第167話◇第十層防衛直前スピーチ、再び

 



 そこは、第十一層、、、、・完全無涯むがい領域の最奥。

 冒険者達の戦いに終わりはない。この争いにはてはない。


 何故なら、魔族の王は決して負けないから。

 永遠の闘争を約束するその領域に足を踏み入れた冒険者は、これまでただの一人もいない。

 そこに至るより先に、敗北を知るからだ。

 

 魔王軍参謀レメゲトンとして訪れた僕は、カウントすべきではないだろう。

 僕の層に用意された椅子とは別、真の玉座に腰掛ける者がいた。

 我らが王だ。


 まるで謁見の間のような空間。

 玉座があり、そこから続く長い段差があり、段差の終わりから扉までには血のように赤い絨毯が敷かれている。


「またしても、冒険者共が第十層へと侵攻するに至った」


 幼い体、幼い声。いつもと変わらない、彼女の筈なのに。

 普段のような親しみやすさはどこにもなく、重力が十倍になったような圧力があった。

 空間がビリビリと震えているようにさえ感じる。


 正真正銘の魔王の血族。我が師の直系。纏う覇気は、それだけで人を殺しかねないほどのもの。


「だが、余には不安も不満もない。奴らが余の領域を踏み荒らす時は永劫訪れないと知っているからだ。であろう? ――レメゲトンよ」


「ハッ」


 玉座から連なる段差の下には、彼女の配下の内、フロアボスを任じられた者が集結していた。

 その他にも、僕直属の配下三体に加え、防衛に参加する魔物たちの姿が見られる。


 同盟者とはいえ、【絶世の勇者】エリーパーティーは入れるわけにはいかなかった。リーダーであるエリーさんも「こちらからお断りよ。一番美味しい部分は、自分達で暴かないとね」と笑っていた。

 同様に、フェニクス、リリー、ニコラさんの三人もここにはいない。


「【炎の勇者】共と同じ末路を、奴らも辿ることでしょう」


「うむ、それが聞ければ良い。こやつらにも、何かあるか」


 僕は一つ頷き、魔王様に背を向ける。

 仲間たちの方を向く、ということだ。


「ここまで、貴様らは実によくやってくれた。侵入者共は半数を欠いた状態。四つの復活権を行使した上で、だ。これは大きな戦果と言えるだろう」


 配下の誰も、声を上げない。黙ってレメゲトンの声に耳を傾けている。


我に従え、、、、――とは言わん、、、、、


 前回は言った。ごく狭い空間で勝利を掴む以上、仲間には僕の命令に従ってもらう必要があったから。


 だが今回は違う。


「我が第十層もまた、貴様らと同じく進化を遂げた。命じる言葉も変わる」


 僕は全員を見渡し、言う。


「好きにやれ。持てる力の全てで敵を蹂躙しろ。敵を撃滅し、証明するのだ」


 一呼吸置き、言い切る。



「――何者も、魔王城を攻略することなど叶わんのだと」


 咆哮が上がった。

 魔王様も立ち上がり、腕を振るう。



「往け、我が愛しき魔物達」



 魔王城の魔物は、その全員が魔王様を敬愛していると言って過言ではない。


 【吸血鬼の女王】カーミラは前ダンジョンで冷遇され、再就職の道も半ば閉ざされた状態だった。だが慣例を無視して魔王様が雇うことを決定。


 【恋情の悪魔】シトリーは【夢魔】の姿を好むが、それでは誰も雇いたがらない。しかし自分の好む姿のままダンジョンで働きたかった。そんな彼女に手を差し伸べたのは魔王様だ。


 【時の悪魔】アガレスもまた、魔王様に心を救われ、働くことを決めたのだと語っていた。


 【隻角の闇魔導士】レメゲトンも同様である。


 誘ってくれたのはミラさんだ。彼女が恩人であることは変わらない。

 だが、一体ルーシーさん以外の誰が、どんなダンジョンボスがそれを許可するだろう。面接だって、普通は受け付けない。


 魔王様は違った。ミラさんの働きかけがあったのだとしても、第四位パーティーを無能故に追い出されたと話題の【黒魔導士】を、魔王軍に迎えるかどうか検討する場を設けてくれた。

