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「ふぅッ……!!」

 ひゅう、と息を吸う。巨半魚蟲人バゴズ・ベルダの巨剣を振り上げ、迫ってくる銅像のデーモンどもに叩きつけた。

 メキメキミシミシと敵の身体を圧し潰す。刃が潰れる感触があるも関係ない。この魔鋼の巨剣は刃が潰れた程度では欠片も重圧を下げることはない。

「る、ラァッ!!」

 階段を登りながら大勢を崩した銅像にオーラを練り込んだ拳打を打ち込む。弱所にオーラを叩き込まれて崩れ落ちる銅像のデーモン。呼吸。更に踏み込み、迫り来る別の銅像に巨剣を叩きつけて牽制する。

 息を吐き、吸う。荒れる呼吸を整えつつ、戦う。

 連戦に継ぐ連戦。階段を登れば登るほどに敵の密度が上がっていく。兜の内側、額を汗が伝う。目に入る。

「ああ、糞。鬱陶しいッ!!」

 巨剣を大きく振るい、銅像どもを牽制する。数歩下がり、距離を取る。兜を引き剥がした。汗を拭い、代わりに面頬を取り出して身につける。銅像どもは強い。強く。数が多い。それでも命の危険を感じるほどではない。

(それに、面頬こいつなら……)

 聖獣である治癒牛の皮が張られたこいつには自己治癒能力を強化する効果がある。体力スタミナの減少に歯止めを掛けられる。

「ついでだ! 喰らっとけ!!」

 ヤマの指輪に力を込め、赤壁を生成して銅像どもを牽制した。俺の腰には集魔の盾が揺れている。魔力は補給できている。

 龍眼はもう使っていない。連戦の結果だ。俺はこの銅像どものだいたいを理解できた。故に弱所なら龍眼なしでも見極めるぐらいはできるようになってきている。

 生物型のデーモンと違い、ゴーレム型のデーモンは弱所が決まっていてわかりやすい。

 50体もぶち壊せばだいたいどこにオーラをぶち当てれば壊れるかもわかってくる。

 腰からワインのボトルを取り出してがぶがぶと飲み干す。辺境人は飲まず食わずで戦うこともできるが、やはり飲める時に飲み、食える時に食った方が強いのは当たり前だ。

 赤壁を破って銅像どもが突っ込んでくる。巨剣を床に落とし、篭手と脚甲にオーラを集中すると拳打で牽制しつつ、蹴りで銅像を破壊する。だが、ぬぬ、嫌な音だなこれは。叫んだ。

「ダメかッ。これは!」

 流石に生物型のデーモンを殴ったり蹴った時とは違う。金属肌のデーモンを殴れば鎧が痛む。1体2体程度ならば問題はないが、こうして敵の数に際限がないならば頑丈な金剛鋼アダマンタイトとはいえ、やがて寿命を迎えてしまうだろう。

 ワインの空き瓶を敵に向かってぶん投げ、袋から干し肉を取り出して口に咥えた。巨剣を手に、踏み込み、叩きつける。

(なら、こいつならどうだ?)

 干し肉を咀嚼しながら銅像に手のひらを叩きつけ破壊する。拳打で無理やり破壊するなら装備を消耗するが、巨剣をぶつけて弱所を剥き出しにした後ならばこういった軽いオーラで破壊できる。掌打も工夫した。新しく覚えた技術だ。オーラの浸透のみを利用して破壊する技。

 俺も成長する。こいつは、昔の俺では動くデーモン相手に使うには難しかった技術の1つだ。

(いや、これは一度……納屋から落ちた時にやったな……)

 崖相手に落下の衝撃を全部ぶちこんだあれを思い出す。あれを今できるかというと首をひねるが、今やっていることはあれと同じだ。衝撃を完全に逃す技術の応用。いや、これの応用があれなのか? ……どちらでもいい。技術は繋がっている。できることを増やすことで俺は強くなる。それでいい。

