069


「ハルバードは作れねぇぞ。てめぇ聖衣もってねぇだろ」

 ドワーフ鍛冶の小屋。何が欲しいと言われたので、結果を知りつつ腰を低くして頼んでみた俺だったが、即座に断られ、ぐぬぬと唸る。

 熱せられた鉄を鎚で叩くドワーフ鍛冶は俺の方を向きもしない。

 小屋に入った俺を見て、手を見て、身体を見て、それだけだった。それ以降は鉄に鎚を叩きつけ、何かを作っている。

 俺は名乗ったがまだドワーフ鍛冶は名乗っていない。

「儂ァよォ神殿の依頼でここに来たがよぉ。相手見て物を作るのは変わらねぇよ。だからてめぇにはハルバードは作らねぇ。てめぇも辺境の戦士ならわかってんだろうが」


 ――聖衣をもたざるものにハルバードは与えられない。


 聖衣を持つことが辺境軍へ入れる条件で、辺境軍に入ればハルバードが与えられる。辺境軍はそういう制度だ。

 聖衣を持つということは、辺境で一人前と扱われる。

 一人前とは、所帯を持つそういうということ。

 ドワーフ鍛冶と話して直面する問題。今までこれほど一人身が身にしみたことはない。

「で、何が欲しいんでぇ。ハルバード以外ならなんでも打ってやるさ。儂ァここに呼ばれたのは何でも打てるからだからよぉ」

 ドワーフの爺さんは、ガンガンと打っていた真っ赤な鉄を、火山蜥蜴の分厚い皮で作られたグローブでぐっと掴むと炉の中に入れ、じぃっと鉄と火を見つめている。

 ドワーフ鍛冶。ドワーフ鍛冶か。……武具巡業の時に話したことはあるが、依頼人として話すのは初めてだ。こうして物を作ってもらう立場になかったからこそ、迷う。

 ドワーフ鍛冶の爺さんは、結構な年寄りのように見える(もっとも亜人種の年齢は見た目ではわかりにくいが)。

 武具巡業で見るようながっしりとした、これぞ筋肉! というようなドワーフではない。

 炉の前にある小さな椅子に座り、炉より取り出した鉄を叩くドワーフ鍛冶の爺さんは、背丈は小さく、頭もハゲ、筋肉も衰えている。

 しかし仕事は丁寧で早い。鉄からけして目を離さず、鉄を自由自在に加工していく。

 鎚で叩き、炉で熱し、鎚で叩く。繰り返し、繰り返し、形を作り、いつのまにか鉄は剣となっていた。

 ほう、と無言で爺さんの仕事ぶりを見ていた俺は感嘆の吐息を漏らす。焼入れだのなんだのの後に、木材で柄を作り、皮の鞘を作るところまで見ていたが、早く、丁寧で、そして作業に凄み・・がある。

 短剣を作るのにわざわざ鍛鉄を行っている。短剣程度なら溶かした鉄を型に入れ、それを削って刃にした方が早いだろうに。わざわざこんな手慰みだろう仕事までちゃんと行ったのだ。

 ドワーフが加工すれば割合なんでもドワーフ鋼になるという話だが、やはりそこにも質はあるらしい。

 この爺さんの作った鉄は、あまり見たことのない高い品質のように見えた。

 あまりドワーフ鋼に触れてこなかった俺はドワーフ鋼の良し悪しまではわからないのだが、素直にこの爺さんが今作った剣を欲しいと思えた。

(職人はよくわからんが、たぶん、良い職人、なのかもしれん)

 俺に職人を選ぶ余裕などないが、それでも仕事を見ていれば理解できる。

 この爺は信頼のできる仕事をする男に見えた。

「で、どうするんでぇ? いつまでも見てたってしょーもないだろォがよォ」

「ああ、とりあえず、だ」

 新しいものはいいから装備の補修を頼む、と。使っていた武具を俺は取り出した。



「あぁん!! こんなボロボロにしてよォ!!」

「ああ、使えないと思ってるが……直せないのか?」

「あぁん! できらァよ!! できねきゃ儂が来た意味ねぇだろうが!!」

「そうか。よかった」

「ケッ。他にあんのかよ? 全部出せや。直すからよォ」

 所々穴が空き、凶悪な毒で変色までした月狼装備を見せた時は怒鳴られたが、直せると言われてほっとする。

 ショーテルなども取り出し見せていくが、そのガタツキ具合に怒鳴られながらも大丈夫だと確約される。

 爺さんはどれもしっかりと整備してくれるようだ。ドワーフ鍛冶なら大丈夫だろう。問題の多くが解消された気分になる。

 爺さんに、タダでやるわけにはいかねぇからといくらかギュリシアを要求されたので言われた額を一枚一枚数えて素直に渡した。

「でぇ。こいつらは『強化』はするのけ?」

「ん、その、強化ってのは?」

「あぁ? そういやぁてめぇは軍所属じゃなかったかァ。強化ってのはよぉ」

 俺も武具の全てを知っているわけではない。武具巡業は使い方と手入れの仕方は教えるが、更に踏み入るにはそれなりの立場にならないといけない。

 師である爺に学んだことは多いが、辺境にはそれ以上に俺の知らないことが多くある。

 そして、強化とはなんぞや? という俺の問いに、爺さんは簡潔に説明してくれた。

 『強化』とは、武具の持つ概念を強化する呪術である。

 刃なら刃の強さ、鋭さ。そういう『刃』の持つ概念を強化する。鎚なら『打撃』や『衝撃』の強さ。鎧なら『対衝撃』や『対魔術』など、そういう武具自体は所有する概念を、呪的に強化することを『強化』と呼ぶのだそうだ。

