006
「これはチェスの駒にゃね」
猫がポーンとビショップの駒をちらと眺めて俺に言う。
「で、これがどうしたのにゃ?」
「デーモンが落とした。なんなんだこれは?」
猫はぺしぺしと駒を叩き、尻尾をふりふりと振ると一言。
「知らにゃいにゃ」
ぺしんと、デコピンをかます。油断していたのか猫にヒット。にゃにゃにゃんと額をおさえて転げまわる猫。
「にゃ、にゃにをするんだにゃ! 酷いにゃ! 悪人にゃ!!」
「知らんとはなんだ知らんとは。デーモンが落としたんだぞ。何かあるだろ普通は」
「デーモンが持ってた道具なんかいちいち知らにゃいにゃ! 聖言も刻まれてにゃいし、瘴気もにゃいし、魔力も感じにゃいし、ただの駒にしか見えにゃいにゃ!!」
「じゃあ、これは捨てていいのか!!」
……俺がじっと猫を見下ろすとぴょいと視線を逸らす猫。
「たぶんとっといた方がいいんじゃにゃいかにゃぁ。たぶん」
「なんだその言い草は」
どしんと地面に座り、先ほど買っておいたパンと肉を食う俺。猫はぺしぺしと駒を叩きながら説明してくる。
「デーモンが持ってたってことはこれ、たぶんどっかで使い道があるにゃ」
「どっかって?」
さー? と首を傾げる猫。俺がジト目で見ていることに気付いたのか。にゃにゃにゃと手を振りながらさらに言葉を付け足す。
「駒を全部集めるとか、どっかのギミックで使うとかそういうのにゃ! 強いデーモンが落としたってことは意味があるはずにゃ! ダンジョンってのはそういう性質を持ってるにゃ!!」
「そういう性質ってなんだ? 糞猫さん、曖昧な言い方をするなよ」
「糞猫ってやめるにゃ! ミーにはちゃんとミー=ア=キャットって名前があるにゃ!」
はいはい、いいから説明しろと言うとぷりぷり怒って尻尾をぺしぺしする猫。
「分かった分かったから、ミーさん、説明よろしくおねがいしますよ」
ぺこぺこ猫に謝罪しながら先を促していく。チラチラこちらを見てくる猫に頼むよ~頼むよ~と両手を合わせて下からお願いするとヒゲをひくひくさせて猫がしょうがにゃいにゃぁと話し始めた。ちょろい。
「ダンジョンには侵入者を下へ下へ誘導する性質があるにゃ」
へぇ、とよくわからなかったので気のない返事をすると不機嫌そうな顔をしたので、なるほどなるほどそれで、と頷きながら先を促す。
にゃにゃと気をよくする猫。めんどくさいなこいつ。
「だからボスとか強敵が鍵とかを持ってることがあるにゃ。そのチェスの駒はその為のものだと思うにゃ。全部集めた方がいいにゃ」
「……なんで誘導すんの? 鍵とか与えずに閉めたままにしとけばいいじゃねぇか」
思った疑問を口にすると猫は、それがダンジョンマスター、つまりこのダンジョンの主の心のあり方だからという。
「ギミック型のあるダンジョンのダンジョンマスターは、ダンジョンを攻略する過程で攻略者に己を理解して欲しいと無意識にでも意識的にでも考えてるにゃ。だから絶対に解けないギミックは用意しにゃいにゃ。奥に通したくないにゃら戦闘に特化したモンスター揃えて入り口で殺してるにゃ」
まぁそういうダンジョンはないんだけどにゃと猫は言う。
ゲルや騎士を倒した時に見た映像はそういうことなのかとふと思う。猫に言ってみる。
「それもダンジョンマスター。たぶん破壊神が見せて……? あれ? 破壊神にゃよね。なんで人間の記憶にゃんて出てくるにゃか?」
「知らねぇよ。お前がこの奥に破壊神がどうとか言ったんじゃねぇか」
「……なんでボスが破壊神でギミック型のダンジョンにゃのかな?」
「知らねぇよ。お前やっぱ糞猫さんだわ」
つんつんと猫の頭をつつくとにゃんにゃん言いながら慌てて俺から離れていく猫。頼りにならんなぁ。
ああ、とふと思い出したことをついでに聞いてみる。
「ダンジョンの途中で休みたい時に使えるアイテムってないか?」
「ないにゃ」
即答され、使えねぇという視線を送ると猫がにゃんにゃん騒ぎ出す。
「仕方ニャイのにゃ! 普通のダンジョンは自然と安全地帯ってのができるにゃけど。ここは神の封じられた最高難易度のダンジョンにゃよ。そんにゃ都合の良い場所作れにゃいにゃ」
ぺしぺしと地面を猫パンチしながらいう猫にああ、そうなのと俺はパンと肉をむしゃむしゃ食べながらワインでガッと流す。
「ちッ、めんどくせぇな。これから最下層まで休みなしか……。体力保つかな……」
