第231話◇飲めや歌えや選手たち(上)
かなりの人数になったが、各々この集まりを楽しんでいるようだった。
「ほら、あーん」
「あーん」
フランさんは、生まれつき右腕が普通とは異なる。
それは彼女の個性であるが、日常生活を困難にするものでもあった。
左手を使うことも覚えたが、それでも片手。色々と難儀することもあるのだと聞いた。
たとえば、食事とか。
今、レイスくんがスープをスプーンですくい、それをフランさんの口に運んでいるところだった。
「むぐ」
フランさんが、スプーンをぱくっとくわえる。
レイスくんが優しい微笑を浮かべ、再びスプーンを動かす。
「ん」
「楽しんでるかガキ共!」
ガロさんだ。
「うん、良い感じだね。この騒がしい感じ、うちを思い出すな」
「うち? あぁ、アルトリートサンとこか」
レイスくんの父でもある【不屈の勇者】アルトリートさんは、家の稽古場で希望者を指導していたとか。大人数で食事というのは、レイスくん的に慣れているのかもしれない。
「知ってるの?」
「あそこで鍛えたやつは強いからな。だが今はそれよりも、そこの白チビ!」
フランさんのことだろう。
「?」
「お前の右腕はクールだが、ものを食うに困るみたいだな」
「ん。でもレイスがいるから、大丈夫」
「あぁ、愛だな!」
「ガロさん、なにしに来たの?」
レイスくんが若干睨むようにガロさんを見上げる。頬が赤いのは、照れているのか、それとも火に照らされているだけか。
「レイスに食わしてもらうのもそりゃあ楽しいだろう! だがたまには自分で食いたくはねぇか? 全部自分のタイミングでよ!」
「別に」
「そう! 食いたい筈だ!」
「自分の言いたいこと言うなこの人……。でも実際、フランは自分でなんとか出来ればって思ってる筈だよ」
「……レイスがいる」
「とか言って、こっそり練習して食器壊してるの知ってるぞ」
レイスくんが言い、フランさんは目を逸らした。
「……あれは食器が脆すぎる」
「並の食事が難敵だってんなら、自分に合った食い方はどうだ!? つーわけで!」
ガロさんが指をパチンッと鳴らすと、ブラウさんが今回のために雇った給仕の人達がやってくる。
特大の皿に乗っかったのは、特大の骨付き肉。
「これならお前でも手づかみでイケる! 中まで火が通ってるのはオレが保証するぜ!」
二人だけでなく、周囲で何事かと見ていた人達もポカンとしていた。
やがて――レイスくんが笑った。
「ぷっ、あははっ、なにこれ!」
「オレが提案、弟が手配、シェフが料理した一品だ!」
「あー笑った笑った……。フランどう? 嫌じゃないなら、貰えばいいじゃん」
「……嫌では、ない」
ガロさんは冗談ではなく、本気で用意したのだ。
まだ関わりが薄くとも、フランさんにもそれは伝わったはず。
「もらう」
「おう!」
「……いただきます」
フランさんが右腕で骨部分を掴む。木の幹みたいな太さと、ちょっとした岩みたいな大きさの肉。
表面はほどよく焼け、じゅわりと肉汁が垂れている。
ガロさんが言うからには、このサイズでも中まで火が通っているのだろう。
「あー、む」
フランさんは小さい口を限界までを開け、肉にかぶりついた。
頬をぱんぱんにしながら、もぐもぐと咀嚼。
「どうだ?」
ごくん。飲み込んでから、彼女は答えた。
「……おいしい」
「よぉし!」
ガロさんは我が事のように喜ぶ。
「今度特別頑丈な食器を作ってやる。壊れないマイフォークとか持っておけば役に立つだろう」
彼の言葉にレイスくんが反応した。
「それうちでも何度か試したけどあんま上手くいかなくてさ」
「ドワーフに頼んでみりゃあいい」
「ドワーフ製かぁ、確かに……。でもあんま手に入らないって聞いたけど」
二人がそんな話をしているうちに、お肉の半分がフランさんの胃袋に消えていた。
「すげぇ良い食いっぷりじゃねぇか、子供はそうでねぇとな。つーかガロ! オレにもこいつと同じのくれ!」
【竜の王】ヴォラクさんだ。
「おうとも!」
同じ骨付き肉が更に運ばれてくる。
「サイクロプスの嬢ちゃん!」
「ふわいっ……!?」
膝を抱えて座り、穏やかな表情で火を眺めていたメラニアさんがビクッとする。
「お前さんもどうだ? 一応食器も他の料理も用意してるが」
「あ、あ、あのっ……フランちゃんと、同じもので」
「あぁ! そう言うと思ったぜ」
同じものを食べることは出来ても、同じサイズというのは中々ない。
違う種族で集まった仲間で、こういう機会を得られるのは貴重だ。
メラニアさんはどこか嬉しそうに頬を緩めながら、這うように近づいていく。
「レメさんとヨスも! 俺たちは手づかみは無理だけど、三人で分けて食おうよ」
ヨスくんは好奇心旺盛なのか色んな人に話を聞いていて、僕も僕でどんな様子かと辺りを周っていた。
「あぁ、そうしようか」
笑顔のリーダーに頷きを返す。
僕は今、レイスパーティー。
仲間で集まってご飯を食べるのも良いものだ。
「ふっ、レメ。お前もう少し飲んだらどうだ?」
ヴォラクさんの目が輝く。
「酔ってもフルカス殿の情報は出てきませんよ」
分かりやすい目的に、僕は苦笑。
「あはは、やってみなけりゃ分からんだろ?」
「レメ殿、貴殿の黒魔法と戦局を読む能力について尋ねたいのだが」
【正義の天秤】アストレアさんまでやってきた。
そわそわした様子で、四人の騎士さん達も彼女の後ろについてきている。
「それじゃあ、フェニクスパーティーも呼びましょうか。食べながらでもいいですか?」
「あぁ、構わない。感謝する」
「あぁん? レメはオレとふぅの話をすんだよ」
「……おかわり」
フランさんは骨の棒と化した元骨付き肉を掲げ、追加を要求。
「すごいですね……鬼でもここまで早くは……いやフルカス殿はこれくらいだったやも……」
少し遅れて合流したヨスくんが呟く。
それをヴォラクさんの耳も捉えたようだ。
「あ!? お前さんもふぅを知ってんのか!?」
「えっ、いや、親交があるわけでは――」
「詳しく話せ! 洗いざらいな! そういやお前さん鬼か! まさか……まさかお前、ふぅのきゃれ――」
「ち、違います違います!」
「あぁ!? ふぅに魅力がねぇってのか!?」
「えぇ……!?」
騒がしくも楽しいひとときが過ぎていく。
そして、まだまだ終わらない。
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