第65話◇白銀王子とその兄の朝

 



 有名人が街中を歩くと騒ぎになってしまう。だから大抵の者は普段、そうとバレないような格好をするものだ。

 フードを被ったり、口を覆ったり、サングラスを掛けたり。


 冒険者の場合は、魔力体アバターと本体にわざと差を作っておく、という方法がある。


 識別不能なレベルで変更すると違法だが、髪型とかほくろ、一重二重レベルまでなら問題ない。筋肉はダメだが、脂肪の増減もある程度オーケーだ。


 体格はダメだが、体型の範囲ならば変更可能。筋肉がダメなのは、魔力体アバターに付ける場合。本体を鍛えずしてステータス上昇を狙うのはダメ、ということだろう。


 実際、逆は可能だ。ムキムキの人が、魔力体アバターだとスラッとした細身になる、みたいに。


 正直、見た目だけでなく体型にまで影響を及ぼす変更はオススメしない。普段の身体と同じように動かせるのが魔力体アバターの良いところなのに、二つの肉体で操作感が変わってしまっては利点を潰してしまう。

 まぁ、操作感は置いておいて。


 とにかく、それらが変わると案外本人と気づかれないものだ。


 ボクの場合は、魔力体アバターが短髪なのに対し、本体は長髪。


 魔力体アバターの胸が控えめなのに対し、本体は……きょ、巨……普通より大きい。


 魔力体アバターの左目下に泣きぼくろがあるのに対し、本体には無し。


 あと、本体の時は眼鏡を掛けている。度は入っていないけど。


「おいニコ、このダンジョンを攻略するぞ」


 この街に来てから泊まっている宿で朝食を摂っていると、兄さんが現れて卓上にバンと紙を置いた。

 二つ年上の兄、フィリップだ。

 ボクは後ろで一つに結って、右肩側から前に垂らしている髪を、背中に落とす。


「……おはようも無し?」


「おはよう、愛しき妹よ」


「……うぇっ」


 朝食を戻しそうになったじゃないか。睨むボクを、兄さんは無視。正面に座って話を再開。


「見ろ、この街にあるダンジョンだ」


「ボク、食事中なんだけど」


「初級だが、面白い企画を始めて話題になっている」


 溜息を溢してから、ボクは食事を中断する。


「ボクは聞いてないな」


「お前は酒を飲まんからな。酒場は情報の宝庫だぞ」


 ダンジョンのある街だと、必ずと言っていいほど冒険者と魔物で飲食店などの棲み分けが為されている。

 冒険者が集まる酒場というのがどこにもあって、そこでは盛んに情報交換が行われるのだとか。


「兄さんが行くなって言ったんじゃないか。王子キャラに合わないとかでさ」


 さすがに多少見た目が違っても、冒険者だらけの場所に顔を出せば気づかれてしまうものだ。

 元々お酒は苦手だからいいけど。


「そうだったな。その分俺が情報収集するから気にするな」


「お酒呑みたいだけでしょ」


 ふっと笑っただけで、兄は話を続ける。


「昨日の話なんだが、順位も分からんような新人が身の丈に合わない飯を食っていてな。話を聞いたところ、このダンジョンのクリア報酬を得ていたというわけだ。電脳ネットを検索してみれば、既に何パーティーも攻略映像を上げている。今のところド新人や底辺ばかりだな」


