025


「これは筋力強化と皮膚硬化の水薬にゃね」

 遺跡前の空き地に戻った俺は手に入れた薬の鑑定を猫に頼んでいた。

 その間に俺は鎧や武具の整備をしてしまう。あまり使わなかったが弓も矢を含めてきっちりと整備をする。これらを怠るといざというときに身を滅ぼしかねないからだ。

「で、そいつは飲めばいいのか? 名前から身体能力を強化するんだろうってのはわかるが、そいつはどの程度でどのぐらいの時間使えるんだ?」

 うにゃと猫は尻尾でぴしぴしと薬の瓶を叩く。中の液体が少しだけ揺れる。

「このぐらいの量なら3分ぐらいかにゃ。力は5割くらいで、硬化はオーラで身を覆った程度にゃね。それなりに貴重品にゃよ」

 力が5割も上がればあの肉斬り包丁ですら難なく扱えるようになるだろう。また、硬化の薬を飲むことで防御に回す分のオーラが攻撃に回せるようになるなら難敵との戦いに十分に力になる。

「お前は売ってくれるのか?」

「欲しいにゃら売れるにゃよ? 一本10000ギュリシアかにゃ。効果と時間は減るけど丸薬タイプにゃら一粒2000ギュリシアでいいにゃよ」

「高いな……」

「他にも道具はいっぱいあるにゃ。よく考えるにゃよ」

 ああ、と頷く。あの牢獄での収入はなかなかで、丸薬を買うことも不可能ではなかったが、それよりも先に揃えなければならないものがある。

「先にスクロールを頼む。聖域と転移を一枚ずつだ。それとソーマのような体力を回復する薬はあるか? 効果はソーマほどでなくともいいんだが」

 一度使えばあらゆる傷を癒し、体力を完全に回復するソーマは俺の切り札と言ってもいいが、一本しかない以上そう気軽に使えるものでもない。

 効果は弱くとも気軽に飲める薬があるなら欲しかった。地上でいくらかそういうものも揃えてきたが、強力な神秘の篭った薬までは手に入れていない。用意できたのは気休めだが傷の治りを助け、破傷風を防ぐ膏薬ぐらいである。もちろんそれとて良いものなのだが、もう少し効果の高い薬が俺には必要だった。

「そうにゃねぇ。神秘の篭った薬でキースでも買えそうなものは今のところないにゃね。ああ、でも簡単な応急処置用の薬セットならあるにゃよ。2000ギュリシアにゃ」

 どんなものがあるのかと聞けば、毒や麻痺、病気などを癒やす薬、さらに包帯、切り傷や打ち身に効く軟膏型の薬、栄養剤、消毒液、造血剤などが入った箱らしい。造血剤だけ聞き覚えがなかったので聞けば、太古の昔にあった、血を作る薬らしい。血液を失ったときに飲むことで血液の代わりとすることができるのだとか。

 なかなかに便利そうなのだが、地上で揃えてきた薬で事足りてしまう。毒や病気などに対する薬も多少の副作用(身体に負担がかかるという意味で)はあるが地上で仕入れてきたものは即効性がある。猫の用意した方には毒の効果を弱める力しかない。

「うーむ、それなら傷は癒やさなくていいから疲れをとる薬などはあるか?」

 先ほどの大扉の前のこともあった、あの時は触らぬ限り特に異変は起きなかったが、何かあった時に疲労していれば不覚を取りかねない。

「ああ、オクスリ・・・・にゃか。もちろんあるにゃよ。種類は結構あるけどなにがいいにゃか?」

 猫がぽろぽろと薬を取り出してくる。それぞれ100ギュリシア程度と他の薬に比べれば格段に安い。

「こいつが痛みを消す鎮痛剤にゃ。しょれと一時的にゃけど人為的にベルセルクになれる興奮剤。あとは疲労を取って集中を高める覚醒剤。強制的に興奮を収める鎮静剤の他に、一時的に脳のリミッターを外して剛力を得る薬とかもあるにゃ」

 ほぅ、と感心の吐息が溢れる。俺はあまり使わないが、戦士の薬・・・・は命を掛けた戦いに赴く戦士の薬として定番だ。辺境では初陣の戦士には酒を飲ませるなどして恐怖心を紛らわせるのも推奨されている。

 ジジイからも秘伝ではあるが、戦士の薬のレシピなども受け取っていたし、実際、地上でいくつかそういう薬も揃えてきていた。

 戦士の薬はうまくキメれば感覚が鋭敏化し、時が止まって見えることもあるという。

 ただその分身体への負担や依存性も強い。使い方を誤れば薬なしには戦えなくなる。

「戦士のオクスリは傭兵には需要があるにゃ。昔からこういうのはよく売れたにゃ。ただチャンポンして飲むのは推奨しにゃいにゃ。飲むなら一種類がいいにゃ」

 神秘の篭った薬なら副作用もなく併用も可能なのだけれどと付け加える猫。あれらが高いのにも理由はあるらしい。

「疲労をとる奴だけ頼む」

 他は手持ちの薬を混ぜて似たような効果のものを作れるが、この疲労を取るものだけは持っていなかった。

 いや、疲労をとるだけならばできるが、どうしても興奮剤のように理性を失う形になってしまう。それに感覚を集中させる効果があるのも魅力的だった。

 ギュリシアを払い、少量の白い結晶の入った瓶を受け取る。使い方を説明される。注意もまた。

「これは疲労をとるといっても実際に肉体に疲労は溜まっていくにゃ。無理矢理身体を動かすためのオクスリにゃから多用はしないようにするにゃ。脳だけ動いて身体は動かにゃくにゃるとかあるにゃ。休めるにゃらちゃんと休むにゃよ」