 強化した武具は元の武具より威力があがる。爺さんの口ぶりからすると、これからの戦いを思えば必須の技術であるように思えた。

 ちなみに、俺の使っていたメイスには既にその『強化』とやらがかかっているらしい。

「そのメイスは『+2』ってとこだなァ。ちっと昔の概念が混じってるから後でェ調整しといてやるよォ。で、蝋材なら持ってきてるからよォ『+5』まではやってやれるぞぉ。『強化』は相応にギュリシアも貰うからよくよく選ぶといいさなァ」

「プラス……。ぷらす?」

 よくわからないものの数え方だった。初耳である。

「大陸から入ってきた数の数え方だよ。数学とかいう奴だ。昔ァよ、強化したら『永劫たる』だの『刃足す』だのいろいろ名前付けてたもんだが、こいつの方が楽なんだよなァ。プラスだのマイナスだのが。強化って概念には一番しっくりくるってもんだァ」

 ほう、と頷く俺に、鍛冶仕事は終わりなのか、懐より取り出した煙管を楽しみ出したドワーフ鍛冶。

 強化には蝋材というものを使うらしいがそいつはギュリシアを払えば鍛冶屋の方で用意してもらえるのだという。

 そいつは猫も取り扱っていない品らしい。

「ただ、弓ァ駄目だな。手持ちの蝋材が合わねぇからよォ」

「手持ちの蝋材? そもそも蝋材ってのは一体どんな素材なんだ?」

 あァ? と凄みのある目で見られつつも好奇心のままに聞いてみる。武具を強化する軍の素材。辺境人なら興味ぐらい湧くだろう。

 そんな俺の視線に、めんどくせぇなぁとドワーフ鍛冶は足元の鍛冶箱より特別な装飾箱を取り出し「これが蝋材よォ」とそれを見せてくれた。

 白い蝋の塊。何の変哲もないそれは、本当にただの蝋に見える。

 しかし爺さんは大事そうにそれを箱に仕舞い直すと。

「軍からてめぇに許可が降りてんのは、こいつまでだなァ。これ以上はてめぇがもう少しデーモンを殺してからになる」

「努力する。それで、そいつは何でできてるんだ? 精霊の加護でも掛かっているとか?」

 おう、と爺さんは大事そうに箱を鍛冶箱に仕舞うと答える。


 ――英霊の死体よ。


「蝋化させる際によォ竜の血やら巨人の皮膚も混ぜ込んであるがァ。多くは辺境の偉大なる戦士の死体を使わせてもらってる。だから数は用意できねぇ。蝋材に使える戦士も数はそういねェからなァ」

「せ、戦士の、したい、だと……」

 俺の反応に、ドワーフ鍛冶は意外そうに俺を見て、やがて何かに思い至ったのか「この馬鹿がァ!!!」と俺を怒鳴りつけた。

「――てめぇッッ!! 儂が死体漁りでもしたと思い込んでやがるなァ!! この野郎!! ぶっ殺すぞ!!」

 心臓が止まるぐらいの大声にとっさに耳を押さえる。

 ドワーフ鍛冶は鍛冶箱をドン、と手で叩くと胸を張って言い切った。

「きちんと本人に・・・許可ァとってらァ!! 全員・・てめぇの神殺しに同伴してぇとの仰せだよこの野郎!!」

「ほ、本人……。あ、ああ! そうか! 降霊術か」

 軍ともなれば死人から話を聞くこともできるだろう。それで、蝋材とやらに使われた戦士の死体本人の霊を降霊して許可を取ったのか。

 なんという、馬鹿げた話。しかしそれが辺境だ。きちんと話を聞かされれれば、心も落ち着いてくる。

「武具の強化ってのはそういうことよォ。優れた戦士の魂を以って武具の概念を強化ァする。軍も神殿もてめぇに期待してるってことだァ。ただよォ、聖具や神具は聖人や聖女の蝋材が必要になるってんで、今のてめぇにゃまだ早ぇ」

 ぐっと拳を握る。俺に多くの人が期待をしている。……肩に少しの重みを感じる。

 しかしそれが少しばかり心地が良い。

「戦士どもも破壊神退治ともなりゃ死後の世界で名があがる。だから、てめぇの手伝いしてぇって言ってんだ。要はァ」


 ――死んでも戦いてぇってんだ。そんだら連れてってやんなァ。


 にっかりと笑うドワーフの爺さんに、俺はぐっと拳を握り、決意を示す。

「おう。任せてくれ!!」


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