第239話◇吸血鬼は水を嫌う?
「カーミラ様、どうぞ我々の後ろに。我らのことは、どうか貴女さまを守る盾としてご利用ください」
吸血鬼の一人が言う。
勝手にやらせておく。
私からの返事がないのを確認すると、配下の吸血鬼は喜悦に体を震わせた。
応えても無視しても喜ぶので、ある意味接するのが楽な者たちだ。
さて。
俗に
【
しかし、誰もがたった一つの才しか持たないわけではない。
料理と運動が得意、という者もいるだろう。
【
先のたとえで言えば、【料理人】に目覚めたが運動も得意という人間は存在し得る。
そういう時、「俺、【料理人】だけど
言ったもんがちというか、神による保証がないわけだから当人の感じ方次第で幾らでも盛れるもの。もちろん、冒険者登録などには使えない。
それでも役に立つこともあるだろう。
私も【
神による啓示がないので自分の人生の中で探す他ないものだが、見つけて役立てる者もいる。
――非常に残念なことに、レメさんのように色々試した結果見つけられない人もいるようだけれど。
逆に言えば、黒魔法以外の才覚に恵まれない中でそれでも努力を続けた結果、今の彼がいるということになるのだが。
そこまで考えたところで――気配。
空を裂く音がしたかと思えば、ハーゲンティの突き出した手に――矢が掴まれている。
彼女が僅かに力を加えると、矢はへし折れた。
「陰から我らが女王様を射掛けるなど……人間風情が狩人気取りとは笑わせますわね」
私を狙って放たれた弓矢を、見てから止めたのだ。
「どちらが狩られる側か、その身に教え込んで差し上げましょう」
言ってから、ハーゲンティが私をちらりと見る。
「いいでしょう。ただし、一対一で蹂躙すること」
最初から姿を消していたボティスを除く、三人の吸血鬼が消えた。
【黒魔導士】五人のパーティーが予選を突破した方法。
これは言ってしまえば単純で、他のパーティー同士の戦闘に介入し、サポートポイントを集めるというもの。
あまりに目立てば、正面から潰されてしまう。
ゆえに静かに、密かに、誰かが退場しそうという好機を見ればその者に黒魔法を掛ける。
そうすれば、直接敵を倒さずとも一人あたり五ポイントが入るわけだ。
ルール上まったく問題ないし、本気で勝ちにいくのならそれも一つの戦術。
だが、それだけで勝てるほどあの予選は甘くない。
彼らがサポートポイントを掻き集め、予選突破が叶うほどの得点を獲得するに至ったのは。
「ぐっ、あぁッ……!」
ある建物の壁が破られ、一人の【黒魔導士】が吹き飛ぶ。
その男は大盾を持ち、腰には剣を携えていた。
【重戦士】や【聖騎士】には遠く及ばないものの、盾役を担うだけの適性は持っていたのだろう。
しかし、盾は続く吸血鬼の拳によって粉微塵に砕け、剣を抜くより先にその首が手刀で飛ばされた。
「う、腕がっ……!」
最初に私に矢を放った【黒魔導士】の女は、屋根を転がる自分の手を見て叫んでいた。
彼女は射手寄りの【狩人】適性を持っていたと思われる。
狙いは確かだった。努力もしたのだろう。
ただ、吸血鬼を殺せるほどではなかった。
「腕くらいなんだと言うのですか」
こちらからは見えないが、ハーゲンティは嗜虐的な笑みを浮かべているに違いない。
「……中々の魔力ですね」
私は背後を振り返ることもなく、彼に言う。
おそらく【暗殺者】適性を持っているだろう、気配や魔力を隠すのが上手な【黒魔導士】に。
「くっ……!
