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景色が移り変わる。神殿前広場から隠し階段の先に作った聖域へと。
「無事に転移できたか……」
何が起こるかわからないダンジョンだ。オーロラを殺したために瘴気量が変わって転移できない恐れもあったので無事に転移できたことは喜ばしい。
そして警戒しながら俺は灰の神殿内部へと階段を用いて侵入していく。
(変わっていない、か)
灰の神殿には色のない風が吹いている。
元は紅色だっただろう濃い灰色のカーテンが翻っている。
燃えカスのような花びらが絶えず宙を舞っている。
俺は精緻な細工の施された、巨大な柱の間を通っていく。
どういう理由かわからないが、変わらずここの景色は全てが色褪せている。
「さて、マリーンがダメならじゃあ次の相手は誰にすべき――む?」
神殿に置かれた8つの大扉を見て、
「わかりやすくていいことだな」
残る扉は7つ。開いていない扉は3つ。
行けるのは大鎧の騎士、光に包まれた聖職者、王妃、覇王の4つ。
「もっとも王妃と覇王は勝てない勝負になるかもしれんからな。……では大鎧か? それとも」
聖職者の扉を見る。聖衣の盾を強化したばかりだ。毒矢もある。一方的に遠距離から奇跡で叩かれ続けて殺される、ということはないだろう。以前とは違い、
俺はどちらの扉にしようかと悩みながら、大鎧の騎士の扉へと近づいていく。
「大鎧の騎士は、異界護りのクレシーヌだったな。伝承では巨大な石の騎士だったという話だが……巨人か?」
伝説に語られる騎士だがその本当の姿を俺は知らないし、デーモン化したことでオーロラのときのように、前情報よりも多くの能力を持っている恐れもある。
さて、どちらにすべきか。悩む俺が大鎧の扉に触れた瞬間――俺の知らぬ記憶が内より溢れてくる。
――産まれたか――では、お主に名前を与えよう――石――木――鉄――夢――心――そして雨――数多の善きものを束ねたお主の名をクレシーヌとする――オーロラとシズカだったな。ではこの人形の教育は主らに頼もうか――
聞き覚えのある老人の声だ。
「今の声は……大賢者マリーン。クレシーヌはマリーンの作った人形、ゴーレムだってのか?」
あの老人、デーモンだけでなく、四騎士まで作ったのか。まさしく御伽噺にでも出てくるような万能の人物だな。
だがそれを殺すのが俺だ、とばかりに俺は頭を横に振ると、こびりついていた感傷を振り払う。
この扉に触れたときにオーロラの記憶が甦った意味を少しだけ考え、では、と俺は扉に手を掛けた。
「クレシーヌを殺そう」
俺が取り込んだオーロラが言っていた。
クレシーヌを殺してやれと。
◇◆◇◆◇
扉をくぐった瞬間、凍えた夜気が俺の身体を包み込む。瘴気の質は濃く、寒い。
立っているだけで凍りついてしまいそうな、そんな領域だ。
だが俺の注意は別にあった。茨剣を強く握り、全身の感覚を研ぎ澄ませる。
この場は危険だと、全身が警告を発していた。
「なん……だ」
耳にざわざわとした人々の……否、
人の声にも似た音曲がどこからか耳に入ってくる。
「……違う……」
視線を周囲に這わす。小さな庭園だった。毒々しい紫色の花々で彩られた悪夢のような場所。
庭園の中心にある、人の骨で作られたテーブルには
俺とデーモン、構えたのは同時だった。
身体を絡ませ、まるで恋人同士の逢瀬のような奴らは俺を見つけると、男らしき方はレイピアにも似た細剣を、女の方は宝石細工の杖を片手に俺へと襲いかかってくる。
「ふッ!!」
踏み込み。男の方の胴体に茨剣を突き込む。三連突きだ。一瞬で茨剣の猛毒と俺のオーラが奴の全身に侵入し、瘴気となって消失するデーモン。
「おらぁッ!!」
消失を確認するまでもなく俺は女の方に踏み込むと、人間の頭ほどもある桃色の宝石を拳で砕く。
『アアアアアアアアアアアアアア!!』
若い女のような悲鳴を上げ、瘴気となって消え失せる女のデーモン。
息を吐く。二体のデーモンが倒れたあとの場に残るのは、いくらかの
デーモンを倒した安心はない。どうしてか身体に寒気のような、危機感のようなものが走り続けている。
「……なんだ、ここは……」
わからない。なぜだか地下牢獄よりも
(だが、あれ以上の悪意? そんなものがあるのか?)
あの牢獄はマリーンの実験場で、その先はオーロラの妄執で作られた闇神殿だった。
そこには確たる歴史があり、それがあるべき悲嘆があった。
だがここは気配が違う。なにか、違う。デーモンの悪意というよりも……。
(わからんが、なんだか嫌な気配がする。あまりよろしくない気配だ)
もっとも方針は決まっている。退く選択肢はない。茨剣を鞘に収め、俺は銀貨を拾って袋に入れた。
とにかくこの
「とにかく進むぞ」
俺はこの小さな庭園から出ると、ホールへと侵入し――
――吐きそうなほどの、憎悪が、憤怒が、俺の身体を。
「なん、だ。これは」
嗤っている。宝石頭のデーモンどもが。
踊っている。宝石頭のデーモンどもが。
歌っている。宝石頭のデーモンどもが。
――ここは、貴族のような姿の、デーモンたちの夜会だった。
「あ……ああ?」
だが、この夜会のなんと、なんという悍ましさよ。
皮を剥がれた人間の死体が、テーブルに並べられている。
人間の肉が、臓物が、焼かれ、煮られ、野菜に包まれ、串刺しにされ、まるで料理のように皿の上に並べられている。
楽士が奏でる楽器たちは皆人間で作られたもので、悲鳴をあげるそれはまだ
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおお!! 貴様らぁあああああああああああああ!!」
踏み込み。身体は音の速さを超え――
警告に従い身体を急停止。跳ねるように中庭へと退避する。
同時に、俺が入ってきていた中庭の出入り口から大量の魔術の矢が豪雨のように飛び出してくる。
逃げる刹那、確認できた。俺の突っ込んだ瞬間に宝石頭たちが杖を構え、魔術を放った瞬間を。
背筋を冷や汗が伝う。今死ぬところだった。怒りのままに突っ込んで死ぬところだった。
金属音。鎧の擦れる音だ。迫ってくる。
「まずいな……」
ここにいれば嬲り殺しにされる。建物の外壁に沿い、別の侵入口を探すべく走りながら、窓より内部を覗き見た。
金銀の装飾鎧を纏った騎士たちが警戒体勢へと移行し、さかんに歩き回っている。
「なんだ、ここは……」
領域のデーモンたちが連携している。今までと全く違っている。
今までは、そう、デーモンたちは個々に俺を殺そうと動くだけで、このような動きをしなかった。
――これが、違和感の原因か?
冷たい夜気のような瘴気が、兜の内側にて俺の頬を伝う汗を氷のように冷やしていく。
「ただ、わかったことがある」
この空間に漂う奇妙な悪意ではない。
貴族のようなデーモンたち。夜会のような領域。そうだ。ボスデーモンはおそらく。
「四騎士『名失いの暗殺騎士』」
それは、覇王が政敵の暗殺に使ったとされる名前のない騎士の名だ。
伝説を持たない、伝説の騎士。
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