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「おらぉッ!!」

 扉ごと騎士を蹴り飛ばし、俺はそのまま小屋から飛び出す。

 地面に近い位置に視線を這わし――


 ――いる・・ッ!!


 俺へと向かってくる宝石頭の犬が一頭。

 走りながらも宝石頭は仲間を呼ぶべくその宝石の頭が振動し――踏み込んだ。呼ばれる前に宝石頭を鉄靴で蹴り砕く。

「ひゅッ――!!」

 小屋の前は狭い小路だ。不気味な植物で生け垣が作られている。

 この小さな通路はハルバードを振り回すには向いていない。

 それでも戦うのには支障はない。

 呼吸と踏み込みでオーラを練る。

 俺が奇襲をしたことで態勢を崩していた近衛のデーモンが態勢を立て直していた。

 剣を振り上げた近衛デーモン。

「遅いッ!!」

 その鎧の胴にオーラを込めた掌打を叩き込む。

 剄力がうねりを上げて敵の内部を撹拌させた。瘴気をずたずたに破壊された近衛のデーモン。

 だが、それでも深層のデーモン特有のタフネスで耐えきり、剣を真っ直ぐに振り下ろしてくる。

(……昔の俺なら殺されただろうな……)

 さすがは近衛を模したデーモン。その振りの強さは剛剣といっても過言ではない。

 このレベルのデーモンを相手取れば、並の辺境人では容易く殺されるだろう。

 それでも、だ。

 龍眼を一瞬だけ発動し、振り下ろされる剣の軌道を見極めた俺は、その剣の腹に拳を当てて逸らし、再びその胴体に掌打を打ち込んだ。

『オ……オォ……』

 耐えきれなかったのか、消滅して銀貨を残すデーモン。俺は宝石犬が残した銀貨も拾い、さて、と通路の先を見る。

 先程まで俺がいた小屋から伸びる小道。その先は二手に分かれている。

 片方の道の先は俺が逃げてきた正門へと。

 もう片方は俺が未だ探索していない領域へと通じている。

「未知の領域だが、ダンジョンが攻略されることを望むなら……」

 この先はきっと。

 決めつけるのは早計だが、それでも俺は警戒を緩めず、未知の領域を探索すべく歩き出した。


                ◇◆◇◆◇


 当初、気に食わないと思っていた狡猾な鼠の指輪は拾いものだった。

 敵意を減ずる、というこの指輪は気配を絶つような強い効果はない。

 敵意を持たれにくくなるだけの、弱い指輪だ。

 それでもこのようにただ歩くだけでも敵が寄ってくるデーモンの巣では非常に役に立つ。

(宝石頭の敵の感知方法は生命感知か魔力感知だろうからなッ!!)

 生命感知と魔力感知は視覚を持たないデーモンの基本的な感知方式だ。

 だからこのように悠長に館の外を歩いていれば、館内部の宝石頭どもが大挙して襲ってくるはずなのだが、狡猾な鼠の指輪をつけていると少し話がかわる。

 近距離ではさすがに隠せないが、遠距離や壁などの障害物があれば、そういった生命感知を得意とするデーモンでさえ、俺を無意識のうちに意識の外に置いてしまう。

 結果として俺は、このような領域でもデーモンどもに囲まれずに探索ができている。

「おぉッ! らぁッ!!」

 そんなことを考えながら、俺は近衛のデーモンの剣を+5まで強化してある帝国騎士団正式採用盾で跳ね上げた。

 その腹部に帝国騎士団正式採用直剣を力任せにえぐりこみ、オーラを流し込めば小路を巡回していた近衛の騎士デーモンはそのまま崩れ落ちる。

 デーモンが落とドロップした銀貨を拾う。

 小路の探索に月神の刃は使っていない。

 神秘の出力の強いあれは目立つ。さすがに鼠の指輪をつけていても、バレてしまうだろう。

 だから俺は幻惑の奇跡のみを身に帯び、小路を探索し続けている。

 武具はハルバードと大盾ではなく、直剣と騎士盾だ。

 どちらもオーロラの領域で騎士スケルトンが使っていた装備である。

「ふん、こいつは癖がないな……」

 直剣は帝国騎士が正式に採用していた形式らしく、癖がなさすぎて少し物足りない。

 だが、やはり鋏だのショーテルだのよりずっと楽だ。

 月神に祈り、武具修復の奇跡で剣と盾を癒やしながら俺は腰に下げた集魔の盾を意識した。

「魔力も回復してきてるな……」

 正門でヤった大立ち回りの消耗も回復してきている。体力、魔力ともに強敵と当たっても十分なほどには。

「……そろそろだと思うんだが……」

 呟くも未だエーテル供給の設備は見えない。

 夜気で凍えた白い息を俺は吐いた。立ち止まる。疲れたわけではないが、少し現状を確認したかった。

 だいぶ歩いた。宝石頭の犬を連れた近衛のデーモンや、宝石頭の貴族デーモンの男女ペアを何体も倒した。

(……出現するデーモンが普通すぎる……)