オーラだって有限だ。金溜めてソーマ買い込むとかそういうことが必要か? そんな考えを口に出してみると。
「ソーマは品数一応あるにゃ。一個しか今在庫ないにゃ。昔はいっぱいあったけど、なんかにゃくにゃってたにゃ。他のダンジョンで買われたにゃね。途中で制限かかったっぽいからうちのぶんが一個
なんて言われる。ぽりぽりと頭を掻いて、ごくごくとワインを飲んで俺は猫に怒鳴った。
「なんでだよ! どーすんだよ! 休むための安全地帯もない。ソーマも有限。どうやって下に行くんだよ!」
デーモンを全滅させて一時的に安全地帯を作ることはできる。しかしそこで睡眠を取れと言われたらそれは無理だ。どうやってもちゃんとした睡眠は取れない。そもそも瘴気渦巻く遺跡内で休んでも体力は回復しにくい。
奥に行けば行くほどデーモンは強くなるだろう。瘴気も濃くなり、体力を維持することも難しいはずだ。
「みゃ、みゃあみゃあ、とりあえずソーマとはいかにゃいけど体力を回復する薬とか、ちょっとだけ瘴気を散らす聖水とかはあるにゃよ」
「……ちッ、やっぱ体力勝負だな。今回は一度地上に戻るが、戻ってきたらその道具には世話になる」
ぺこりと頭を下げる。猫とはいえ、神の眷属で、これから世話になるのだ。頭を下げることに否はない。
特に聖水は必要だろう。あのゲルデーモンのような強力な敵相手には必須と言ってもいい。聖なるメイスは手に入ったが、壊れた時の保険が欲しかった。
「というか、また来るにゃか?」
「来るよ。デーモンがいるんだろ? 殺さないとな」
「ろくな装備もないにょにキチガイにゃ……」
「うるせぇな。辺境人はデーモンいたら殺すって決まってるんだよ」
メシ食ったので聖印を手に目を瞑って食後の祈りを捧げる。習慣的なものなのであまり意味は無いが、やらないとむずむずして気持ち悪くなるのだ。
「あ――」
「あ?」
祈ってたら猫が何やら言いかけたので薄目を開けて猫を見る。にゃにゃにゃと焦ったように見える。
「なんだよ。祈ってるんだから何か用なら後にしてくれ」
「しょにょ……怒らにゃい?」
「……怒るかな」
やっぱ言わにゃぃいいいいと叫んで屋根に登ってしまった猫を呆れながら見て、とりあえず俺は祈りを最後までするのだった。
「えー、っと、その、安全地帯作れるにゃ……」
おいっちにーおいっちにーと準備運動をする。以前の俺とはちょっと違う。100%力を発揮できるし、デーモンとの戦いによって身体能力も向上している。猫ぐらい楽勝に捕らえられる。
割と本気の俺を見て猫は慌てたのか、てててと屋根から降りてきて俺の目の前で前足をぱっと開いた。
「にゃーにゃーにゃー! にゃーにゃー! にゃー! にゃー! にゃー! にゃー!」
「何がしたいんだお前は」
首筋を掴むとにゃーと力なく猫。
「いや、あの、猫の振りしたら許してくれるかにゃって」
このまま腕をぐるんぐるん回したくなる衝動を堪える俺。話が進まない。これから明日に備えて休む予定なのだ。
「許してやるから、いいから言え。あまり疲れさせるなよ」
「その聖印でできるにゃ。というか地下開いたにゃらここも聖域作っとかにゃいと結構やばいにゃ」
「まずいのか?」
吊るした猫を顔の前でぶらぶらさせる。メスか。こいつは。猫はうむうむと頷き。
「地下の瘴気がちょっと漏れてるにゃ。遺跡一階のもどきもちょっと強くなる程度に漏れてるにゃ。これから下に行くにつれもっともっと瘴気は強くなっていくにゃ。聖域作らないとキースもここで休めにゃくにゃるにゃ」
「で、どうするんだよ」
ぺしぺしと猫が尻尾で俺の手を叩く。
「その聖印をもっと取ってくるにゃ。というか全部回収してきた方がいいにゃ。それあると便利にゃ」
「オーケイ。とってくりゃいいわけだな」
猫を地面に下ろすと、俺は神殿へ戻っていった。
「確かに瘴気が濃くなってたな。少し息苦しいぐらいだった」
「もうちょっと循環すれば落ち着くとおもうにゃ。でも開いたばっかりだからいっぱい出てるにゃね」
なんて言う猫だが、肩に担いだ長櫃を呆れたように見ていた。
「聖印持ってくるにゃら袋使えばよかったにゃ。重さもにゃくにゃるし」
「それじゃ俺が死んだり、袋を失った時に聖印全部消えちまうだろ。大事ならここに置いときゃいい。とりあえず使う分だけもってけばいいだろう」
「それもそうにゃね。で、えーっと、キースは指示通りに動くにゃ。ミーもここ使うからここの聖域はミーがやってやるにゃ」
