005


「すげぇ。ソーマすげぇ……マジぱねぇわ」

 伝説の霊薬ソーマ。神の飲み物。不老長寿の神の水。そんな逸話さえあるそれを、俺は死の最後の最後、本当に死ぬ一歩直前に飲み干した。

 結果、傷の全てが完治し、生命力が体内に満ち満ち、死は回避された。

「これを、あの糞猫は売ってるっていうのか?」

 徳のある聖人による神の御業に匹敵する効果だぞ。死人が生き返るに近い奇跡だ。それを貨幣ごときで買えるというのか?

 神の眷属の凄まじさに戦慄する。生死すらも金で買える。そんな商業神の力の端に触れた気分だ。

 とはいえここはデーモンの領域。いつまでも呆けていないで残っていた黒鉄の剣を拾い、振るう。振りがいままでの全力よりも力強い。全身に力が満ちている。おそらくはソーマの影響だけではないだろう。

(これは黒騎士のデーモンを倒したからか? デーモンという試練に打ち勝ち、魂が成長し、それに合わせて肉体が拡張した、ってところだろう。猫の言うとおりなら)

 また、ソーマの効果により、体内を侵していた瘴気は全て一掃されている。破壊された筋肉や骨も元通りだ。疲労の全ては取り去られ、今から全力で戦闘しても耐えられそうだ。

 とはいえ、重傷だったのだ。ひと通り型を行い。身体の調整を行う。デーモンを倒したことによる身体能力の増強分も含め、肉体を把握して俺はようやく黒騎士の落とした他の道具に目を向けた。

「こいつは鍵と、駒か?」

 こんなところで見かけるのもおかしいが、さっきの黒騎士が生前に持っていたとかか?

 どうにも記憶が流れてきたことから察するに、あの黒騎士は元人間のデーモンだったようだ。そいつの持ち物だろう。

 駒と鍵。

 駒は放浪神が神話時代に異界の知識を参考に作ったチェスという遊戯の駒に見える。

 黒色のポーン。兵士の駒だ。それがデーモンの落とした道具に入っていたのだ。何か特別な道具かと疑うが、聖言すら刻まれていない。ただの駒。どういう意図なのかわからない。

「戻ったら猫に聞いてみるか」

 駒を袋に入れ、鍵を見る。鍵。鍵か。どこで使うのかわからないが。……たぶんここで手に入れたのだからここで使うものだと思うのだが。

 首を傾げつつも、肉体は万全だ。一度猫のところに戻ることも考えたが、行っても特に何ができるわけでもない。探索を再開することにした。



「したん、だけどなぁ」

 残っていたもどきを処理しつつ一階全てを探索し(とはいえそれほど残った部屋があったわけでもない)、建物の一階の突き当たりにたどり着く。そして途方に暮れる。

 目の前にあるのは鍵のかかった鉄の扉だ。もちろん開かない。拳でゴンと叩く。鉄でも薄い扉なら拳でぶち破れるのだが、しっかりと分厚い感覚が手に伝わってくる。

 構造上この先は恐らく階段部屋だと思うのだが入ることができない。先ほど手に入れた鍵も合わない。ここ以外に鍵のかかった扉はなかったが……。中庭のアレか?

 噴水の傍にある鍵のかかった部屋。あそこの鍵だろうか? 悩みながらも通路を戻っていく。

 途中で黒騎士がいた部屋を見かけ、中に入ってみる。黒騎士を倒して満足してしまったからだろう、そういえばここの探索を忘れていた。

 それほど大きくはない煉瓦と木壁で囲まれた部屋だ。壁に歯車が大量に並んでいる。また、バルブがいくつかあり、なんらかの操作をするんだろうということはわかるが、どう操作をすればいいのかはわからない。

 ……よくよく見れば一番巨大なバルブに南京錠が掛けられており、もちろん鍵穴があった。まさかと思いながら黒騎士から手に入れた鍵を突き刺すとぴたりと嵌まってしまう。

「中庭の鍵じゃなかったのか……。どーすんだよこれから」

 とはいえ、バルブはバルブだ。巨大で錆びついたそれをしっかりと握り、全身の力を使ってぎぎぎと回す。

 ぎぎぎ、ぎぎぎぎ、ぎぎぎぎ、と耳に嫌な錆びついた音が響く。暫くするとギィギィと音を立てながらもするりと回るようになり、全部開放することができた。

 そして、バルブの開放に合わせて、ガチガチガチガチと隣の歯車が動き出す。暫く待つとその動きも止まる。

「……で、どうなるんだよ?」

 特にこの部屋では何も起きない。ぽりぽりと頭を掻きながら、先ほどの階段部屋らしき場所に向かってみるものの扉は開いていない。

「つーと、ここはもう探索できないか。神殿に戻ってみるか……」

 中庭の扉も一応確認してみて、駄目だったら大広間ももう一度調べてみよう。もしかしたら隠し扉ぐらいあるかもしれない。神官が隠れることもせずあんな位置で死んでいた以上は期待はできないが。

