074



 木々と死体に囲まれた細い道を進んでいく。

 鬱蒼と暗い森の中、毒花粉が舞い、霧に覆われた不気味な森。

 時折発露した毒の異常を解くために解毒薬を飲み、現れたデーモンの多くを一太刀にて屠っていく。

「でかいキノコだけは時間がかかるが、ソレ以外は楽なものだ」

 庭園ではなく森の道なので石像型のデーモンもいない。あれが出るなら苦戦はせずとも多少の時間はかかっただろう。

 また新月弓もたまにだが射ってみている。森なのであまり視界はよくないが、こちらからデーモンを先に見つけ、相手が気づいていない場合なら非常に有効だ。

 神の加護のかかった弓に俺のオーラを込めた矢なら小さいキノコ程度なら一撃で殺せる。また巨大キノコには何発か必要だが、動きが鈍いので弓ならデカキノコがこちらに接近する前に終わることもある。

 最も再利用できるとはいえ、矢も消耗品だ。時折壊れることもあるのでデカキノコ相手なら接近戦を選ぶことの方が多い。しかし、弓矢の有用性が知れたことは十分に成果である。

「……ふぅ、まだまだ先があるのか? 結構歩いているが」

 分岐から進んだ森の道は長かった。黒の狩人に襲われていた時のような焦燥はないし、常に狙われてもいないので気分としては楽だが、こうも道が続くと先が気になって仕方がない。

 一応だが、長櫃から道具の類も見つけられた。何の道具かはわからないが、役に立つものだと良いが。

(しかし兎の足? これも道具なのか? 神秘の類は感じるが……)

 魔術の触媒か何かだろうか? 考えながらも暫く歩いていると、道が次第に下り坂になり、どこか盆地のような場所へと道が続いていく。

 下り道のため、左右の景色も木々から土の壁へと変わっていく。土の壁にはキノコ型デーモンの成りかけだろうか? 粘菌のようなものが付着するようになってきた。

 時折生まれかけのキノコデーモンを見つけるとそれを炎剣で切り裂いていく。このような成りかけはギュリシアを落とさないがデーモンというだけで生きていることが許しがたい。

 最も、この時点で嫌な予感はしていたのだ。何かがいると。

 それでも奥の奥まで進み、それ・・を見つけ、俺は頬を引きつらせた。

「――しまったな。先に月狼の装備を受け取ってからにすればよかったか……」

 目の前には地面から毒の霧が噴出する沼地のような地形が広がっている。革鎧ではこの中に侵入するのは一苦労だろう。

 月狼装備があれば楽に進めるのだが、どうしても一度帰る気にはなれない。

 毒霧で奥まで見通せるわけではないが、そこまで広くないこともそれを後押しする。

 それに、だ。


 ――毒の沼地に、巨大なデーモンが一体いる。


「あれは、ファンガス……か」

 ファンガス。毒の沼地にそびえる、巨大でベトベトでドロドロのキノコの怪物。粘性の高い肉体を持っているが、巨大樹と見まごうばかりの大木のごとき存在。

 恐ろしいのは、その体の各所から、小さなキノコのデーモンが次々と生み出されている点だ。

 あれは、この森におけるキノコ種のデーモンの親玉だ。

「最も、ファンガスは厳密にはデーモンではないが……ここでなら・・・・・デーモンか」

 ファンガスは通常の森でもたまに出現はする。野生動物の死体を苗床に生まれるだけならそれはデーモンとは呼ばれない。

 しかし、このような瘴気濃いダンジョンで、人の死体から生まれたなら別だ。

 こういったろくでもない場所で生まれた怪物どもは、他ではデーモンと呼ばれない怪物もデーモンと呼ぶ。

(あれは、十分以上に瘴気を蓄えてる。悪神の眷属たるデーモンと呼ぶには十分だ)

 種族呼称については、その存在が持つ瘴気の多さで判別される。つまりは、それが多くの瘴気を持つなら、他ではモンスターだの魔物だの呼ばれるようなものでさえ、デーモンと呼ばれるようになる。

 瘴気とは悪神に通じるもの。それを多く持つなら、やはりそれは悪神の眷属たるデーモンに他ならない。

 そして、目の前のファンガスは、遠目でもはっきりとわかるほどに瘴気を身の内に蓄えていた。

「……ここは死体置き場だったのか?」

 五感が人間の模倣である人型キノコ種の知覚は鈍い。毒の沼地の縁でデーモンを観察する俺にキノコどもは気づいていない。

 さて、これは故意に生み出されたファンガスなのか。それとも自然発生したファンガスなのか。

 ファンガスは大量の死体を苗床に発生する巨大なキノコだ。

 この沼地は毒に侵された死体がドロドロに溶けて生み出されたものなのだろう。周囲から噴き出る毒ガスは毒に侵された死体が腐敗した為に出たものだろう。

嗚呼ああ? 糞、何を俺は考えているんだ……)

 でかいが所詮は知能の低いキノコのデーモンだ。然程の強敵とは呼べない。毒の沼地だろうが、解毒薬は十分に補充してある。

(なぜ俺は留まっている? 何故観察なんて暢気なことをしている? 何故道具の残量を計算して、勝算なんぞ考えてる?)

