ダベンポート セントラルパーク村

007


「うぉ、空気うま!!」

 猫に1000ギュリシアを払い地上に帰還した俺が地上でまずしたことと言えば、地上の新鮮な空気を肺いっぱいに吸うことだった。

「つか、眩しいし。ははッ」

 瘴気のない地上の空気。太陽の光に照らされた世界。どうしてかおかしい気分になって腹を押さえる。

 汚れるのも構わず地面に横になる。

 やはり地上は最高だ。

(こうしてると夢でも見てたのかと思っちまうが、それはあり得ない)

 猫から買った新しい麻のシャツ。腰で揺れる強欲の大袋。微かに俺の身体に染み付いた瘴気。

 地面に横になったままオーラを練って、微かにまとわりついていた瘴気を消し飛ばす。

「まずは何すっかな」

 思い立って家の裏に回り、畑を見る。そこにあるのは荒れ果てた畑だ。生っていた野菜は全て枯れ落ちていた。

「……まぁそうなるか?」

 一週間少しとはいえ、なんか腐り方がすごいというかホント臭いなこれ。

「先にこれ処理しちまうか」

 家の脇に立てかけてた鍬を手にとって目を丸くする。蜘蛛の巣張ってるし。

「人の手が入らないとこんなもんなのか?」

 武者修行から帰ったときはまだ爺がいた。家を空ける経験なんてろくにないが、こんなものだったかなと首を傾げる。

「まぁいい、早く処理しちまおう」

 鍬を手に畑に向かい、野菜を全部潰して土と混ぜてしまう。こんな臭いぷんぷんさせてるようじゃ、食えたもんじゃねぇからな。

「……とりあえず店でも行ってみるか。なんか食うもん買わねぇと」

 野菜が生き残ってりゃそれでも食おうと思ってたんだがこの有り様じゃなぁ。

 鍬を畑に投げると俺は伸びをして、この村唯一の店へと向かう。

「お? あ? んんん?」

 相変わらずしけた村だな。歩きつつ、農作業してる連中をポツポツと見る。手を振ればそいつらはなぜか俺を指さして駆け出してしまう。

「余所者みたいなもんだけどよぉ、そこまで俺嫌われてたっけかな。服とかなんか変か?」

 別にそんなことないと思うんだが、糞猫さんから買った服が原因かとちらちら後ろ前を確認してしまう。

「はい、到着。と、おーい。やってるかー?」

 たどり着いたのは店だ。店名なんてしゃれたものはない。このセントラルパーク村は辺境の一農村でしかないのだ。流行る流行らない以前にここしか利用する店はないので必然的にみなここで買い物をすることになる。だからこの店も看板をつけるとかそういう営業努力すらしていない。

 たまーに行商人が来るがそれもほんとうにたまーになのだから。必然的に村人はここを利用することになる。

 扉は開いているからやっているとは思うが、一応扉を拳でガンガン叩き、声を上げながら中に入った。

「うわ……。ええ、どういう神経してんのアンタ」

「開口一番酷いなお前。一応、幼馴染なんだが俺は」

 店内にいた女が俺に向かって嫌な顔をした。って、ほんと酷い顔だな。

「つか俺、今日は客として来てるんだけどさ」

 猫に地上でも使えるようにと売ってもらった小粒な黄金を取り出す俺。

「とりあえずこれ、銅貨に替えてくれ」

「いや、無理。っていうか無理。帰って無理」

 こいつはマーサヌース。幼馴染だが既婚者だ。辺境じゃ俺ぐらいの歳の女はみんな結婚している。別に恋仲だったわけでもない女だから残念でもない。

 いつもは快活な笑みを浮かべているその女は俺に対して渋い顔で言って金の買い取りを拒否してきた。

 おいおい、どういうことだよ。好かれてる自覚はないが嫌われてもなかったはずだが。

「あ? いや、金粒程度の銅貨、お前持ってるだろ」

「じゃなくて、アンタ。よく顔出せるわね。この犯罪者」

「は? 犯罪者?」

「そーよ。税金払わずに三ヶ月も行方くらませて、何考えてんの?」

「……えええええええええええええええ!!!!」

 いやいやいやいや、三ヶ月? 俺、一週間程度しか遺跡にいなかったんだぜ? おいおい、いや、っていうか俺犯罪者扱いかよ。ああ、うん。犯罪者だけどさ。税金払わなかったらそうなるけどさ。いやいやいや払う気はあったからね俺。