「ま、あの歯車部屋も無駄じゃなかったけどな」

 部屋内で見つけた長櫃に入っていた聖言が刻まれた盾を手に、にやりと笑う。腕を隠せる程度の小盾だが、相手の武器を素手でパリイングするよりマシである。特に弓矢などが防げるようになったのが大きい。

 聖言の効果は、強化と保護か? なんとか読めるようになった簡単な聖言で効果を判別する。聖なる効果とかは期待していないから期待ハズレというわけでもない。

 盾の内側に付属していたベルトで腕に括りつけ、暫く使い心地を調整したところで俺は部屋を出た。

「黒騎士と戦う時にあればもう少し安全に戦えたんだが」

 いや、あのハルバードをこの小盾で弾くのは難しかったか。首を振りながら建物を出、中庭に入り、俺は目を見開いた。

「噴水が、開いてる?」

 中庭にあった池の噴水部分がせり上がり、人一人が入れる扉が現れていた。先ほどのバルブを回した結果か。

 頭をぽりぽりと掻く。このまま進むべきか。それとも猫からせめて何かしら防具になる安い衣服でも買っておくか。全身でなくとも篭手や脚甲を身につけるだけでもだいぶ違うはずだが。

 そんなことを考えながら中庭に入り……俺は立ち止まって、目をすがめた。

「あれは、人、か?」

 そんな馬鹿な、と思わなくもない。こんなところに人間がいるはずがない。しかし、中庭にあった鉄扉の部屋からよろよろと人が出てくる。

 高位の神官服を着た人物だ。何か呟いている。はっきりとは聞こえないがぼそぼそと何かを言っているように聞こえる。 

(「デーモンを?……あの小娘めが?」……あまり聞こえないな。女がどうしたってんだ?)

 まぁいい、近づけばわかるだろう。

「おい。アンタ!!」

 声を上げ、手を振り、近づこうとすれば、そいつはこちらに顔を向け、俺の動きが止まった。

 その男と俺の間にはせり上がった噴水があった。だからせり上がった噴水部分が陰になり、俺は、そいつのことがよく見えていなかった。

「……お前は、巡礼者か? ちょうど良い――」

 その男は年老いていた。その男は神官服を身にまとっていた。その男はしっかりと両の脚で歩き、こちらへと向かってくる。

 俺は地面に唾を吐いた。生存者などいるわけがなかった!

「デーモンかよ。糞がッ!」

「お前、何を? この神聖なる善神神殿で刃傷沙汰など――」

 ぶん、と剣を振るい、構える。知能のあるデーモンとの戦い。少しの緊張に身体が震える。

 こちらを警戒して見てくる男。その顔に目はない。その身体に水分はない。手の爪はなぜか全て剥げ、だらだらと黒い瘴気のようなものをこぼしている。

 からっからに乾き、ミイラ化したかのような神官服の男。ぽっかりと空いた眼窩には闇だけが詰まっているように見えた。

「魔法を使われる前に、仕留める!」

 しッ、と地面を蹴る。どこかに排水口があったのか黒々とした水の全てが流れていってしまった噴水の端を蹴り、男へと肉薄。その身体が反応をする前にオーラを込めた剣で貫いた。

 ずぶりと、なんともあっけない感触。知能有りのデーモンだから苦戦するかと思ったが、こんな簡単に――?

