二階 幽閉塔(1)

070


「ふッ!!」

 善神大神殿一階にて、ドワーフ鍛冶から購入した武器の試しを行う。

「っても、もどき相手じゃどんな武器でも意味はねぇか!!」

 炎を纏った・・・・・ロングソード。それがチーズか何かのようにデーモンもどきを頭頂部から断ち斬った。

 如何に辺境人が武に長けていようと、ただの武器ではこうはならない。俺が手にしている武具にはそれだけの力が秘められていた。

 目の前には五体ほどの痩身のもどきたちがいたが、以前と違い然程の苦労もなくその全てを撃破する。

 デーモンもどき・・・はさほどオーラを込めずとも、素手で一撃で倒してしまえる相手だ。群れようがどうしようが武具の試しにもならない。

「っても、まだ下に行っても意味が無い。まずは都市の封印を解かんとな」

 さて、何故わざわざ俺が今更善神大神殿の一階を再探索しているのか。

 武具の試し以外にも目的はいくつかあった。その一つはここの痩身のもどきが落とす投擲用のナイフだ。

「然程質はよくないが、それだけ安心して使い捨てられる利点があるからな」

 投擲用ナイフは何かと入り用になる品の一つである。それをデーモンから得られるのはなかなか美味しい。

 無論、こういったナイフ程度、猫やドワーフ鍛冶の爺さんからは勿論買える。が、投擲用となると使い捨てになる為、猫や爺さんが扱っているような立派なものは必要がない。

 立派であるならあるだけ良いが、あまり立派すぎても気軽に使い捨てられない。こういうものはデーモンが落とす品で十分だ。

(それにナイフに払うギュリシアも馬鹿にならないしな。他のデーモンもこういうものを頻繁に落としてくれれば助かるんだが)

 意味のない愚痴をつぶやきながら俺はナイフの全てを拾う。


 

 痩身のデーモンが出てくることからわかるように、ここは聖印の入った長櫃のあった大広間だ。

 全てのもどきを駆除したそこで俺は小さく息を吐く。

 ドワーフ鍛冶に装備の修復を依頼した後、装備を預けた。損傷の具合もあるのですぐには終わらないと言われたが、時間を無駄にするわけにもいかず俺はここにいる。

 瘴気の浄化や装備の整備ができるなら上の村に戻る必要はなかった。

 ドワーフ鍛冶じいさんからはロングソードとナイトシールドを新しく購入した。

 新しい武具は手に持つだけではその全てを引き出すことはできない。一度、全身で武具を体に馴染ませる必要がある。

 なじませる、というのは手に持ち、振るうだけではない。武具を握り、振るい、重さを体に記憶させ、いかなる時でも自在に扱えるようにすることを指す。

 危地に赴く戦士にとってはこれほど重要な事もないだろう。

「剣と、盾。全て俺好みの重さの武具だ」

 盾はナイトシールドを選んだ。こいつは半身程度なら軽く隠せる大きさで、騎士用のしっかりとした作りの盾だ。大きさは大きさなので今まで使っていたベルトで腕に括りつけるタイプではなく、手でしっかりと握るものだ。今も鞣した皮がしっかりと巻かれた握りを俺は握りしめている。

 剣はロングソードだ。辺境でも大陸でも一般的な規格の長剣である。

 辺境には剣は多いが、長剣といえばこれを指す程度に有名な武具でもある。

 ショーテルよりも刃は肉厚で幅広。刃も長いため、剣を振るう時の距離もやや伸びている。ショーテルより切れ味自体は落ちるが、剣が与える衝撃は重さの分勝っているだろう。

「敵が弱すぎて威力の確認はできなかったが。なかなか――いや、すごく使いやすいな。これがドワーフの仕事って奴か」

 ドワーフ製の為に調整の聖言は刻まれていない。爺さんが俺に合わせてくれたのだ。

 武具が肉体に合わせてあるのなら、後は俺の仕事だ。指に入れる力を調整し、最適な剣の握りを求めていく。繰り返すほどに体に馴染んでいくことが自覚してわかる。最適の動きになるのに然程時間がかからないだろう。

「最も、少なくないギュリシアを払って『強化』と『付与』も行ったんだ。使いにくかったら困る」

 『付与』は付与のかかった武具を拾って使っているから効果は知っているが、『強化』は俺にとっては初めてのことだ。いや、知らずに強化のなされたメイスを扱っていたか。

 それでも気分は初めてなのである。

 少しだけ複雑な気持ちで武具を見下ろす。

 死者本人から了解を取ったとはいえ、死者が素材と聞けば、抵抗が全くないとは言えない。今まで培ってきた倫理観の話だ。俺は武人という自覚はあるが、やはり心は農夫に寄っている。

 農夫と武人では、同じ辺境人とはいえ、心のあり方は違ってくる。

 だからか、俺の心は生粋の武人のように生き死にを割り切るようにはできていない。

 しかしこれからを考えれば『強化』は避けるわけにはいかない概念だ。神を殺すために必要だと辺境の軍が寄越した鍛冶師が勧める技術なのだから。

 だから、購入した剣と盾に蝋材による強化と拾った聖言の付与を行った。

 結果、効果は覿面てきめんである。

(これが大したことがなかったら使わなかったんだが……)