「言い方さ、もう少しなんとかならないの。王子の兄にしては品性がさ、アレなんだけど」


「家族の前で仮面を被る趣味はない」


「素で性格が悪いってことを、よくそんな風に飾って言えるものだよね」


「お前も大分生意気になったな。昔は兄様兄様と可愛かったというのに」


「ボクの手元にね、今ナイフとフォークがあるんだけど。オススメはナイフかな」


「ふむ、話を戻すぞ」


 こういう、日常のやりとりでなら兄さんに反発出来るし、兄さんも引いてくれる。

 ただ真剣なビジネスの話となると、兄さんは反論を許さない。

 ボクは紙を手にとって、内容をざっと眺めた。


「『初級・始まりのダンジョン』? ……あぁ、あの森っぽいところ?」


「そうだ。中々の額だろう? 時代遅れダンジョンの、起死回生を賭けたキャンペーンってわけだ。これを頂く」


「……いや、ボク達はランク九十九位なんだけど? 確かに入場制限は掛かってないみたいけど、こんなの顰蹙ひんしゅく買うよ。そもそも予約の時点で弾かれるんじゃない?」


 普通に、記載ミスなのではないか。

 ダンジョンの『攻略推奨レベル』に達していない場合はもちろん、数字が下に二以上開いている場合も、受け入れられない場合が多い。


 ダンジョンがレベル『1』で、ボクらはレベル『4』。

 攻略拒否されるのが普通。

 まぁ、普通はダンジョン情報に記載しておくべきなので、あちらのミスでもある。

 それでもやはり、予約しようとしたら断られるのではないか。


 というか、こんなのは大人が子供のちゃんばらに真剣で混ざるようなもので、見ている者も楽しくないだろうに。

 初級ダンジョンが児戯同然というわけではない。あくまでたとえ話。


「お前も少しは頭が回るようになったな」


「あーはいはい。それで?」


 兄さんがむかつく顔で頬を上げているので、これで終わりじゃないのだろう。


「フェロー殿伝いに情報提供があった。かつてはレベル『3』以上の攻略はご遠慮願う、という記載があったそうだ」


「フェロー殿? ……どうしてあの人が?」


「彼は魔人だからな、特有の情報網があるのだろう」


 職業柄、ボクらは亜人と距離を置くことが多い。

 ただこれは冒険者という職に合わせたポーズでしかないわけで、行き過ぎれば当然差別になる。

 仕事で関わる人には亜人も多くいたし、そこに嫌悪はない。


 そういえば、フェロー殿の部下には亜人がとても多い。


「えぇと、じゃあ何? 賞金を用意すると同時に、かつてあった筈の情報を削除した?」


「そうだ。何故だと思う?」


「それは……そうか。兄さんみたいな馬鹿を釣って、全滅させる為?」


「俺は馬鹿じゃないが、まぁそういうことだ。そして始まりのダンジョンの目論見は成功しているようだ。最近中級パーティーの顔をちらほらと見るようになった。タッグトーナメントに参加するわけでもなく、話を聞くと二種類に分けられる」


