第197話◇レメの親は四人

 



 周囲はもう暗い。

 都会に住んでいると夜でも賑やかだったり明かりの灯っている場所があるが、田舎にそんなものはない。


 馬車で村の入口まで送ってもらって、そこからは歩くことに。

 御者に礼を言い、ミラさんと二人並んで歩く。

 慣れた道ということもあるし、星明かりで真っ暗ってわけじゃないのもあって迷わず進む。


 ミラさんは聞き取れない声量でぶつぶつと何か言っている。

 耳を澄ますと、どうやら挨拶の練習をしているようだ。


 彼女は手土産の入った袋をぎゅっと握っている。

 久々の帰郷なので、僕も道中お土産を購入していた。出発までが急ぎだったということもあり、魔王城のある街で買うには時間が足りなかったのだ。背負ったリュックに色々詰めてある。


「ミラさん、大丈夫だよ」


「いえ、既に失態を晒しているのです、次は絶対に失敗出来ません」


 例の三人組を撃退? した件だろう。

 ミラさん的には、僕の両親との初遭遇が僕に絡みついてる状態というのは、失態らしい。


 ……まぁ、気持ちは分かる。もしこれがミラさんの両親と逢う機会だったとして、同じ状況なら僕だって頭を抱えただろうから。

 所構わずベタベタするようなヤツって思われてしまっただろうか……みたいな。


「誤解だったって、ちゃんと説明するから。というか、もう知ってると思う」


「うぅ……」


 三人組は衝撃のあまり気づかなかったようだが、少し考えればみんなが気を遣ってくれたと分かりそうなものだ。エクスさんとアーサーさんまで馬車から下りてやってきたのだから、なおさら。 

 あのやりとりを見ていた村の誰かが、既に説明していることだろう。

 狭い村なので情報が回るのも早い。


 そうこうしている内に、家の前についた。


「ついたよ」


 ミラさんはすーはーすーはーと深呼吸。

 どんな冒険者も強い心で迎え撃つ【吸血鬼の女王】が、ド田舎に住む中年夫婦への挨拶にビクビクしている。

 彼女が今回のことに掛ける思いが改めて伝わってきて、胸の奥が熱を持つのが分かった。


 少し躊躇ってから、彼女の背中をさする。

 彼女がこちらを見るのに合わせて、冗談っぽく言う。


「ヘルさんより強敵ってことはないから、大丈夫だよ」


 カーミラは、ミラさんはあの世界ランク三位【魔剣の勇者】ヘルヴォールを退場させたのだ。

 この程度、恐るるに足りない。


「……ふふ、それとこれとは別です」


 ですよね……という感じだが、少しは緊張をほぐすことが出来たようだ。


「行こう」


「はい……!」


 そして僕らは鍵など掛かっていない扉を開け――。


「レメ……! よく帰ってきましたね!」


 視界が真っ暗になった。


「れっ、レメさん……!?」


 ミラさんの驚く声が聞こえる。

 柔らかい感触に花のような香り。抱きしめられているのか、わずかな圧迫感。

 僕はこれが誰なのか、すぐに気づいた。


「ただいま帰りました……カナリーさん」


「……!? なんですその他人行儀な感じは! うぅ……レメは私のことをもう一人の母のように想ってくれていると信じていたのに……村を出たらポイですか……悲しい……涙出ます……」


