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大通り。そこを抜けた先にあったのは神殿へ続く大階段だ。
長く巨大な階段が見上げた先に存在する巨大な大神殿へと続いている。両脇には騎士の銅像が並んでいた。どれもこれも今にも動き出しそうなほどの出来……。
いや、動く。動くのかこれらは。確信を持って俺が階段へと足を踏み入れれば、なめらかな動きで騎士の銅像どもは俺へと迫ってくる。
下がれば鎧どもは静かに元の位置に戻っていく。
「デーモンの衛兵か。本当に、本当に善神大神殿じゃねぇんだなここは……」
見上げれば見える巨大な暗黒神殿。背後の街は悪霊と獣の形をした屍体に満ち、空の彼方では悪龍が舞っている。
地上の暖かさなどどこにもない。すでにしてここは魔界なのだ。
深く呼吸をした。鎧から香る聖龍蘭の匂いが胸中に満ちる。
それでも見上げれば。
――途方もなく、破滅的で、心を狂わす巨大な瘴気が見えた。
(へ。他人の心配してる場合じゃねぇか。なぁ、オーキッド。オーキッドよ……)
俺とて人間だ。武侠だなんだと言っちゃいるが、今まで迷いがなかったと言えば嘘になる。
ジュニアを抱いてから、どこかでこの探索を切り上げられないかそんなことを頭の隅で考えちまってた。死にそうな目に何度もあって、やべぇ化物を何匹も殺した。この地獄。この魔界。俺は頑張った。よくやったと言えるだろう。1人だった頃とは違う。嫁もできた。ガキもできた。地上は温かい。
だから、デーモンがいようが、破壊神が眠ってようが関係ねぇ。人生を月の女神に捧げちまったが、だからって、誰が最後までこんな場所に潜ってやるかってよ。
俺より優秀な誰かに、この悪夢を押し付けられねぇか。そんなことを。考えなかったといえば嘘になる。
だがな。だが。これを見て確信した。この長い階段を登った先にある、あの禍々しい巨大な神殿を見て確信した。
――チェス盤のデーモンは1体たりとて、残すわけにはいかねぇ。
ここの怪物どもを地上に出すわけにはいかねぇ。あれらが出りゃ、4000年前の再現だ。1体でも残せば悪夢どもが地下のあなぐらから這い上がって地上を死と瘴気に染め上げる。
オーキッド。ジュニア。生きて帰るとは言わねぇ。だが、だが、な。ここの化物どもは一体残らず殺してやる。おまえらの手に負えねぇ怪物どもは全部、全部だ。
――俺が殺す。俺のために。俺の
誓えば、心に開いていた穴が、少しだけふさがった気がした。リリーを失った時に開いたそれがほんの少しだけ。
這い寄ってきた死霊を叩き潰し、大きく息を吸う。
(月の女神よ。アルトロよ。お前に闘争を捧げる俺が願う。全てが終わった時、俺の帰るべき道を、淡き月の光で照らしてくれることを……)
御大層な加護も奇跡も俺には必要がない。ただそれだけだ。女神よ。俺が道に迷わぬように、ただそれだけを俺に与えてくれ。
しょうのない子、と誰かが俺の背中で囁いた。
◇◆◇◆◇
見下ろせば、オーラをぶちこんだハルバードが右手にある。これもまた、俺の精神の柱の1つだ。俺を無傷でここまでたどり着かせてくれた神器にも匹敵する武具。頼もしい限りだ。
聖衣もある。リリーの原初聖衣。聖女様の肋骨。オーキッドのマント。俺の心を守る形なき力たち。
もはや、この先は進むことに不安はない。
(とはいえ、ハルバードは温存しておくが……)
ハルバードは頼りになる。なるのだが、なりすぎた。亡霊相手に振るいすぎている。オーラと聖水による補助はあったし、こいつは
本当はドワーフ鍛冶の爺さんに見せていくらか刃を休ませたいところだったが、まだまだ先はある。ボスデーモンにも会っていない。
この先、肝心な時に刃がへたれては困るのだ。
俺はハルバードを袋に仕舞い、巨半魚蟲人が使っていた
この先に見える銅像ども、動きの特徴からしてデーモンはデーモンのようだが、
故に、ハルバードを温存するといっても、堕落の長剣や青薔薇の茨剣に頼るには多少の困難がある。
勿論、強引に攻め込めば倒せないというわけではないだろうが、刃の損耗が激しくなるだろう。
(メイスでもいいかもしれないが、聖なる力を持つあれは温存しておきたい)
聖水が尽きた場合は、あのメイスに頼る必要が出てくる。
そう、この先、何があるかわからないのだ。信頼できる武具はなるべく温存したかった。
神殿の威容を誇るが如くに糞長い階段を見上げた。その両脇には延々と騎士の銅像が並んでいる。探索者の消耗を誘うためか、ただの権威なのか。どちらにせよ、ここを登りきるならば多大なる困難に見舞われるだろう。
取り出した、俺の身の丈を超える大剣の柄を握りしめてみる。俺も以前より強くなっている。この巨剣は片腕では持ち上がらないぐらいのものだが、両手で強く力を込めれば保持することができる。
これほどの重量物で繊細な剣術などは望むべくもないが、この重量こそが、この巨剣の最大の武器なのだ。
俺は、この剣を相手をしたから知っている。この巨剣は叩き落とすだけで敵を粉砕することが可能な武具なのだと。
「さぁ、行くぜ……」
階段に足を踏み入れた。どうやらこの先は特別らしい。ある程度進むと背後から迫っていた亡霊さえも近づいてこなくなる。空を見上げた。闇の太陽が近くなってくる。
心に勇気と暖かさは満ちているが、恐ろしいという感覚は常にある。幽閉塔の闇ともまた違う恐怖だ。ここもまたあの水神の領域と同じく、ただ進むだけで精神を消耗する場所だった。
「ふッ」
呼吸1つ。滑るように近寄ってきた鎧のデーモンに大剣を叩き落とした。蟲みたいに無様に階段に叩きつけられるデーモン。口の端が吊り上がる。無闇に戦士に近寄るからだ間抜けめ。
ちなみにオーラはまとっていない。この巨剣はでかすぎる。これぐらいの大きさともなると、まとわせるオーラも多量になる。武具は勿論だが体力も温存しておきたかった。瘴気からの保護と身体強化にのみオーラは回している。
とはいえ、オーラなしではデーモンは殺せない。だから発動するのは龍眼だ。
「
俺は戦神アルフリートの口癖だったという敵をぶっ飛ばした時の祝いのことばを呟いた。なんで葬らんなのに敵を倒した後に言うのかわからんが、神の使う言葉だ。そういうものなのだと納得しておく。
こうやって豪快にデーモンをぶち殺すことなどあまりないのだ。言ってみるだけ言ってみるのもいいだろう。
鎧のデーモンは消失し、その場に銀貨が転がっている。拾いたいところだが、次々と鎧のデーモンどもは俺へと向かって階段を駆け下りてくる。
「ったく、骨だな。本当に。これは」
この厳重っぷり。この先に何があるというのか。
「どうせろくでもないものだろうがな」
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