「『だが』、なんです? 聞かせてくださいな」
私の問いに答えが返ってくることはない。
彼は既に心の臓を背後から貫かれている。本職の【暗殺者】持ちであるラミアによって。
「こ、こんなっ……!」
逃げるように建物内から外へ出てきたのは、片手剣を持った【黒魔導士】の青年。
【戦士】あたりの適性を持っているのか。
しかし、一振りの剣では到底足りない。
彼が相手にする吸血鬼は【操血師】。己の血を操ることに長けた者。
配下の背中からは、蜘蛛の足のように六本の剣が生えていた。
青年は間もなく、微塵に刻まれる。
彼らがいかにして予選を生き残ったか。
サポートポイントを取れるところで取るのはもちろんのこと、自分達でもある程度戦う力を身に着けていたことが大きい。
一人ひとりの【黒魔導士】としての力量も高く、たとえば五人で一人の対象に黒魔法を掛ければ余程の相手でなければ通るだろう。
動けなくなるなり思考が止まるなりした相手ならば、本職に及ばない弓や剣でも退場させられる。
「貴方がリーダーですね。ただ一人、純粋な【黒魔導士】」
おそらく、【黒魔導士】としての力量が最も高い。
他のことに手を出すのは良いことばかりではない。
フェニクスパーティー時代のレメさんさえ、仲間をスムーズに勝たせることと引き換えに『周囲には突っ立ってるようにしか見えない』という代償を負ったのだ。
あまりに高度な黒魔法を行使し続けたために、自らは大きく動くことが出来なかった。
そこに意識を割けば、当然その分黒魔法が疎かになる。
このリーダーは、そこを補う役でもあるのだろう。
二十代後半ほどの男だ。
「来なさい」
「……」
男は覚悟を決めたように私の正面に立ち、杖に魔力を流す。
そして、渾身の黒魔法を放った。
それは私の
私は創り出した血の剣で、彼を斬り裂く。
胸から魔力を噴き出しながら、彼は膝をつく。
こちらを見上げる男の視線は、こう問うていた。
『何故?』と。
どうして、一対一に応じてくれたのか。そう訊いている。
私はそれに答えず、代わりに言った。
「最強の座を、どう掴むつもりだったのです?」
彼らのやり方を否定などしない。
技量を考えるに、互いに黒魔法を掛けながら普段から鍛えるなりしていた筈。
冒険者業界で冷遇されながらそれでも諦めず、腕を磨き、
素晴らしいことだ。
実際、予選を突破した。
だけれど。
一つ、一つだけ、彼らに問題があるとしたら。
「全天祭典競技は、最も強い者を決める催しですよ」
予選を突破する実力があれば良いのではない。
最後の最後に、最強の魔王を、かつての冒険者第一位を打倒しなければならない。
このパーティーは血の滲むような努力の末に一つの形を見つけたが、最強に至るビジョンを備えてはいなかった。
男は目を見開き、そうして――退場した。
既に配下は私の許に戻ってきている。
「レ……レイスパーティーはこちらを待ち構えているようです。場所は……噴水の設置された広場……です」
レメゲトン様、と言いかけたのか。
ボティスの言葉に、ハーゲンティが反応する。
「ふんっ。ちっこい二人もあの【黒魔導士】も、一度は我らが第三層を突破した者たち。雪辱を果たす機会ですわね」
全天祭典競技は、最も強い者を決める催し。
つい先程口にした言葉を反芻する。
もちろん、私は勝つつもりだ。
それはつまり、仮に敬愛する魔王様や仲間たち、あるいはレメさんと当たっても、勝つということで。
「……【黒魔導士】レメのことです、我らの力を削ぐ策を幾重にも張り巡らせていることでしょう」
ここにいる者の中に、レメゲトン様のお力を知らぬ者はいない。
個人的に彼を毛嫌いしているハーゲンティすら、指輪での契約は結んだほどだ。
彼相手に頭を捻った策で応えるのは、おそらく正しくない。
彼にとって最も楽なのは、自分を侮っている相手。
だがその次くらいに、彼を警戒して策を巡らせる相手がくるのではないか。
それはタッグトーナメントや普段の防衛を見ていれば分かる。
彼の脅威となるのは――小細工を押し潰す、圧倒的な力。
たとえばそれは、【炎の勇者】フェニクスや【嵐の勇者】エアリアルのような。
いくら最強の座を目指すとはいえ、自分が単騎で四大精霊契約者に匹敵するとは思えない。
しかし、手がないわけではない。
彼は本気でくるだろう。
だからこちらも、同じく本気で臨む。
「それでも、勝つのは我々です」
◇
彼女たちが現れた。
ボティスさんを除いた、四人の吸血鬼。
その先頭は、【吸血鬼の女王】カーミラ。
僕の恩人で、友人で、仲間で……ソフレ? だったりもする彼女。
今日、最も適しているのはそう――ライバル、だろう。
「御機嫌よう、レイスパーティーの皆様?」
カーミラが優雅に挨拶する。
「今朝、天気予報観た?」
うちのリーダーはどこまでも自分のペースを崩さない。
「……いいえ、貴方は?」
「さぁ? でも、今から大雨だから気をつけてね」
「――――」
瞬間、周囲一帯に雨が降り注ぐ。
レイスくんの精霊術によって、雨を再現してもらったのだ。
「
「だとしたら、どうします?」
彼女の目もとは黒い布で覆われているが、口許が笑みの形に歪んでいるのが分かった。
「そうですね。では、水を滴らせながら戦うことと致しましょう」
ひとまず、僕らが選んだ場所を戦場とすることが出来た。
効果はある筈だ。
何故なら――。
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