 あと神経がぼろぼろににゃるからあまり使わにゃい方がいいにゃと付け加えられる。

「わかってるさ。とはいえ、使わないと死ぬなら使わないといけないんだがな」

 戦士がこういう薬を使うのはそのためだ。大事な戦いに際して1割でも1分でも勝率を上げるのは当たり前のことだ。だから身体によくないと知っていても、生き残る可能性を少しでも上げなければいけない。



 猫からスクロールと薬を買い、いくつか手入れ道具や食料、治療や飲用に使える清潔な水などを補充する。こういう必要だが余分なものを買ってもギュリシアにはまだ余裕がある。

 袋に1枠と認識させるためにしっかりと箱や大袋に梱包し、仕舞っていく。

「指輪も増えたにゃね。指輪を保管しておく箱とか買っておくかにゃ? 100ギュリシアでいいにゃよ」

「ああ、そうか。指輪も1つで袋の枠を占領するのか……」

 薬箱や野営道具に混ぜて一枠にしてもよかったがそれだといざというときに取り出すのに時間が掛かってしまう。鎧の内側に指輪程度の小さな道具を入れておく空間はあるが、これからも恐らく神秘の篭った指輪は手に入るだろう。迷わず猫に言われた額を払えば猫はうにゃうにゃと言いながら装飾の為された飾り箱を差し出してくる。開けば赤い布が内側に張られており、20ほど指輪を入れる切れ込みが入っている。鎧を手に入れたために外しておいた病耐性の指輪を入れておく。

 黒鉄の剣、聖なるメイス、肉斬り包丁、ショーテル、神殿の木盾、指輪の箱、様々な薬を入れた木箱(また別に革袋も用意してあり、毒消しなどはすぐに取り出せるようにしている)、スクロール、すぐに取り出せるようにしているソーマ、そしてチェスの駒。

 他にも手入れ道具や野営道具など袋の中身を取り出すと自由な枠はほぼ存在しない。

「はいにゃ。100ギュリシアでいいにゃよ」

 袋の容量を気にして道具を並べていた俺に猫が折りたたまれたチェス盤を差し出してくる。開けば中に駒は入っていない。ただくぼみが有り、そこにチェスの駒を入れるのだと理解できる。

「あとは道具の預かりサービスもやってやるにゃ。月、だとちょっと困るにゃね。年契約1000ギュリシアでいいにゃよ」

 猫の言葉にうむと唸る。これからもいろいろと道具を手にする機会は多くなるだろう。ショーテルなどは売ってしまってもよかったが、黒鉄の剣やメイスも激しい戦いでいつ壊れるかわかったものではない。予備は必要だった。

「じゃあ頼む。1000ギュリシアでいいんだな」

 にゃにゃと機嫌良さそうに笑う猫。

「あとスクロールも嵩張るかもしれないにゃね」

 そう言って猫は道具を差し出してくる。それは本のようだがどことなく硬質な雰囲気を持つ表紙である。また中は透明な袋状のページで構成されている。どこにも文字は書いていない。

「バインダーにゃ。中の袋にスクロールを入れておくといいにゃ。その袋越しでも魔力を通すから一度入れれば取り出す必要はにゃいにゃ。スクロールが弱い水濡れや、簡単な攻撃ぐらいにゃら弾くし、便利にゃよ」

 100ギュリシアと言われたので黙って渡す。じろじろと見ながら中にスクロールを収めていく。命綱であるスクロールをきちんとしたものに保管しておくのは最優先とはいえば最優先なのだが、100ギュリシアも払うべきかと言われると悩んでしまう。

 ただ聖域も帰還も本当に大事なスクロールだ。必要な出費だと割り切ることにする。

「そういえば、転移のスクロールはどこでも使えるのか?」

「どこでもっていうと?」

「デーモンが張った障壁の中でも可能かってことだが」

 あー、と猫は唸る。

「聖印を使った聖域で瘴気のない領域を作って、その上でにゃら可能かもしれにゃいにゃね。ただその時に使われた聖域はすぐに消滅するから、緊急時以外使わにゃい方がいいにゃ」

 神殿からここに持ち込んだ長櫃を見る。確かにそれはそうだろうと思われた。中に詰まっている聖印はそれなりに多いが、潤沢であるとも言えない数である。それにデーモンとの戦いで悠長に聖域を展開している暇もない。誰かを囮にすれば可能かもしれないが、と考えて自嘲する。ここには俺とリリーしかいない。命の恩人であるリリーを犠牲にするぐらいなら一緒に戦って死んだ方がいい。

 ただ、リリーの為に俺が聖印を使う選択肢もあるので頭の片隅には置いておく。

 さて、この後はどうするべきか。中途半端な時間に猫のもとへ戻ってきたので休みには時間が早い。早めに休んでもいいのだが、妙な時間に休んでも困るのだ。

 ふむ、と唸る。

「休まず行くにゃか?」

「いや、もどきどもを倒してギュリシアを稼いでくる。ついでにもう少し鍛錬もな」

 鎧を身につけ、剣を腰に下げる。道具なども全て身に付ける。何があるのかがわからないのはデーモンの領域だ。俺は口の端に笑みを浮かべると遺跡へと走りだすのだった。



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