第176話◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域9/顛末(下)
新生第十層は冒険者達にとって厄介だが、同じ魔物でもまったく前回の戦いと同じ脅威というわけではなかったりする。
新しい
たとえば、【吸血鬼の女王】カーミラ。
彼女が前回冒険者達を追い詰めることが出来たのは、その実力に加え、吸血蛭という策があったからだ。
よってあの力を【魔剣の勇者】ヘルヴォールとの再戦では使えないのだ。
キマリスさんは前回破壊された死霊を使うことが出来ないし、【時の悪魔】アガレスさんは消費した角の魔力を補充する間もなく召喚された。
カーミラと【串刺し令嬢】ハーゲンティを始めとした【吸血鬼】は奮闘したが、龍の血を浴びた者の末裔であるヘルさんを
【人狼の首領】マルコシアスはフロアボスの力を示し、
彼女の異形の右腕を折ることに成功し、その機動力を大幅に削いだのだ。
その身にそぐわぬ暴力を生み出す右腕は巨大な重りに転じた。
しかし彼女は迫るマルコシアスさんの爪を、自分の右肩口に刺させた。
そうして傷ついた右腕を付け根から引き千切ってみせたのだ。
そのままマルコシアスさんに投げつけ、一瞬の虚を突いて――喉笛に噛み付いた。
あの状況でマルコシアスさんを殺すのはほとんど不可能だった。
こと戦いにおいて、【破壊者】はイレギュラーもイレギュラー。
極稀に現れる、理屈ではない存在。
フランさんはレイスくんと共に育った関係か、普段はよく見て動いているように思える。
けど、窮地からマルコシアスさんを退場させたあの動きは、異様だった。
ユアンくんが第二エリアに到着する頃には、魔物は全滅。
到着したユアンくんは、修復薬を打って傷口を縛ったフランさんを、ヘルさんが「気に入った!」と脇に抱えて運ぼうとしているところに遭遇。
第三エリアは戦闘の規模で言えば最大といえるだろう。
【水域の支配者】ウェパルが召喚した船団と、彼女の操る水魔法。
【雄弁なる鶫公】カイムが攻撃のみに注力することで見られる、大規模な風魔法。
まず、レイスくんは海中に潜ることで
船底に穴を開けたり、風魔法で転覆させたりだ。
水棲魔物のフィールドで彼らを圧倒してみせたが、ウェパルはそうはいかない。
レイスくんを見ていれば分かるが、彼は風魔法を特に得意としている。
それは師であるエアリアルさんの影響だろう。
いかに彼が才ある【勇者】だとしても、全ての分野で完璧に、とはいかない。
魅せ方こそ非常に巧みだが、属性ごとの習熟度には差がある。
風、水、土、火の順だろうか。
悪天候と『水刃』の所為で自在に飛ぶことを制限され、海ではウェパル、空ではカイムという脅威が立ちはだかる。
彼ならあるいは、エアリアルさんのように強行突破することが出来たかもしれない。
だが。
「仮にも【湖の勇者】がさ、水遣いから逃げるわけにはいかないでしょ」
「精霊の力を借りたらどうかしら? お姉さん、見てみたいわ」
「……俺は使わないよ、ごめんね」
それを貫くには、レイスくんにはもう一つ問題がある。
魔力だ。
魔力関連の能力は伸びにくい。それは【勇者】でも同じ。
魔力器官は使い続けることで、限界量を少しずつ上げていくしかない。
【氷の勇者】ベーラさんは優秀だったが、フェニクス戦において彼女の魔法と魔法の間には、魔力生成の間が生まれていた。それを考慮して戦う必要が、彼女にはあったのだ。
レイスくんが幼い頃から鍛錬を積んでいるといっても、限度がある。
ベーラさんやユアンくんの場合は、精霊契約者だ。緊急時には精霊から魔力を借りることが出来る。
だが、レイスくんは契約を拒んでいる状態。
精霊術だけでなく、魔力の恩恵も受けられない。
各エリアでの強引な突破と、このエリアでの派手な戦闘で相当量を消費している。
他の層と違い、ボスクラスを倒すことで態勢を整えられるわけでもない。
この自分のまま、最終エリアを突破しなければならない。
それを考慮してか、レイスくんが受けに回り始めた。
そう考えたウェパルが攻勢に出るが、実際は違う思惑があったのだ。