「……え? マジで? マジで三ヶ月?」

「そーよ。なにが男は国に尽くすもんさ、よ。金がなくなったら逃げ出してさ。もうほとぼり冷めたとか思ったわけ? せめて1年は逃げなさいよ。そしてうちに来ないで帰ってホント」

「ああ、いや。うん、ああ、あれはそういうわけか」

 途中の村人のアレは犯罪者見る視線か。つか、どーすんだよ。

(逃げよっかな。山賊は……まずいな。辺境で山賊なんかやったら殺されかねん)

 その辺の農夫のおっさんが従軍経験者かつデーモン殺しなんて例が山ほどあるのだ。ハルバード持ちだったら確実に殺される。

(逃げるなら王国側だな。あっちから隣国に出れば軍1つ来ても対応できる)

 武者修行と称していろんな地方を俺は歩いたことがある(文字は読めないが言葉が通じればだいたいいけるのだ)。そこで荒事も経験したが、辺境以外の地域の国の兵士なんぞ、もどき以下だ。騎馬の騎士が来ても俺1人でダース単位で殺戮できる。

(それとも税金払わないで遺跡に戻っちまおうかなぁ)

 呆然としている俺の背後に現れる気配。

「ッ……!?」

 ダン、と床を叩き振り返る。「ッ、ぬ! 気づかれた?!」「おっさんかッ……!」2軒隣の農民であるダニエルさんだ。従軍経験あり、デーモン殺害経験者。ただし俺のことを殺しに来たのではなく捕獲に来たのか、その手に道具はない。

 舐められたもんだ、とは思わない。従軍経験のない一週間前の俺であれば確かにそれで捕まえられたはずだ。気づかれたことに驚いたのも正解である。一週間前の俺ならば全く気づけなかったに違いない。

 だが、俺はもう黒騎士クラスのデーモンを1人で打ち破っている。黒騎士クラス、暗黒軍の位階であれば部隊長クラスか。ゲルデーモンも同じく部隊長ぐらいだろう。俺は悲しくも聖衣がないため正規の徴兵に応じられなかったが、爺に最低限デーモンの位階は教わっている。

 その爺が言っていた。部隊長クラスのデーモンを倒せるようになれば、なんとかこの村の聖衣持ちとも相対できる程度の技量だと。

「らッ…せぃ!!」

「いつのまに腕を上げた! ぬん……!!」

 拳を突き出す。捌かれる。相手も拳を突き出す。捌く。突き。捌き。突き。捌き。隙は作れない。大技は使えない。お互い位置を変えながら腕を振るい続ける。脚は使わない。使えない。このクラス相手に不用意な攻撃を繰り出せば即座にやられるだろう。

「こら! 店内であばれんな! こんのバカども!!」

「すまんな、マーサ嬢ちゃん! キースの野郎、どこ行ってやがったんだ強くなってやがる!」

「今までの俺と思わないで頂こうか!!」

 マーサが叫ぶ。おっさんも叫ぶ。俺たちは位置を変えながら手を次々と合わせ、埒があかないとバックステップ。その際に店内の椅子に腕を引っ掛けおっさんに投げつける。

 豪腕。オーラを纏った腕が一薙ぎで椅子を破壊する。「ああああああ、お気に入りぃいいいいい」マーサの悲鳴が響く。次いでテーブルに手を掛け、おっさんに投げつける。「ええい、小僧! 無駄だ!」応えず俺はおっさんに背を向ける。背後でテーブルが砕ける音とマーサの悲鳴が轟いた。

 扉に向け、駆け出す。ダニエルさんの慌てた声。

「って、まずい。あいつ逃げるつもりだったのか!」

 そうだよ。誰がデーモン殺しと最後まで戦うかよ。

 つか、たとえおっさんを倒せても村にはまだ戦える連中がごろごろいる。マーサの夫だって聖衣持ちだからデーモン殺しなわけだしな。まだ俺の方が弱い。

「だが、畜生! 悔しい! くっそ、修行しなおしだ!!」

 扉を開けるついでに袋に手を突っ込む。遺跡へ転移できるスクロールを取り出しつつ、奇襲を警戒する為に正面に目を向ければ……。

「くそ、マジかよ」

 村の住人が3人そこにはいる。村の幹部であるジョージの爺。ダニエルさんちの隣のマークのおっさん。それと鍛冶屋の息子エディだ。全員がデーモン殺し。戦闘態勢で待ち構えてやがった。