「お、前、神官を害するとは、なん、たる凶賊……天罰が……」

「あ? 神官も糞もあるかよ。この糞デーモン」

 剣を引き抜き、再度オーラを纏わせる。ソーマのおかげで肉体は万全だ。


「身体からそんなに瘴気を垂れ流してよぉ! それで人間なわけあるわけねぇだろうが!!」


「瘴、気?」

 ぽかんと神官は己の身体を見た。

 だが俺はそんな反応に構わず、袈裟懸けに剣を振り下ろしている。

 剣が神官の身体にぶち込まれ、瞬間、どぷん、と神官の身体から、液体のごとき瘴気が大量に溢れだす。

「う、うぉ?! なんだ?!」

 警戒して一歩下がる。しかし俺はこの時点で間違えていた。追撃・・すべきだったのだ。一歩でも前に出て剣を振るい、瘴気を減らしておくべきだった。

「私が、デーモン?」

 神官の目から濁流のように瘴気が溢れている。

「そんな、わけが――!!」

 神官の鼻から口から液体のようなどろりとした瘴気が溢れている。

「アリえるワケがナカロウがッ……!!」

 神官の傷口から瘴気が溢れている。

 それは神官の体内の容積を超えて溢れ、彼の身体を包む。そしてドロドロとミイラ化していた神官の肉が溶け、人骨を内包したゲル状の巨大生物へと変貌した。

「――オオ――ヒトヨ――ホロビノヨロコビヲ――」

 ゲルの中で骨の口がカタカタと動く。

「怪物め……!」

 俺の悪態にも反応をしない。

 もはやそれは人ではなく、聖なる者ではなく、神を信仰する者でもない。

 ただの化け物デーモンである。

 剣を両手で握る。中庭にどぷりと現れたゲル状の生物は、唯一の人間である俺へとずるずると迫ってくる。

「遅い!!」

 駆け寄り、斬撃をぶち当てる。ゲルが吹き飛び、あちこちに瘴気と共に散る。

(……勝てるか? こいつ、動きは遅いし、強敵には見えないが、とにかく瘴気の量が多いぞ。俺のオーラで足りるか?)

 ソーマの影響で満ち満ちているとはいえ、俺のオーラも有限だ。幸いにも黒騎士ほどの強敵には見えないから、順当に戦えば勝てるような気もするが、飛び散った瘴気が強い・・・・・ので気をつけながら斬撃をぶち当てていく。

「だがよ、根気勝負なら生きてるこっちに分があるぜ!!」

 ざん、と何十度目だろうか。ゲルデーモンに捕まらないように付かず離れず斬撃をぶち当てる。はぁはぁと自分の呼吸が辛い。一旦撤退すべきか迷う。しかし猫の所までついてこられたらあの遺跡前まで瘴気に汚染されてしまいそうだった(もちろん、あそこも多少は瘴気の影響があるのだが、遺跡内部よりは薄いのだ)。

 仕方なしにここで抗戦するしかない。相手の身体を満たす瘴気はかなりの量だが……俺でやれるか?


 素手での攻撃――素手であのクラスの瘴気に何度も触れれば俺の手が腐り落ちる。

 ベルセルクの発動――もうソーマはない。次に黒騎士戦並のオーラをベルセルクでひねり出せば勝てても死ぬだろう。

 魔法で焼き払う――俺に魔法を発動させる知識はない。

 一旦走って猫の所まで行き、有用ななんらかの道具を買ってくる。ゲルデーモンは遅い。どうにでもなるような気もする――良い考えだ。そうしよう。


 オーラの全力を剣に込め、振り向きざまに一閃。はじけ飛ぶ瘴気。ゲルデーモンが大きく削れ、バランスを崩す。飛び散る瘴気を身体にオーラを纏って防御し、俺は中庭の出口へとかけ出した。

「オオ――フウジルハ――ナンジガユクミチ――」

 ばちん、と中庭と遺跡への境界に触れた俺の腕が弾かれる。

「は、なん、だと?!」

 そこには俺を逃がさないように巨大な瘴気の壁が出来ていた。剣を叩きつけるも切り裂かれるのは一部だけ。しかもすぐに再生し、出ることは能わない。

 くそッ、と舌打ちし、ゲルデーモンに向き合う。中の骨がカタカタと動いていた。嗤っているのか? そんな俺の想像を裏切るように、デーモンの口から漏れるのは呪文だ。

「ショウキヨ――ヒトモシ――アダナシ――チヲササゲヨ」

 骨がカタカタと嗤い、ゲルデーモンが身を震わせ、辺りに自らの破片をばら撒いた。ぶるん、ぶるんと。

「おいおい、くっそ。どうすんだよこりゃ……!!」

 はじけ飛ぶゲルデーモンの破片。そして俺がぶっ飛ばしてきたゲルデーモンの破片。それらからもどき・・・たちが生まれてくる。手に剣を持ち、顔のない人型をしたそれが、俺目掛けて走ってくる。

 その数、30を超えている。

 中庭がデーモンで埋め尽くされようとしていた。

(落ち着け。落ち着け……所詮はもどきだ。黒騎士を倒して強くなっている俺の敵じゃない。数を30は超えていると言っても一度に掛かってこれるのはせいぜい3体がいいとこ)

 手近なもどきをオーラを纏った剣で消滅させながら戦法を考える。この状況はまずい。こんな雑魚、万全であるならいくらでも殺せるが、俺の体力は有限だ。連続で10を倒せば息も切れるし、20も倒せば瘴気で負傷もする。30倒せば致命的な怪我すら負いかねない。

