第145話◇第三層・吸血鬼と『○○』の領域

 



 第三層・吸血鬼の領域は二つのエリアで構成される。

 月夜の大森林と、その森を抜けた先に現れる不死者の館だ。


「よぉし……! どこからでも掛かってきな、吸血鬼共!」


 第三層に足を踏み入れた冒険者達の中で、一人が叫んだ。

 声の主は【魔剣の勇者】ヘルさん。

 どうやら、今回の攻略で軸となるのはヘルヴォールパーティーのようだ。


 改めて、【魔剣の勇者】ヘルヴォールについて。

 今年で二十八となる彼女は、十八で上位十位にランクインにして以降トップテンに君臨し続ける女傑。


 先祖代々伝わる魔王殺しの魔剣ティルヴィングを吊るしているが、滅多に抜くことはない。

 健康的に日焼けした肌、芸術的なまでに鍛え上げられた肉体、パーティーメンバーが手入れしているという灰の毛髪。薄く青みかかった灰色の瞳は、その時の彼女の感情を鮮明に映し出す。


 真っ向勝負の力比べが大好きな【勇者】。

 他の異名に『怪力無双』『豪力の狂戦士』『素手で巨人を倒す女』などなど、挙げていけばキリがない。


 彼女が魔剣を抜いたのは数えるほど。極めて優秀な【魔王】との戦い、後は『推奨攻略レベル5』のダンジョンマスターである【古龍】戦が有名か。

 逆に言えば、そのレベルの強者以外には素手で対処するということ。


「ヘル姉様、足元がぬかるんでいます。お気をつけて」


 ヘルヴォールパーティーの【召喚士】マルグレットさんは、育ちの良いお嬢さんといった感じの女性だ。実際、とある大商会の次女だとか。


 僕の元パーティーメンバーだった【戦士】アルバは、かつて「委員長タイプだな」と言ってたかな。僕にはピンとこなかったが、育成機関スクール出の者には通じているようだった。

 真面目なまとめ役……というような意味合い、だと思う。


 リーダーはヘルさんだが、彼女は細かく指示を出すタイプではない。マルグレットさんのおかげで、パーティーとしてのまとまりがとれている部分は確かにある。


「あー、ちっと歩きにくいかもな」


「霧も出ています、あまり仲間から離れないようにお願いします」


「マルよ、あたしもそれくらいの頭はあるぞ」


「存じていますとも。私が不安に思っているのは、分かっていても突出しかねないヘル姉様の気質なのですよ」


「……あっはっは」


「目を逸らさないでください」


「周囲を警戒してんだよ、リーダーっぽいだろ?」


「うふふ」


「なんか言えや」


 ヘルさんのパーティーは【軽戦士】さんが退場済みで、残り四人。

 【魔剣の勇者】ヘルヴォール、【千変せんぺん召喚士】マルグレット、【轟撃ごうげきの砲手】エムリーヌ、【破岩はがんの拳闘士】アメーリアが健在。


「うぅ……嫌だなぁ、暗い上に霧出てるしジメジメヌメヌメしてるし、どうして人狼の領域じゃだめだったんですかぁ」


「エム、お前姐さんの話聞いてなかったのか? 姐さんだって悩んだんだ。むくつけき人狼の群れと拳を交わすのは確かに心躍る! でも種族だけで言えば珍しくないし、それに人狼にはほら、再生能力がないだろ? 最高難度ダンジョンの吸血鬼なら期待出来るってもんじゃねぇか!」


