024
チルド9の守護龍、祖に銀龍ゲオルギウスを持つ鉄龍マタイには双子の子供がいました。
それが金剛石の双子龍。兄龍ダニエルと弟龍マルガレータです。
騎士の1人も連れず泣き虫姫エリザが神殿に行くにあたって護衛を務めたのはこの二頭の龍でした。
双子の龍はとても幼かったのですが、生まれた時には既に並の騎士を打ち倒すほどの
それに大いなる龍にのみ許された空を飛ぶ力もございました。馬に揺られては100日の行程を必要とするダベンポートへの道も龍に乗っていけば安全快適にひとっ飛びだったからです。
さて、チルド9の偉大なる王より姫を守る栄誉を与えられた龍たちは愛する姫を守れる栄誉に大いに喜び、姫を交代交代に背に乗せると水の女帝が支配する水の砂漠と正しきエルフの守る光の森を飛び越え、暗黒大陸に接する辺境の地ダベンポートへとたどり着きました。
異形なるデーモンが闊歩する恐ろしい地を怖がる姫に二頭の龍は、デーモンなんて一捻りと大笑いしました。
その力強い
そして泣き虫姫エリザが神殿についたとき、それはそれは見事なパレードが催されたのですが、その話は司祭様のお話でしてしまいましたね。
あのような素晴らしいパレードはもう一度語ってしまっても良いのですが此度は姫のお話ではなく弟龍マルガレータと料理人のお話です。
姫の管理は司祭様に引き継がれ、姫と同じく歓迎された二頭の龍もまた神殿で暮らすことになりました。
・・・
弟龍はとても空腹。今日も牛をまるまる一頭食べたというのに、ぐぅぐぅお腹がなって仕方がありませんでした。
だって弟龍は育ち盛り。空を自由に飛び、デーモンを狩る力があろうともまだ幼い幼龍でしかありません。
「腹が減ってしようがない。料理人のとこにでも行くか」
さてさて、こうなってしまえば困ってしまうのは料理人です。幼いとはいえ龍は大食らい。牛や馬の一頭や二頭、ぺろりと平らげてしまいます。
清貧を心がける神殿にはもともと龍に食べさせるための家畜などいなかったのですから、今だって司祭様がなんとかやりくりして龍の食事を用意していたのです。
龍の双子はそういった人間の吝嗇臭いところが嫌いでした。そもそも腹を満たすだけならば空をひとっ飛びし、森や丘の獣を捕えて食べればいいだけなのです。
しかし彼らには姫を守るという使命がありましたので神殿から遠く離れることはできませんでした。
・・・
「ええい、まいったな」
弟龍が連日やってくるようになった料理人は困ってしまいました。
扉を土で固めたり、胡椒をたっぷり肉につめたり、狼の遠吠えなどいろいろとしてきましたが、弟龍にはもう通用しないでしょう。
司祭様にお願いするにも司祭様はご多忙です。
うーんうーんと唸る料理人はがさがさとなる音にびっくりしました。さっきまで何もいなかった厨房に鼠がいたからです。
「ええい! 忌々しい! 番猫は何をやっておるのだ!」
すりこぎ棒を手に怒れる料理人は鼠を追いかけ回しますが鼠の動きは素早く全く追いつくことはできません。
それに不思議なことに鼠が現れてから穀物倉庫の穀物が腐ってしまうようになったのです。
それに加えて現れるようになった御器囓。忌々しく不潔で不吉な黒色の奴らが神殿の中を闊歩するようになったのでした。
連日の弟龍と不潔の災厄に頭を悩ませた料理人はうーんと唸ると目を回して倒れてしまいました。
・・・
「ディ・ガクラシ・オルボワン」
悩ましき魔言。廃鼠の王のデーモンの扱う呪術。毒と病魔を齎す恐ろしき邪法でした。
神の加護厚き神殿の厨房に夜毎、黒鼠と
「スティラ・スティラ・スティラ。斯くも賤しきデーモンよ。我が爪にて貴様を滅ぼしてくれようぞ」
