そちらの小さなお嬢さんのことも気になるが、まずはよく来た! いやぁ前回はまったく完敗だったぞ! 特に貴殿とあの男……【炎の勇者】か、あれは凄まじいな」


 直接僕の黒魔法を受けた人達は、その効力を身を以て知っている。実力を疑われずに済むというのは、よく考えたらとてもありがたい。


「あいつはちょっと強すぎますよね」


 親友が褒められて少し嬉しくなった僕は、思わず表情を緩めてしまう。


「何を言っている! その【勇者】があれほどの活躍が出来たのは、オレの許に辿り着くまでに魔力を温存出来たからで、それは貴殿の黒魔法あってこそだ! 本当は到達させるつもりなど無かったのだからな!」


 あぁ、十字路の三方向から道を埋め尽くすような【人狼】が押し寄せてきた時はどうしたものかと思ったよ。

 少し無理をして敵全員に『速度低下』を掛けたが、あの場面だけフェニクスに魔力を使わせてしまった。


「しかし良き武人かと思ったが、【炎の勇者】は何を考えているのだ? 貴殿のような【黒魔導士】は世界に類を見ない。冒険者からすれば至宝に等しいだろうに」


「ちょっと仲間内で色々ありまして。あいつに追い出されたわけじゃあないですよ」


「ふむ。そうか。そもそも貴殿の実力に周囲が気付いていないのが謎だが……いやいい、人には事情というものがあろう。そんなことよりも、だ! オレは嬉しい!」


 バンバンと背中を叩かれる。実に嬉しそうだし加減してくれているのも分かるが、それでも少し痛かった。


「あそこまで研ぎ澄まされた魔法は見たことがない! その若さで一体どれだけの鍛錬を積んだのか、一人の漢として感服する! そこでだ【黒魔導士】殿、相談がある」


「相談」


「あぁ、悔しいことにオレは貴殿らに敗北した。奴らが全滅するなりして攻略し直しになれば別だが、そうでなければオレには再戦の道がない」


 四天王はある事情があって例外だが、一度倒されたフロアボスは、そのパーティーの前に違う階層のフロアボスとして出現してはならない決まりがある。


「聞けば貴殿は七十二体の仲間を集めているとか! ならばオレも立候補させていただく! この【人狼】マルコシアスと契約してはくれまいか!」



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