 カナリーさんは、フェニクスの母親だ。

 フェニクスと仲が良かった僕は必然、あいつの両親とも親交があった。逆にあいつもうちの両親と仲がいい。

 それこそ、互いの親が互いの子を実の子のように扱ってくれるくらい。


 僕は窒息しそうになるのを堪えながら、カナリーさんの背中に腕を回し、やんわりとハグを返した。

 こういったコミュニケーションはあまり得意ではないのだが、こうでもしないとカナリーさんは離してくれない。


 満足したのか、視界が開ける。

 が、彼女は頬を膨らませていた。


「ハグくらいでは機嫌を直しませんよ? 涙、出ますよ? 出ちゃいますよ?」


 カナリーさんと僕の母の年齢はそう違わない筈だが、見た目からはとてもそうは思えない。

 二十代前半と言われても信じられるくらい若々しいのだ。むしろ、実年齢を言っても信じてもらえないだろう。


 黄色のふわふわした毛髪に、同色の瞳。スラッとした美人で、僕が子供の頃から老けてない。

 喜怒哀楽の表し方が素直で、その時の感情が分かりやすい。

 【歌手】持ちで、結婚前は世界を回っていたのだとか。宴会や祭りの際にはカナリーさんがその歌声を披露し、村の大人たちをうっとりさせている。


「いや、でも僕ももう子供ではないですし……」


 カナリーさんが瞳をうるうるさせた。


「『もうお前の子供じゃない』?」


「言ってません言ってません……!」


「じゃあ今でも私のことを母親のように思っていますか?」


 僕はこくこくと頷く。


「それでは、再会の挨拶からやり直しです」


 僕は顔が熱を持つのを感じながら、羞恥に耐えて子供の頃のように彼女を呼ぶ。


「……ただいま、カナおばさん」


 ぱぁっ、と彼女の表情が喜色に輝いた。


「おかえりなさい、レメ!」


「ぐえっ」


 再び抱きしめられる。


「……恥ずかしいよ、カナおばさん」


「久々に顔を見せた我が子を抱きしめて、何が悪いというのです! そう! 私は悪くありません! レメとフェニクスは悪い子です! まったく帰ってこないで、よくないです!」


「それは悪いと思ってるけど……」


「背伸びましたね。あら体も鍛えちゃって。うんうん、ご飯はちゃんと食べているようですね。それと新しい仕事とはなんなのですか? あの子も教えてくれませんし。親にも話せないお仕事なのですか?」


「いやぁ……そういうわけじゃないんだけど。心の準備的なものが必要でさ。それに、い、忙しかったし……」


 なにせ、勇者を目指す冒険者から、魔物の勇者を目指す魔人になったのだ。

 手紙にサラッと書けるようなことではない。


「忙しくとも連絡は入れられるでしょう……!? あの子は月一でくれますよ?」


 そりゃあ、連絡を怠ろうものなら自分の母が『怒』と『哀』で大変なことになると承知しているからだろう。


「気をつけます……」


「約束ですよ?」


 くっ……この人が来るとは聞いてなかった。でも予測すべきだったろう。父が招待したのかもしれないし、そうでなくとも来ることは想像出来たハズ。

 僕も僕で、ミラさんを紹介することに緊張していたということなのかもしれない。


「こらこら、カナ。レメも、お連れの女性も困っているだろう」


 そう言ってやんわりと僕からカナリーさんを引き剥がしてくれたのが、フェニクスの父・ホークさんだ。

 フェニクスよりも濃い赤髪に、同じ色合いの両眼。背が高く体格もがっしりしているが、その穏やかな性格が雰囲気に表れているからか、威圧感はない。


「ホークさ……おじさんも、久しぶり」


「よく戻ったね、レメ。逢えて嬉しいよ」


 ハグはされなかったが、両肩をがしっと掴まれた。嬉しそうな顔で、ぽんぽんとされる。


「僕もで……だよ」


「その……パーティー脱退の件は――」


「気にしてない……っていうと嘘になるけど、自分で納得してのことだから。それに、今の生活を気に入っているんだ」


 ホークさんは一瞬表情を歪めたが、僕の言葉に嘘はないと思ったのか、温和な笑みを浮かべた。


「そうか……。これほど美しいレディーとの出逢いがあったなら、頷ける話だね」


 ようやく、ミラさんに話題が移った。

 物音を聞いて自室から出てきた父と、キッチンで黙々と料理している母も、一連の会話は聞いていただろう。


「こちら、ミラさん。職場で知り合って、今――」


「可愛い!!! とっても可愛い子ですねっ!?」


 カナリーさんが目を輝かせ、ミラさんの手を両手で握った。


「私、カナリーと言います。レメの母親のようなものです。『お義母さん』は本物に譲るとして、『ママ』って呼んでくれると嬉しいですね……!」


「ま、ママ、ですか?」


「はい! うふふ、娘も欲しかったので、とても嬉しいです。そういえばレメ、あの子はそのあたりどうなのですか? 聞いても教えてくれないのです」


 そりゃ実の母親と話したいようなことではないだろう。いや、人によるか……?


「本人が言わないなら、僕の方からも言えないよ」


「え~。……そういえばレメ、ほんとに『僕』になったんですね? 昔は『俺』で、それはもう可愛かったのですが。あの子も『私』なんて大人ぶって、私の真似でしょうか? ふふふ」


 違うと思います……。

 カナリーさんがいると、その場がカナリーさんの雰囲気に呑まれてしまう。

 普段は問題ないのだが、おかげでミラさんは混乱して目を白黒させたままだ。


「取り敢えず、座りなさい。二人は長旅で疲れているだろう」


 父の言葉に、カナリーさんは「しまった」という顔をして、しゅんとする。


「そうでした……ごめんなさいね、レメ、ガールフレンドちゃん。ささ、寛いでください!」


「お、お邪魔します」


 ようやく言えた、という感じのミラさん。


「こ、これ、その、よろしかったら」


 ミラさんがおずおずと土産を渡す。

 彼女も準備時間がなかったのは僕と同じ筈だが、魔王様が「これならば確実に喜ばれる! 余を信じろ!」と用意してくれたものらしい。


「どうもご丁寧に」


 父が受け取ると、カナリーさんがキラキラした瞳で近寄った。


「まぁ、なんでしょう? 一体何が入っているのでしょう? 開けてみましょう?」


「おいおい、カナ」


 窘めるように言うホークさん。


「いいんだよ、ホーク。ミラさんと言ったね? いいかな?」


「は、はい……!」


 紙袋から取り出すと、それは長方形の箱に入ったお菓子だった。

 正確に言うなら魔王城の目玉商品『魔王城フロアボスチョコ』だ。

 フェニクスパーティーとの戦いで第十層までの構成が判明したので、最早隠す理由はないと商品化が進められた一品。


 【地獄の番犬】ナベリウス、【死霊統べし勇将】キマリス、【吸血鬼の女王】カーミラ、【人狼の首領】マルコシアス、【恋情の悪魔】シトリー、【水域の支配者】ウェパル、【雄弁なる鶫公】カイム、【刈除騎士】フルカス、【時の悪魔】アガレス、【隻角の闇魔導士】レメゲトンからなる十体それぞれの正面顔、横顔をイメージした一口サイズのチョコ計二十個が収まった、バリエーション豊かな人気商品である。

 魔王城の売店他、幾つかの店舗で販売されている。


 ちなみに、魔王城の売店限定で売られている『【恋情の悪魔】シトリー監修・「可愛い」チョコ』というバージョンもあって、こちらは魔王城所属の魔物の内、女性の魔物のみがチョコレートになっている。


 フロアボスチョコに含まれないレア魔物の他、第五層の【夢魔】メイドさん達も含まれているのだが、想定以上に売れて現在品切れとなっていた。


「あら~。うちの子のパーティーが全滅した魔王城のチョコですかぁ」


「……!? す、すすす、すみませんっ。配慮が足りずその――」


「うふふ、なぁんて。冗談ですよミラちゃん。私、シトリーちゃんとカーミラちゃん食べたいです。あとは、ふふふ……レメゲトンくんでしょうか」


 レメゲトンという語に反応しそうになるのをなんとか抑え、ミラさんに耳打ちする。


「大丈夫。カナおばさんは表情と感情が完全に一致してるから。笑ってる時は怒ってないよ」


 ミラさんがほっとしたように胸に手を当てた。


「カナ、レメゲトンはダメだ」


 父が言うと、カナリーさんは頬を膨らませた。


「え~。じゃあウェパルちゃんにします。可愛い女の子ばかり食べちゃいます」


「……そもそも私達への土産ではないよ」


 ちっちっち、と指を振るカナリーさん。


「これはレメの親へのお土産です。つまり我々にも食べる権利があるわけですよ。ホークったら分かっていませんねぇ」


「君って人は、まったく……」


 ホークさんは呆れたように言いつつ、その唇は柔らかく緩んでいる。


「カナさん? そろそろ手伝いに戻ってくれると助かるわ」


「わー! ごめんなさいティアさん! 我が子との再会に喜ぶあまり、忘れていました……! あれ、ティアさんはいいんですか?」


「料理の途中だから」


「素直じゃないんですから、もう」


 こちらからは後ろ姿しか見えず、母の感情が読めない。

 ミラさんと僕に緊張が走る。


「わ、私も何かお手伝いいたします」


「まぁ、まぁまぁ聞きましたかティアさん。娘と一緒に料理という夢を叶える機会が来てしまいましたよ? 掴んじゃいましょうか、このドリーム!」


「お客さんにそんなことさせられないでしょう」


「むむっ。うぅん……まぁもうすぐ完成ですしね。ミラちゃん、そういうことで次の機会に。これ、社交辞令とかではないですからね?」


「は、はい」


 腰を浮かしかけたミラさんが、再び着席する。


「あー、僕も色々持ってきたんだけど……後にしようか」


 タイミング的に、テーブルの上にものを並べても料理の邪魔になるだろう。


 と、いうわけで。

 いよいよ食卓には料理が並び終わり、母が椅子に腰を下ろした。


「ミラさん」


「……はい」



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