ポンポンと聖水と棒を取り出した猫。棒を渡され、指示通りに地面にそこそこでかい円を描く俺。
「そしたら聖水流してくにゃ。で、円の内側に五芒星描くにゃ、五芒星がわからにゃい? しょうがにゃいにゃ。教えてやるから覚えるにゃ――」
で、いろいろとやって聖水だのなんだのを流した後に、その円の中に聖印をぺしと置く。
「完成。そしたら【聖域】発動にゃ」
ポンと猫が手のひらで円を叩くとふわっと円の内側から瘴気が一掃された。
俺が棒で書いた線を固定化し、簡単に崩せないようにした猫に入っていいと言われ、中に入ってみれば確かにここなら安全に眠れそうだった。この聖なる気配ならもどきだって入ってこれないだろう。
「だが、これを俺は覚えられる気がしないというか、そもそも俺は【聖域】を使えるほどの徳がねぇんだが」
猫に指示されきりだったが、手順がなかなかに高度化されていたことはわかる。魔法陣の計算も難しそうだし、俺にはきつそうだった。これを覚えなきゃならんのだろうか。
「と、言うと思ったからスクロール売ってやるにゃ。100ギュリシアでいいにゃ」
「随分安いな」
「だってその聖印がにゃいと全く使えニャイ神術にゃもの」
言われ、地面に置いた聖印を見る。聖印は五芒星の各頂点と円の中心に置かれており、聖なる力はそれらから
「善神最高神殿で作られ、数多の原初信仰を受け続けた総聖銀製聖印。これはミーも在庫が1つもないにゃ」
売れば高いのだろう。そして聖印は長櫃の中にはまだいっぱいあった。だが、あの神官のおっさんの最期を思えば売ろうとは思えなかった。
それにこれから地下に潜るなら聖印は大量に必要になるだろう。
猫は聖域のスクロールを尻尾でぺしぺしと叩くと使い方を説明してくる。
「なるべく扉の閉まる小部屋。なかったら出入口の限定された狭い空間で使うといいにゃ。ここは瘴気が薄いし、ミーが直接やったからできたけど、ダンジョンの中に入ったらそういう部屋じゃにゃいとすぐ掻き消されて安全地帯じゃにゃくにゃるにゃ。あとにゃるべくデーモンがいない場所でやるにゃ」
使い方は使いたい場所の中心にスクロールを置き、その上に聖印を置き、【聖域】と唱えればいいらしい。そうすればその部屋に聖域の神術が発動し、休めるようになるのだとか。
「にゃるべく聖言とか刻んでおくと長持ちするにゃよ。あとで教えるから覚えておくにゃ」
にゃんにゃんと言いながら猫は聖域の中でごろごろし始める。
「南京錠あるか?」
「あるにゃ。10ギュリシアにゃ」
ほらよ、と銅貨を払い南京錠を貰う。そして俺は聖印をいくつか袋に入れると、ここに持ってきた長櫃に錠をつけた。まぁ保険だ。ここに来た奴には自由に使わせてもいいんだが、全部持ってかれても困る。
「俺が死んだ後にここに人が来たら鍵を売ってやれ」
「わかったにゃ。他に何かあるかにゃ?」
「聖域のスクロール1枚頼む」
「まいどありにゃー」
にゃんにゃん言う猫からスクロールを買い取った俺は「あれ、またダンジョン行くにゃか?」と問いかけてくる猫に背中で手を振り、あの神官が最初にいた部屋へと向かう。
「ま、葬式代代わりにもならんだろうが」
部屋の中心にスクロールと聖印を置き、俺は祈りを捧げる。
「聖域」
部屋にびっしりと刻まれた聖言が小さく光を放つ。流石神官様。血文字だからよく効いてるのか、確かにここから瘴気が一掃される。
「とりあえず時計台がある建物調べる時の保険になるだろう」
ついでに下に向かうときの休憩場所にも。
デーモンとの戦いのときに蹴り飛ばしてしまった机を元に戻す。
そして用の済んだ小屋から出て俺は中庭を見た。
まだ、噴水の位置にある扉は開けていない。下に行くには少しの覚悟が必要だった。せめて税金払ってからじゃないとな……。流石に滞納して死ぬのは国に忠義を尽くしたとは言えん。
「……聖衣が欲しいが、贅沢だなぁ」
そもそも俺は今爺さんの喪中だ。嫁を持てるような状況じゃない。そういう祝い事は喪が明けてからやるべきだろう。
とりあえず今日は休んで明日から金を稼ごう。黒騎士とゲルから得た金貨でだいぶ稼げたが、税金分はどうすっかなぁ、純金でも猫に売ってもらうかなぁ。その分も稼がないとなぁ。
そうして俺は下へも上へも行かず、数日の間強くなったもどきを狩って地上へ戻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます