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「こいつらァもう駄目だ」

 渡した炎剣や盾、鎧を一瞥したドワーフの爺さんはそれらに一度だけコツンと槌を当てると全てに対してそう言い放った。

「駄目か」

「駄目も駄目よ。剣は芯から折れてやがる。盾は捻じれて結界が歪んどる。鎧に至ってはもはや直すなどという問題ではねぇわなァ」

 爺さんの手元には鉄片があり、それを叩いて叩いて引き伸ばしている。

 修理を頼んだ武具にはもう目を向けていない。どうにもならないということだろう。

「神殿から貰うものァ貰ってんだァ。新しいものを使えばいいだろうがよォ」

 言いながら爺さんは丸まった羊皮紙を俺に差し出してくる。聖女様が言っていた目録とやらがそれなのだろう。

「すまん。文字は読めないんだ」

「けッ、わかってらァ。てめぇら辺境の戦士に文字を読む心得があるとは思っちゃいねぇよ」

 よかったと笑えば情けねぇと爺さんはため息を吐く。

「これから騎士様になるんだろうがよォ。そんな有様でどうすんだァ?」

「俺にできることなんてデーモンを殺すことだけだ。ソレ以外に血道を上げて死んじゃ意味がねぇよ」

 そりゃそうだ。ガハハ。爺さんと俺は下品に笑い合う。

 穴を開けた金属の板に鞣した獣の皮を張った爺さんは「おら、就任祝だ。受けとれィ」と俺に鉄片を投げてきた。

「こいつ、は」

「顔だァ。顔。そんなんで表ェ歩けると思ってんのけオメェはよォ」

 リリーの皮膚のことを言っているのだろう。苦笑しようと思えば皮がつっぱり歪な笑みとなった。

 爺さんがそれ見たことかと苦味の走った顔で俺を見る。元の顔とて美男ではなかったが、今の俺はかなりの醜男となっているようだった。

 手元にある炎剣の刃。折れてはいるが鏡のような刀身に俺の顔を写す。

 ……反吐がでるような美男子ぶりだ。なるほど。この顔は、他の人間には見せられない。

「けッ。まァ何があったか知らねェがきっちり聖衣は手に入れたみてェだな。どんな聖衣かはわかんねェがよ」

 原初聖衣という形を知らなくても、聖衣を持っている戦士にはある種の風格が出るという。

 練達のドワーフ鍛冶として数多くの戦士を見てきたであろう爺さんには俺の顔の皮膚が聖衣かはわからなくとも、俺が聖衣を持っていることはわかるらしい。

「手に入れたは手に入れたが、いろいろとありすぎてな……」

 渡された金属片はちょうど俺の顔の半分を覆うようにできていた。面頬という奴だろう。ドワーフ製らしく兜を阻害しないように作られていた。いや、兜をすっぽりと被れば俺の顔がほぼ見えないようになる。そういう類の面だ。

 裏打ちされたこの皮は……。昔見たことがあるな。治癒牛の皮か? 触れていれば傷の治りが早くなるという聖獣の皮。頭数自体が少なくなかなか出回らないものらしいが。

 爺さんの心遣いに素直に感謝をする。

「ありがたく貰うよ。爺さん、感謝する」

「けッ。それで、どぉすんだおめぇ。武器は? 防具は? 儂ァ何を作ればええんだ? 目録にはいろいろな素材もんがあるがよォ、何をどう使うんだァ?」

 今のてめェならハルバードでもなんでも作ってやれるぞォ、と言われる。

 爺さんが読み上げられる神殿支給品の目録の中身は、金属、獣の皮、木材に蝋材。そういうものだ。

 完成品が最初からないのは、好きに作れということらしい。

 量は一人の戦士の装備を作ればなくなる程度のものでしかないが、その全てはこの辺境でさえ、貴重な品の数々だ。

 軍で与えられる装備が貸与であることを考えれば過分に過ぎて涙が出て来る。

 しかし、ハルバードか。

 聖衣を得た一人前の戦士にだけ扱える辺境最強の武具種別。

 あれほど欲しかったハルバードなのに。それが俺の扱えるところになるというのに心は騒がない。

 無論、戦士としての高揚はある。だけれど俺の心の欠損を埋めるほどではないのだ。

 聖女様たちが少し休めと言った意味がようやくわかる。

 戦士が武具に心躍らぬというのは、相当に重症だった。

(だが、俺はこれからも生きなきゃならねぇ)

 だから、鈍くなっている感情は置いておき、冷静にあの魚のデーモンを殺すのに必要なものを考える。

「ドワーフ鋼でハルバードを。金剛鋼アダマンタイトで全身鎧と大盾を頼む。それと精霊銀ミスリルで鎖帷子を」

 そしてこれも、と竜の血液、『刃』と『流水』の聖言を袋より取り出した。

「『流水』は盾に。『刃』はハルバードに。竜の血液は、どれが一番いいんだ? あとは、神殿から聖言の支給はないのか?」

「聖言は流石に在庫がねェなァ。あれは貴重品だ。てめぇが聖女殿のお気に入りで、多くの力強きデーモンどもを滅ぼしていても、流石にこれだけの素材を渡して、蝋材も寄越して、さらにってわけにはいかねェ。わかるかてめぇ。今回てめぇに渡す素材だけでどれだけの価値があるかがよ」

