第140話◇第一層・番犬と『獄炎』の領域(中)
映像室の至るところで、歓声が上がった。
これ以上ないタイミングで、策が嵌ったからだ。
とはいえ、重要なのはこの後の敵の対応。
第一層に限らず、意見を求められれば僕はその都度応じていた。
基本的にダンジョンには『攻略推奨レベル』というものが設けられている。
これはランクとは別枠で冒険者に与えられる、レベルという格付けに対応するもの。
自分達と同じレベル帯のダンジョン、あるいはエリアであれば『視聴者の観賞に耐える攻略動画になる』といった基準。
そうなると、ダンジョン側はあまり露骨に攻略ごとに変化を出せない。
出てくる魔物や罠の難度、エリアの構成が大きく変わってしまうと最悪推奨レベルとのズレが生じてしまうかもしれないからだ。
誰が挑んでも、大体同じような脅威に晒される、というのがダンジョンに求められるもの。
もちろん例外はあるが、基本はこう。
そんなわけだから、挑んでくる冒険者をよく調べて、弱点を探ったり対抗策を講じたりみたいな文化がそもそも無かったりする。
そんなことをするのは、それこそ『全レベル対応ダンジョン』くらいのもの。
ただ、僕が参謀に勧誘された経緯を思い起こしてみると話は変わってくる。
僕は魔物でも勝っていいのだと、観る者に思わせる為に此処にいる。
そもそも存在しない考え方なら、それを浸透させるところから始めよう。
他の場所なら問題になるかもしれないが、此処は難攻不落の魔王城。
唯一、人に完全攻略されたことのないダンジョン。
冒険者共を地上に追い返す為に、他と違うことをしたところで非難は上がるまい。
幸い、魔王城の魔物達は勝利に貪欲。
フェニクス達を打倒したことで、僕の言うことに説得力が増した、というのもあるかもしれない。
「さすがはレメゲトン様の采配です」
カーミラの言葉に、僕は微かに首を横に振る。
「奴ら自身の実力あればこそだ」
元々僕は冒険者オタクなので、彼らが膨大な攻略映像を観るよりもずっと早く情報を提供出来る。
情報収集にあてる時間を訓練に回し、本番で通用するレベルに仕上げたのは第一層の面々。
机の前でどんな優れた作戦を練ったところで、実行する者がいなければ意味はない。
そして、どれだけ上手く事が運んだように思えても、それを突破し得るのが――【勇者】という生き物。
かつて【炎の勇者】を間近に見ていた僕には分かるのだ。
絶体絶命の窮地に陥ってからでも、勇者は勝利をもぎ取る。
「勝負はついていない」
口中で呟く。
同時に複数の脅威が冒険者達を襲った。
だから当然、同時に複数の事が起こる。
まずはエアリアルパーティー。
こちらはさすが一位パーティー。最も
彼らを突き崩すとなれば、最初に考えつくのが【疾風の勇者】ユアンくんだろう。
なにせ、加入間もない新人だ。
彼の相手はグラさんに頼んだ。【不可視の殺戮者】グラシャラボラスである。
猛禽類を思わせる両翼は、大型獣が如き体躯に見合った巨大なもの。
彼は自身の不可視化を解く直前、その背に乗せた複数の【黒妖犬】と――【調教師】を下ろしている。
不可視化を解いての急降下は、意識を自身に向けることで仲間の着地を悟らせない為のもの。
あのベーラさんでさえ初攻略ではミスを犯した。
【黒魔導士】レメは無能ではなかったのでは? なんて考えられるほどに常識に囚われず、常より冷静に物事を判断するという彼女でさえ、気負ってしまうところがあったのだ。
よく考えるまでもなく当然。
全冒険者の最終攻略目標に、育成機関を出たばかりで挑むのだ。
しかも、高ランクパーティーの新人として。
緊張するなという方が無理な話。
実際、ユアンくんは突然の襲撃に焦り、その迎撃は精彩を欠いていた。
しかし彼がグラさんに噛み砕かれることはなかった。
目に見えない壁に激突したグラさんが、苦しそうなうめき声を上げて弾かれる。
「落ち着くんだユアン、私達がいる」
【嵐の勇者】エアリアルさんだ。
彼の他の仲間達は、グラさんを攻撃出来るだろうに動かなかった。
――余裕、いや違うな。
今のはユアンくんのミスだ。これを仲間としてカバーすることは出来るし、普通はそうするべき。
だが、それはユアンくん自身がこのパーティーに馴染んでいる場合。
この状況で仲間がミスをカバーしてしまえば、ユアンくんは自信を喪失する。自分を酷く責めるだろう。失った自信を取り戻すのは、簡単ではない。
エアリアルパーティーは、今この時に自らの手で挽回させるつもりなのだ。