 強いが、強いだけだ。強敵ではない。奴らは慣れればそうでもない。

 それに、狡猾な鼠の指輪の効果がある。

 こいつをつけていれば出会ったデーモンは一瞬だけ動きを止める。俺を敵かどうか迷う・・のだ。

 もちろんそれは一秒もない逡巡。俺が生命を持つ人間である以上、即座に奴らは殺意と共に襲ってくる。

 だが俺にとってそれは万金にも勝る隙だ。その一瞬で距離を詰め、仲間を呼ばれる前に倒すことができていた。

 ……亡霊どものように建物を透過して攻撃してきたり、上空から観測されると指輪の優越も無意味だが、宝石頭相手ならばそれで十分だった。

「む……これは、歌か……」

 耳をすます。

 小路に隣接する夜会の会場から、耳に不快なデーモンの歌声が聞こえてくる。

 歌姫のデーモンでもいるのか。ふと幽閉塔で見かけた奇妙な円盤頭のデーモンを思い出したが、あれとは違う・・歌声だ。

 ただ不快なだけの音のようなもの。少し宝石頭の出す音にも似ているように思えた。

「進むか……」

 不快なだけの音を聞きながら、俺は小路を進んでいく。


                ◇◆◇◆◇


 遠目に目標らしき小屋を見つけた。

(あれだな……戦力も分厚い。小屋の前の道も馬車が通れるくらいには広い。おそらくエーテル設備だろう……)

 小屋の前にはデーモンがいる。近衛の騎士デーモン……いや、あれは正門で見た指揮官型のデーモンか。

正門以外ここにもいるのか……厄介な知恵のあるデーモンが……)

 息を吐いた。それだけじゃない。指揮官型の傍らには宝石頭の貴族デーモンがいる。近衛の騎士デーモンも五体ほど。

(……大型の宝石頭の犬もいるな。それと宝石頭の貴族デーモンは……よかった……正門で見た豪華な奴じゃねぇな……ふぅ……まずは宝石頭を殺す……)

 だが襲いかかる前に少しだけ態勢を整えた方がいいだろう。激戦とならないように、きちんと殺しきらないといけない。

 小路を戻る。月神に祈りながらチコメッコの油脂を口に含んだ。

(この先へ進むなら、あれぐらい勝てなければダメだろうな)

 正門は突破できなかったが、ここでは勝ちたい。

 俺は直剣を袋にしまい、ハルバードを取り出した。

 チコメッコの油脂をハルバードに塗り、刃を研ぎ澄ませる。

(もう突っ込んでもいいが……)

 周囲を見る。敵はいない。小屋を見る。

 指揮官型が一体、通常の近衛騎士が五体。通常の宝石頭の貴族が一体。宝石頭の大型犬が一体。

(宝石頭に仲間を呼ばれないように殺すのが骨だな)

 ふむ、一応、探索の収穫物を確認しておくか。

 何かしら役に立つものがあるかもしれない。

(っても……ううん? ゴミばかりだな)

 近衛の騎士デーモンが落とすのは、趣味の悪い鎧の他にきんきらきん・・・・・・の剣や槍、ハルバードに盾だ。

 価値あるものかとも思ったが神秘の量は不思議とそれほどではない。

 拾ったときに疑問を解決すべく直剣を振るい、叩き折って確認したが、中は鍍金メッキを施された、ただの優秀な剣だった。

 槍もハルバードもそうだった。だからこのエリアのデーモンの落とす全ての武具がそうなのだろう。

 ただ金や宝石を貼り付けただけの見せかけ。強さに直結しない見栄だけの武具。


 ――まるで、この夜会の会場のような……。


「飾りがなければさきほど使った直剣と優秀さは大差ないだろうな……」

 こちらの杖もそうだ。

 宝石頭が稀に落とす宝石で飾り立てられた魔術用の杖を俺は袋から取り出し、確認し、仕舞う。

 この杖から感じる神秘は、素材収集人の領域で出会った魔術師のデーモンが落とした魔術の杖と大差がない。

 これらも剣と同じく、宝石で飾り立てただけのただの杖だ。

「……この宝石もきらきら光るだけの屑石だ……」

 強い神秘を感じない。猫もこんなものを高く買い取ろうなどとは考えない。

「一応拾ってはおくがな……」

 俺は魔術を使わない。無駄なことをしている気分になる。

 ただ、役に立てるも立てないも俺の頭次第なら、いくらか頭を回して使い道を考えるときがくるのかもしれない。

「それと、最後にこれか」

 先程見つけた長櫃の中身。

 護符アミュレットだ。同じものが3つほどある。

「ただ、効果がわからんな……」

 この領域で拾ったものなのだからおそらくはこの領域で役に立つんだろうが……。

「悪い気配はないな。ふむ、気休めだが、首にでも下げておくか」

 躊躇はない。俺は以前とは違う。今の俺を害せるほどの呪いともなれば見てわかる・・・・・

 俺は袋から鎖を取り出すと、護符についていた紐を結びつけ、首から下げるのだった。

「よし、いくか」

 幻惑の奇跡を願うと、ハルバードを手に、俺は宝石頭の大型犬を狙って、一歩を踏み出した。



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