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 銅剣を頭上より強く叩きつけ、横顔に盾を叩きつけ、蹴りをぶち込み、最後の精兵銅像を破壊し終える。

 荒れる呼吸を宥め、落ち着けていく。剣を手に、俺は数十段ほど階段を登った先にいる難敵に目をやった。

(黒騎士のデーモンに似ているな)

 黒騎士のデーモン。泣き虫姫エリザの『門番の騎士イサ』が変じた強力なデーモンの一体。俺が最初に倒したチェス盤のデーモンだ。

 勿論、階上のそれは瓜二つというわけではない。鎧の質感、大きさ、脅威度。全てが違う。

 以前のそれは未だ聖衣を持っていなかった俺を殺して余りある強さを持っていた。

(今なら恐らく、それほど苦戦しないだろう)

 視線を上に向ける。階層に満ちる瘴気の影響があるのだろう。明らかに今から戦う黒騎士の像の方が以前のそれより強そうに見えた。

「だが関係ねぇな」

 言葉はすんなりと出る。そう、障害なら斬り潰すだけだ。剣を強く握り、踏み出した。黒騎士の銅像が動き出す。

 敵はあいつだけだ。周囲に銅像は残っていない。先程破壊した精兵銅像で雑魚は全て破壊しきっている。

 黒騎士の感知圏内が狭いのか。それとも最初から銅兵全てを殲滅できるように銅兵が配置されていたのか。

 このダンジョンには時折そういうところがある。八つ目のデーモンの時のように、雑魚と共に強敵が現れ、探索者を確実に殺しにくるような部屋もあれば、このように一対一で強敵相手に戦わせようとする場所が。

 黒く磨き抜かれた石階段を駆け下りてくる黒騎士のデーモン。コケてそのまま下まで転がり落ちれば面白かっただろうが、そんなことは当然ない。黒騎士像は両手に握る巨大なハルバードを勢い良く振り下ろしてくる。

「ちぃッ、疾い!!」

 振り下ろされる刃の進路に盾を置く。衝撃と轟音。瘴気の密度のせいか。黒騎士のデーモンより強力な一撃だ。

 攻撃を受け止めた盾が衝撃でミシミシと震える。敵の武器の重さもあるが、このデーモンの膂力はまさに怪物だ。盾を構えていようと幾度となく攻撃を受ければすぐさま腕が上がらなくなるだろう。

「だがよぉ! 俺の方が強いぞ!!」

 敵の持つハルバードが跳ね上がるようにして振り上げられ、再び落ちてくる。半身になって躱し、懐に入り込み銅剣を叩きつけた。甲高い金属音と共に弾かれる。

 黒騎士銅像は精兵銅像どもより硬い。硬いが。通らないほどじゃない。相手の手がこちらに伸びてくるも、足元に注意しながら距離をとる。俺が落ちたら笑えないぜ。

 銅剣と銅盾を隙なく構える。唇を舐め、どういう手順で殺すか考える。

 一当てして理解できた。敵はべらぼうに強い。硬い身体。重い武器。強い膂力。


 ――このデーモンは怖くない。


 強いが怖くない。無論、以前の俺を100戦して100回殺して余る程度には強いだろう。

 だが怖さというならばあの黒騎士のデーモンの方がずっと怖かった。あのボスデーモンには意思があった。俺を必殺せんとする殺意の化身だった。

(だがこいつにそれはねぇ。所詮は意思なき銅像か)

 こいつは余りにも弱い・・。攻撃が精確すぎる。黒騎士像の斬撃は疾い。強い。急所、弱所も的確に狙ってくる。

 今までの銅像どもと同じだ。なんの変化もない。あれだけの連戦を行ったが、俺は攻撃をまともに受けていない。一撃もだ。大量の銅像群は弱くなかったが、強くないのだ。あれだけの敵の群れも、ただただ俺を疲れさせるだけがせいぜいだった。

(幽閉塔の半魚蟲人の方がヤバかったな……)

 半魚蟲人の殺意の方が恐ろしかった。銅像どもはあまりに素直すぎる。この黒騎士もハルバードの技量こそ高いが、高いだけだ。如何に刃が鋭かろうとも、その軌道上に盾を置くだけで、その斬撃は容易に防げてしまう。

「っても、受けすぎりゃ殺されるだろうし、この敵は硬すぎるがなッ!」

 それでも油断だけはできない相手だ。相手に殺意がないならこちらが殺意を振り絞るまで。攻性を激しくしていく。銅剣を振り上げる。叩きつけ、斬りつけた。敵の身体には多少の傷がつく程度。歯噛みする。相手の攻撃は俺に通じないが、同時に俺の攻撃もあまり通じていない。

 斬撃にオーラを練り込み、黒騎士像を構成する瘴気を乱すように叩き込んでいるが、黒騎士像の瘴気にゆらぎは少ない。相手が硬すぎて弱所の露呈にはつながらない。

「やはり、ただ単純に強いってのはこの上なく厄介だな!!」

 だが! だがだ!!

