第74話◇勇猛心を奮う時は、今

 



「たっぐ、とーなめんと……」


 ぼんやりと、反復するニコラさん。


「あっ、言っておきますけど組む相手はご自分で探してくださいね? レメさんは大変多忙な方ですから。魔力を無駄にする余裕もないですし」


 フェニクス戦で九年分の魔力貯金がゼロになったので、角に魔力を溜め直し中なのだ。

 魔法威力や持続時間などは習熟したと言えるので、これまで魔法使用に割いていた魔力の何割かを角に割り振ることにしており、以前よりもずっと良いペースで魔力が溜っている。


 魔力器官については、魔法使用だろうと角への注入だろうと消費には変わりないので問題なく鍛えられる。


「でも、ボク……兄さんと『白銀王子』として出るように言われてて……」


 ミラさんが露骨に溜息を吐いた。


「あのですね、ニコラさん。落ち込んで気が弱っているのでしょうが、『でも』とか『だけど』とか多用するものではありませんよ。確かに貴女はまだ若い。若いん……ですよね? 冒険者になって数年というと十七とか八くらいですか?」


「十六……」


 ミラさんが彼女の胸を見て、目許をひくひくさせた。


「……十六の出す色気ですかこれが」


 確かに、魔力体アバター時のニコラさんは中性的な美女という印象だが、生身だと美しい女性といった感じだ。完成された顔の造形に、絶妙な微笑、そして豊満な胸。


「え?」


「いいえ、なんでもありません。話を戻しますよ。悩むのは悪いことではないのです。問題は、何も選ばずに悩むことです。レメさんは『一位になって、【役職ジョブ】にかかわらず勇者になる』という目標がありました。その上で苦悩し、決断した。そうして世界第四位まで駆け上がったのです」


「う、うん」


「ですが貴女は、その目標を明確に定めていない。今のパーティーと上手くやること? 自分の望む勇者に絶対なること? 優先順位を定めなさい。それが出来なければ、悩むことに意味はありませんよ」


 少し厳しい言い方だが、僕は口を挟まない。


 何も選ばずに悩むことが、何故よくないのか。

 答えは簡単だ。


 『自分は何を選べばいいのだろう』と悩む時、心の底では答えが決まっていることがほとんどだから。

 『本当はこうしたいけど』という前提がありながら、それを阻もうと立ちはだかる現実という壁に竦んでいる。


 僕で言えば、『勇者になりたいけど』『【黒魔導士】だし』『体も強くないし』『大した適性もないみたいだし』『誰も僕なんて欲しがらないだろうし』『見てくれないだろうし』『きっと頑張ったって人気なんて出ないだろうし』と、悩むようなもの。

 大きな壁だけど、最初に答えは出ている。


 『なりたい』なら、後は選ぶだけだ。

 挑戦するか、諦めるか。


 後で振り返ると、その段階でぐだぐだ悩む時間が有意義であったということは少ないのではないか。どちらかというと、悩んでいた時期に誰かにもらった言葉だとか、ふと見つけて元気をもらった何かとか、そういうものが大事な宝物になる。


 そういう意味ではまったくの無駄ではないかもしれないが、何を選ぶかの段階で一人悶々とするのは、やっぱり意味があるとは言えない。言いにくい。


 悩むなら、決めた後の方がずっといい。

 挑戦するなら、どう成功するか。

 諦めるなら、次に何をするか。

 それについて考える方が、よっぽど建設的というもの。


「自分が一番したいことはなんなのか、明確になさい」


「ボクの……したいこと」


 ニコラさんは自分の手に視線を落とし、手のひらをじっと眺める。


魔力体アバターをいじって大会に出るなら、始まりのダンジョンの生成機を使えるよう手配するよ」


 冒険者御用達の店で「魔力体アバターの見た目を魔物っぽくしたいんですけど」とは言えないだろう。一瞬で噂が広まって正体を隠すどころではなくなる。


 あれ、そういえばフェニクスの奴は魔物用の魔力体アバター作るとか言ってたけどどうしたんだろう。まぁ急ぎでもないだろうし、口の固い業者の知り合いくらい抱えていそうだ。そもそも本当に作ってるか分からないけど。


「うん……ありがとう」


 顔を上げた彼女の表情は、来た時よりも活力が戻っているように見えた。


「ボクは、今のパーティーが大事だ。嫌なところもあるけど、兄さんだって嫌いじゃないし。それでもボクは、昔憧れた勇者を諦められない。だから、選ぶのは両立しか無かったんだ」


「……ふふ、うじうじしないのは良いことですね」


「ありがとう、レメさん、ミラさん。兄さんを説得して、僕はトーナメントに参加するよ。魔物に扮するってなると、レメさんと一緒ってわけにはいかないのかな」


「というか、ウケた場合は正体を明かすのだから、レメゲトン様でもダメですよ。レメゲトン様を個人的に知ってる【勇者】なんてことになったらそりゃあ注目を集めるでしょうが」