「これを観る全ての人々に、君自身が証明するんだ。君が、何者であるかを」
エアリアルさんが肩に手を置いた、ただそれだけ。見た目上は、それだけ。
だが少年にとっては、それ以上。
【嵐の勇者】を、【サムライ】を、【紅蓮の魔法使い】を、【剣の錬金術師】を、【疾風の勇者】の瞳が捉える。
そして次の瞬間には、彼の目つきも呼吸も、平常時のものへと戻る。
「はい」
世界ランク一位パーティーが、待ってくれた。
自分に挽回のチャンスを与えてくれた。
それはつまり、自分には可能だと信じてくれているということ。
これでまだ怖気づくような者には、勇者など到底務まらない。
体勢を立て直したグラさんの片翼が、次の瞬間半ばから絶たれた。
「――――ッ!?」
ユアンくんの風刃によるものだ。
「僕はエアリアルパーティーの、【疾風の勇者】だ」
これで終わるグラさんではない。再び己に不可視化を施す。
一方、二箇所に分かれているスカハパーティーの、三人組側。
改めて、【無貌の射手】スーリさんの腕前は凄まじい。
リリーの情報によってエルフの魔法を用いていると知っている僕でも、驚いているのだ。そうでない者達から見たら理屈不明の神業。
風魔法によって大気に干渉し、魔力の届く範囲内の出来事を大まかに把握しているのだろう。
魔力を通した空間に自分の『感覚』を及ぼすのだそうだ。その圏内に何かが通れば、手で触れるように感じ取れる。
だから不可視化していようとも、空間内を通り過ぎる物体を知覚出来るわけだ。
本来は、息を潜める獲物の居場所を探る為の魔法らしい。
非常に繊細な魔力操作が必要なこともあり、本来は持続時間も短く、また発動中は他に何も出来ないのが普通なのだとか。
画面越しでは正確には判断出来ないが、反応速度からして彼は長く発動した上で『神速』を連続している。
それだけ、彼の技術が卓越しているという証明。
でも、完全ではない。
『感覚』の展開範囲は、一度目の【黒妖犬】襲撃でおおよそ測ることが出来た。
また、落下中の者達が射抜かれることは無かったことから、全方位に展開されたものではないと判明。
やろうと思えば可能だろうが、前述の通り繊細な魔力操作が求められる技術。彼の判断で負担を軽減する為に展開箇所を絞っているのだろう。
凄まじい勢いで退場していく【黒妖犬】。
だが――。
「気をつけろ、【黒妖犬】だけではない」
気付いた時には、もう遅い。
「え?」
【魔弾の射手】カリナさんの首を、ナイフが貫いている。
スーリさんの感知圏外から疾走する大型の【黒妖犬】、その背に乗った【調教師】が感知圏内に入るギリギリのタイミングで跳躍。
弧を描くように宙を跳んだ【調教師】はカリナさんに近づき過ぎたことで不可視化が解除されるが、それと同時に彼女の首にナイフを差し込むことに成功。
「もらった……!」
自身に注意を引く為、【調教師】はわざとらしく叫ぶ。
一瞬でも他のメンバーの意識を奪えれば、その一瞬分【黒妖犬】が前に進めるからだ。
その判断は間違っていない。
相手がカリナさんでなければ。
「こちらもです」
彼女は自分が魔物の一撃を受けて吹き飛んでいる最中でさえ、敵を射って退場させる【狩人】なのだ。
突然眼前に現れた者に致命傷を与えられたところで、動揺など期待出来ない。
時を稼ぐなら、すぐさま離れるべきだった。
彼女は即座に矢筒から抜き去った矢を掴み、そのまま【調教師】の鼓膜の奥まで突き刺した。
その顔には薄笑みを湛えている。
そのまま【調教師】を退かしたカリナさんは、申し訳なさそうに「落ちます」と呟き、弓を構えた。
「師匠、無様な弟子を許してください」
これまで矢を射るのを躊躇っていたカリナさんだが、それから自分が退場するまでの極短い時間の間に、撃てるだけの『神速』を放ち続けた。
本当なら、狙いをつけたかったのだろう。敵の居場所を見抜いて射抜きたかった筈だ。
だがそれが叶わず、また退場が目前に迫っているなら。
無様であろうと、僅かでも敵を削ろうとした。
彼女が消えるまでに、実に四体の【黒妖犬】と一人の【調教師】が射抜かれた。
こちらがなんとか打倒への道を切り開いても、ただではやられない。
不可視の敵という、自身の実力を活かせない相手に対してでも、決して退くことなく戦い抜く。
【魔弾の射手】カリナ、退場。
そして、それらが起こっていた時、レイスくん達は――。
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