マルガレータが唱えたのは悪を打ち破る全なる聖言です。聖なる雨と神の雷を呼び寄せた弟龍はデーモンの魂に龍のオーラを叩きつけると、尾の一撃でその身体を打ち据えました。
「卑怯なり! 爪ではなく尾ではないか!」
「ははは。何を言うか。悪に誅するのに卑怯も糞もないぞ」
よろけた鼠の王に弟龍は躊躇なく爪を振り下ろします。
「くそー! 我が倒れても第二、第三の我が……! ぐわーーーーー!」
斯くして料理人を日夜悩ますデーモンの駆除は弟龍マルガレータによって果たされたのでした。
この功績により、料理人と友となった弟龍は厨房で自由に食事ができるようになったのです。
―――泣き虫姫エリザ 黒の部 第三編『料理人と弟龍マルガレータ』
開かれた門。そこに広がるのは暗黒だった。扉全てを覆うように黒い闇が覆っている。
「瘴気の壁か?」
これの存在を俺は知っていた。ゲルデーモンが扱った瘴気の壁だ。
あの時は俺を閉じ込めるために使われた瘴気の壁だが、今はこうして俺の侵入を拒んでいる。……ように見える。
触れてみてもよかったが、俺の直感がビリビリと危険信号を放ってくる。
「先に通路の先を調べてみるか……」
汚水に塗れた通路はまだ先がある。この先に長櫃の1つでもあればこの先を乗り切る役に立つだろう。
と、思ったのだが。
しばらく歩くと行き止まりに突き当たる。ただし通路は終わっているが、そこにはこの通路に来る前に見た鉄の箱が存在している。
「まぁ、罠ということもないだろう。恐らく」
猫やリリーの説明が確かであるなら、殺す為にこんな阿呆な手段で殺すことはないはずである。
「だが、万が一、ということもあるか?」
とはいえ、その辺で給仕女を捕えて箱の中にぶち込もうにも出会ったデーモンは全て殺しきっていた。捕獲するならいくらか時間を置いて再度湧いて出てくるのを待つしかないのだ。
「そんなに時間は掛けていられないな」
あの大扉の瘴気や修道女のデーモンがどのような変化をするのかもわからないのだ。
俺は中に入ると、床に設置してある仕掛けに体重を掛ける。
「上に登るか、下に降るか……」
キュルキュルと鎖の移動する音と共に身体が軽く床に押し付けられる感覚。
鉄の箱は地上へと向かっていた。
「で、ここに出ると」
ガラガラと目の前の壁が開いていく。地上の空気が(正確にはそれでも地下だが)少しだけ美味い。ただ嗅覚殺しの果実をケチったせいで鼻は麻痺している。
「すぐ汚水エリアは終わると思ってたんだが……。ちッ」
汚水の臭い混じりの唾液を地面に吐き出しながら、鉄箱から出るときゅるきゅると音を立てて、鉄箱は下へと戻っていった。同時に俺が出てきた場所が再び封じられる。ここから利用できないのか気になって調べてみると以前はなかった位置に煉瓦のでっぱりを見ることができた。
手で強く押してみるとがちりと音が鳴り、きゅるきゅると壁の向こう側で鎖が上下する音が聞こえてくる。
俺やリリーが地下に潜っている間に復活したのだろう。背後から襲いかかってきた犬のデーモンを振り返りもせずに拳で打ち倒す。
「デーモンの空間にいすぎて感覚が鋭敏になってるのか?」
今、襲い掛かってくるタイミングを完全に把握できていた。震脚。足で大地を揺らし、体内で螺旋状にエネルギーを回し、さらに襲いかかってきた犬のデーモンを残らず叩き殺していく。
そう、ここは神殿付属の噴水のあった場所である。あの何もなかった通路の先だ。鉄箱はここまで上昇していたのだった。
上昇し終わったのだろう。再び開いた路地の先と鉄箱を尻目に俺は神殿へと向かっていく。
あの大扉の瘴気の先へ挑むためにも一度猫に会う必要があった。
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