第163話◇若き勇者二人

 



 窓の外は暗い。

 部屋の明かりは既に落とされている。


 だが、ほのかに光るものがあった。

 端末の液晶の輝きだった。画面には、フェニクスセンパイ達の第九層攻略映像が流れている。

 本人たちから貰った、ノーカット版。


 宿の事務室……的な場所らしい。そこそこ散らかっているが、目当てのものがあるので特に不満はない。

 上ではみんなが寝ていることだろう。レイド戦以外にも、俺達はかなり忙しくしている。


 端末を起動するのに必要な魔石三つ分くらいのお金を払うことで、滞在中いつでも使っていいとの許可を得た。

 高級宿でもないと、部屋ごとに端末が配備されることはないようだ。


「『空間移動』……か」


 地水火風、これが四大属性。それぞれ対応する精霊がいて、大昔に彼らの魔法を人用に作り直したのが、属性魔法。

 けど当然、世界に魔法がこれしかないわけではない。


 俺達人間ノーマルは、不得手が特にない代わりに、得手も特にない。種族としてみると、そんな感じ。

 そんなやつらが、種族として戦争に勝つ為に力を借りたのが四大精霊だったので、今の主流もこの四種類の魔法だったりするわけだ。


 一般人でも、超頑張れば手のひらを濡らすくらいの水魔法とか、爪の先に灯す程度の火魔法とかは、使えると思う。属性魔法は、汎用性の高い人の為の術。

 そうでない魔法もいっぱいある。

 種族固有だったり、人物固有だったり、習得の条件が非常に厳しかったり。


 『空間移動』は人物固有だ。魔人だから使えるのではなく、血統も関係なく、アガレスだから使える魔法。たまに、そういう魔法を持つやつがいる。

 もちろん、世界で一人というわけではない。『空間移動』持ちは他にもいるが、彼らもまた、彼らだからその魔法を行使出来る。親も種族も関係なし。言ってしまえば、才能。



 もちろん、それはあるというだけ。

 身体や他の魔法と同じ。思い通りに動かすには、相応の努力が不可欠。


「……ほぼ完璧だな」


 画面上のアガレスは、視界を遮られても望む場所に飛んでいる。空間認識能力が高いのだろう。

 タイミングもいい。便利な魔法を持っているやつほど慢心しがちで、無駄にポンポン使用してしまうものだが、さすが魔王城で四天王を任されるだけはある。


 角の性能も良いのだろう。人間サイズのものを別の位置へと移動させる魔法となると、消費魔力も膨大になる。

 転移用記録石が一般に普及していないのも、それが理由だ。

 ダンジョンコアでもないと、起動用の魔力を賄えない。


「配下も魔人だし、やり辛いだろうな……」


 【勇者】に対応するのが【魔王】だと言われるが、これはざっくりとした説明だ。

 精霊と契約していない【勇者】に対応するのは【魔人】。

 精霊と契約した【勇者】に対応するのが【魔王】。


 この方がまだ実態に近い。これでもだいぶ説明不足の感があるけど、まぁイメージだ。

 つまり、【魔人】はそう生まれただけで、人間の中でごく一部の選ばれた者しか獲得出来ない【勇者】持ちと同等の種族、ということ。


 その上、かつて多くの魔族を支配下においていた。

 数で自軍に大きく勝る人間と戦争が出来るのも頷ける。個々の戦力が桁外れなのだから。


「まぁ、関係ないけど」


 別に相手が誰でもいい。

 どんな相手でも勝つのが勇者だ。


 勝つ為に努力するのは、当たり前のこと。

 才能ある者達が日々血の滲むような努力を続けても、ぶつかり合えば勝つのは片側だ。

 自分がそちら側になる為に、やれることはなんでもやる。


 もう一度頭から動画を再生しようとしたところで、物音。


「【勇者】が不法侵入とか感心しないね。これあれだよ、スタッフルーム的な場所なんだけど?」


 人影に声を掛ける。

 現れたのは、ユアンだった。


 【疾風の勇者】。十三歳。風の分霊と契約していて、育成機関スクールを次席で卒業したとか言っていたかな。

 葉っぱみたいな髪色の、利発そうとか、そんな感じの男だ。


「亭主に、ここだと聞いて。魔力反応も、あったものだから」


「ふぅん。で、俺に何か用?」


 ユアンはゆっくりと近づいてきた。ちらりと、画面を見る。


「第九層の研究をしているのか……?」


「そ。みんなでも観たけど、まぁこっちは半分趣味かな。面白いよ」


「そう、か」


「うん。ほら、本とか読んでると、一度目に気づかなかったことに、二度目三度目で気づくこととかってない? 繰り返し観賞することで、新たに発見することって結構あるんだよね」


