第152話◇メイドさんと第五層の主

 



 ある時、僕が執務室に戻ると。


「おかえりなさいませっ、さんぼー」


 という幼い声と共に――メイドさんに迎えられた。


 どうにも知った声だし、見た顔だ。

 というか、秘書だった。カシュだ。


 黒いワンピースに白いエプロンを合わせたような衣装。頭にはレースのあしらわれたカチューシャ。

 メイドさんスタイルだ。これも既視感がある。


 ……あー、そうだ。第五層の【夢魔】さん達が着るものと同じデザインなのか。腰から生える蝙蝠羽の為に開けられる穴がないけれど、違いはそこくらいだ。あとサイズ。

 カシュにぴったり合っているので、この為に用意したと思われる。


「……レメ、さん?」


 不安そうなカシュの顔を見て、僕は思考を切り上げる。

 職務中はさんぼー呼びに努めているカシュが、思わずレメさん呼びに戻るくらい不安にさせてしまったらしい。


「あぁ、少し驚いちゃって。すごく似合ってるね」


「……えへへ、ありがとうございます」


 やはりカシュは笑っている方が良い。こう、見る者を元気にする笑顔なのだ。


「でも、それどうしたの?」


 見当はつくが、訊いてみる。


「シトリーさんがくださったんです」


 【恋情の悪魔】シトリーさん。可愛いものが大好きな女性。

 その正体は翼の生えた豹の亜獣。飛び抜けた精度の身体変化によって別種族の特性まで再現可能な彼女は、四天王の一人に数えられる実力者。

 僕の契約者であり、友人でもある。


「なるほど、シトリーさんが」


 カシュは可愛くて良い子なので、魔王城の職員方にも評判がいい。

 伝言を頼むと、戻ってきたカシュが腕いっぱいにお菓子を抱えていることもよくある。

 とても可愛がられているのだ。

 それについては「分かる……」という感じなのだが。


 メイド服のプレゼントとは。

 それに、カシュはやはり良い子なので、ただでものを貰うのは遠慮しそうなものだ。


「やほやほ」


 ひらひら手を振りながら挨拶してきたのは、シトリーさん。

 メイド姿のカシュに気を取られて気づかなかったが、応接用のソファーに寝転がっていた。

 ソファーの肘置き部分を枕代わりにしている彼女は、上下を逆にした状態で僕を見ている。


 ……寛いでるなぁ。

 自宅かな? ってくらいにだらけている。

 ただ、だらしなく見えないのはさすがか。


 ツインテールに結われたピンクの髪はギリギリ落ちずにソファー側へと垂れ、僕の方を見たことで彼女の前髪はぱらぱらと重力に従って、頭頂部側へ流れる。

 メイド服にシワは無く、羽の片方は力無げに垂れ、もう片方は腹側に回され、彼女自身がつんつんといじっていた。


 片足を立てているので、スカートの丈が怪しくなっており、瑞々しい肌が露出している。

 ハートを逆にしたような先端を持つ尻尾は、立てられた側の足に絡みついていた。

 『気を抜いた姿』をテーマにして、可愛いポーズをとっているみたいな完成度だ。


「おつかれさまです。約束をしてましたか?」


 内心ドキリとしながら、平静を装って声を掛ける。


「アポなしっ!」


 シトリーさんの返事は簡潔。

 僕は苦笑しながら彼女の対面に腰を下ろす。


「服、ありがとうございます。カシュも喜んでいるみたいです」


「『レメくん喜ぶよ』って言ったら、すぐ着てくれたよ。可愛いよね」


 ……なるほど、カシュが遠慮なく貰ったものを身に着けているのは、それが理由か。


「何か、お礼を出来ればと思うんですが」


「もう、真面目すぎ。シトリーは可愛いカシュちゃんに可愛い服着てもらいたかっただけだから。もうお礼はもらってるみたいなものだよ」


「……シトリーさんがそう言うなら」


「ゆうゆう。ゆっちゃう」


 そう言って、彼女はソファーに座り直す。

 よかった、さっきまでの体勢は正直目の毒だ。


 カシュが僕の分のお茶を用意し、シトリーさんにはおかわりを注ぐ。

 秘書姿も可愛いけれど、こういう時はメイドさん姿の方が雰囲気が出る……かもしれない。


 でも、年齢的によくない感じも出ているような……どうだろう。分からない。

 ただ、カシュに嫌がった様子がないので、悪いことではない……のだろう。


「わーい。ありがとカシュちゃん。なにか甘いものとかないかなー?」


「クッキーがあります。み……カーミラさんが下さいました」


「お、ミラっちセレクトなら絶対当たりだよ。食べたいなぁ」


「おもちしますね」


「わーい。さすがカシュちゃん可愛い~天使~」


「そ、そんなっ……ありがとう、ございます」


 照れるカシュ。

 しかし、魔物が天使とか言ってしまっていいものなのか。


「それでね、レメくん。あ、今はレメくんでいいよね?」


「えぇ」


 最近は一時的とはいえ冒険者の仲間も出来たりしたので、シトリーさんからの呼び方も気をつけてもらっていた。

 他の人の目がある時は、気を遣って参謀くんと呼んでくれる。


「ちょっとお話があって、寄ったんだけど」


「なんでしょう」


「その前に、さっきまで何してたの?」


「あぁ、部下と訓練を」


「そっか、そういえばようやく直属の部下を持ったんだもんね。三人と、あと冒険者もって聞いたけど」


「冒険者五人の方は、レイド戦だけの協力者、という扱いです」


「ふふふ、レメくんってほんと面白いよね。いつも、やることが型に嵌まらないってゆーか。それで、訓練は上手くいったの?」


「だいぶ形になってきたと思います。冒険者達がどういう組み合わせで到達するかによって、多少調整が必要になりますけど。――もちろん、みなさんならそれ以前に全滅させることが出来ると信じてますが」


 少し遅れて付け加えるが、シトリーさんに気を悪くした様子はない。


「あはは、いいよいいよ、だいじょぶ。気にしないから」


 そのタイミングで、カシュがクッキーを皿に並べたものを持ってきてくれた。


「ありがとカシュちゃん。一緒に食べよ?」


「え、でも……」


「いーのいーの。可愛いカシュちゃんと食べた方が、絶対美味しいし。ね、いいでしょレメくん」


「もちろん。僕らは少し話すけど、カシュは休憩だと思って食べていていいからね」


「は、はいっ」


 ちょこん、と僕の隣に座るカシュ。

 座ってから、すすす、と少し距離を寄せてきた。慎重にやっているつもりらしい。


 本人はドキドキしているのか、犬耳がぴくぴくしている。

 そんなカシュを、シトリーさんがニマニマしながら眺めていた。


「か、かわいい……かわいすぎ」


 小さな手でクッキーを掴み、シャクシャクと食べるカシュ。クッキーの味に頬を緩めるところまで見て、シトリーさんは「持って帰りたい……」と危ないことを言い出した。


「ダメですよ」


「えー。ねぇカシュちゃん。レメくんの二倍出すから、シトリーの秘書にならない?」


 シトリーさんが指を二本立てて、二倍を強調。

 しかしカシュは申し訳なさそうな顔をした。


「わたし、さんぼーの秘書がいいので……」


 思わずジーンとくる僕。

 二倍の給料となると、家計の助けとなるべく働いているカシュにはとても魅力的な筈。


 シトリーさんの冗談というのを理解しているだけかもしれないが、言葉の上でも僕の秘書に価値を見出しててくれているのは、とても光栄だった。


「かんぺきかわいい生命体じゃん……レメくん、こんな子どこで見つけたの? 天国?」


「市場です」


「天国って結構近いんだね?」


「あはは……」


 褒められっぱなしのカシュは、さきほどから頬を薄紅に染めた状態が続いている。

 そんなカシュに和みつつ、そろそろ話を戻す。


「それで、話があるとか」


「あ、そうだった。忘れるところだったよ」


 そう言って、彼女は真剣な顔になる。


「レメくん、前にアドバイスくれたでしょ?」


「防衛の件ですね」


 一応は参謀ということもあり、各層の防衛に協力出来ることがあればと話をすることがあった。

 積極的にアイディアを取り入れてくれるところもあれば、自分達のやり方を貫くところもある。

 僕としてはあくまで提案なので、最終的な判断は各層に任せることにしていた。


「すごく悩んだんだけどね。シトリー……やるよ」


「なる、ほど」


 僕の提案は勝つ為のもの。

 だが人にはそれぞれ主義やこだわりがあるものだ。


 たとえばシトリーさんへのアドバイスは、彼女の『可愛いもの好き』という部分に大きく反するものだった。

 ただ、それを込みで有効な策だと思い、伝えたのだ。


 当初、彼女は難色を示していたが……。


「その、いいんですか? 僕から提案しておいてなんですけど、シトリーさんとしては好ましくない方法でしょう」


「だねー。でもさ、みんなの……特にミラっちの防衛を見てさ、気づいちゃったんだよね」


「気づいた?」