 呪術による強化と、刃が生み出す炎により、デーモンを薄紙がごとく斬り裂く『炎のロングソード+2』。

 表面に結界を出現させ、ありとあらゆる攻撃を軽減し防ぐ『結界のナイトシールド+2』。

 神に挑むならばまだまだ足りはしないが、ただのデーモンならば武具の威だけで退けることも可能な品々。

 ドワーフの爺さんは、もっと強化はできると言ったが手持ちのギュリシアはそれで限界だ。これ以上の強化は大量のギュリシアか、自力で蝋材の入手が必要になる。

 以前見た聖職者の死体を拾いに来たのはこれが理由だった。

 死体漁りか。死体漁りかぁ。

 死体漁りではないらしいが、まだ俺の中ではそういう感覚になってしまう。困ったものだ。

(俺がまだまだ完全な戦士になりきれてないからだよなぁ)

 ポリポリと頭を掻きながら、手に持った武具をじっと見る。

(こうしてダンジョンに潜っていればこういうことに慣れていくのか? 俺には、よくはわからないが)


 ――進め進めデーモンを殺し進めや進め。英霊の加護を受け、神々の信仰を胸に、進め進め進めや進め。


 今の状況はまるで伝説の一節だ。神を殺すために英霊の加護を受け、聖女の導きを受け、尋常ならぬ敵と戦っていく。

 俺のような人間では役者不足。では誰のような人間なら相応しいか。

 人物。口の中に苦い味が蘇る。地上の村のことを思い出す。

(あいつらか。俺と違ってあいつらは強いからな)

 村の若い連中にモテモテで、武才に満ちた武器屋の息子。力強く、人望に溢れ、伝説に謳われた剛力の士とも比肩された村長の息子。両方ともに聖衣も持っていて、軍に入ってデーモンと戦っている。

 別に虐められたとかそういうことはない。だが、俺は奴らと比べられることもなかった。奴らの眼中にすら俺は入っていなかった。

 俺は、村ではそこまで……。

(糞、嫌なこと思い出しちまった……)

 俺と違って恵まれた奴らを思い出し、舌打ちが漏れる。

 だが、そう・・なのだ。本当はこんなことは俺の役目じゃなくて――。

「腐るな腐るな。今ここにいるのは俺だ。そして俺だけ・・がこの役目を果たしうるんだ」

 つぶやきながら自問自答する。俺しかできない。俺がそう思うことは傲慢か?

 額に手を当て、息を少し吐く。連戦か。一度や二度死にかけたからか。一度猫や爺さんや冒険者と話してしまい、気が緩んだからか。

 魔が差している。悪い気に侵されている。

 くだらないことを考えているという自覚はある。しかし一人になれば自然と考えてしまうことでも有る。

 悪神に勝てる保証はない。俺にできるのか? 俺以外に適任はいるのではないのか?

 不安がくだらない考えを忍び寄らせている。

「糞ッ」

 誰もがこんな想いを抱くのだろうか? それとも俺だけか? デーモンと戦う時は無心にもなれるがこうやって一人デーモンの領域にいると心が荒んでいく。

 それでも、俺は期待されている。聖女様に直々に声を掛けて頂いた。あの方の肋骨まで頂いてしまった。

 こんな名誉なことはないだろう。切にそう思う。本当に偉大な人というのはいるところにはいるのだ。

 聖女様の骨を袋より取り出して神に祈りを捧げる。骨は聖女様の体温のようにじんわりと暖かい。――これが聖骨か。

 ただただ心の底より力が湧いてくる。

(まだまだ俺は頑張れるな)

 辺境の支援は聖女様の骨だけではない。

 剣を見た。盾の重さを確認する。

 ドワーフによって鍛えられ、戦士の呪を重ねられ、聖なる言葉を刻まれた、伝説に謳われる武具と同等の働きをするだろう逸品。

 今手の中にあるそれは、これから助けられ、頼りにする武具だ。

 何も言われずとも剣に教えられた心地がして、ハードレザーアーマーの分厚い胸の部分を拳でごつんと叩く。

 これから先の苦難を思えば『強化』に関する嫌悪はどこかに去っていた。むしろ心強さがそこにはある。

 多くの英霊たちが俺に期待しているのだ。まずはこの剣の担い手として、俺が相応しい強さを得なければならない。

「思い煩うのはまた今度だ。探索を再開しよう」

 まずはここに来た目的を果たす。長櫃が安置してあった辺りにそっと置いておいたそれに近寄った。

 それは以前と変わりない場所にあった。

(寝てるところを申し訳ないが、これより破壊神退治に付き合ってもらいます)