「訓練で、それまで出来なかったことが、ある時ふと段階を飛ばしたように出来るようになる、ということはあった。それと近い、だろうか」


「どーだろ。でも確かにあるよね。どんだけやっても出来なかったのに、急に出来るようになること。そのまま習得出来る時と、次またやったら失敗する時ない?」


「……あるな。その時は、成功時の感覚をなんとか思い出そうと必死になる」


「あるある」


 俺はヘラヘラと笑った。世間話? はこれくらいでいいだろう。


「それで、何か用があるんじゃないの?」


 ユアンはしばらく黙った。それから、言いにくそうに口を開く。


「僕も、自分がろくな活躍が出来ていないことは気づいている」


「そうでもないんじゃない? 別にミスらしいミスもないし。相手も強いってだけでしょ」


 ユアンは弱くない。それどころか、強い。

 同年代と比べれば、頭一つ抜けているだろう。多分。


 育成機関スクールの優等生は、技術がちゃんとしている。

 たとえば【氷の勇者】ベーラは、フェニクスセンパイのパーティーに混ざってすぐ活躍出来るくらいに、氷魔法のバリエーションが多かった。

 その分、ちょっとした判断ミスや油断はあったけど、それは経験を積めば変わっていくだろう。


 ユアンも同じ。確かに一度退場もしたし、若干ピンチに陥る回数が多めだが、魔法技術はしっかりしている。

 あと、威力で言えば俺より上だろう。

 まぁそれは魔法と精霊術の差が大きいが、精霊も込みで本人の力だ。


「始まる前、君に言ったことを覚えてるか?」


 ……覚えてない。

 いや、少し考えてみると、なんか言われたような気がしてきた。

 あぁ、そうだ。気に入らないとか、なんかそんなことを言われたんだ。

 俺が四大精霊と契約出来るのに、しないから。


「あぁ、うん。でも別に、気にしてないよ」


 今の今まで、忘れてたくらいだし。


「いや、気にしてるのは僕だ。結局、始まってみれば君の活躍は素晴らしく、僕は……足を引っ張っているように思う」


「えぇと……それ、俺に言うことかなって思うんだけど。それとも、全員に言うつもり?」


「誰も、僕を責めないんだ」


「そりゃユアンセンパイのミスって経験不足からくるものだし、それを込みでパーティーに入れたのはエアおじでしょ? もし悪いってんなら、あの人が悪いよ。でも、誰でも最初は新人だ。だから結局、誰も悪くない。そういう話なんじゃないの?」


「でも、君は……」


 なんか面倒くさいぞ、ユアン。

 前のちょっと鼻につく感じの方がまだやりやすい。


「あのさ、えーと。うん。ユアンセンパイって、【役職ジョブ】判明してから訓練始めたよね、多分」


「あ、あぁ。そういう人の方が多いと思うが」


 なんとなくの適性は分かっても、基本は【役職ジョブ】が分かるまではハッキリしない。

 だから、職業ごとの訓練は判明後に行うのが普通。


「俺は四歳から魔法使ってたらしいから、経験だと六年なんだよ。育成機関スクール三年通ってるセンパイより、魔法に触れてる時間は長いんだ。フランはそんな俺とずっと一緒だし、あと【破壊者】だし。別に俺達と自分を比べる必要はないよ」


 育った環境からして違う。

 彼が俺に劣っているのではなく、俺が最初から勇者を見据えて生きていただけ。


「あぁ、いや。そうか。その、僕は今日、君に頼みに来たんだ」


「頼み?」


「もっと早く言うべきだった。けれど、くだらないプライドが邪魔をして……」


「前置きは要らないかな」


「す、すまない 君のやり方を教えて欲しい。どうすれば一線級の冒険者達と同等の判断をすぐに下せるようになるのか」


 ユアンは、頭を下げた。

 嫌っていた、年下の、生意気な【勇者】に。


 理由は一つ。

 勝ちたいから。


 ――あぁ、クソ。


 これでは適当にあしらえない。

 真の意味で、ユアンくんはもう仲間だ。


「もちろん、一朝一夕とはいかないだろうが。心構えや、意識すべき点だけでも――」


「いいよ、分かったから。そこの椅子持ってきて、こっち座りなよ」


「! あ、あぁ。ありがとう……!」


「俺のやり方って、別に難しくないよ。面倒くさいだけで」


「というと?」


「とにかく観て、頭に叩き込むんだ。で、敵がこう動いたら、自分はこう動くってのを全部作っておく。あと、敵の出来ることを全部羅列して、こういうことをしてくるかもしれないとか考える。その対応策も」


「……な、なるほど?」


「たとえば……」


 俺達は並んで攻略動画を観た。

 一人でやるより、多分、ちょっとだけ楽しかったと思う。

 気がするだけかも。



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