第251話◇怪物たちの抽選会(前)




 全天祭典競技。

 世界中から『最強』の座を求めて強者が集い、激突を繰り返してその数を厳選する大会。


 大規模な予選、名勝負を多く生み出した第一段階、そして続く第二段階は――トーナメント制。

 今日ここに集まった僕らはこれから、その組み合わせを決めるべくクジを引くのだ。


 世界ランク第一位【嵐の勇者】エアリアルが現れたことで、場の空気が引き締まった。

 それはしかし、そう長引くことなく弛緩することになる。


 大きな音が鳴った。

 炸裂音と、鮮やかな光。

 ステージ脇に据えられた、筒状の装置から飛び出したようだ。


 百パーティー分の代表者が集まったことで、抽選会が開始するという合図か。

 抽選会の映像は配信されるそうなので、視聴者向けの派手な演出が入るのも分かる話。


 けれど、続いて出てきた人たちは予想出来なかった。


『こーんにちはー!』


 ステージの両脇から、彼女たち、、、、は小走りでステージ中央へ。


 その走り方も、忙しなさは感じないように計算されているのだろう。

 こう、元気いっぱいにこちらに向かってくるような健気さがある。


「レメ様ならご存知でしょうが、今年の世界ランク九十位代は、『新しい波』と呼ばれているようですね」


 声。

 僕をレメ様と呼ぶ人は多くない。


 ブラウンの細やかな長髪。両側の横髪は結われ、後ろで合流している。

 気品と儚さを両立した、柔らかい微笑を浮かべる彼女は――マルグレットさん。

 いや、マルさんと呼ぶべきか。


 世界ランク第三位ヘルヴォールパーティーの【召喚士】であり、有名な大商会の次女。

 レイドでは敵として、オリジナルダンジョンでは仲間として戦った冒険者だ。


 ということはつまり、レイスくんとフランさんからすればレイドの仲間ということ。

 ヨスくん的にも、オリジナルダンジョンで共に戦った仲間。

 レイスパーティー五人の内、実に四人と知己ということになる。


「マルさんじゃん」


「レイス様、ごきげんよう。フラン様、ヨス様もまたお会い出来て嬉しいです。そちらの素敵な女性がメラニア様ですね?」


 しかし声を掛けられたメラニアさんはステージに夢中。目を輝かせて、彼女たちを見ている。

 マルさんは気を悪くすることなく、微笑ましげにメラニアさんを一瞥してから、視線を僕に戻した。


 僕もまたメラニアさんと同じく、ステージから視線を外さないままに答える。


「『新しい波』……そうですね。何年も冒険者業界にいると、たまにこういう年がありますよね」


 特定の属性使いが固まってランクインしたり、その時々の流行のスタイルがあったり。

 『新しい波』のように、新進気鋭の者たちがランクで並んだり、そういうことがたまにあるのだ。

 今年の九十位代がまさにそうだった。


 たとえば世界ランク第九十九位【銀嶺の勇者】ニコラパーティー。

 兄妹で【勇者】という珍しさや、妖精や【清白騎士】をパーティーに組み込むという選択。

 勇者ヒーローショーへの出演。

 『白銀王子』とまで称される、ニコラさんの紳士然としたキャラクター。 

 【盗賊】のレイラさんとニコラさんの絡みは、王子と姫なんて言われて好評を博している。


 更にはここ最近新たな戦い方を見せ、そのギャップにファンを大いに沸かせた。

 ニコラさんも兄のフィリップさんも、過去それぞれのパーティーで挫折を味わったからこそ、世間に受け入れられる形を模索、そして成功した。

 そのことで衝突もあり、それは僕とニコラさんがタッグトーナメントに出るきっかけにもなったのだが……。


「レイドで魔物に味方するパーティーとかもいたね」


 レイスくんが何かを思い出すように呟く。


 世界ランク第九十五位【絶世の勇者】エリーパーティーのことだとすぐに分かった。

 【白魔導士】二人【黒魔導士】二人という非常に尖ったメンバー構成。

 それが単なる奇抜さで終わることなく、パーティーの魅力となっているのだから凄い。

 彼ら四人はエリーさんをより輝かせ、エリーさんはその四人のサポートがいかに優れているかを勝利で示す。


 この二組だけではなく、今年の九十位代には面白いパーティーが多く揃っていた。

 メンバー全員が可憐な男の子――男の娘なんて呼ぶらしい――のパーティーだとか。

 冒険者としてのものとは別に、電脳ネット上で動画を公開し絶大な人気を誇るパーティーだとか。


 そして今ステージ上にいるのも、そんなパーティーの一つ。


 世界ランク第九十八位【愛唱あいしょうの勇者】ペーセルパーティー。

 歌って踊れる可憐な冒険者たちだ。

 アイドル兼冒険者という、異色のグループである。


 僕らが会話している間にも、彼女たちの代表曲が披露されていた。フルサイズではなくショートバージョンのようで、一分と少しを過ぎたあたりで曲とダンスが終わる。


 スカハパーティーの【戦士】ハミルさんなどは最前列に陣取り、推しへの愛を叫んでいた。

 それを見た同じくスカハパーティーの【狩人】カリナさんは、溜息と共に顔を覆っている。


 しかし今日ばかりは、僕はどちらかというとハミルさん寄りの立場かもしれない。

 というのも、いるのだ。


 仲間がステージに。


『わ~。みなさん見てましたか? シトリーちゃんたち振り付け完璧で超可愛かったですよね~』


 ペーセルさんは、さらさらとした黒の長髪と吸い込まれそうな青の瞳が特徴的な少女だ。