「てめぇは弱い!!」

 断言した。俺は銅剣を敵のに叩きつけながら腹の底より咆哮を放つ。

 敵はだいたい理解した。様子見は終わりだ。周囲に他に敵はいないのだ。後先など考えない。攻める。攻める。攻めていく。銅剣は重い。振り疲れそうになるも腹の底より活力をひねり出す。筋肉より力を絞り出す。斬る! 斬る! 斬る!!

「おらッ! おらッ! おらッ! 死ねッ!! さっさと死ねぃッ!!」


 ――入った・・・


 黒騎士像の足に集中していた刃が敵の脚甲に傷をつけ、罅を入れ、ねじ込まれた刃が穴を広げ、とうとう敵の足を千切り、飛ばす。

 黒騎士像が態勢を崩した。階段を駆け上がり、その背後に回る。蹴りを叩き込み、階段から叩き落とした。

 ガラガラゴロゴロガッシャンと盛大な音を立てて、黒騎士像が階段を転がっていく。銅剣を片手に俺は階段に座り、息を吐いた。

「疲れるぜ」

 ゴーレム型のデーモンは自動的だ。自動的すぎる。片足になろうが不利になろうが、敵である俺がいるこの位置まで自力で這い上がってくるだろう。

 俺は篭手から腕を抜き、筋肉をほぐすようにいくらか揉むと再び篭手を身につけて立ち上がった。

「放っておくわけにもいかんし、仕留めるか」


                ◇◆◇◆◇


 黒騎士の銅像が落としたのは蝋材だった。強い神秘を感じる。恐らくは+6からの強化を可能とするものだろう。

「自分で言ってて思うが、情緒も何もないな……」

 プラスってなんだよと思いながら俺は周囲を観察した。階段は登り終わっている。俺がたどり着いたのは神殿前の広間だ。顔のない巨大な神像が周囲には立っている。


 ――神像が動く気配はない。


「動いたらどうやって倒すかわからんかったが、しかし、これほどの瘴気の地獄でも巨大な神像を動かすのは難しいのか?」

 ボスデーモンであるなら以前の花の君のような巨体でも維持できるのかもしれないが、この地獄のような瘴気渦巻く魔都であろうともこのレベルのデーモンを雑魚として現出させるには足りないらしい。

 例え無理やり動かしたとしても、出来上がるのは木偶以下のガラクタになるのだろう。であるならばその分で銅像のような強いデーモンを作った方がいいと考えたのか。いや、悪神の考えなどわかるはずもない。悪鬼どものことなど考えるだけ無駄だ。

「それで、ここは……。地上近くの、猫がいる拠点と同じ場所か。ここは」

 呟きながら周囲を見る。ここには初めて来た。だが、見覚えのある空間だ。

 空気は違う。瘴気が漂っている。暗い。黒い。猫はいない。ドワーフ鍛冶の音も聞こえない。聖域もない。

 それでも、ここは神殿前広場だった。

「進むか……」

 扉が見える。巨大な大扉だ。上の遺跡ではこの大扉に穴が開いていて、そこから入り込んだんだが……。

「どうやって開け――チィ!!」

 銅剣と銅盾を跳ね上げ、両脇から振り下ろされたハルバードを受け止めた。反応できたのが奇跡のような奇襲だった。剣と盾を手にしていてよかった。直前まで全くわからなかった!!

「黒騎士像、2体……!!」

 神像の陰に控えていたのか! 油断……いや、違う。銅像のデーモンどもは半魚蟲人どもと違って殺意がない。生きていない。動き出すまで気配もないのだ。俺が気づけなかったのも当然だ。

「それに、この黒騎士どもが弱いっても2体ってのはきついぞ」

 弱いとは言ったが、強いのだ。こいつらは。殺意こそ薄いが、デーモンとしての格は特上なのだ。

 次々と繰り出されるハルバードを銅剣と銅盾で弾き、2対1の状況をなるべく1対1の戦いになるように位置取りを変えていく。

(厳しいが……やるしかねぇな)

 息を吸う。銅剣を強く握る。

 それに、と思った。

 このデーモンども微かに見覚えがある。最初に見た死者の記憶の中で、神殿を襲った黒騎士のデーモンたち。

(恐らくだが。こいつらか……)

 このレベルのデーモンが大挙して襲ってきたならば、神殿の神官たちがなんの抵抗もできずに殺されまくってしまったのも理解できた。

 納得はできねぇがな……。

 そうして俺は体力と時間を相応にかけ、黒騎士の銅像を2体とも破壊するのだった。

 面倒は面倒だが、倒せば確実に蝋材が手に入るのは少しだけ嬉しかった。


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