「二種類? 初級ダンジョンを狙うパーティーと、後は?」


「『口をつぐむパーティー』だ。お前は頭は悪くないが、思考が浅い。もっと回せ」


 ……むかつくなぁ。


 兄さんの顔に拳を叩き込む妄想を十回くらいしてから精神を落ち着け、ボクは思考を開始。

 すぐに気付く。


「あー……中級なのに初級ダンジョンで全滅して、恥ずかしくてそれを言えないのか」


「そうだ。踏破した場合は賞金獲得を宣伝する必要があるが、全滅の場合はその限りではない」


 そういえば、わざわざ動画投稿の義務を攻略成功時と記している。


 失敗した中級以上に、失敗した事実を隠す道を与えているのか。

 まぁ確かに、初級パーティーさえ気持ちよくクリアしたダンジョンの攻略に、経験を積んだ自分達が失敗というのは、かなりダメージがデカイ。


 公開を強制すれば、それはそれで強さ自慢を呼び込めそうなものだけど……。

 簡単に金が稼げると思い込んで群がるパーティーは、減っちゃうかな。


 もしかすると、このキャンペーンの目的は単なる宣伝ではなくて、短期間に荒稼ぎすることなのかもしれない。


「……ん、これもしかして『全レベル対応』ダンジョンってこと?」 


「そうだ。この企画を考案した奴は、相当なダンジョンオタクだな。今の冒険者では知らない者も多いというのに、面白い試みだよ」


 『全レベル対応』ダンジョンは、最近の動画では確認出来ない。あっても、攻略者自体がそうと気づいていないので触れようがない。


 日々攻略映像がどんどん投稿される中で、今でも観てもらえる過去映像は有名所のみ。

 引退などで動画を削除するパーティーもあったりするので、貴重な映像が失われることもしばしば。


 冒険者界隈には、幾つか伝説があったりする。


 たとえば、若い頃の【嵐の勇者】含む複数パーティーが、当時の魔王城にレイド戦を挑んで一層で全滅、とか。


 一時期、精霊と契約することも出来なかった【勇者】が世界一になったことがある、とか。


 【嵐の勇者】達を倒した【魔王】は引退したのではなく、その強大な力を恐れた国の干渉に嫌気が差して姿をくらませた、とか。


 最近では【炎の勇者】フェニクスが、フィールドを溶かす規模の精霊術を行使したにもかかわらず、魔王軍参謀との一騎打ちに破れた。しかも、その参謀は防衛は成功したが勝負は引き分けだ的なことを言った。


 事実だと確認がとれるものもあれば、とれないものもある。


「ボクらが挑んだら、出てくる魔物は相応の強さになってる?」


 『全レベル対応』ダンジョンもその類のものだ。

 レベル『1』から『5』、誰が挑んでもギリギリの戦いになるというダンジョン。


 ダンジョン攻略は予約制。予約を受けた時点で、パーティーのランクや構成などは知られる。

 攻略日までに対応することも、不可能ではない。

 もちろん、それを可能とする職員がいてこそだが。


「少なくとも、並の中級が全滅し、恥ずかしさから公開を控える程度の強さはあるらしい」


「なんでこのタイミングで……」


「それは俺も気になっているが、ブレインでも雇ったのかもしれないな。フェロー殿いわく、あのダンジョンのマスターがこれを考えたとは思えぬらしい」


 何故かボクはこの時、数日前にその姿を見た――気がする――レメさんを思い出していた。


 ――いやいや、意味分かんないよ。ボクってば何考えてるんだか。まさかね。


「強さが変わらず雑魚ばかりだったら、二層で攻略を中止する。その場合は多少損するが、踏破していないのだから動画投稿する必要はない」


「だね。そんな攻略は、わくわくしない」


「人気がとれない、だ」


「……あぁそう」


「もし強さが変わるのなら、現代に蘇った『全レベル対応』ダンジョンを俺達が解明し、攻略したことになる」


「……そうだけど、これ多分向こうとしては賞金に吸い寄せられた中級を狩る企画だよね。ボクらが上級なのは変わらないんだから、やっぱり予約で弾かれるんじゃないの?」



 この企画における獲物に、ボクらが該当するかどうか。


「その心配は要らない。予約はもうとった」


 ボクは驚かなかった。世間的にはボクがこのパーティーの中心だが、リーダーは兄なのだ。

 強いて言うなら、予約をとれたのが驚き。


「こういうのはさ、みんなに相談してからすべきでしょ」


「お前がやると言えば、他の三人はついてくるだろう」


「ボクはやると言ってないのに、兄さんは予約したよね」


「俺がやると言えば、お前は納得するだろう」


「……はぁ」


 兄はこういう人なのだった。


「俺の言う通りにして、結果が伴わなかったことがあるか?」


「それは、ないけど」


 現実は厳しい。


 ボクが好きな格好で好きな戦法を選んで攻略した時は、誰も見てくれなかった。


 でも、兄さんと組んで王子キャラを作って、スマートな戦法を意識したら人気が爆発した。


 冒険者に必要なのは強さだけじゃない。勝利だけじゃない。


 人気が、とても重要。キャラクターとして愛されなければ、価値を見出してはもらえない。


勇者ヒーローショー、タッグトーナメント、そして『全レベル対応ダンジョン』。運が向いてきたぞニコ。俺達はまだまだ上へ行ける」


 結果的に、ボクはこのダンジョンに挑んでよかったと思うことになる。


 だって、これがあったから彼に――。

 


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