 第三層の環境がお気に召さない様子のエムリーヌさんは、一見すると華奢で気弱な女性。

 だが彼女の得物を見れば、その印象も覆るだろう。


 優に大男一人分の重量を超えるだろう、砲だった。仮に台車があっても複数人で押さねばビクともしなさそうなサイズ。            

 持ち手と引き金付きのそれは、実のところ最初から個人で運用する為に製造された武器。

 魔法具だ。


 妖精や精霊のように、周囲の魔力を吸収する機構を搭載していた。

 ダンジョンなんて全部が魔力で出来た空間なので、魔力に満ちている。

 装填までの間はあれど、弾切れの心配はないということ。


 魔力で出来た砲弾の威力は、本物になんら劣らない。込められた魔力によっては上回るだろう。

 大砲の弱点ともいえる取り回しの悪さを、エムリーヌさんの超人的な筋力と持久力で解決。


「聞いてたけど、それでも不満が出る時ってあるでしょ~。ぼくはアメちゃんと違ってあねごに盲目的なラブを向けてるわけじゃないんだよ」


「ばっ! あ、あたっ、あたしは別に! 違いますからね姐さん!?」


 アメーリアさんは【役職ジョブ】的にも、ヘルさんと戦い方が似ている。

 拳一つで真正面から敵に挑み、撃退するというスタイルに全面的に賛同しているのだった。


「あっはっは、あたしもお前らを愛してるぞ」


 ヘルさんの言葉に、マルグレットさんは「あらあら」と頬に手をえて、エムリーヌさんは「わーい」と声だけで反応し、アメーリアさんはぼっと顔を赤くした。


 毎度のことだが、一流の冒険者は楽しげに会話しつつも一瞬も気を抜かない。

 このあたりは慣れで、意識は攻略に向けていても、自分の人格に合った言葉がぽんぽん口から出てくる感じ。


 声は後からでも入れられるとはいえ、こういった自然なやり取りを好む視聴者も多い。

 さすがに戦闘が始まると、それも難しくなるのだが。


「それにしても、何も仕掛けてこないじゃないか。吸血鬼といえば人を超越した種なんだろう? まさか冒険者にビビッて隠れているとか言わないだろうね!」


 しばらく歩いても襲撃がないので、ヘルさんが挑発するように叫んだ。

 戦いたくてウズウズしているのがよく分かる。


「姐さんには勝てやしないと恐れをなしたんですよ、きっと!」


 アメーリアさんも乗っかる。これがリーダーに追従するだけの人ならば付け入る隙もあるのだが、アメーリアさんはただの信奉者ではない。

 挑発に乗って飛び出してくる敵がいやしないかと、鋭い視線で周囲を警戒していた。


 この森林エリアは下手をすると迷い込んで抜け出せなくなるものなのだが、そこは風精霊の本体と契約したエアリアルさんが周囲の空間を掌握。風に感覚を伸ばす精霊術によって地形を確認し、館までの道を導き出した。


「前の二層のことを考えますと、第三層にもなにかしら未知の仕掛けがあるものと思われます。ヘル姉様もアメ様も、どうか冷静に」


「それを待ってんだよ。だってのになーんもねぇんだから、滾った血が冷めちまうってもんだ」


 マルグレットさんの窘めるような声に、ヘルさんはつまらなそうに応える。

 だがそんな退屈も、そこまで。


「ヘルヴォール。冷めた血を火に掛けた方がいい――お待ちかねだ」


 エアリアルさんの言葉が出る頃には、全員が戦闘態勢。


「ようこそおいでなさいました、下等生物ニンゲンの皆々様」


 霧の中から現れるのは、ドレス姿の吸血鬼。その顔はヴェールと目を覆う仮面によって隠されている。

 金の毛髪と衣装からは【吸血鬼の女王】カーミラを連想させるが、その身長や胸部は似ていない。


 【串刺し令嬢】ハーゲンティ。

 彼女は優雅な仕草で一礼してみせると、凄惨に笑う。


「今宵は何用で?」


「てめぇら全員ボコしに来たんだよ」


「ふふふ、活きの良い女性ですこと。その美しい肌に直接牙を立てて差し上げますからね」


「あたしに勝てたら好きにしな」 


「素敵」


 ハーゲンティさんが指を鳴らす。それを合図に、戦いが始まった。

 葉擦れの音が蝙蝠の亜獣の襲撃を知らせ、霧の中から複数の人影――吸血鬼が現れる。


「あたしは【魔剣の勇者】ヘルヴォールだ! 簡単に狩られてくれるなよ、吸血鬼共!」


「ハーゲンティですわ。【串刺し令嬢】などと呼ばれているようですが、ご安心を。貫くのは美しくない男共だけですから」


「おいおい、つれないことを言うなよ! お前さんも、全力出せないままに退場すんのは本意じゃねぇだろう? 串刺しでもなんでも、出来ることは全部やるといい!」


 ハーゲンティさんの負けを前提としたその言葉に、彼女の肩がぴくりと揺れる。

 無論、怒りで。


「……そんなに熱く求められては、応じないわけにはいきませんね」


 ハーゲンティさんは両腕を自身の背中で交差させる。彼女のドレスは背部が晒されたデザイン。

 露出した白い肌に深く爪を立て、そのまま肌を割くようにして両腕を戻す。


 流れ出た鮮血は肌を這い、または宙に飛び散り、されど地に落ちることはなく。

 彼女の背中から生える、二本の巨大な鞭と化した。

 

 それを見たヘルさんは、唇の片側を上げながら手招き。


「来な」


「少しだけ、激しくいきますからね」


 次の瞬間、鞭は消えていた。

 違う。


 左右からヘルさんを挟み込むようにして振るわれていた。

 空気の壁の弾けるような音。


 女性に優しく男性に乱暴なハーゲンティさん。

 普段は男の冒険者を雑に即死させる為に振るわれる鞭。それも二本。


 ヘルさんは高速の血の鞭を、それぞれ抱え込むように捉えている。

 その顔には、楽しそうな笑みが。


「まぁまぁ速いじゃない――かっ」


「お褒めに与り光栄ですわ」


 ハーゲンティさんの攻撃は二段階目まであったのだ。

 鞭を抱えたヘルさんは当然、両腕が塞がっている状態。


 そこでハーゲンティさんは鞭の根本を己の体内に戻すことで鞭の長さを縮め、それによってヘルさんに向かって急加速。ガラ空きの腹部に渾身の蹴りを叩き込むことに成功。


「いいねぇ。それで、次は?」


 並の人間ならば身体が破裂してもおかしくない蹴りにも、ヘルさんはピンピンしている。

 それどころか、ハーゲンティの腰に腕を回し――締め上げる。


「――ぐっ!」


「純粋な好奇心で訊くんだが、吸血鬼をぴったし二等分に引き千切ったら、どっちから再生するんだ?」


「試してみてはいかが? 出来るものなら、ですけれど」


「むっ? おぉ……面白いじゃないか、なるほど串刺し、、、ね」


 ハーゲンティさんを捕まえるヘルさんの腕や腹部から、血が滴っている。

 【串刺し令嬢】は己の血を棘状にして身体に纏わせていたようだ。


「じゃあ、圧し折るぞ」


 ヘルさんの力は、まったく緩むことがなかった。

 ハーゲンティさんの身体が軋みを上げる。



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