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肉腫によって覆われた通路を足早に駆けていく。
神殿騎士の鎧の胴部分を重量の軽いハードレザーアーマーに変えたことが作用しているのか、少しだけ歩む速度も早い。
(少し、注意が必要だ)
階層の瘴気はデーモンどもを殺すたびに増加する。
聖女カウスのデーモンを撃破した影響か、漂う瘴気は地上に近いこの階層ですら以前と比べて濃くなっている。
それこそ以前王妃のデーモンが現れたときが如くに。俺が多くのデーモンを殺したためだろうか、瘴気の濃さだけで言うのならば深層に近い。
――ただし、出現するデーモンはさほど強くはない。
俺はハルバードを振り回し、犬だの蝙蝠だのを殺しながら星神の指輪によって感知できるヴァンの気配へと向かう。
グニグニと足裏に伝わる感触が気持ちの悪い肉腫の通路。赤黒い色彩は眼と脳に非常に悪い。
いくつか長櫃の気配も感じられたが全て無視をした。
もともとあった階層――牢獄の構造を利用しているのか、肉腫に覆われてなお四角く区切られた空間を走り続ける。
「まるで何かの体内だな……」
走りながら呟く。いや、この領域そのものがそもそも破壊神が生み出したもの。そうだ、ここは神の体内も同然だ。
「あれは……」
遠目に見えたものを確認して速度を落とす。
「ちッ――面倒だな」
頭陀袋を頭から被った
たいていこういったデーモンは外見を裏切らない。筋肉質で、耐久力の高そうなデーモンだ。殺し切るにも苦労するだろう。
「だがッ――!!」
踏み込み、荒い布で作られたズボンに覆われた片足を深く斬りつける。ハルバードの刃が肉を深く斬り裂いた感触が手に伝わってくる。
通常のデーモンならばこれで多少は弱るだろう。だがここは吸血鬼の領域だ。
敵は深い傷にも関わらず反撃してくる。両手で掴まれた三日月状の包丁が頭上より振り下ろされる。バックステップで回避。地面に覆われた肉腫が深く斬り裂かれ、邪悪な瘴気の混じった赤黒い血液が周囲に散らばる。
「見境なしか!!」
深く斬り裂かれた肉腫が暴れる気配はない。俺はこれを傷つけてはならないと思ったが、そうではないのか?
邪悪を滅するオーラを含ませた斬撃じゃないからか? いや、デーモンが攻撃した場合ならば問題はないのか?
「疑問はあとだな」
俺の眼が、頭陀袋のデーモンの、深く斬り裂いた足がじくじくと再生していく姿を捉える。
――こいつも吸血種か。
距離をとって数秒で、与えた傷はすぐさま再生しきってしまっていた。
吸血種の厄介さだ。先程殺した
舌打ち。俺は袋から
時間がないのだ。ケチらず最初からやればよかったが、ここに出現するデーモンどもはほとんど全てが吸血種で、半端な傷を与えても再生することが確認できただけいいだろう。ヴァンを相手にするときの参考になった。
――俺は、吸血種を殺したことはない。
奴らがデーモンでないこともそうだが、知能ある魔物どもは自身の位階が上昇し、強力な邪悪となるまでは、辺境人の前に姿を現さないことが多い。
そもそも辺境人にとって育ちきっていない邪悪は邪悪と呼ぶには脆すぎる。
かつての、それこそ弱々しい農民だった頃の俺ですら生まれたての吸血種を滅ぼすことは難しくないからだ。
ゆえに侠者であろうとも、ただの農民だった俺ではそういった邪悪と遭遇することはなかった。邪悪の方から避けていくのだから。
――だが、この領域の主は違う。
ヴァン・ドール。あの裏切り者の半吸血鬼は邪悪に落ちる以前より、下手な辺境人程度殺せるぐらいには強かった。
それがこの迷宮の奥で今、完全な吸血種として、デーモンとして覚醒しようとしている。
俺は返り討ちにならぬよう、心してかからねばならないだろう。
めずは、目の前の敵だが。
「おらぁッ!!」
俺の振るうハルバードが二撃、三撃、頭陀袋のデーモンを斬り裂く。
振り上げられる三日月包丁。その威力も速度もなかなかのものだ。
だが俺の方が強い。
奴の懐に踏み込むことで振り下ろされる三日月包丁を避け、ハルバードの連撃を叩き込めば、『オォオオォオオオ……』と刃に込められた聖なる力と練り上げたオーラが奴の身体に深い傷を与える。
(だが……あまりのんびりしていられんな)
遠目に俺とデーモンの戦う音が聞こえたのか、それともこの通路を巡回しているのか頭陀袋のデーモンが数体近寄ってくるのが見えた。
深淵のエリザベート ―かつて泣き虫姫と呼ばれた君へ― 止流うず @uzu0007
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