198
小屋に向かって駆け出せば、俺に気づいた近衛のデーモンどもが小屋の前から駆けてくる。
全身鎧を着ているというのに、俺もそうだが奴らも速い。いっそ軽快と言ってもいい速度で駆けてくる。
だが、それよりも速いものがこの場にいる。そいつは騎士どもの隙間を縫うように駆けてくる。
――大型の宝石犬だ。
通常の二倍程度だろうか。鉄靴ではあそこまででかい化物を蹴り殺すことは難しい。耐えられ、そのまま足に食いつかれるだろう。
それでも、ハルバードであるなら……!!
「ふッ!!」
俺は先行して駆けてくる宝石犬のデーモンの頭をハルバードで掬い上げるようにして斬り飛ばした。そして跳ね上がった胴体に向けてハルバードの石突きを叩きつけ、邪魔な胴体を吹っ飛ばす。
それで瘴気が尽きたのだろう。消滅していく宝石頭の大型犬。
くそ、足を止めさせられた。続けて襲いかかってくる騎士どもに対応すべくハルバードを構え――振動音。
「ッ……!!」
俺の襲撃にも立ち位置を変えていない貴族デーモンの頭が震えている。
仲間を呼ばれている。領域の殺意が濃くなっていく。気づかれていく。
「ッ!! 邪魔だ!!」
覚悟を決めた。
犬に遅れてやってきた近衛のデーモンたちをハルバードの一閃で退け、押し入るように突っ込んだ。
あの振動音をやめさせる。敵が来る前にだ。敵が来る前なら――そうじゃねぇ。
貴族デーモンには護衛がついている。指揮官型の近衛デーモン。当然通常の近衛より強いだろう。半魚蟲人に対する巨半魚蟲人程度には強いかもしれない。
あれに邪魔をされたまま貴族頭を殺す? 俺よ、無理を言うな。頭を働かせろ。
走りながら、敵と接触するこの刹那の間に思考を巡らせ、俺は――
――耳鳴りのような振動音がうるせぇ、と思った。
「うっるっせぇえええええええええええ!!」
気づけば袋から幽閉塔で使った音響手榴弾をぶん投げていた。腹が立ちすぎたのだ。慣れないことをしすぎたのだ。
馬鹿か俺は! こんなくだらないことで死ぬのか!!
(ああ、畜生! やっちまった!!)
立ち止まり、ハルバードを地面に落とした。口を開き、兜を引き剥がして耳を塞ぐ。
俺が隙を見せたのを好機だと思ったのだろう。俺に殺到するデーモンども。死ぬ。死んでしまう。いや、耐えられる。善き神に祈った。幸運を祈った。
そうだ、大丈夫だ。相手が構わず動き続け、俺を滅多打ちにしようが、こいつら相手ならばいくらか耐えられる。音響手榴弾が炸裂したら、ソーマを飲む。
神経が高ぶっているのだろう。すべての光景がゆっくりと流れていく。それでもそのおかげで覚悟が決まった。そのあとの手順も。
衝撃に備える――瞬間、炸裂音と共に甲高い音が周囲一帯に響き渡った。
近衛デーモンどもの攻撃は来ない。なぜだ?
ふと、思い出す。
――
ヴァンは
つまりは、そういうことなのだ。
周囲を見れば近衛のデーモンどもは棒立ちになり、宝石頭もまた、宝石の頭を手で抑え、立ち止まっている。
振動音は止まっていた――俺は、なぜ突っ立って――ハルバードを蹴り上げ、手に掴む。
好機だ。好機だった。絶対に逃すわけにはいかない好機だった。
駆け出す。立ちはだかるはずの指揮官型は棒立ちだ。俺はそのまま宝石頭を押し倒し、その首をハルバードの石突きで叩き折った。立ち上がり、ハルバードを回転、その腹に刃を叩き込み、オーラを流して胴体を蒸発させ、鉄靴で転がった頭を叩き潰した。
「はぁッ! はぁッ!! ちィッ――!!」
殺意に反応して地面を転がる。俺がいた場所に剣が突き立っている。
目を周囲に。近衛はまだ棒立ちだ。だが指揮官型は動き出していた。一際豪奢で巨大な宝石剣を俺のいた位置に振り下ろしている。
外れたとみるや指揮官型は即座に次の行動に移る。大剣を振り上げ、俺へと襲いかかってくる。
「……増援はッ! 来ないな!!」
領域の殺意は収まっていた。さざなみのように揺れていたデーモンどもの気配も次第に収まっていく。勇気が湧いてくる。
距離を取るべく足に力を入れた。近い。この間合いはハルバードの間合いではない。
だが相手も俺を追いかけてくる。距離を取ろうとして、これは
それをさせるわけにはいかない。今しかないのだ。ハルバードを手放し、袋から神聖のメイスを取り出した。立ち止まり、踏み込む。敵の動揺の気配。
剣は使わない。鎧にはメイスが効く。斬鉄なんて器用な真似をしている余裕はない。
「今すぐ叩き殺してやる!!」
龍眼に力を込め、全身の力を振り絞った。
肩から突っ込む。「おらあああああ!!」揺るぎない指揮官型のデーモン。そりゃそうだ。相手は大型のデーモン。俺の力がいくら強くなろうが力で引き倒すことは難しい。嘲笑の気配。やはり人間はこの程度か、とばかりにデーモンは剣を振り上げていた。柄を俺に叩きつけようと――俺は、デーモンの片足を身体で隠していたメイスで掬い上げた。
指揮官型が俺が押し込むままに地面に倒れ込む。
「死ね! 死ね!! 死ねぇい!!」
すかさずその頭にメイスを叩きつけた。足音。指揮官型に跨ってメイスを振り下ろし続ける俺へ向かって、近衛のデーモンどもが殺到してくる。
くそ、死ね! 死ね! 早く死ね!!