「遅いよ、ユアンくん」
「これでも急いだ方だ」
二人の少年【勇者】が笑みを交わす。
彼は前のエリアの仲間が追いついてくると信じ、待っていたのだった。
「あ、ヘルさんは魚人をよろしく」
「あぁ?」
辛うじて残った砂の道には、ヘルさんとフランさんを発見して海から上がってきた【魚人】の戦士たちの姿が。
レイスくんは、フランさんには何も言わなかった。
目が合ったが、それだけ。それで充分ということ。
仲間に敵を任せられることで、どれだけ戦闘が楽になるかは僕にもよく分かる。
激闘の末、それぞれウェパルとカイムを撃破。
ヘルさんの方も【魚人】を千切っては投げ千切っては投げと、全て倒してしまった。
「……君のことだから、全部一人で出来るのだと思ったよ」
「まぁね、でも手伝わせた方が楽だと思って」
ユアンくんとレイスくんは以前より打ち解けた様子で、冗談を交わし合う。
砂の道に戻ったレイスくんは、改めて幼馴染を見た。
「腕、平気なのかよ」
「ん」
「そっか」
第四エリアへと向かった面々が見たのは、ぷすぷすと煙を上げる第四エリアと、床に膝をつく――【迅雷の勇者】スカハの姿だった。
他には誰の姿もない。
「スカハ殿!」
駆けつけたユアンくんの声に、ゆっくりと彼の頭が動く。
「おい五位、死んだか?」
ヘルさんの声には、笑い声が返ってきた。
「生憎生きてるぞ、筋肉女」
スカハさんは腹部を貫通した刺創を修復薬で誤魔化し、最終エリアに向かう為に最低限の魔力を練っているところだった。
エアリアルさんはフルカスさんの鎧を破壊し、本体が出てくる前に最終エリアに向かった。
「ここにはフルカスとアガレスが? 一人で倒したの?」
レイスくんの問いに頷きながら、スカハさんは立ち上がる。
「フルカスの鎧はエアリアルさんが壊していったがな。それでも厄介だったよ」
フルカスさんは鎧なし、アガレスさんは角の魔力なし。それでも、この二人は強力なフロアボス。
【刈除騎士】は最高の武人だし、【時の悪魔】は魔力器官も優れている。
第四エリアで、スカハさんは『迅雷領域』を二度使った。
雷電の如き速度でフィールドを駆け回り、聖剣による斬撃を振りまく技だ。
一度目でほとんどの敵は倒せたが、フロアボスは死ななかった。
通常、遣い手も狙いをつけられないほどの速度になるスキルだが、スカハさんはそれを完全制御出来る稀有な人物。
だが
そこに意図があれば、僕の剣の師はそれを読んで合わせてくる。
それはタッグトーナメントでも分かっていたこと。
スカハさんは『迅雷領域』を使って、逆に槍で貫かれたのだ。
想定外の事態にすぐ距離をとったのはさすが。
彼はフルカスさんに読まれたと考え、二度目で制御を放棄した。
彼自身、どの瞬間どこを斬るか分からない速度でフィールドを駆け巡ることで、フルカスさんの読みを潰そうとしたのだ。
並の雷撃ではアガレスさんやフルカスさんには通用しないことが分かり、二体を倒すためだけに、対集団の精霊術を発動した。
それによって魔力切れを起こしてしまったのだ。
「スーリとハミルは……」
「お二人は……」
「いや、お前がいるなら勝ったんだろう。なら、それでいい」
スカハさんは仲間の姿が見えないことに表情を曇らせたが、すぐに前を向いた。
「勝ちましょう。お二人のためにも!」
「ふっ、そうだな」
「おい、先行くぞ」
ヘルさんは既に扉を開けている。
その姿に苦笑しながら、スカハさんも歩き出す。
最終エリアまで残った冒険者は――六人。
【嵐の勇者】エアリアル。全身に小さな裂傷が複数あり。
【疾風の勇者】ユアン。目立った損傷なし。
【魔剣の勇者】ヘルヴォール。損傷は全て再生能力で回復済。
【迅雷の勇者】スカハ。腹部を貫通する刺創あり。修復薬は使用済み。
【湖の勇者】レイス。損傷は軽微。
【破壊者】フラン。右腕を失う。修復薬使用済み。
レイド戦に参加した全ての【勇者】の最終エリア到達を、許してしまったことになる。
だが、それでも、第十一層には行かせない。
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