 しかもその中の1人、エディは正規軍のハルバードを持ってやがる。俺と同世代だが、あいつも既婚だったな。前線から帰ってきてたのか。

「悪いなキース。うちの村から犯罪者なんぞ出したら領主様に顔向けができんのでな」

 真ん中で拳を構えたジョージの爺がやれいとエディとマークのおっさんに指示を出す。偉そうに指図しているように見えるが、あれは俺がどんな動きをしようとも対応できるように構えてやがるだけだ。糞。

 こりゃもうどうにもならんとスクロールを引き裂こうとした瞬間。

「待て! 待て待て待て! 赤鬼の税金は私が払ったと言ったはずだ!!」

 馬に乗って女騎士が乱入してきたのだった。

 そして何やらそいつはジョージの爺と言い争いを始めたが、そのときの俺は背後からダニエルさんに羽交い締めされ、スクロールを破き損ねていた。

 余談だが、マーサに椅子とテーブル代として金を取られた。糞。



「いやぁ、よかったよかった。戻ってきたんだな」

 俺は村長の家の一室でその女と対面していた。持ち物は没収されていない。全てこの女騎士が村の面々に言い聞かせてのことだった。俺が捕まってからは抵抗しなかったことによる。いやあの捕物だってダニエルさんが背後から来なかったら起こらなかったわけだけどな。攻撃を受けると反射的に戦ってしまう辺境の男の血が憎い。

 金髪碧眼で美人さんな女騎士はうむうむと頷いていた。

「あー、その、税金払ってくれたとか、どうも、ありがとうごぜーます」

 まずはぺこりと頭を下げた。これが私が払ってやるよと大仰に構えられたら反発もしただろうが、村人を抑えてくれたのはこの女で、ついでに既に俺が犯罪者になる前にこの女によって滞納した税金は払われていた。

 つかそうか、畑と家と鍬が残ってたのはその御蔭か。俺が犯罪者になってたら村長辺りが没収していてもおかしくなかった。

「んで、その、これで足りますかね」

 純金の粒が入った袋を騎士に差し出す俺。女騎士は受け取ると、中を見て粒をいくつか取り出して純度を確認すると「ではこれだけ」といくつか手にとって鎧の隠しから取り出した財布に入れていた。

「あのー」

「うん? 何か?」

「なんで助けてくれたんですかね」

 この女騎士、すごい立派で豪華な騎士鎧を着ている。王国でもかなり高位の聖騎士に見える。爵位も恐らくは持ってるだろうと思われた。

 そんな人物に助けられる覚えが俺にはない。不気味だ。不気味過ぎる。なんだこいつ。怖い。

「ああ、いや、私は辺境の視察でここに訪れたんだがね。ダベンポートの赤鬼が税の滞納で犯罪者落ちすると聞いてそれはまずいと思ってな」

「……はぁ? ダベンポートの赤鬼って誰ですか?」

「ん? いや、君のことだよ。ダベンポートのキース。諸国を渡っていた時にダベンポートのキースと名乗っていただろう? ジニアス200人殺しやマルコム峠の決闘などそれなりに有名だと思ったが、違うのかな?」

「ああ、いや、俺です。そっか赤鬼とか呼ばれてるのか俺」

「ありていにいって君は殺しすぎだがな」

「襲ってきたから反撃しただけで、その殺しちまったのは相手が柔すぎただけで。うーむ」

 やり過ぎるのはデーモンばっかり相手にしていた辺境人の気質だ。辺境人の戦闘の基本は、叩いて叩いて動かなくなるまで叩け、である。

 つか辺境じゃ俺って雑魚なわけだが。それに諸国遍歴したと言っても数年程度で、そこでだって俺より弱い奴としか戦えなかった。ぶっちゃけ辺境の森にでも行って野生のデーモンでも狩ってた方が為になったと思う。思うが、それがこうやってここで俺の助けになるとはなんとも因果な話だ。

「で、そんな赤鬼が辺境で犯罪者落ちしたら王国側に流れかねないと思ってね。君に山賊行為を働かれるとすごくまずい。他の村人と違って、それなりに名の通ってる君を頭に山賊が集団化しかねないからね」