「ちぃッ! 殺しきれなかった!!」
やはり指揮官型は特別なデーモンらしく、
転がるようにして指揮官型の上から逃げ出せば、近衛のデーモンが追ってくる。
むき出しになった頭が夜気で冷える。口角を釣り上げる。
あったぞ。俺が転がった先には先程落としたハルバードが落ちている。
指揮官型は未だ立っていない。ふらついている。だがもう問題ない。
距離を取れた。ハルバードの間合いに
「ははッ、皆殺しだ」
俺はハルバードを振り上げてデーモンどもに襲いかかった。
◇◆◇◆◇
ハルバードの距離を保ちつつ、近衛のデーモンをハルバードで一体一体処理したあとはもはや指揮官型は敵ではなかった。
ハルバードを鎧に叩きつけ、突き、叩き、殴り、敵が倒れたところで馬乗りになり、メイスを叩き込み続けた。
それで終いだ。
「……あの指揮官型がハルバードを持ってたらやりにくかっただろうな……」
あいつ、最後まで大剣しか使わなかった。あの技量でハルバードを振るったなら……そう、指揮官型がハルバードを振るい、他の連中が矢なり大盾なりで援護してきたなら……。
正門の再現も在り得た状況に俺は少しだけ背筋を寒くする。
援軍が来たらそうなっただろう。
デーモンらしい油断だ。相手が俺を舐めていて助かった。
それに、偶然とはいえ音響手榴弾が効いてよかった。あれが効いていなかったら今頃ソーマの1つか2つ使っていただろう。
たまたまか? いや……音か。音だな。音をうるさいと思ったから俺もうるさい音を投げつけてやった。
迂闊で考えなしの行動だったが、それがたまたま上手くいった。喜ぶが同時に自省する。こんな幸運次はない。
「だが、音に敏感なデーモンに音響手榴弾が効くのか……盲点だったな」
それとも俺が馬鹿だっただけか? もっと考えればよかったのか?
――これ以上考えたら頭が茹だるぜ?
「まぁいい。これでここの攻略の仕方もわかった」
宝石頭どもは音に弱い。近衛もそうだが、音に敏感なデーモンなのだ。
音響手榴弾は幽閉塔の残りがいくらかある。『妖精の声』もある。油断は禁物だが、これらを上手く使えばもう少し楽に進めるだろう。
「ダンジョンは攻略されたがっている、か……」
正門もこれで突破できるだろうかと考え、内心で首を横に振った。
(あそこの宝石頭どもを全滅させるには、もう少し俺が強くならなければな……)
敵が多すぎるのだ。宝石頭一体を殺すならば音響手榴弾一つで事足りるが、今の手持ちではあそこは突破できない。
ただ攻略は諦めない。
あの正門、少し見ただけでも長櫃がいくつか転がっていた。俺が見落としたものは諦めるが、今後を考えれば見つけた長櫃は回収しておきたい。
「だが、まずはこの先か……」
小屋の扉を開こうとノブを握り、鍵がかかっていることに気づく。
……鍵……ああ、いや。
「そうだ。指揮官型が何か落としたな」
拾っていなかった。少し焦っていたかもしれない。俺は周囲を見渡して、先程デーモンを倒した場所へ戻る。
銀貨と金貨が落ちている。拾い、袋に入れ、そしてそれを見つける。
――小屋の鍵だ。
「さて、じゃあ、こいつを止めるか」
ここが静かになったことで聞こえるようになった奇妙な振動音。
宝石頭が奏でるそれと違って奇妙に機械的なそれ。
おそらくはそれがこの会場にエーテルを供給する装置なのだろう。
俺は小屋の扉を開けるべく、手に入れたばかりの鍵を鍵穴に突き刺した。
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