008

 ※歴史説明回

 ※大陸の文化レベルはだいたい中世。銃も少しは普及している。



 30年前まで辺境は大陸と隔絶されていた。

 それは比喩や何かではなく実際に暗黒神の眷属たる障壁神によって作られた神域障壁によって辺境は他の地域と遮断されていたのだ。

 4000年の長きに渡って、である。


 4000年前、聖王国コールドQの前身である神聖帝国チルド9に所属する一地域でしかなかった辺境郡ダベンポートは暗黒神の企みによって他の地域より隔絶された。

 当時ゼウレ信仰の厚かった辺境郡を滅ぼすことで人類勢力の力を削ごうとしたのだと言われている。

 実際、辺境郡はそれほど人口の多い地域ではなかった。どうやっても辺境に取り残された人々は生き残ることはできないとされ、生存は絶望視されていた。

 しかし、辺境の人間は強かった。

 攻め込んだデーモンに対して一歩も引かなかった。

 人口が少なくとも絶望しなかった。逆にそれぞれが極限にまで身体を鍛え、筋肉を育み、武技に修練し、あらゆる武具に精通し、数多の英雄を輩出し、神々への信仰を厚くし、攻めこんできたデーモンを打ち滅ぼした。

 そして現在より30年前、暗黒大陸に逆侵攻を行った辺境軍に所属する1人の男がついに障壁神を拳によって打ち殺した。

 拳聖ミュージアム・D《ダベンポート》・ドラゴン。

 今なお辺境軍に所属する神を殺した人間である。

 この男によって、辺境と大陸は再び交流を取り戻した。

 だが4000年という時は大陸に様々な変化を齎していた。

 文明は進歩し、文化は熟し、科学によって自然現象の多くが解き明かされ、政治形態が変容したり退化したりまた進化したり、宗教が変わったり(善神のほとんどが忘れ去られている)、竜は絶滅し(辺境郡にはまだいる)、巨人は去り(辺境郡にはまだいる)、ドワーフエルフなどの亜人種は人類によって絶滅に追い込まれ(辺境郡にはまだいる)、世界樹が枯れ(辺境郡にはまだ生えてる)、精霊が人間を見限り(辺境郡にはまだいる)、神々の恩恵が多くの人々から消え(辺境郡にはまだある)、魔法が衰退し(辺境郡ではまだある)、人類の技術は発展し、人口は増えたが、個々の能力は弱体化した。

 辺境郡を覆う障壁が開放された時、大陸でも有数の国家であったコールドQは軍勢を辺境に送った。

 開放された人のいない地域を征服し、土地資源を手に入れようという腹であった。

 槍と馬とクロスボウで武装した彼らを辺境の人々は歓迎した。辺境人は未だにコールドQの前身であるチルド9の民であるという認識があったからだ(そこにはデーモンと戦う上で必要なとある理由があるのだがここでは省略する)。

 そこで悲劇が起きた。

 辺境の子供を攻め込んだ騎士の1人が傷つけたのだ。いや、正確に言おう。彼らは初めて見つけた村で略奪を行おうとしたのだ(言葉も通じなかった)。

 従卒含め、2000の騎士がたかだか人口数百人程度の村に襲いかかったのだ。

 騎士たちの常識では結末は決まりきっていた。文化レベルの違う土人を鉄で武装した己らが占領して終わり、それだけである。

 だが結末は逆だった。

 村には戦士が20名いた。デーモンと日々殺し合っている辺境の戦士である。鉄を薄紙のごとく素手で引き裂ける達人が20名だ。

 子供を傷つけられ、キレた辺境民によって虐殺が発生した。

 辺境に武力侵攻した2000名の騎士は、20名の辺境人に散々に追い立てられ、100名も大陸の地を踏むことが出来なかった。

 この時、辺境側の死者は0であった。鉄の槍を皮膚で弾き、クロスボウの矢を素手で叩き落とす人間相手に能力の弱体化した騎士では太刀打ちできなかったのだ。

 王国に逃げ帰った騎士100名は王に正直に告白した。このとき辺境の軍勢に奇襲を受けたなどと嘘の報告をしようとした人間がいたが騎士によるリンチによって殺されている。再侵攻などしたらまたあの鬼どもと戦うことになるからである。欲に塗れた彼らであったが現実逃避だけはしなかった。

 喧々諤々の議論がコールドQで行われ、あらためて交流が持たれることになった。今度は平和な使節が交わされ、お互いに言葉を学び合い、お互いを尊重した交流が行われた。(その間に他国の人間も辺境に訪れている。辺境人は彼らを快く歓迎し、好意には好意を返し、悪意には悪意を素直に返した)