 その時々で様々な衣装や髪型を見せるが、今日の彼女は――ツインテールのメイド姿。

 それも、『難攻不落の魔王城』第五層・夢魔の領域のフロアボス――【恋情の悪魔】シトリーとおそろいのもの。


 そう、ペーセルさんが今しがた口にした通り、ステージにはシトリーさんがいる。

 彼女だけでなく、第五層から数人の【夢魔】さんが参加。


『ペーセルちゃんたちも、そのメイド服とっても似合ってるよ。可愛いなぁ』


 シトリーさんとペーセルさんたちがステージ上でにこやかに言葉を交わす。

 フェニクスパーティーが第五層を解明してから、シトリーさんたちはその可憐な容姿も相まって注目を集めている。


 ペーセルさんたちはメンバーの全員が十代前半でありながら九十位代にランクインするほどの人気者。


 両パーティー共に第一段階で敗退したが、その人気から今回の司会進行を任されたのだろう。

 抽選会の映像は配信される。話題になるような要素は多いほどよいとの考えか。

 実にフェローさんらしい。


 あぁ、けれど今回は感謝しなくてはならない。


 僕は知っている。もしかすると、僕だけかもしれない。

 オリジナルダンジョンの最奥で、僕らは精霊ダークによる試練を受けた。


 己の理想の世界に放り込まれ、自力で抜け出せるかどうか。

 僕とシトリーさんは、抜け出すのに時間が掛かった。

 夢の世界を去るのに苦労した。


 僕は、自分が【勇者】になった世界。

 シトリーさんは、本物の夢魔として生まれる世界。

 その世界では夢魔への差別はなく、彼女はただ己の求める可愛さを追求し、アイドルや役者など好きなことに挑戦出来た。


 甘美で抗いがたいその世界から、僕らは抜け出した。

 この現実を選んだ。

 でも、理想の世界に何も思わなかったわけではない。


 ――だから、良かった。


 シトリーさんがアイドルのように、可愛い格好で楽しそうに仕事をする姿を見ることが出来たことが、とても喜ばしい。

 我らが王も同じ気持ちのようで、楽しげに配下の活躍を眺めている。


『それにしても緊張するー。有名な人がずらりと並んでて、歌ってる時もドキドキだったよー』


『うんうん、最近は可愛くて強い子も増えて、見てるだけで楽しいよね』


『シトリーちゃんはブレないねぇ。でも確かに、戦う人が可愛くても良いよね。今イチオシの可愛い人とかっていたりするのかな?』


 シトリーさんは下唇に人差し指を当て、「うぅん」と少し考えたあとで、こう言った。


『やっぱり、シトリーかな?』


 それを受け、ペーセルさんは『わかるー!』と大きく頷いた。


『他の人がどう思っても、自分だけは自分を「さいきょうにかわいい!」って思ってないとねー。自分に失礼っていうか。もちろんわたしも、自分を大変可愛いと思って生きておりますー』


 ペーセルさんが自分の胸に手を当てそう言う。


 僕の視界の端で【盗賊】のレイラさんがニコラさんの腕に絡みつき、「あたしは、あたしの王子様のこと一番美人だと思ってるからね」と囁いていた。


 王子姿のニコラさんは「どうもありがとう、キミの王子ではないけれども」と苦笑しながら、レイラさんを引き剥がそうとしている。


 シトリーさんとペーセルさんを中心とした女性たちの会話により、会場の空気が充分に和んだ頃。

 話題が抽選会へと移る。


『これからわたし達が順番にお名前を呼んじゃうので、パーティーのリーダーさんは前に出てきてくださいねー』


『あとはここに来る時に使った登録証を、この記録石に当てるだけで大丈夫だよ』


 この空間に転移した時に見た、巨大な装置だ。


『えーとですね、そうするとこの装置からぽんって丸いのが飛び出してくるんですけど』


『それを巨人のお兄さんがぱかっと割って、中のくじに書いてある数字を教えてくれるよ』


 どしんどしん……と足音を立てながら、係の巨人さんがやってくる。


 ステージの背後には巨大なスクリーンがあり、それに光が灯った。

 見れば、四つのトーナメント表が並んでいる。


 今は参加者の代わりに数字が描かれていた。

 番号が判明した時点で数字がパーティー名に変わるとの説明が入る。


『今回で組み合わせは全員分判明しちゃいます! あー、悔しいなぁ。出たかったなぁ』


 暗くなりすぎないように気を遣っているのが分かる声音だった。

 ペーセルさんが内に抱える悔しさが、よく伝わってくる。


『そうだね……。――ところで最初、どっちから名前呼ぶ?』


 短く同意したシトリーさんの表情が一瞬だけ真剣なものになったが、瞬きほどの時間で笑顔に戻った。


 とても悔しいことがあっても、明日は当たり前にやってくる。

 彼女たちには、それを抱えたまま前に進む強さがあるのだ。


『あはっ。ここは古来よりメイドに伝わる例のじゃんけんで決めるしかないね』


 古来よりメイドに伝わっているらしい謎のじゃんけんによって、ペーセルさんが勝利。


『ではでは、行ってみましょうー!』


 四つのトーナメント。

 それぞれを勝ち抜いた四パーティーのみが、伝説の強者たちとの戦いに進める。

 これを勝ち抜かねば、師匠と戦う未来には辿り着けない。


 僕らは一体、誰と戦うことになるのか。

 それは今、これから決まるのだ。




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