第164話◇第九層・時空と『魔』の領域

 



 第九層・時空と『魔』の領域。

 元々派手な魔法戦が見どころの第九層だが、今回はアガレスさんの伝手で他のダンジョンから何人もの【魔人】さんを助っ人に迎え、戦力強化に成功。


 第九層は異空間っぽさがよく出ている。

 基本は真っ黒。上下左右、底も果ても見えない黒。

 そんな空間に、小さな輝きがぽつぽつと配置されている。

 四方八方が夜空みたいな空間、と言うとイメージしやすいか。


 で、そこに更に時計が加わる。

 掛け時計、置き時計、懐中時計に腕時計、砂時計もある。それぞれ更に多種多様なデザインのものが無数に、サイズもバラバラに空間に浮いているのだ。

 刻んでいる時間はめちゃくちゃで、針の速度まで違う。文字盤に刻まれた数字の数も統一性がない。時の流れを乱すような、時を刻むものだらけのステージ。


 六層や七層は、海や空というステージでありつつ、道が敷かれていた。

 だが第九層はそれも無い。

 足元の床に確かに立っているのに、眼下には星の瞬く夜の空が広がっている。

 そんな、不思議な空間。


「時間だ」


 現れた【魔人】はみな、それを口にする。

 適当な時計に視線を向けたり、敵を正面から見据えたりしながら、告げる。時間だと。


「なんの?」


 レイスくんが尋ねた。

 すぐに応えがある。


「――争いの」


 また、他の【魔人】はこう答える。


「滅びの」「退場の」「虐殺の」「敗北の」「終わりの」


「――時間だ」


「ふぅん、そっちの?」


 レイスくんはやはり、余裕を崩さない。

 返答は、魔法攻撃。

 大型獣ほどの火炎球がレイスくんを襲う。


「怒っちゃった?」


 容赦のない高威力の魔法にも、レイスくんは動じない。


 各所でも戦いが始まっていた。


 第八層で得た復活権は、【迅雷の勇者】スカハさんに使用された。

 残るメンバーは【嵐の勇者】エアリアル、【疾風の勇者】ユアン、【剣の錬金術師】リューイ、【魔剣の勇者】ヘルヴォール、【千変召喚士】マルグレット、【迅雷の勇者】スカハ、【遠刃の剣士】ハミル、【無貌の射手】スーリ、【湖の勇者】レイス、【破壊者】フランの十名。


 ヘルさんとフランさんは【魔人】に肉弾戦を仕掛けている。

 エアリアルさんとレイスくん、スカハさんの勇者組もそれぞれ一体ずつ敵を引き受け、魔法戦を開始。


「……来い!」


 ユアンくんが一体の魔人と対峙する。


「若く、未熟な勇者よ。貴様に何が出来る」


「それを、今から証明するんだ」


 互いに風魔法を得意とするようだ。激しい風刃のぶつかり合いを繰り広げながら、互いに距離を詰めていく。

 空間が叫び、鳴く。髪や衣類、周囲を漂う時計の揺れが、戦いの激しさを物語る。


 ユアンくんがある風刃を回避しようと、下がろうとした瞬間だった。


 トンッと、彼の背中が何かにぶつかる。

 地属性魔法で生じた壁だ。


「魔人は精霊の機嫌を窺う必要がない」


 故に、一つの属性に縛られることはない。

 風魔法と同時に地魔法を使用することも可能。


知っている、、、、、


 一瞬前まで焦り顔を見せていたユアンくんが、笑った。


 ――演技をしていた?


 次の瞬間、彼の体は高く舞い上がる。風魔法で空を飛んだのだ。

 だがタイミングがおかしい。早すぎる。事前に準備でもしていなければこうはならない。


「ハミル殿!」


「もうやってるよ~」


「――――」


 魔人の胸から、血が流れている。二箇所。

 心臓と魔力器官の位置。


「『飛ぶ刺突・二連』ってね」


 ハミルさんが親指と人差指を立てたものを顎に当て、決め顔で言った。

 彼の『飛ぶ斬撃』は、どのような斬り方にも対応している。刃が敵を斬りさえすれば、刺突でも構わない。


 それは既知の事実だが、今のは状況も良かった。

 結果的に、【魔人】自ら視界を遮り、そこを突かれた形。


 ――狙っていたのか? 最初から?


「僕は確かに若く未熟だけど――」


「この程度――」


 【魔人】には角がある。死は免れなくとも、持ち前の頑丈さで退場までにはまだ少し時間があった。

 最後の魔力で【勇者】を倒すことくらいは出来る。もちろん、魔法が敵に当たれば、だ。

 ユアンくんもまた、巨大な風刃を用意していた。


「決して、弱くない! なによりも!」


「――――ッ!」


「一人じゃない!」


 特大の風刃同士の激突は、長くは続かなかった。

 魔力切れではない。魔力を込め続ける肉体側の限界。

 【魔人】の体が崩壊し、魔法が解けた。そして、魔力粒子が舞う。

 退場だ。


 ――まるで別人だな。


 今までユアンくんは第二層の退場以降特に、失敗しないようにと気を張っていたように見受けられた。


 仲間のサポートを受けると、申し訳なさそうにしたり、謝ったり。

 それは魔王城の魔物たちも見ている。ノーカット版だから、視聴者よりもずっと分かっている。


 今、彼はこれまで積み重ねた自分の『未熟な部分』を戦いに利用したのだ。

 第八層までと変わっていないように振る舞い、そこを突こうと動いた魔人を、逆に嵌めた。


 敵からの自分の評価を作戦に組み込み、その上積極的に仲間に協力を仰いだ。

 あぁも上手くハミルさんの不意打ちが決まったのは、それだけユアンくんの動きが巧みだったからだ。

 どこか吹っ切れたのか、彼の表情はスッキリしている。


 未熟であることを受け止め、されど卑下せず、勝利の為の道具へと昇華してみせる。

 敵ながら、見事だ。



「さすがです、ハミル殿!」


「ユアンちゃんもナイス~」


「あの……ちゃん付けは少し」


 言いつつ、二人は次なる敵へと移動。

 苦戦気味のマルグレットさんのサポートへと向かうようだ。


 きっかけ一つで人が変わることは、ある。

 彼は元々優秀だから、あとはそれをどう運用するか。

 そこに躓いてしまい、それを引きずっていたようだが、もう大丈夫のようだ。

 有望な冒険者が暗闇を抜けたことを嬉しく思いつつ、参謀としては強敵の誕生に頭を悩ませる僕だった。

 でも、少しだけ。冒険者の先輩として呟くくらいはいいだろう。


「おめでとう、ユアンくん」


 これで終わり。おしまい。

 僕と彼は敵なのだ。倒すべき敵。

 一瞬の祝福の後、僕は表情を引き締め画面に意識を戻した。




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