 小さく幼い我らが王は、仕えるに足る御方だ。


 誰にも、彼女のいる第十一層を侵させはしない。

 それこそが、僕らに出来る唯一の恩返しなのだから。


 【地獄の番犬】ナベリウス、【不可視の殺戮者】グラシャラボラス、【死霊統べし勇将】キマリス、【闇疵の狩人】レラージェ、【吸血鬼の女王】カーミラ、【串刺し令嬢】ハーゲンティ、【人狼の首領】マルコシアス、【恋情の悪魔】シトリー、【水域の支配者】ウェパル、【雄弁なる鶫公】カイム、【怪盗鴉】ラウム、【刈除騎士】フルカス、【時の悪魔】アガレス、【一角詩人】アムドゥシアス、【魔眼の暗殺者】ボティス、【黒き探索者】フォラスなどの、魔王城の仲間たちは、全員同じ気持ちだ。

 ――【海の怪物】フォルネウスはサイズと生態の関係でここにはいないが、気持ちは同じ。


 『初級・始まりのダンジョン』からやってきたオークのトールさん改め【寛大なる賢君】ロノウェ、馬人のケイさん改め【零騎れいきなる弓兵】オロバスも、やる気に満ちている。


 気合いを入れる、なんて表現がある。もしかすると、ピンとこない人もいるかも。

 僕も、根性論は苦手だ。ただ頑張ればいいとは、ちっとも思わない。


 必要なのは適切な努力と、それを実行出来るだけの目的意識。そこに、支えとなる人や言葉があると、もっとずっと頑張れる。


 人の優しさに触れた時、温かい気持ちになるように。

 誰かの行動や言葉は、自分の精神に影響を及ぼす。


 尊敬するダンジョンボスが見てくれている、自分達の勝利を疑っていない。

 その事実が、心を燃やしてくれる。

 それだけで、戦いの前にこうして集まったことには意味がある。


「準備は出来た? レン」


 僕をそう呼ぶのは、現在一人だけ。

 転移用の記録石から直接第十層に飛んだ僕を、【絶世の勇者】エリーさんが迎えた。


 銀灰の髪と吊り目がちな瞳が印象的な、ランク九十五位勇者。

 世界に数万を越える公式パーティーがあることを考えれば、いかに優秀か分かるというもの。

 彼女とその仲間たちは、今回限りの味方。


「とうに出来ている」


 エリーさんは嬉しそうに笑った。


「素敵ね。アナタのお仲間には悪いけど、アタシ達の出番が来ることを期待してるわ」


 冒険者達が僕らと戦うには、それ以前に多くの敵を打倒しなければならない。

 新生第十層は、そういう仕組みだ。


「その時は存分に働いてもらおう」


「えぇ、楽しみでならないわ」


 エリーさんが小さく「彼らとの戦いだけでなく、アナタの本気もね……」と呟いたのが聞こえた。

 彼女はその美しい顔に獰猛な笑みを浮かべ、僕を見上げた。


「それじゃあ参謀閣下、行ってらっしゃいませ?」


 どこか冗談っぽく、くすぐるような声で言う。

 僕は頷き、第十層・第一エリア、、、、、へと向かう。


 ほどなくして、冒険者達がやってきた。

 【嵐の勇者】エアリアル、【疾風の勇者】ユアン、【魔剣の勇者】ヘルヴォール、【迅雷の勇者】スカハ、【遠刃の剣士】ハミル、【無貌の射手】スーリ、【湖の勇者】レイス、【破壊者】フラン。

 総勢八名の冒険者達。十七人いた内の、生き残り達。


 エアリアルさんと、目が合った。


「おや、いきなり貴殿が相手をしてくれるのかな」


「まさか――来い、、


 指輪に魔力を流す。

 契約者達が召喚に応じ――現れた。


 最後の戦いが始まる。最後にするのだ、魔王戦には、続かせない。


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