 前回地上に上がった時はかなりの期間滞在していた。その時にこれを覚えたのだ。神殿騎士達と毎日のように行っていた鍛錬。高レベルのデーモンにオーラを打撃を用いずにぶちこむコツはその時に教わったのだ。

 所詮、小手先の技術である。これ自体にデーモンを倒すほどの力はないと教えてくれた神殿騎士は言っていた。だが、なるほどだ。便利だ。これ。ひとあてし、相手の体内瘴気を乱し、弱所を剥き出しにしたならば簡単に仕留められる。特にこのような強靭な外殻を持つデーモン相手ならば装備と体力の消耗を抑えられる。実に長期戦向きの技だ。

(む、まずいな)

 俺は慌てて口に加えた干し肉を飲み込んだ。遠目に見えたものに危機感を覚える。

 弓だ。弓兵の銅像が見える。未だ起動する距離ではないが、剣兵の銅像どもに混ざって弓兵の銅像が設置されている。

 未だこの大階段の全てを俺は登りきれていない。半分と言ったところだ。

 連戦に次ぐ連戦は俺から体力を結構に奪っている。尽きぬ敵に装備も消耗してきた。巨剣も重さは健在だが、刃は潰れ、叩きつけすぎたのか剣の軸がガタつき始めていた。壊れるのが早いが、俺はこの巨剣を丁寧に使っていないから当然のことだった。

(こいつはもうダメだな)

 近くにいた銅像に巨剣を思いっきり叩きつけつつ、そのまま力いっぱいにぶん投げれば銅像と共に巨剣が音を立てて階段から転がり落ちていく。デーモンの無様っぷりに腹を抱えて笑ってやりたいところだがそんな暇はない。

 袋から新しい巨剣を取り出す。残り巨剣本数、こいつを含めてあと2本。

「だが十分だ」

 口角が笑みの形に歪む。1本で半分登れた。なら、2本ありゃ十分登りきれる。

 弓兵の起動範囲に入ったのか。飛んでくる矢を巨剣を盾にして受けつつ、俺は更に前進していく。

(重い矢だ。つか、も矢羽も全部が金属なのかこの矢は)

 金属矢っても限度があるだろう。矢羽まで金属とか逆に使いにくくないのか? なんて思うが、デーモンなんてものは最初から道理を外れた存在だ。デーモン特有の呪術の応用か何かだろうか。尋常の技ではあるまい。

 銅像に巨剣を叩き込み、剥き出しになった弱所をオーラの浸透で破壊したが、手応えが変わる。破壊に必要なオーラの量が多くなって……!?

「って、めんどくせぇなお前ら……ッ!!」

 弓兵の出現と共に今まで雑兵程度の腕前だった剣兵が精兵に変わっていやがる。こいつら、強くなっている。装備もだ。剣と鎧に禍々しい艶が出ている。奴らを構成する魔鋼の強度があがってやがる。

(こりゃ、ダメだな)

 巨剣も相当に強い魔鋼だが、強度としては精兵となった銅像とたいして変わらない。

 加えて、この距離からでは微かにしか見えないが、この階段の先の先、神殿前に見えるもの。


 ――黒騎士の銅像


 確証はないが、ボスデーモンってわけではなさそうだ。脅威ではあるが、この空間に満ちる瘴気の主に相応しくは見えない。

 それでも唾を飲み込み、見えている強敵の姿に俺は意思を固めた。

「ボスか雑魚かはまだわからんが、どちらにせよ一筋縄ってわけにはいかんだろうな」

 激戦の予感は近い。


                ◇◆◇◆◇


 通常の銅像は倒すと銀貨以外にも武具を落とす。それは剣だったり盾だったり鎧だったりと様々だ。

 とはいえ格別拾っておきたいというものではない。どれもこれも武器としてはそれほど優れているわけではないからだ。無骨で、重く、硬いだけの剣に盾。鎧なんて身につけたなら並の戦士でも動けなくなるほどの重量がある。

 無論、強力なデーモンどもの使っていた装備だ。強いことは強い。だが、これらはとてつもなく重い。俺の体力も無限ではない。格別に強力でない武具なのだ。装備が充実している以上は、普段使いする理由はない。