「まぁ、な。だが、聖女様にあれだけ頼まれたんだ。俺に騎士の位は分不相応だとわかっていても受けるしかなかった。そして、この支給された品々。身が震えるほどの栄誉だ。申し訳なくなるぐらいにな」

 それに、と俺は本心からそれを口にする。

 それは聞いたドワーフの爺さんが目を丸くする言葉だった。

「そも、俺にとっては聖女様からお言葉を賜われただけでも十分にすぎる」

「――そいつは謙虚にすぎらァな」

 けッ、と口角を曲げるドワーフの爺さんに俺たち辺境の戦士の心はわかるまい。

 そうだ。それは俺たちにしかわからないんだ。そう、きっと聖女様にもそれはわからない感情。

 俺たちに辺境人にとって聖女様は究極の偶像アイドルなのだ。

 神に祝福されて生まれ、神の為の生き、神の為に死せる彼女らの尊さ。

 死後の幸福を追求し、自らを鍛え上げ、デーモンを殺す俺たちにとって、最初から完成されて生まれてきた彼女たちは、その存在を想うだけで、熱狂するに余りある。

 俺たちの理想が同じ大陸の土の上にいるんだぜ? その御姿を想うだけで、祈りを捧げたくてたまらなくなるだろう。

 そんな陶酔した様子の俺を呆れてみていたドワーフの爺さんはでェ、と声を掛けてくる。

「注文はそれでいいのかァ? ハルバードと、全身鎧、大盾、鎖帷子。剣はいいのけ?」

 袋から堕落ギザギザの剣を取り出して見せる。

「こいつがある。猫にショーテルも預けてるしな。花の君を殺したことで俺も力をつけた。炎剣ほどじゃねぇがこいつでも道中ぐらいは突破できる」

 なによりだ。ハルバードを集中して強化しなければ魚のデーモンは殺せない。いくつもの武器に神秘を分けるより1つに集中した方がいい。そうでなければあのデーモンを突破することはできない。

 考えて、最善を選び続けなければならない。

「あとは……。そうだ。これを素材に使えないか?」

 富ませる者の鍬チコメッコ。肥沃の神の神器を取り出し、一日に一度だけ使えるという多産の加護でナイフを増やす。その増やした方のナイフを全て爺さんに渡す。

「猫が言うにはオリハルコン製らしいんだ。鋳潰してハルバードの刃に使えないか?」

 むゥ。と爺が唸る。

「肥沃の神の神器を惜しげもなく。なんと不信心な。だがいやァ、それはそういう使い方が正しいんだがよォ。まァいい。やってみるが、期待するなよ」

「難しいのか?」

「できるがよォ、武具に使う金属は1つに絞った方が強度が上がるんだよォ。つってもオリハルコンで全てを作るってわけにはいかねェが」

「ああ、それは重すぎる。デーモンを殺して俺の筋肉は力を増したが、刃と石突部分をオリハルコンで固める程度が扱える限界だな」

 もちろん持てないわけではない。だが持つのと扱うのには崖の如き隔たりがある。

 重量のある武器と言えば、肉斬り包丁やメルトダイナスの大剣だ。今ならあれらとて手足の延長のように扱えるだろうが、総オリハルコン製のハルバードとなるとあれより重くなる。

 何しろオリハルコンの比重は金より重いのだ。

 そんなものでハルバードを作ってみろ。10も振るえば心身共に疲れ切ってしまう。それでは戦いどころではない。

 故に刃。故に石突。敵を痛めつける箇所だけでもなんとかならないかとチコメッコのナイフを素材にと頼めば、ドワーフの爺さんはやってみるだけやってみると言ってくれた。

「で、あァー。そういやァ。てめェ、ヤマの炎が使えたな? いや、使えたっけかァ?」

 使えるが、と爺さんに問えば。

「そこの炉に炎を足してくれねェか? 炉の火はドワーフの炉からいくらか上等なモンを持ってきたがオリハルコンを鋳潰すにゃちっと神秘が足りねェ。駄目ならエルフの糞ガキに頼むしかねェがあいつの火はだいぶ邪だからよォ」

 炉がよごれちまうのは良くねェぜ、なんて言われるのでわかったと頷けば、こっちゃ来いと鍛冶場に招かれる。

 そこにあるのはいくつかの金床といくつかの炉だ。

 静かに炉の中で燃える炎たち。武具を鍛え上げる為のドワーフの火。

 複数あるということは、驚くべきことに、扱う金属ごとにわざわざ炉を変えているということだった。

「おォ、そこだそこ。おら、そこだ。いいぞォ。もっとだ。もっと火を注げ注げェ!!」

 指し示された炉にヤマの炎を打ち込む。一度だけでは足りないので何度も、何度も。

 だいたい魔力が枯渇した辺りで爺さんが満足そうに息を吐いた。

「おおォし。いいぞォ。こんなもんだ。んで、火を炉に馴染ませるから鉄を打つにゃ、少ォし時間が必要だがよォ」

 当分ダンジョンには出かけねェからいいだろォ? 酒飲むぞ酒ェ! と俺に向かって唾を飛ばしてくる爺さん。

 一人でいても塞ぎ込みそうだったので付き合おうと聖域へ向かおうとすれば。

「ああ、火ィわけて貰った礼じゃねェが。儂に壊れた武具を預けてみなァ。それなりに使えるもんにしといてやるよォ」

 腰にぶら下げていた酒瓶を煽りながら爺さんはそんなことを言うのだった。


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