 そしてコールドQの歴史を知った辺境郡は改めてコールドQに帰属し、30年の時が流れ、今に至るわけである。

 もちろん平和的と言えない時期もあった。(代官による暴政と辺境人の反乱や大陸に取り残されていた暗黒神配下のデーモン【7大魔王】の討滅など)だが時の流れとは偉大なもので大陸の人々は概ね辺境人を学んでいた。

 4000年延々ずっと暗黒神と殺しあっていた頭のおかしい連中がいるぞ、と。

 神官すら神の奇跡を忘れかけている大陸において、現実に神殺しが存在する辺境郡は神秘の塊であった。



「ここがダンジョンへの入り口か……」

 花の騎士リリー=ホワイトテラー=テキサス。聖王国騎士序列七位の女はじっとその穴を見ている。

「底の見えない深い穴だ。地獄に通じていると言われても信じるよ。しかし、よくここに降りる気になったものだな」

「降りたというか落ちたというか。とりあえずここは補修しておきたいんだが」

「そうだな。そうした方がいいだろう。うっかり子供が落ちたりすると大変だ」

「そういう手間もあるから、俺もすぐに遺跡に行けるってわけじゃないんだよ」

 それに、と袋の中の神官服を頭に思い描く。

 村にいる司祭の爺に渡しておくべきだろう。デーモンと化してしまったあの神官のためにもそうすべきだと思った。しかるべき場所に供養して欲しいと思う。

(メイスはデーモン退治に必要だから借りておくが、せめて服だけでもな)

 それに、とこの騎士がこの下に行くに当たって問題があることも思い出す。

「リリーもすぐ下に行くんじゃなくてすぐには戻れないことを誰かに伝えておいた方がいいんじゃないか? さっきも伝えたが俺は一週間地下に潜ってたつもりだったが地上に上がったら三ヶ月経っていた。リリーがどの程度偉いのか知らねぇが、結構な時間行方がわからなくなったら大変だろう」

 辺境で高位の騎士が失踪したと知ったら現王の胃痛は計り知れないものになるだろう。

「そもそもなんでリリーはダベンポートに来てるんだ? 高位の騎士の仕事ってわけでもないだろう?」

「いろいろと私にも事情があってな。私自身が志願したんだ。しかし言われてみればそうだな。ダンジョン猫がいると知って浮かれていたようだ。デーモンが出るなら装備なども必要だろうしな」

 王国騎士がデーモンと戦うなら、ダベンポートにあるゼウレ神殿の聖水は必須だ。10000人の騎士が所属する王国騎士の上位10名は突然変異的な強さを持ち、辺境の人間1人分の戦闘力を持つとされるが、聖衣や神聖武器の加護もなくデーモンと戦えるわけもない。

 聖言の刻まれた立派な鎧に身を包んでいるリリーだが、そういった備えをしているようには見えなかった。

「ふむ、では三日後またここに来る。ついでに君の税の問題もどうにかしてこよう」

「俺の税?」

「ああ、赤鬼殿もまだ探索を行うんだろう。その度にああいったことが起きたら大変じゃないか。代官に私から言って免除しておくように言い含めておこう。ついでにここに兵を配置するようにな」

「兵を、配置……」

「キースからここを取り上げようというつもりではない。ただデーモンの出るダンジョンがあるんだ。監視は必要だろう」

 正論である。そして税が免除されるなら不都合というわけではなかった。

 そもそも時間の問題がある以上、他の村人が潜りたがるとも思えないのだ。ここは。

 良くも悪くも地縁を大事にする村人たちである。デーモンを殺しにダンジョンに潜ったら1年経っていたなど許容できるものではないだろう。今すぐ村が滅びる、などという問題があるのならともかくこのダンジョンが猫が言うには4000年近くそのままであったらしいのだし。

 それでいいと俺が頷くとリリーはほっとした顔をしてではと俺に手を差し出した。

「急いで用事を済ませてくる。三日後にまた会おう」

 そうして、彼女は馬に乗り、去っていくのだった。



 ※大陸文明の変遷 辺境と隔絶する>>大陸をチルド9が統一する>>異教や亜人を弾圧したり焚書などを行う>>反乱祭り。竜や亜神や巨人が争い合う>>幻想のほとんどが大陸から去る>>人類の数が一時減少し、乱世が起こる>>統一をしようとしたり独立をしようとしたりあちこちで国が興ったり滅んだりする。>>国々が戦争に疲れててとりあえず現状維持←今ココ

 ※辺境の時代変遷 大陸と隔絶する>>デーモンを殺しながらみんなで身体を鍛える>>暗黒神の眷属の神を討ち滅ぼす>>大陸と交流が戻る←今ココ

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