108


 爺さんと酒盛りをした翌日、俺は猫と話しながら残ったギュリシアで道具を補充していた。

 幸いと言っていいのか、武具を作る為の費用が支給品の中に入っていたことで爺さんにはギュリシアを払わずに済んだ。といっても騎士鎧に騎士盾に鎖帷子にハルバードだ。

 それが総ドワーフ製ともなれば商人を介さず職人に直接依頼しても支給品にあった金は全て消し飛ぶ。

 それに武具代が浮いたとはいえ、猫から道具を買えばやはり俺の袋に溜め込んだ貨幣は綺麗さっぱり消えてしまう。

 と言っても地上でいくつかの買い物をするためにいくらか金粒を購入してもいた。

 毒消しなどのいくつかの道具に関しては猫から買うより地上で揃えた方が効果もよく、安いからである。

「切り札は、これになるか……」

「ソーマはないにゃか?」

 問われて肩を竦める。戻ってきたときは1つ残っていたが、アザムトに使ってしまっている。

 だから猫から回復の為の薬を買ったのだ。

「買えたのはアムリタが3つ。それと水溶エーテルが2つ、か。……これで勝てるか?」

 アムリタ。ソーマには劣るが傷を癒し、体力を補充する効能のある薬だ。ソーマに劣るというだけで霊薬の等級としては最上級にあたる。死に瀕するような重症からの復帰はできないが、指程度の欠損ならば再生できる効能がある。

 そして水溶エーテル。赤壁程度ではあの魚のデーモンには通用しないが、薬で魔力が補充できるなら危急であろうと龍眼の使用が可能になる。

 体力と魔力を回復する魔法の薬。ソーマを使い切っている以上は確保しておく必要のあるものだった。

 他にも武器用の油や砥石、香炉や携帯食料に戦士の薬など細々とした補充品も揃えたが、大きな買い物といえばアムリタと水溶エーテルだ。

 何しろ、あれだけあったギュリシアなどの貨幣がこの薬を揃えるだけで消え去ったのだ。

 あと一応、猫もソーマを一本だけ売れるようだったが俺の手持ちの金では買えなかったと言っておこう。

「変わり種は……あとは、これか」

 支給品の中にあったものだ。中位聖水と呼ばれる聖女様の祈りの込められた聖水。以前手に入れた上位の聖水に劣るが、地上で司祭様に貰ったものよりも強力なものである。

 それが5本。

 地上ではデーモンが迫ってくる窮地。聖水1つにしても貴重な筈だ。そんな中、中位の聖水を5つも用意してもらえたのだ。

 聖女様に感謝の祈りを捧げる。ありがたく今後の戦いに用いるとしよう。

「それと猫。いくつか武具を預けたいんだが……」

「道具の預かりにゃね。わかったにゃ」

 てしてしと尻尾で地面を叩く猫に、使わない道具を預けておくことにする。

 袋の容量が上がったとはいえ余分なものを持つ余裕はない。それはダンジョン探索もそうだがこれからの依頼でも同じことだ。選択肢の多さは戦闘で有利に働くが、同時に多すぎる選択肢は危急の際に致命的な迷いを生む。

 もちろん手数の多さを武器とする戦士もいるだろうが、俺はそういうタイプではない。そういう意味でもあまり武具は持ちすぎない方がいい。

 というか、これから何があるのかもわからないのだ。大陸に余計な神秘を持ち込んでそれらの喪失をしたくなかった。

 以前全ての道具を奪われた際にショーテルが残っていた幸運を忘れてはならない。

 故に、俺は袋を漁り、使わないものを猫に預けていく。

 堕落の弓(蟲人のデーモンの使う弓)を預け、猫からハードレザーアーマーを受け取ると、長者の服、魔術師のローブ、黒の森の狩人服を預ける。

 日に8本増える肥沃の神のナイフがあるのでデーモンから手に入れたナイフは預ける。あとは海王の槍ポスルドン・レプリカ。強力な聖具だが、使うにはいろいろな条件の要る武具だ。これも俺には必要ないだろう。

「こんなもんか。猫、頼んだぞ」

 駒も預けている。これで最悪、大陸で全てを喪失したとしても復帰は容易になる。

「にゃふ。他には何かあるにゃか?」

「……そう、だな。いや、いいか」

 旅の食料を揃えようかと思ったが、猫から買うより地上で揃えた方がいいだろう。

 猫の食料は栄養価も高く、保存に適しているが地上の方が安く仕入れられる。数ヶ月の旅の分ともなれば地上で揃えた方がいい。いいのだが。

(ううむ、売ってくれるかがわからんな)

 所詮は村の雑貨屋だ。如何に俺が騎士の身分をちらつかせて買おうとも、数ヶ月の旅に使うような物資をあそこは蓄えていない。

(途中の街か砦で補充をするべきか……大陸じゃ食料自体が手に入らないだろうしな……)