 高名な戦士、高名な聖職者、神に祝福された聖人。それらは武具の強化の材料になる。

 嫌悪は去ったが、ほんの少しの罪悪感のようなものを感じ、咄嗟に祈りの言葉が口から出る。

 戦士としての教えは受けたが、俺は未だ若輩者で、心持ちは農夫である。

 俺が神々の奇跡を扱えないのは、こういったところにあるのかもしれない。

 そもそも死者としては死んでも聖なる目的の為に、現世に介入できるということはこの上ない名誉なのだそうだ。

 それが名のある戦いや意義のある戦いともなれば当然。

「失礼いたします」

 跪き、死者に祈りを捧げる。そうしてから大広間の片隅で聖印の長櫃を守っていた聖職者らしき人物の骨を俺は拾った。

 少しの緊張。それでも骨の全てを買っておいた木箱にしっかりと収める。

 こいつは後でドワーフ鍛冶に渡す。そうすればしかるべき場所で弔われるだろう。その上で素材として適するなら降霊の後に許可をとり、蝋材に加工されるはずだ。

 ドワーフの爺さんによれば、そうして初めて俺に使う許可が下りるのだそうだ。

 しかし、このダンジョン。遺体は多く見るが、蝋材として使えるほどの遺体ともなると全く見かけることはない。

(高名な戦士ほど最後まで生き残ってしまった影響か、デーモン化してるしな。それに聖職者はどこかに連れて行かれたのか全く姿を見受けない)

 そもそもこんな領域だ。死体は残っていることの方が珍しい。厨房や庭園の肉体は生きているものも多かったし、あれらの多くは未だ苦しみから解き放たれていない一般人だ。

 綺麗に死んでいるこの遺体が特別なのだろう。

 名のある方だったのだろうか? そんなことを考えながら骨を納めた箱を袋に仕舞う。

 さて、まだこの階を探索する目的はあるのだが、俺は首をそっと傾げる。

「……この部屋、こんな感じだったか?」

 少しだけ聖なる空気が戻っている。そんな気がしたが、しかし気のせいだと思えば気のせい程度のものだ。

「瘴気に長く触れすぎたか。聖なる気配がよくわからなくなってる。……感覚がおかしくなってるのかもしれないな」

 さっき無駄に悩んでいたのも聖職者の祈りでは取り去れない瘴気が齎したものかもしれない。

 こういったことが完全にわからなくなれば、俺も戦士として終わる。

 それは嫌だなと思いながら俺は大広間より出て行くのであった。



『にゃんにゃん。それはなんだにゃ? 映写眼球? デーモンの道具にゃね。キースが使うのは珍しいにゃ。え? リリーに貰った? にゃぁにゃごにゃご。で、これに映ってる文字を教えて欲しいにゃか。わかったにゃ。読んでやるにゃよ』

 ダンジョンに再び入る前、そんなやり取りを猫と行った。

「『時は止まり、世界は止まり、都市は止まる。安らかな眠りを覚ますは鐘楼の鐘。都市の開放は、再び時を刻むことなり』か」

 映写眼球。リリーから貰ったデーモンの目玉に映る文字を眺める。

 俺には読めないが、猫に読んでもらった内容は覚えているので、思い出しながら諳んじる。

 鐘楼の鐘。心当たりは一つあった。

 中庭から見上げる空。崩落したのか上から被さったのか、それとも神殿ごと地下に転移したのか。そこ・・はしっかりと土の中に埋まっている。

 それでもそこに見えるものもある。時計台だ。

 以前見たことがあるから覚えていたが、中庭からは塔に備え付けられた時計盤が見えるのだ。

 しかし仕掛けが動いていないのだろうか、針は止まり、時は止まっている。

「時間はあるんだ。やれるだけやってみよう」

 時は止まり、か。下の都市に侵入するには、あれを動かす必要があるのだろう。

「万全ではないが。まぁ、たぶんいけるだろう」

 月狼の防具やショーテル、メイス、集魔の刻まれた盾は一度爺さんに預けた。

 今着ているのはハードレザーアーマー。武器は炎のロングソード、盾は結界のナイトシールドだ。

 集魔がないから龍眼を使える回数は限られるけれど、代わりに武具の威力が抜群に向上している。

「問題があるなら一回戻ろう。とりあえずは中を見なければな……」

 もはや時計塔の一階を守っていた黒騎士はいないが、警戒しながらもどき・・・どもを一刀のもとに叩き伏せていく。奴らが落としたギュリシアは当然拾いながら俺はそこに再びたどり着く。

 鍵によって封じられた扉だ。

「開けばいいが……」

 袋より取り出した獅子の鍵を差し込む。

「開いた」

 カチリという音。緊張しながら扉のノブをぐぐっと引く。木材の軋む音と共に、扉は開いていく。


 ――そして俺は天井を仰ぎ、目を閉じた。


「……破壊神から遠ざかるほどに、デーモンは弱くなるんじゃなかったのかよ糞猫さん」

 話が違う、とばかりに、剣を握る手が震える。

 盾を握る手は苦戦の予感に震え。肉体の筋肉が多くの緊張とともに固くなる。

 俺は、息を小さく吸う。

「それでも、やらにゃあならんか」


 ――覚悟を決め、その青く輝き、地階よりも異常に瘴気の濃い世界へと踏み出すのだった。


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