027


 撥ね飛ばされる! 剣を打ち付けたことで一撃で死ぬことは回避できたが、衝撃にギチギチと腕の筋肉が傷めつけられる。

 靴裏が床から離れ、身体が宙に浮かぶ。勢いそのままに壁に叩きつけられる。

「ニン……ゲン……ああ、ああああ、嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!」

 巨大な料理人のデーモンが吠えた。頭を押さえ、何がしか苦しそうな気配。何が起こっているかわからないが追撃されれば死んでいたのだ。息を限界まで吐き、肺の中を空にする。そうして落ち着きながら息を吸い、荒れきった呼吸と心臓を元に戻す。

 立ち上がりながら剣をちらと見る。刀身に歪みはないが、このまま何度も攻撃を受けてしまえば曲がるか折れるか砕けるか。どちらにせよ使い物にならなくなるだろう。

 ビリビリと未だにしびれたままの腕。

「ふん!」

 痺れを無視して剣を握る。あの衝撃、盾で受けても受けきることはできないだろう。だが受けるだけが盾や剣の使い方ではない。

 柔法。受け流しの技術。そういったものも俺は学んでいる。

「やるぞ! デーモンでかぶつが2体だからってなんだってんだ。俺はやる! やるために来たんだよ!!」

 目の前、そこには巨大な肉切り包丁を構え、俺を見下ろすデーモンがいる。

 霧の奥、そこには鎖で全身をがんじがらめにされ、病の霧を吐き出すデーモンがいる。

 鎧のおかげで外傷はない。だが叩きつけられた痛みは残っている。鎧の隠しに手を突っ込むと痛み止めを飲み込む。


 ――オオオオオオオオオオオオォオオオオオオ!!


 俺とデーモンが同時に咆哮を上げる。

 踏み込む。ギリギリと全身の筋肉が震える。


 ――振り下ろし


 敵の第一手は巨大な肉斬り包丁の振り下ろし、両手を使った単純明快な最大の一撃だ。

 先ほどと違って攻撃が来るのはわかっている。モーションも理解している。どこに落ちるのかさえも。

 ステップを駆使して敵の懐に踏み込もうとしている俺だが、わかっていてなお冷や汗が全身から噴き出る。

(単純に、敵の動きが、はやい!!)

 肉斬り包丁に剣を合わせることはしない。盾さえもだ。受ければ即座に潰される。それだけの重量と速度を敵の攻撃は持っている。

 しかし左右は調理台によって塞がれている。大仰に避けることは不可能だ。いや、そんなことに意味は無い。

 全ての行動を攻撃に集中しなければ……! そうでなければこの戦いに勝利することはできない。

 敵の攻撃に構わず前進する。

(来るぞ!!)

 頭上から超速度で落ちてくる刃に対して、身体に触れる直前で身体を半身にし、調理台と刃の隙間をステップ。一歩、二歩、身体を回転させ、剣にオーラを通す。

 遠心力。身体の回転の勢いそのままに、肉斬り包丁を握るデーモンの指に斬撃をぶち当てる。

「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!! グルルルルァアアアアアアア!!!」

 耳が痛くなるような叫び。腐れた指が床に落ち、同時に瘴気が切り落とした指を形成する。

 このレベルの相手ともなれば部位の損失などなんの痛痒にもならない。

 だが動きが一瞬止まる。その隙を逃す俺ではない。

「まだまだだ! まだまだだぞ! この野郎! オラァ!!」

 指を落とした回転の勢いそのままに踏み込む。メイスと剣を両手に握ると剣だけにオーラを込め、二刀流をデーモンの腹にぶち込む。


 ――オオオオオオオオオオオオォオオオオオオ!!


 デーモンの咆哮。すかさずバックステップ。巨大な拳が目の前に叩きつけられる。同時に風切り音。

(こいつは脅威だ。だが、音が軽い!)

「獄炎!」

 手の中に炎を生み出すとデーモンの顔面にぶん投げる。子供の描いた落書きみたいな両目と口のついたデーモンの顔を炎が炙る。多少の魔力を使い、一瞬疲労感が身体を襲うものの、風切り音の乱れに口角を釣り上げる。

 腰をどんとその場に降ろすと盾を構え、息を吸い、衝撃に対して備える。

 ぶっとい丸太を腕にぶちこまれたような衝撃。だが、根性据えてりゃ耐えられないものでもない。

 じりじりと衝撃に足が押され、身体が多少移動する。だが地に足がついている。身体は浮いちゃいない。

 耐えた俺に対してもう一撃食らわせようと肉斬り包丁が再び振り上げられる。その動きに対して俺はデーモンの内側に踏み込む。再び二刀流だ。神聖が込められたメイスとオーラの篭った剣をデーモンに叩きつける。咆哮と風を切る音が同時に耳に届く。ステップで回避。俺のいた位置に肉斬り包丁の柄頭が叩きこまれる。

「オラァ! てめぇ! オラァ!!」

 戦いによって冷水を掛けられたものの、怒りは発散されていない。俺は怒りを両手に込めると近くにあったデーモンの左足に斬撃と打撃をぶちこむ。ぐらりとデーモンの身体がよろけるものの、その肉体は健在だ。

 流石にデカブツは瘴気の保有量が違う。普通の料理人のデーモンなら3体か4体は消滅させるだけの攻撃を受けてもまだまだ元気そうである。

 くらり、と一瞬だけ意識が揺れる。

(なんだ……? 妙な寒気が……)

 奇妙な悪寒。それの正体。一瞬だけ思考を巡らせれば判断材料は大量に存在している。


 ――呪病。


「奥の野郎か。動けねぇってのに随分なことだな!」

 バックステップで料理人のデーモンの間合いから離れると急いで鎧の隠しから病毒を癒やす丸薬を取り出し噛み砕く。戦闘用に調合された強い薬だ。呪いにも似た強制力で体内の病毒が浄化される。同時に相応の体力を持っていかれる。

 薬の副作用を打ち消すために猫から買った疲れを忘れさせる薬も服用。結晶質の薬品が舌の上で解けて身体から疲れを忘れさせる。奇妙な快楽が伴うが戦闘時には不要だ。薬の服用に伴う多幸感を命の危機とデーモンを滅ぼす使命で押し流す。

「まだまだだ! 来いよ! いくらでも相手してやる!!」

 気炎を上げ、自らを鼓舞する。だが、と同時に頭の中の冷静な部分が囁いてくる。


 ――今ので随分と体力を削られたぞ。


 ――どうする? お前ごときで勝てるのか? 敵は2体もいるんだぞ?


(知るか! 戦いなんぞ、そんなもんだ! やるからには死ぬまでやるんだよ!!)


 体力を削られてる? デーモンが2体いる? ここからは逃げられない? それがどうした。それがなんだ。何の問題があるんだ?

 目の前の哀れな料理人をぶち殺して、奥のドラゴンを滅ぼせばいい。それだけの話だろうが!!

 剣を構える。唸りを上げた料理人のデーモンが俺へと肉斬り包丁を振り下ろしてくるのに合わせて俺は半身で踏み込むと同時に斬撃をぶち込んでいた。

 足一歩の距離で真横に叩きこまれた肉斬り包丁に肌が泡立ち、背筋が寒くなる。

 だが、戦意は更に燃え上がるのだった。


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