第193話◇盗賊団のおかげで、僕達ちょっと仲良くなりました
ふと視線を巡らせると、ミラさんが頭を垂れる盗賊の頭をぐりぐり踏みつけていた。
「女を置いていけと貴方がたのボスが言ってましたが、何をされるつもりだったんですか? ほら、女がいますよ、どうするつもりだったか見せてみなさい。ほら、ねぇ」
踏まれている男は文字に起こしたくない奇声を上げながら震えている。……喜びの感情が声に滲み始めている気がするが、気の所為だろうか。
「まさか踏みつけにされて喜んでいるのですか? 呆れた。罪人なだけではなく、変態なのね」
「……ミラさん? もう抵抗する気はないっぽいし、そこらへんで」
若干カーミラが
彼女はビクッと体を震わせ、こちらに振り向いた。
「! れ、れれれレメさん!? そ、そうですね。この男が私をいやらしい目で見てきたものですから、つい熱が入ってしまいまして」
汚物でも見るような視線から一転、ミラさんは瞳を潤ませてこちらに寄ってきた。
「先程の魔法、実に見事でした……。調査団でさえ、レメさんが何をしたか理解出来ていない者の方が多いでしょう」
「あ、ありがとう」
「あら、ミラ様。是非私にも聞かせてください。レメ様から凄まじい魔力が迸ったところまでは分かったのですが」
マルさんが興味津々と言った様子でミラさんに声を掛けた。
ミラさんが伺うように僕を見たので、頷きを返す。
「ふっ、いいでしょう。とても数秒内の出来事とは信じられないでしょうが、今から私が語る内容は全て事実ですからね?」
僕はかつて、自分の実力が悟られないよう、それでいて手は抜かずに冒険者をやっていた。
過ぎた黒魔法は黒魔術を連想させる。黒魔術はかつて、多くの人々を死に至らしめたものだ。国は快く思わない。仲間にも迷惑を掛けるかもしれないし、最悪師匠のことが露見するかも。
だが、既にレメゲトンとしての活動を通して、それはほとんどバレている状態。
今回の旅は、その上で人類の脅威ではないと示す活動の一環でもある。
同業者のマーリンさんやマルさん達は信じているが、調査団の中に誰が潜んでいるか分からない。
元々そんなつもりはないが、手を抜くべきではないだろう。
それに、そもそも黒魔法は凄まじく地味なのだ。
魔力感知に優れた一流どころでもなければ、僕が具体的に何をしていたかなんて分からない。
ミラさんはそれに加えて、僕のファンということもあって分かるのだろう。
僕の黒魔法について熱弁するミラさんから視線を外し、僕は他のみんなをそれとなく確認した。
フルカスさんが一人の盗賊を、シトリーさんの前に突き出した。
「これ、そこそこ偉い」
身なりか振る舞いか発言か、盗賊団の中でそれなりの地位の男を見つけたようだ。
「おっけ~。うっ、可愛くない臭い」
「傷つく」
「ふーちゃんのことじゃないよ~?」
「冗談」
「あはは、おもしろーい」
「て、てめぇら俺に何するつもり――」
「良い子だから、シトリーに協力してね?」
「なんでも聞いてくだせぇ!」
「それじゃあ~、ここにいるのが盗賊団の全員かな?」
男は知ってることをペラペラ吐いた。
ここには全員で来たとか、アジトの場所とか、盗んだものの隠し場所などなど。
「……うわぁ、とっても悪い子なんだねぇ」
シトリーさんが僕の方を見た。
「レメくーん……の、近くにいるマルっち~」
つい魔王城のくせで参謀の僕に相談しようとしたのだろう、シトリーさんはやや強引に誤魔化した。
報告を聞いたマルさんは悩ましげな声を出す。
「まぁ、さすがシトリー様ですね。ふむ、あまり使いたくはなかったのですが……携帯魔力通信機で騎士団に報告を入れることと致しましょう」
携帯出来るとはいっても荷物にしては重いし、公衆魔力通信機と違い魔力を供給するケーブルもないので魔石を使うしかなく、小型化に伴い使用時間が制限され、だというのにとんでもないお値段なので、まったく普及してない装置だ。
遭難や死の危機以外では使うのを躊躇う代物だったりするらしい。
「そうですね。僕らが向かうわけにも行きませんし」
アジトの調査や封鎖・撤去なども必要だし、盗品もものによっては持ち主が見つかるかもしれない。
それ自体騎士団の領分ということもあるし、僕らにはオリジナルダンジョンの調査もある。
「シトリーならこの子たちみんな
「ありがとうございます。ですが
「ま、待て! こっから騎士団っつったら、早くても三日は掛かんだろ! 死んじまうって!」
話を聞いていたらしい盗賊が叫ぶ。ロープでぐるぐる巻きにされた男だった。
「何を言っているのです。人様を襲っておいて、自分たちには三食用意しろとでも?」
ミラさんがギロリと睨むと、盗賊は縮み上がって口を閉じた。
「大丈夫ですよ、三日なら