「うん、一つのダンジョンでも、普段は層ごとの戦いって感じでしょう? でも今回は違うなー、って」


 少し考え、彼女の言わんとすることを理解する。


「……あぁ、確かに。普通は層対冒険者ですけど、レイド戦ではダンジョン対冒険者という構図がより強調される形ですね」


「そうそう」


「……あの、どうちがうんでしょうか?」


 数枚目のクッキーを半分ほど食べていたカシュが、こてんと首を傾げる。

 彼女の口周りについたクッキーのカスをハンカチで拭いてあげながら、僕は説明する。


「普段は、【勇者】さえ負けなければ、次の層で仲間がみんな復活するよね?」


「は、はい……」


 食べかすが付いていたのが恥ずかしいのか、カシュが俯きがちに頷く。


「でもレイド戦だと、二層攻略ごとに一人しか復活出来ない。一つの層での戦いの結果が、次の層の戦いに影響するんだ。一人減ったら、復活権を使わない限り減ったまま、って感じでさ」 


「そゆこと。だから、層ごとの戦いっていうより、ダンジョンみんなで一つのチームっていう感じがあるよね~って話」 


「なるほど、ですっ」


 こくこくと首を振るカシュ。


「それでね? みんな本気の全力なわけでしょ? ミラっちなんか色々準備した上、普段のやり方まで曲げてさ」


「ですね」


 敵から直接血を吸わないという主義を曲げ、攻めてきた冒険者をいたぶって退場させるというキャラクター性も発揮されることはなかった。

 それでも、あの戦いは見事だった。


「シトリーも、頑張らなきゃなって。頑張りたいなって……。だって四天王だし、それに……魔王城の仲間だもん」


「シトリーさん……」


 彼女もまた四天王。普段は自由気ままに思えても、胸の内には熱いものを秘めている。

 もちろん、普段から手を抜いているわけではないだろう。


 だが、好きにやっている。それを許可されているし、問題はない。

 けれど、今回はそれだけではダメかもしれない、とシトリーさんは考えたのだ。


「ルーちゃんの役に立てないのが、一番ヤだ」


 可愛いもの好きのシトリーさんは、自身も可愛く在りたかった。

 そこで選んだのが【夢魔】、つまり今の姿だ。


 だが元々【夢魔】は働き口が限られる。魔物を選んだシトリーさんだが、雇ってくれるダンジョンは見つからなかった。唯一見つかったのが、魔王城だ。

 シトリーさんは魔王様ことルーシーさんに強い恩義を感じているようだ。


 自分の中のこだわりを曲げてでも、勝ちにこだわるほど。


「分かりました。僕に出来ることなら、いくらでも相談に乗ります」


 僕が言うと、彼女は綻ぶように笑った。

 狙った感じのない、思わずこぼれたというような、魅力的な笑顔だった。


「ありがと、レメくん。前は途中だったからさ、続きを聞かせてほしいんだ。シトリーがアレになるとして、その後の組み立ては――」


 クッキーの皿が空になるくらいの時間を掛け、僕らは話し合った。

 第五層もまた、レイド戦仕様へと姿を変えている。

 このアドバイスは、あくまでシトリーさん個人の動きに関するもの。

 夢魔の領域に、冒険者達はどう出るか。



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