「……流石にもう少し信用して頂きたい……とはいえないか、3ヶ月行方くらませたわけだもんな」

「なんであれ戻ってきてくれて助かったよ。で、どこにいたんだい? 金策していたみたいだが」

「ああ、デーモンの出る遺跡でデーモン狩ってました。一週間程度だと思ったんだけどな。3ヶ月も経ってたのか……」

「んん? 少し詳しく」

 俺はあそこで遊ぼうと思っているのであまり知られたくないのだが、この人はなんだかんだで恩人である。正直に納屋にそれがあることを告げる。しかし敬語って使いづらいな。なんかさっきから口調がすごく変になってるような気がする。

「あの大穴が遺跡の入り口だったのか」

「ああ、穴は見たんですか」

 うん、と騎士は頷く。

「一応君がどこかにいないか探したりもしたわけだ。見つからなかったけれどね」

「戻ってくるつもりだったんだってホント」

「そうだな。戻ってきたな」

 黙りこむ俺たち。騎士はああ、と今更ながらに言う。

「話しにくいならタメ口でも構わないぞ」

「ん、どうも。じゃあ、よろしく。ダベンポートのキースだ」

 手を差し出すと騎士も手を出しだしてきた。しかし気安いなこの女。

「聖王国聖騎士第七位、花の騎士リリー=ホワイトテラー=テキサスだ。よろしく頼む」

 ……篭手越しににぎにぎと握り合う俺たち。

「じゃあ、もういいかな? 俺はさっきの店戻るわ。食い物仕入れてこないと今晩食うものがないからな」

「ああ、いや待ってくれ。食事が必要なら村長に用意させる。それより君の話を聞きたいんだが」

 顔が引きつる俺。この騎士に付き合うのはやぶさかではないが、村長に飯を用意させるとか気まずい以上に精神がやばい。

 元々行商人の息子で、純粋にこの村の人間じゃない俺はそれなりに村では好かれていない。あの幼馴染の対応が良い例だ。そんな俺が村長の家で飯を食うとか、ほんとやだな。肩身が狭すぎる。

 それと話か。何の話だろうか。

「話ってのは遺跡の話か?」

「ああ、遺跡の話だ。この金は遺跡で見つけたのか? 随分と良いものだが」

 俺が渡した小粒の金をじろじろと見ているリリー。

 俺としては恩人の言うことだ。割となんでも聞ける。

「金が欲しいのか? それだったら俺がデーモンを皆殺しにした後にいくらでも探索していいぞ」

 そして俺にとって金は目的じゃない。あくまで装備や道具を調えるために必要なだけだ。あと税金。

 だからリリーが遺跡を探索したいというなら案内してやってもいい。

「ん、いや、そうじゃない。この金、遺跡で手に入ったのか?」

「ん? どういう意味だ?」

「デーモンが落としたり、遺跡に元々あったものなのか?」

 言い回しが奇妙だった。妙に出処にこだわっている。

 首を傾げていると、リリーはああもう、つまりは、と前置きして俺に問うた。

「もしかしてから手に入れたんじゃないか?」

「ああ、糞猫さんか。おう、そいつから買ったんだ」

「糞猫さんって……いや、いい。そうか、ダンジョン猫・・・・・・がいるのか!!」

 うん? リリーの目的は糞猫さんのようであった。何やら目を輝かせている。

「ぜひとも私を遺跡に連れて行ってほしい。この通りだ」

 がっしと手を掴まれてお願いされる。いやほんと俺も命の恩人な彼女に手を貸したいのはやまやまなんだが。

「すぐは無理だな。俺がデーモンを皆殺しにした後ならいいんだが」

 すっごい悲愴な顔されても、その、だってさ。

「あの穴を自力で降りられないと……。デーモン殺したあとなら縄梯子をおろせると思うんだが、今下ろすと登ってきかねないし」

 そして糞猫さん曰く、スクロールは俺専用だ。俺が使うことであの場所にいけるが、俺以外だと発動しないか別の地点に飛ぶらしい。転移のスクロールは個人個人で登録した転移地点に飛べるだけなのだ。

 そのことを説明しようとすれば騎士はああ、とほっとした顔をする。

「それなら大丈夫だ。私は梯子を使わずとも穴を降りられる。よし、さっそく行こう。そら行こうさぁ行こう」

「お、おぉ。それならいいが……。本当に大丈夫なのか?」

 大陸のやわな騎士にあれを降りられるとは思えないが、何か手段があるのだろうか。

 リリーはそんな俺の心配そうな視線など気にもせず、さぁ行こうとがしりと俺の肩をつかむのであった。

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