 しかもそれで終わりではない。ゲルデーモン本体が残っているのだ。しかもそいつを傷つければもどきをまた生み出す。

 どうする。どうする。襲い掛かってくるもどきを切り伏せ、蹴り飛ばし、考え、考え、考え……。

「って、浅知恵でどうにかできたら苦労せんわ!! 糞がッッ!!」

 賭けに出ることにした。

 なによりギリギリだと失敗した時に挽回する体力がなくなる。保険はある。最悪ベルセルクでゲルデーモンを消し飛ばせばいい。俺が生き残ることはできないが、負けて死ぬより勝って死ぬ方がすっきりする。

「それに、このままじゃ圧死しそうだわな」

 もどき共の背後からじわじわと迫ってくるゲルデーモン。俺はもどきやゲルデーモンたちによって最初に犬が隠れていた行き止まりの道に誘導されていた。

 もどきどもを斬り飛ばし、消滅させ、その囲いから出るために剣を振りながら突き進む。オーラを相応に消耗し、息が切れそうになる。だが、このままでは俺に先はない。ゲルデーモンが震え、もどきを生産する。俺を逃すつもりはないらしい。

「上等だ! オラァ!!」

 ぶっ飛ばす。ぶっ飛ばす。ぶっ飛ばす。剣だけじゃ足りない。拳や蹴りも使って無理矢理突っ込んできたもどきをぶっ飛ばし、俺はもどきの囲いを抜ける。

 黒騎士によってボロボロにされた麻の服。それがもどきの囲いを抜けるときにびりびりと破れ服としての体裁も保てなくなる。とうとう防具もなくなったかと笑いながら俺はそこを目指す。

 それは、最初にあの神官の出てきた部屋。鉄扉で封鎖され、俺は中を見ることはできなかった。そこに突っ込んでいく。

 あれは己を神官だと言っていた。デーモンになる直前まで自分が人間であることを疑っていなかった。

 恐らくはこの神殿の神官が自分が死んだことにすら気付かず立て籠もっていたのだ。

 ならば、あるはずだ。神官必須のアイテムの数々が!!

 振り返り、背後から迫ってくるもどきの脚を斬り飛ばす。オーラは込めない。消滅せず倒れたもどきが他のデーモンを巻き込んで地面に転がる。ゲルデーモンが悔しげに身を震わせ新たなもどきを生産するも俺の方が早い。

 開いたままの鉄扉から中に入り――室内の光景に言葉を失う。

「いや、感想はあとだ。何かないか、何かないか、何かないか!!」

 部屋の中には朽ちた紙や錆びた聖印の載った長机と長櫃だけしかない。机の上のものは駄目だ。机を回りこんで長櫃に行く一秒が惜しい。机を蹴り飛ばし、一直線に長櫃に向かい、開く。が、中を吟味する前に、肩を掴まれた。背後を一瞬見る。顔のないデーモンがいた。

(糞、速い!!)

 あのゲルデーモン、ここにあるものがわかっていたのだろう。剣すらも生み出す手間を惜しみ、ただただ速く力の強い個体を生み出したらしい。

 床をトン、と蹴る。力はそれだけで俺の身体の中に、作った力を臍の下で即座に練り上げ、型そのままに肩からデーモンにぶつかる。オーラと勁力によるぶちかましだ。静かで速いが威力は折り紙つき。俺の肩を掴み、引きずり倒そうとしたもどき・・・は、俺の肩がぶつかった箇所を中心にはじけ飛んだ。

「畜生! 貴重な時間が!!」

 急いで長櫃の中を漁る。今のもどきの対処をした一秒が惜しかった。もどきたちの迫ってくる音が聞こえる。素手で一体だけだったからなんとかなったが、剣を持った個体にこんな狭い部屋に何体も来られたら殺される。

「長櫃の中は……予備の神官服はいい! 着てる暇なんぞない! それよりも糞糞、空の瓶ばかりだ! 糞!! あった!!」

 まだ読むのも拙いが、猫から教わった字の記憶を参照して瓶のラベルを確認する。神官なら必ず持ってるはずだと思った!

