第41話◇第十層防衛直前スピーチ

 



 精神を魔力体アバターへと移すリンクルームは、冒険者と魔物側で明確に異なる点がある。

 冒険者パーティーは上限が五なので、室内に接続用の繭は五機だ。


 だが魔物側には制限がないので、その分多くの繭が必要になる。

 二つの繭が繋がった装置は片方に本体が残るので、使った先から人を入れるということが出来ないし。


 僕らは今、魔力体アバターへの換装を済ませ、第十層へと転移していた。

 宮殿などの大回廊がイメージに近いか。いや、直線だから回廊ではないな。なんていうんだろう……廊下? 一気に壮大な感じが損なわれた気がする。まぁ、廊下だ。


 漆黒の床の左右には、同色の高い柱が立ち並ぶ。天井もまた高く黒い。

 長い長い廊下には、二つの扉がある。


 一つ、冒険者共がやってくる扉。

 一つ、我々、、が守護する扉。


 扉を隠すように背の高い石造りの椅子があり、そこから下りの階段が設置されている。

 まぁ、玉座みたいなものだ。

 魔王様こそがこのダンジョンのマスターなので、あくまで『みたいなもの』である。


 僕は。いや――は、先程まで腰掛けていた椅子から立ち上がる。

 眼下には此度の防衛が為に召集した配下が揃っている。


「もう間もなく、フェニクスパーティーが此処を攻めてくる」


 全員が黙って僕……脳内では僕のままでいいか、僕の話を聞いていた。


「知らぬ者はいないだろうな。なにせ、貴様らをくだした者達だ」


 僕の仲間はダンジョンの魔物。

 フェニクスパーティーが此処に来るまでに退場させてきた者達。

 その強さを身を以て知っている。


 じゃあ、彼らはただ負けただけの弱者か?

 違う。


「それでもなお、貴様らは此処に立っている。何故だ? 【炎の勇者】は人類最強に相応しい男だ。再戦を挑もうとも敗北は目に見えていよう」


 僕は敢えて挑発するように問う。


「敗北を重ねる為に此処に立っているのか?」


「否ッ! 我らは参謀殿と共に勝利を得んが為に、再び立ち上がったのだッ!」


 真っ先に応えたのは、【人狼の首領】マルコシアスさん。


「そうですとも。この三首、次こそは奴らの喉笛を噛み切って見せましょう」


 【地獄の番犬】ナベリウスさんが続き、【不可視の殺戮者】グラシャラボラスさんが吠えた。


「あの【氷の勇者】、是非蒐集に加えたい。参謀殿のお力があれば、それも叶いましょう」


「私の矢をことごとく撃ち落としたあのエルフ……今度こそ腐らせてやる」


 【死霊統べし勇将】キマリスさんと、その副官のダークエルフにして【闇疵の狩人】レラージェさんも呼応した。


 今回、【夢魔】、水棲魔物、【鳥人】などは呼んでいない。

 あくまでフェニクスパーティーともう一度戦いたいという意思を見せた者達だけを集めた。


 例外というか微妙なのは、四天王の黒騎士こと【刈除かりそく騎士】フルカスさんだ。

 彼女――実は中身は女性なのだ――とは一助っ人一ご飯の契約を結んでいる。

 なので本来ならば僕が頼むという形でしか召喚は行われない。


 だがフェニクスに負けた後、彼女が僕の前にやってきて「ご飯」と短く何度も呟いた。

 しばらく掛かって、僕は彼女が再戦を求めているのだと解釈。どうやらそれは合っていたようで、彼女はこの場にいる。


「それでよい。幾度の敗北を重ねど、その魂が不屈であれば真なる敗北は訪れないのだから。今日これより、我々が奴らを迎え撃つ。貴様らに望むのはただ一つ」


 僕は全員を見回して、言った。



「――我に従え。勝利をくれてやる」



 レメゲトンは魔王軍参謀。

 威厳が必要ということで、魔王様と訓練して出来上がったのがこの口調である。


 最初は照れくささもあったが、人とは慣れる生き物。

 むしろ普段の自分が言えないことをガンガン言えるので、参謀向きであるかもしれない。


「ウォォォオッ! 参謀殿に忠誠を! 我々に勝利をッ!」


 マルコシアスさんと、連れてきた数人の【人狼】が雄叫びを上げた。

 魔物達の中から、一人の吸血鬼が進み出る。


 【吸血鬼の女王】カーミラさんだ。


「我々は貴方様に従います。必ずやレメゲトン様に勝利を」


 彼女は片膝をついて、忠を示す。

 僕は一つ頷いて、指示を出した。


「配置につけ」


 全員が僕の前から離れた。

 僕だけが席につく。


 そして、フェニクスパーティーがやってきた。


 僕と彼らの距離は遠く隔たっている。

 万が一にもレメとばれぬよう、仮面に変声機機能を組み込んでもらっていた。

 更には、スイッチ一つで僕の声がこのフロアに設置されたスピーカーから流れる。

 仮面横の小さなスイッチをカチッと入れる。



『来たな、冒険者共』



 ちなみに、此処は第五層方式。

 つまり、入った瞬間フロアボス戦だ。


 他のフロアのように、僕の黒魔法でジワジワ追い詰めて、その階層の魔物に倒してもらうという方法もあった。

 だが、今回はこのやり方で行く。

 フェニクスパーティーと戦う意思を持った仲間と一緒に、彼らを一気に倒す。


 これは僕のわがまま。だがみんな、従ってくれた。

 ならばレメゲトンとして、僕は皆を勝利に導く責任がある。



『第十層、渾然魔族領域へよくぞ参った』



 彼らは一瞬立ち止まったが、すぐに歩き出す。



『我こそは魔王軍参謀、【隻角せきかくの闇魔導士】レメゲトン』



 【黒魔導士】だと弱そうで、黒魔術師だとよろしくない。ということで闇魔導師なのだろう。

 魔王様の苦労が窺えるネーミングだった。


 隻角は、僕が強くお願いして付けてもらった。

 魔力体アバター的にも一本角であるし、視聴者は不思議に思うまい。

 だが一部の者は、気付く筈だ。

 何故なら――。



「私は【炎の勇者】フェニクス! 貴殿を打倒し、魔王へと剣を振るう者だ!」



 僕へと届かせるように、フェニクスが叫んだ。



『それは叶わんよ。何故ならば貴様らは此処で――全滅するのだから』



 僕の魔法は、相手を認識出来る距離ならば掛けられる。

 入り口付近の五人に、黒魔法を掛けた。


 瞬間、全員が表情を変えた。

 四人は苦しげな顔。


 だが一人だけ。

 我が友、フェニクスだけが――笑った。


「……! …………はっ。ははははは!」


 彼らしからぬ、大笑。


「そうか……そういう」


 口許に手を当て、笑みを堪らえようとするも失敗している。


 次の瞬間、彼は聖剣を抜いた。

 その刀身は赤く輝いていた。灼熱されているかのように、紅い。


「全開で行く。時間を掛ければ我々が不利だ」


 【炎の勇者】は、気付いたのだろう。

 レメゲトンが親友だと気付いたのだろう。


 そうだよな。僕が言わなくても気付くよな。

 それで、お前は全力で掛かってくるよな。

 分かってたよ。


『此処まで辿りついたなら、お相手しよう――【炎の勇者】』



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