第36話◇友と語らう
「げっ」
「その反応は酷いだろう、レメ」
フェニクスがやってきたのは、その日の仕事も終わり宿に戻った直後のことだった。
ローブのフードで顔を隠しているが、扉の前に立っているのは【炎の勇者】フェニクスその人。
……宿、教えてないんだけど。
そういえば、正規の職員になったので魔王軍が用意している寮に入れるらしい。
種族ごとに違う建物らしいが、僕は魔人の寮に入ることになるだろう。
ミラさんが吸血鬼の寮に入れようと画策していたようだが、何かがあって失敗に終わったとか。
最近は「触角と角の何が違いましょう……私は魔人なのでは?」とブツブツ言っていたがそっとしておいた。
それよりも今は、突然の来訪者だ。
「いやお前さ、教えてないのに友達に宿突き止められた側になってみろよ」
フェニクスは想像してみたのか、微妙な顔になった。
「……まぁ、少し怖いかも知れないな」
「だろ」
「だが、君も君だ。仕事が決まったのなら、教えてくれてもいいだろう」
エアリアルさんに聞いたのか。同じ宿とか言ってたもんな。
フェニクスは少し不機嫌そうである。
「その前に、どうやって僕を見つけたんだよ」
フェニクスにだけ口調が少し荒くなるのは、やはり昔からの友達だからだろう。
「エアリアルさんに話を聞いてこの街で働いていると分かったから探すことにしたんだ。君なら高級宿はとらないだろうし、パーティーを抜けて節約するにしても不潔な安宿は避けるだろう? だから値段が手頃で、エアリアルさんと会った酒場からそう遠くない範囲にある宿を片っ端から探して、魔力反応を確かめたんだ」
「ストーカーか何かか?」
魔力探知は、極めて繊細な技術だ。
こう、魔力反応は手相みたいなものなのだ。
集中すると、周囲の者達の手相が見えるみたいな。
これで個人を識別出来るかと言われると、難しさが分かると思う。
ただ魔力が凄まじい人間は別だ。そういう人間は手に絵が描かれているとか、あるいは手自体がすごく大きいとか、ひと目で分かる違いがある。
僕の場合は人並み以下に抑えているので、普通ならば見つけられるわけがないのだが。
幼い頃からの友人レベルになると、まぁ近くにいればそうと分かる。
昔話とかだと、親しい者に化けた悪魔の擬態を見破って退治したなんて話があるが、もしかするとあれは魔力探知で別人だと分かったのかもしれない。
まぁ僕もそうだが、仲間くらいは見分けられる。何年も一緒に過ごせば覚えるというものだ。
「……話があったんだよ」
「だろうな」
ここまでして「顔が見たかっただけ」とか言われたら扉を閉めるところだ。
「それに、魔力探知ならレメの方が得意じゃないか。私は大したことをしてない」
「いや、技術の話じゃなくて行動力の話をしてるんだ」
「逆なら君だって心配くらいするだろう」
この場合、【
【黒魔導士】フェニクスが脱退し、どこかに就職したらしいと聞く。だが自分には顔も見せず、知らせもない。昔馴染みで、ずっとパーティーを組んでいたのに。
……まぁ、気にしないのは無理か。
「分かった、悪かったよ。なんとなく顔を合わせづらかったんだ」
話したいことがないわけではないのだが。
僕が降参するように諸手を上げると、フェニクスは何故か申し訳なさそうな顔をした。
「いや、私の方こそ……」
……?