 俺はいい。俺は現地の食料でもなんとかなる。一度経験があるからな。しかし神殿の人に大陸の食物を食べさせるのはまずい。

 何しろ、大陸の食料は、辺境の生き物が食べるには向いていない。

 それを考えていないわけはないだろうが、わかっていない可能性もある以上は俺の方でもいくらか準備をする必要がある。

 護衛というなら、そういう部分で気を遣う必要があるだろう。

「とりあえず、地上に行くかぁ」

「そうかにゃ。キース、またにゃ」

「ああ、また……な」

 にゃん、と鳴く猫に手を振り、俺はスクロールを破ると地上へと向かうのだった。



 雑貨屋で数日分の食料と水、毒消しやいくつかの戦士の薬を購入した俺は村の聖堂へと向かい、司祭様に会いに行く。

 仮面姿の俺に司祭様は驚いた顔をしたが、強力なデーモンに倒され、顔の皮を剥がれたり、焼けただれた鉛を流されたりと傷を負う戦士は稀にいる。

 司祭様は少しだけ悼ましそうな顔をしたが、騎士になったことを報告すれば気を取り直したように言葉を返してくれた。

「ええ、存じておりますよ。キースくん。いえ、騎士キース殿」

「聞いていらっしゃったのですか?」

「はい。昨日聖女様がいらっしゃって、騎士キースの補助を行うようにと」

「それは……その……」

 あれだけ世話になった司祭様の迷惑になってやしないかとドギマギすると司祭様はその老練な戦士の顔ににこりと笑顔を浮かべる。

「気にすることはありません。騎士キース。神殿騎士ともなれば我が朋友ともも同じことですからね。それになにより本物の聖女殿からの命令です。ゼウレに信仰を捧げる私が受けぬわけにはいきません」

「……領地の全てを任せることになりますが、どうぞよろしくお願いします」

 何しろ、内政なんぞ俺には欠片もわからない。何をどうするという展望もないのだ。ただただ地下に潜ってデーモンを殺すことしかわからない俺には、任せられた領地のこと全てを司祭様に任せるしかできない。

 だがむしろそれでよいとばかりに司祭様は頷く。

「大丈夫です。何しろ聖女様に騎士キースを煩わせないよう、私一人でやれと言われていますからね。安心して任せていただければよいかと」

「全てを任せるのはどうかと思いますが。正直、助かります」

 やはり領地など必要ないんじゃないだろうか? そんな俺の疑念を見通しているかのように司祭様は首を振る。

「領地があれば税収が入ります。一部を国に納め、残りは土地を富ませる為に使うべきでしょうが、神殿本部はその税収でこの村に神殿を作ろうと考えています」

「神殿、ですか……」

「ここはただの聖堂ですからね。呪的な防御能力はさほどではないのですよ。そして、今あの穴の上には納屋がありますが、それを囲うように神殿に建てるべきだと聖女様は仰り、私もそれに同意しました」

 納屋は取り壊さないのか? 俺に配慮しているのか。それとも何か理由があるのか。

 とはいえさほどの興味もない。話を続ける。

「神殿を設置し、あのダンジョンを地上から封じる、と?」

「そこまでではないですが、穴を封じている封印は強化しなければなりません。騎士キースが倒したデーモンたちの影響がありますからね」

 ゲルデーモンを倒し、地下への道を開いたあとに、もどきが地下より湧き出した強力な瘴気によって強化されたことを思い出す。

 俺がやっているのは、デーモンのボスたちを倒すことで破壊神に通じる道を開く行為だ。それは俺が破壊神へと到達するために必要な行為だが、同時に、破壊神に地上へ繋がる道を開くことでもあった。

 納屋にある穴を護る封印は強固なものだが、このまま何もせずに俺がボスデーモンを倒し続ければ、もしかしたらあの入り口の封印が解けるかもしれない。

 そうなれば地下の瘴気が地上へと溢れ出る。

 4000年の憎悪が、地上を満たすのだ。それは看過できないことだった。

「なるほど……。では、領地の税収は神殿の建設に使う、と?」

「はい。もちろん騎士キースの探索の為にいくらか渡せれば良いのですが……。おそらく余ることはないでしょう」

「ああ、いえ。お気になさらず。物資に関しては自前でどうにでもします」

 むしろ領地を預かる騎士として、俺が探索で得た金を渡さなければならないぐらいなのだが、先程の薬の代金から考えれば領地に金を出すのは不可能だ。

 探索の為の道具は金がかかりすぎる。

 そして、神殿の人間も俺が金を出すことを望みはしないだろう。

 領地に金を出したが為に俺が準備不足で死ぬなどという事態を聖女様が望まないからだ。

「申し訳ありません騎士キース。この領地の騎士となる貴方に何か物資を渡せればよかったのですが」

 如何に司祭様が強くとも、ここは所詮村付きの聖堂でしかないのだ。収入とて村人たちの好意で与えられるお布施しかない。

 前回の聖水に月狼装備。それだけでも村付き聖堂の支援としては破格だったのだ。

 申し訳なさそうにする司祭様に俺は首を振る。

「いいえ、前回の月狼装備。とても役に経ちました。聖水にクロスボウも。俺にはそれで十分です」

 そうですか、と司祭様が安心したように顔を緩める。俺はなんとかにこりと笑って笑みを返した。顔は仮面で隠されているがそれでも気持ちは通じると信じて。

「では司祭様。そろそろ俺は行きます。明日の準備をしなければならないので」

「ああ、待ってください騎士キース。何もできぬ身ではありますが、せめて貴方の為に祈らせてください」

 俺は司祭様に頭を下げると、神に祈りを捧げた。そんな俺に司祭様は加護の奇跡を振る舞ってくれるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る