「う、うん。それはね、ボクも分かっているよ。レメさんを利用するとか、そんなことはしたくないし。ただ、レメさんって今、所在不明だろう? こう……謎の魔物とタッグトーナメントに出たりしたら、アピールの場になると思うんだけど。そ、それに、今回の案を知る人は少ない方がいいと思うしっ」


「笑止。レメさんと一緒に戦いたいだけでしょう! その気持ちは分かりますが、いけませんよ」


「み、ミラさんは第十層で一緒に戦ったじゃあないか」


「私は四天王ですから」


「ボクはレメさんと友人……に、なれたと思うしっ」


「ダメったらダメなのです」


「それはカーミラとして? ミラさんとして?」


「どちらもです」


「最終的にはレメさんが決めることじゃないかな」


「むっ」


 二人の視線が僕に向く。


 ……まぁ、僕としても興味はあるのだ。タッグトーナメント。新しい冒険者と魔物の舞台。


 大会が盛り上がること自体は、今回の任務に背くことにはならない。


 それに、冒険者としては強い魔物と、参謀としては強い冒険者と、それぞれ戦う機会が得られるのは喜ばしい。

 観客として行ければと思っていたが、参加者の方が得られる情報は多いだろう。


 ……それに、フルカスさんとの修行の成果を見せる場も欲しかったし。


「うん、いいかもしれないね。一応、魔王様に相談してみてからになるけど」


「ほんとっ? ありがとうレメさん! ボク、すっごく嬉しいよっ」


 立ち上がった彼女が僕の手を両手で握る。

 花が咲くようなその笑顔は、年相応に見えた。


「……レメさんは年下の巨乳好きなんですか?」


 部屋が凍りそうな程の冷気を感じる。錯覚なのは分かっているけど感じるのだ。


「い、いやっ。ミラさんと魔王城コンビとして出るのも楽しそうだけど、忙しいだろう?」


 有給取ってついてくるのも止められていたくらいだし。


「……うぅ、憎い。浅層勤務の自分が憎い」


 ミラさんが悲しげに目許を拭う仕草をした。嘘泣きだ。


「……レメさんは、年上の積極的な女性が好みなのかな?」


 ニコラさんはニコラさんで、微笑みの種類が変わっている。

 目が笑っていないよ。


「そっ、そろそろ戻った方がいいんじゃないかな。みんな心配しているだろうし」


「……うん、そうだね。話の続きはまた今度でも出来るし」


 どう続くのだろう。怖い。


「宿の近くまで送るよ」


「え? いや大丈夫だよ。ボクは【勇者】なんだから」


「【役職ジョブ】は関係ないよ。女性を夜遅くに放り出すなんて出来ない」


「……そっか。わ、分かった。うん、じゃあ、よろしくお願いします」


 ニコラさんが俯きがちにぼそぼそと言った。耳が赤くなっている。


「レメさんは誰にでもそうなのです。私が初めて逢った日も送ってくださいました」


「そうなんだ。気になるな」


「ふっ、いいでしょう。道中、私とレメさんの馴れ初め話をお聞かせしましょう」


「二人は付き合ってないんだよね? その表現は適切じゃないんじゃないかな」


「細かいことはいいではないですか」


「重要な部分だと思うけど、すごく」


「あら、誰にとって?」


「……此処にいる全員にとって」


「そうなのですか?」


「……あの、レメさん。実はボク、暗いのが苦手でさ」


 そう言ってニコラさんが僕の側に寄ってくる。


「送ってもらう時、近くにいていいかな」


 さっき一人で帰ろうとしてなかったかい?


「まぁ、それくらいなら」


「レメさん、私離れている間寂しくて仕方なかったんです。いつものようにくっついてもいいですか? いいですよね?」


 そう言ってミラさんが僕の腕に絡みついてきた。


「なっ、み、ミラさんっ。それはちょっと距離が近すぎるんじゃないかなっ……!」


「私とレメさんくらいの仲だと、これくらいは普通なのです」


「うぅ……うぅうう」


 悔しそうにするも、対抗するようにくっついてきたりはしないニコラさん。


 こういう時、どうするのが正解なのだろう。分からない。

 黒魔法の師や剣の師のように、人間関係の師も必要かもしれない。


 僕はどうにも、自分に好意的な人に中々巡り会えなかったものだから、そういう人達とどう接すればいいか分からなかったりする。経験値が不足しているのだ。


 そんなことを考えながら、三人で夜の街を歩いた。

 宿が近くなってきた頃。


「ニコ!」


 やはり。

 今日も、彼は妹を探して街中を駆け回っていたのだろう――フィリップさんが駆け寄ってくる。



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