「まぁいいや、呑みにでも行こう。そこで話せばいいだろ」
「……あ、あぁ。いいのか?」
「ん? そりゃ別に……いやこっちが訊くべきだったな。明日攻略だから酒はやめた方がいいか?」
「それは大丈夫だ。二日酔いは
全体的に規格外なんだよな。
こう見えて彼はご飯もかなり食べる。魔力を沢山作るとエネルギーを消費するのでその補填という意味合いもあり、それは僕も同じだ。
だが【勇者】の場合は基礎代謝も高いんだよな、多分。
「それでも前日に呑んだことはなかっただろ、確か」
「一、二杯なら問題ないさ。君が気になるなら、水でもミルクでも構わない」
あぁ、話をするのが目的なんだから、酒は必須じゃない。
「それでいいよ。僕もお酒って気分じゃない」
僕も外套のフードをかぶり、二人して宿を出る。
めちゃくちゃ怪しい二人組が完成したが、そのあたりはいつも通り魔法を使ったので、通行人に奇異の視線で見られることもない。
僕の知っている近くの酒場へ行くことにした。料理が上手くて早くて安いのだ。すごい。
「お前、ちゃんと記者とか撒いたか?」
「あぁ、途中で建物の上に飛び乗って屋根伝いに走ったから」
そりゃ追えないね。
「それより、君こそいいのか?」
「何が? さっきからお前変だぞ」
「いや……その……怒っているだろうと思って」
言いにくそうに、ぼそぼそ呟くフェニクス。
「何を? ストーカー行為か? 不気味だとは思ってるぞ、安心しろ」
職場のおかげで個性的な人や存在には慣れているから、驚く程では無かったな。
からかうように言ったが、フェニクスの表情は晴れない。
「いや……パーティーの件だ」
は?
あ……あー、なるほど。そのことで心を痛めているわけか。自分が追い出したわけではないし、むしろ引き留めようとしていたのに、それでも僕が抜けたことに罪悪感があるのか。
実に彼らしい。
「馬鹿だなぁ。あの程度で怒るなら、お前が【勇者】だって分かった時に怒ってるよ」
十歳。神殿で【
フェニクスが【勇者】だと分かった時、百パーセントの祝福を抱けたわけではない。
それでも「よかったな」とか「すごいじゃねぇか」とか言えたのは、知っていたから。
彼は物事を深く考えられる聡明な人間であったし、いじめっ子に対しても復讐心を抱かない優しい人間であったし、いじめっ子との喧嘩で僕が怪我をした時も、自分のそれよりも僕の怪我を心配するようなお人好しだった。
だから、納得してしまった。
あぁ、そうか。こいつか。そりゃあ、認めるしかない。
「……そ、そうだよな。済まないレメ、疑うような真似をして」
彼が悪いことをしたわけではないのに、僕が怒るわけがない。
「はいはい。じゃあお前の奢りな。僕は給料日前なんだ」
そう言うと、ようやくフェニクスは笑った。
「あぁ、分かった」
酒場についた。入る。
騒がしい一団がいたが、まぁ酒場だし文句を言う程ではない。
空いているカウンター席に並んで座った。
適当に料理を頼み、水も注文。
「そういえば、レメ。恋人が出来たんだって?」
「……エアリアルさんめ、余計なことを」
まぁ口止めしなかったし、彼への返答の為に手を繋いで追いかけてたのだ。人に知られたくないことだと考える方が難しいだろう。
「水臭いじゃないか、今度挨拶させてくれ」
フェニクスの奴はなんだか嬉しそうだ。
「まず、恋人じゃない」
「……不誠実はよくないぞ。公衆の面前で胸に顔を沈めていたそうじゃないか」
エアリアルさん? あれなのか? 友達が少なくて心配していた後輩がついに恋人まで……みたいな喜びで、ついつい人に話してしまったのか?
「友達だ、今は」
正確には添い寝フレンドだ。ミラさんが言うにはだが。
なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいぞ。
「ふふ、そうか。でも本当によかったよ」
「うるさいなぁ。どーせ【黒魔導士】は非モテ【
「出逢いはいつなんだ?」
「人の話を聞け」
肩を押すように弱めに殴ると、フェニクスはおかしそうに笑った。
「いや、済まない。エアリアルさんが言っていたが、素晴らしい女性だと言うじゃないか。気になってね」
「お前がこれまで付き合ってきた女性の話を延々訊くぞ」
「本題に入ろう」
「そうしろ」
話したくないだろう、そうだろう。
こういうのは本当に性格だと思う。人に話したくてしょうがない人もいれば、黙っておきたい人もいる。
いや、ミラさんは本当に恋人ではないのだが。
「それで、今度こそ言えよ? 話ってなんだ?」
先に運ばれてきた水を一口飲んでから、フェニクスは口を開く。
「先日の件だが、確認したいことがあって」
パーティーを抜けた件だろう。他に思いつかないし。
「何故、一人で抜けることを決めてしまったんだ?」
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