 死魚どもに負けて、ビビってんのか俺は。


 ――目の前にいるのは、同胞の死体・・・・・を苗床にしているデーモンだろうが。


 一度でも言葉にしてみれば、おお、驚くほどに、腹の中から怒りが湧いてくる。

「はッ。観察なんて馬鹿らしいぞおい。思った以上に目の前のこいつらを殺したくなってきた」

 新月弓を手に持つ。袋の中から矢を取り出し構える。

 この糞キノコどもは、死体から立ち上る怨念が嬉しいのか、暢気にファンガスの周りで馬鹿みたいにゲラゲラと嗤っている。知能の低いデーモンらしい習性だ。


 ――むかついて仕方がない。


 怒りのままに戦えるのは辺境人の美徳だが、それでも勝算の欠片もなく突貫するのは戦士の恥だ。一応作戦を考える。

 まず弓で殺す。あとは剣で殺す。オーケー完璧だこれでいい。

 注意すべきはファンガスの周囲にはデカキノコだが、幸い俺のいる位置は小道だ。奴らの巨体ではつかえて二体同時には掛かってこれまい。落ち着いて一体一体処理していけばいいだろう。

 とにかくキノコどもは全員ぶち殺す。食虫植物と違って手に届く位置にいるんだ。見逃す道理など全くなかった。



 俺の手にした炎剣が接近してきたキノコを炎を噴きながら両断する。

「これで雑魚は終わりッ……!!」

 まず俺は、沼地には出ず、手持ちの矢が尽きるまで視界の中にいるキノコどもを一体一体一撃で殺していった。

 ここは大地の上だ。安定している場で、相手が高速に動かないなら俺の弓の腕でもキノコ程度なら必中できる。

 無論狙撃を始めれば相手も気づくが、距離は離れている上に敵のいる場は沼地だ。小キノコがノタノタと歩いてくる間に大半は駆逐し終えることができる。

 そして、弓で一撃とはいかないデカキノコも、小キノコどもを駆逐し始めた辺りでこちらに気づいて歩き始めたが、あの巨体である。

 事前に想定していた通り、囲まれれば脅威の存在もこうやって一体ずつしか通れない小道での相手となれば楽勝だ。槍で遠くから突き続けることで、安全に全てを処理しきれる。

 腹の内では激昂してても頭は冷静にあれ。

 小キノコを両断した炎剣を手に持ったまま、俺は激情のまま熱い息を吐く。

 大分殺したが、腹の内は収まっていない。むしろ轟々と燃え盛っていた。

「クソどもが。よくもまぁ同胞の死体でここまで増えてくれたもんだなッ」

 残りはファンガスだけだ。ずぶずぶと沼地に革鎧のまま入っていく。

 すぐさま鎧の隙間から毒沼の水が染みこみ、皮膚から俺を毒に染め上げていくが、懐より取り出した解毒薬をボリボリを噛み砕きながらずんずんと進んでいく。

 同胞の死体でできた沼地は体に絡みつき、俺の動きを鈍くさせるが、それでも筋肉で全てを押し通る。

 もはやファンガスの周囲に活発に動くキノコどもはいなかった。

 そしてファンガスは眷属の全てを殺されても関係ないとばかりにその場に留まっている。

「このでかぶつめ。ぶくぶくと太りやがって!」

 否、ファンガスは死体の苗床から動けないのだ。巨体がすぎて歩くようにはできていない怪物。それがファンガスである。

 それでも俺に気づいてはいるのか、ボタボタと体からキノコデーモンのなりそこないを沼地に落とし続ける。

 それらはずるずると俺に向かって沼を這いずってくるも、動きがとろすぎて俺に触れる前に炎剣の餌食となる。

「糞がッ!! 死ねぃ!!」

 そして、ようやくファンガスにたどり着いた俺はファンガスの胴体に炎剣を突き込む。

 幹のような巨大な胴体が炎に焼かれ、ファンガスにある人面のような空洞から苦鳴のような音が漏れた。

 流石に殺されるのは我慢ならないのか、巨大な腕が俺の位置へと振り下ろされる。結界のナイトシールドを振り上げそれを正面から受け止めた。

 身体ごと潰されるような衝撃が俺の全身に振りかかるが、それよりも俺の腹の内の方が燃え盛っている。

「この糞がッ! 糞がッ! 死ね! 死ねぇ!!」

 盾で敵の攻撃を受け止めながら、解毒の丸薬を噛み砕き、ガツンガツンと剣を叩きつける。

 巨大なファンガスも俺に何度も腕を振り下ろす。すっとろい動きだが、流石にこの沼地だ。俺は足が取られている為に避けることがそもそもできない。無防備に受けるより、最初から覚悟して受け止めた方が生存率が高い。

 後は文字通り泥試合だ。

 しかし俺の怒りが全てに優っていた。

 おらぁッこの野郎と、オーラを限界まで込めた剣を叩きつける内に相手の動きも弱っていく。

 しかし相手はデーモンだ。体の半分を切り刻まれ、燃やされながらも俺へと腕を振り下ろし続ける。

「ふんッ!!」

 それでも一撃一撃が浄化の炎と辺境人のオーラの二段構えだ。あれだけ喰らえば相当に弱るのか、最後には俺が盾を大きく押し返せばずるりと腕を沼へと落とす。

 そこに突き込んだ炎剣が止めとなった。

 轟、と燃えながら巨大なキノコの怪物が絶命する。

「はッ、糞めッ」

 このような醜悪な化物には武人の礼も必要がない。血反吐の混じった唾を消えていくファンガスに吐きかけると、俺はふんと懐より取り出した解毒薬を噛み砕くのだった。


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