励ますように、僕は言った。
修行時代、山に放り込まれた経験があるので、よく分かる。動かずなら、三日はなんとかなる。
念の為、水は与えた方がよいかもしれない。
「レメ様……温和な方かと思っていましたが……意外とSっ気が……?」
「レメさんはたまに優しい笑顔で厳しいことを言われるのですが、そこがまたいいのです」
「え……」
なにやら妙な評価がされている。
「食料、どこにある」
フルカスさんはまだ
「喜びたまえエクス。蟻は生きていたぞ?」
マーリンさんが風魔法で浮遊しながら戻ってきた。
手には蔦が握られ、頭領は捕縛されている。意識はないようだ。
「あぁ、良かった。本当に」
「精霊術は使わなくてもよかったんじゃないか?」
アーサーさんの言葉に、エクスさんは頬を掻く。
「そうなんだが、オリジナルダンジョンで一緒に戦う仲間に力を見せておくのも大事だし、良い機会かなと思ったんだ……」
「……なるほどリーダー。確かにあれで空気は引き締まった。マーリンが笑った所為で効果は半減だが」
「そう言うなアーサー。下手な芝居に出てきそうな悪役が冗談みたいに吹っ飛んだんだぞ、しかも加減を説いていた勇者がそれをやったというんだ、笑うしかあるまい」
「お前は少しレメを見習うべきだ」
「魔法の話か? 確かにレメは見事だったが、私は自分の楽しさも重視しているんだ」
「態度の話だ」
「態度の話かー」
そんな会話がありつつ、僕らは盗賊団を捕縛した。
彼らの多くは水を所持していたのでそれを飲ませ、あとは木々に巻きつけておいた。
葉のおかげで日陰だし、水も飲んだし、騎士団がくるまで大丈夫だろう。
この戦いには、良いこともあった。
冒険者と亜人、お互いの間にあった微妙な空気がこれを機に晴れたのだ。
アーサーさんがフルカスさんに「お見事でした」と言い、フルカスさんが「そっちも」と言ったことがきっかけで近接戦闘を得意とする者が集まり、それぞれの戦いを称え合った。
ミラさんは近くで戦っていた猫の亜人の女性に「お姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」と言われ「そういうのは間に合っているので……」と丁重にお断りしていた。
シトリーさんは女性冒険者に「レイド戦観ました……可愛いだけじゃなくて強いなんてすごいです、職業的には敵ですけど、あたしもシトリーさんみたいになりたくて……」と声を掛けられ「分かる~。『可愛い』は捨てたくないもんね~」と応じていた。
魔法使い系はマーリンさんに集まった。彼女は「勤勉な者は好きだよ? いいだろう、私のことは先生と呼びなさい」と魔法談義をすることに。
……うんうん、種族の垣根を越えての交流のなんと素晴らしいことか。
冒険者は職業柄あまり亜人と親しくしないが、そういうのも段々と無くなっていくといいなぁ、と思う。
少なくとも僕らは共に戦うことで、仲間なのだと実感することが出来た。
とはいえ、【黒魔導士】の僕は、やっぱりこういう時も人気が――。
「あ、あの……レメ……さん」
真っ白な髪をした青年だった。格好からして【白魔導士】だろう。
「なんでしょう」
「さ、さっきの……どうやったんですか?」
「えぇと?」
「あの人数を全員認識して、それぞれに適した黒魔法を展開しましたよね。正直、人間業じゃないと思うんですけど」
……この人、僕が何をしたのか理解出来ているんだ。
「……単に、修行の成果ですよ」
「すごい……」
思わず漏れたといったその言葉は、素直に嬉しかった。
「ありがと――」
「あ、あの! その修業って白魔法にも応用出来ますか!?」
「ふ、複数の白魔法を大人数に掛けたいってことですか?」
「あ、すみません! 自分冒険者になりたくて、でも【白魔導士】って待遇よくないって話じゃないですか。でも五人全員に何個もすごい強化掛けられたら、絶対役立てるし、評価も変わってくると思うんです」
「――――。なるほど、それなら――」
多分、僕は彼にかつての自分を見てしまった。
だからってわけじゃないけど、真剣な者には真剣で応えると決めている。
後で聞いた話だが、その青年を推薦したのはフェローさんだった。
ただ、青年自身に裏があるとかはなさそうだ。レイスくんやフランさんと同じ、フェローさんが見つけた有望な人材といったところだろう。
……けど、盗賊団との戦いを見る限り、結構いい動きをしていたんだよな。
杖を棍棒みたいに使って何人か倒してたし。
戦える【白魔導士】? とてもいいと思う。
その日以来、僕らはちょくちょく言葉を交わすようになった。
出発時よりも和やかな空気の中、旅は続く。
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