 それでもだ。このように状況が限定的であるなら、これらの取得ドロップ品もなかなか有用な品へと化ける。

「これで終わり、か!!」

 精兵へと変わった銅像のデーモンどもに巨剣を無理やり叩きつけ、剥き出しになった弱所をオーラの浸透を用いて破壊する。崩れ落ちた銅像のデーモンを他所にまだまだ残っている精兵銅像へと刃が根本から折れ曲がった巨剣を放り投げた。

 通常の銅像のデーモンと違ってこいつらはタフだ。巨剣をぶち当てられてよろめいた先程の銅兵と違い、こいつらは飛んできた巨剣を気にもせずに俺へと突っ込んでくる。

 精兵へと変わった銅像との連戦で巨半魚蟲人バゴズ・ベルダの巨剣はこれで打ち止めだ。ここに来るまでに三本あった全てがなくなった。

 随分乱暴に扱ってしまったが問題はない。これがハルバードならば丁寧に扱うが所詮はデーモンからの取得品だ。使い捨てた所で心は傷まない。

「しかし、重いな。こいつは……!!」

 俺は袋より銅像から取得した銅剣を取り出した。

 この長剣、銅のように見えるが、銅じゃない。銅の質感を持つ、密度の高い魔鋼の剣だ。片手には同じく銅鎧からの取得品である銅盾を持つ。こちらも規格外に重い。

 奇妙な気分だ。これほど重い武具を両手に持って歩くと自分自身がとてつもなく重くなったような心地がする。先の巨剣ともまた違う感覚だ。全身で扱っていた巨剣と違って、片手で持っているからか? もとがゴーレム用の武具だからバランスが悪いのか。

 とはいえ実際に重いから間違いではないのだが、それにしたってここまで不自然に重いと体感は変わる。場所が場所だ。階段から落ちないように、注意しなければな。

「が! この重さもてめぇらみたいな硬い相手なら好都合だ!!」

 弓兵の飛ばしてくる矢を円盾で防ぎつつ、精兵どもに斬りかかる。重さに加えて密度の高い魔鋼だからか。金属を割り響く嫌な音を立てて精兵銅像の身体に剣が刺さる。

「ふ、ん!!」

 盾でぶん殴りながら敵の身体から剣を引き抜く。巨剣と違って相手を揺らすほどの威力はない。一撃では弱所は見えない。どうやらこいつはオーラを込めた方が効率が良さそうだ。

「もう一度だ」

 呼吸。長剣を振り上げ踏み込む。練ったオーラを剣にぶち込み、斬撃で精兵銅像の身体を断ち割る。敵は崩れない。身体に剣を叩き込まれても平気で動こうとしている。矢や他の銅像からの攻撃が割り込んでくるので盾で防ぎつつ、強引に二撃三撃と刃をぶち込み続ける。

「強い! 硬い! 丈夫! 本当にめんどくせぇ敵だなお前らは!!」

 あとこの銅剣、糞疲れるぞおい。

 無論、全身の筋肉を使わなければならなかった巨剣とどっちが楽かと言われるとどっちも疲れるのに変わりはない。巨剣も巨剣で面倒だった。

 加えて場所だ。平地ではないのだ。階段を登りながらなのだこの戦いは。

「これ、で!!」

 弱気を怒声で吹き飛ばしながら俺は更に剣を振るう。弱所にオーラの込もった銅剣を叩き込まれて倒れる精兵銅像。だが終わりではない。傍らには先程から俺へと剣を突きこんできていた精兵銅像が残っているし、弓兵も狙いを俺に定めている。

 更に言えば、階段を登りながらであるために設置されている精兵銅像が動き出し俺へと迫ってくる。

 下がれば精兵銅像も元の位置に戻るだろうが、負けたみたいで嫌だからそのまま足を俺は進める。

「だが、だが、あと少しだ」

 遠目に見えた黒騎士像へと、そろそろ辿り着けそうだった。


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