 振り返る。入り口から先を争うようにして入ってくるもどきども。その顔面に黒鉄の剣を叩きつける。消滅。次に入ってきた奴を蹴り倒す。消滅させないように手加減したオーラを込めたつま先で蹴られたデーモンが背後のもどきを巻き込んで体勢を崩す。

 奴らの背後から迫っていたゲルデーモンの中の骨がもどきの隙間から俺を見た。正確には俺の手元を。

「ヤメロ――ソレハ――ワタシノ――サイゴノ」

「聖水だろ? 安心しろ。今すぐ滅ぼして、穢れた瘴気を祓ってやる」

 破れ、千切られ、服のていを成していなかった麻の上着を引きちぎり、剣に纏わせる。そしてその上から俺は長櫃に入っていた唯一の聖水をとぷとぷと麻に染み込ませた。

 聖水。神の神威の込められた水。あれが、あの服のままの地位にいたなら、本物の奇跡の込められた品だ。いや、もうぶっちゃけよう、ソーマが存在する神殿の神官が祈って創りだした聖水だ。

 あの黒騎士などを別として、並のデーモンなら触れただけで消滅する。

 じりじりと聖水を吸った麻服を巻いた剣から立ち上るオーラに気圧されたのか、もどきどもが後退していく。聖なる気配を恐れるデーモン特有の動きだ。

「アアアアアア――シモベヨ――ヤレ!!」

「おせぇよ!!」

 業を煮やしたようなゲルデーモンの指示。その前に俺は剣を振るっていた。

 パン、と破裂するように剣に触れたもどきどもが消滅していく。オーラは込めていない。目の前の神官が生前に込めていた奇跡は本物だ。俺のオーラなど必要ない。だからその分のオーラを俺は全身に込めて突っ込んでいく。

「ははッ! すげぇ! すげぇなおっさん! アンタ本物だったよ!!」

 もどきがまるで紙塀だ。剣を振るうだけで消滅する。

 一歩、二歩、三歩、じりじりと俺の持つ剣から後退しようとするゲルデーモン。善神の神威の込められた聖なる気配。それに怯えたのだ。

 だから俺は、もどきを剣で切り払い、また一歩詰めながら言ってやる。

「逃げんなよ。お前、神官・・だろ」

「――アア――」

 ゲルデーモンの動きが止まる。その身体に剣を突き立て――消滅しない――再度突き込み――消滅しない――振り下ろし――その身体から大きく瘴気が削れる。かなりの瘴気を削った為に聖水による輝きが濁っていく。

(ちッ、保ってくれよ)

 その瞬間、瘴気のゲルの中にいる骨の目に一瞬、正気の光が宿り、カタカタとその口が動く。

(ま、ずい。ここでもどきを生み出されたら――)

「――ゼウレヨ――ワガカミヨ――イノリヲキキトドケ――」

 ゲルデーモンは震えなかった。ただ、中のその骨が辺境の男なら当たり前のことをしただけだった。


 デーモン・・・・を滅ぼせ・・・・


 何千年経とうが、何万年経とうが変わらぬ真理。辺境の男の常識。

「アンタ、立派な神官様だ!!」

 神官の祈りが届いたのか、俺の剣に聖なる祈りが付与される。もどきごときが触れることの許されないまばゆい光。周囲のもどきが蒸発し、つきこんだ剣はゲルデーモンの身体を消し飛ばしていた。

「当たり前だ。私こそはゼウレを奉じ、次期枢機卿も名高き大神官ウムルなり」

 ゲルから解放され、聖なる光で骨ごと消し飛ばされながら、その神官はそんな最後の言葉を遺して消滅していった。

「これで、終わりか……」

 剣から聖なる気配が抜けていく。聖水の効果も、祈りの効果もゲルデーモンを消し飛ばした反動で消滅していた。

 黒鉄の剣は黒鉄の剣。俺は上半身裸。

「で、まだまだデーモンはいるってな」

 上を見れば開かない扉。

 下を見ればせり上がった噴水の扉。(おそらく先は地下だろう)

 その先は破壊神の気配が強く。おそらく先のゲルデーモンすら比較にならない大物がごろごろいるんだろう。

 首をコキコキと鳴らし、頭をぽりぽりと掻きながら俺はゲルデーモンが落としたビショップの駒を拾い。


 ――ザァザァと雑音――誰かの記憶――その中には少女がいる――神殿の入り口で歓待された少女がその神官に対して言う――「これからよろしくおねがいします。ウムル様」神官が応える。「はい、姫様」――記憶は終わる。


 頭を振り、他の落とした道具を拾っていく。生前ウムルが使っていたのだろう。聖なる気配を感じるメイスを拾えた。

 戦果はソーマ、聖なるメイス、ビショップの駒、金貨10枚。

 それと、先の長櫃に入っていた高位の神官服。

「とりあえず猫から服を買おう。これは俺が着るもんじゃないしな」

 神官服なんてもの、俺が着ていいものじゃない。こういうのはああいう徳のある神官が着るものだ。

 びっしりと祈りの言葉が血の文字で刻まれた鉄扉の小屋を後にしながら、俺は猫のもとへと戻るのだった。


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