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 エリザベート姫は帰ってきました。


           ―泣き虫姫エリザ 白の部 はじまり―


 扉は8つある。

 光に包まれた聖職者。

 杖を持った老人。

 大剣を持った騎士。

 剣に囲まれた騎士。

 大鎧の騎士。

 雷と龍。

 王妃。

 覇王。

 文字は読めずとも精緻な装飾のなされたレリーフが扉の先の脅威を示していた。

 開いていないのは、雷と龍。杖を持った老人。剣に囲まれた騎士。その3つの扉だ。俺が持っていない駒と同じものだった。

「やはり、全てのデーモンを殺さないとならないわけか」

 その上で、今進むべきはどの扉か、というわけだが……。

「まずいな。弱そうな奴がいない」

 まず弱い奴から叩くのは戦の常道。デーモンと戦うことで俺は強くなる。故にこそ弱いデーモンから殺すべきという自論から、弱い奴を探してみたのだが、最初から躓く。

 まず、弱いデーモンが見当たらない。

 聖職者は聖者アルホホース。杖持つ老人は大賢者マリーン。騎士は三体とも四騎士だろうし、雷龍はマルガレータ。王妃と覇王は言わずもがなだ。

「むぅ……」

 扉を前にして唸る。

 伝説では聖者アルホホースの武は下位の善神にも匹敵したとされる。今の俺では……強くなったとしても勝てる想像ができない。

 王妃と覇王も論外だ。堕ちた水神と同じく元がゼウレの血族たる2人である。王妃など以前遭遇した際はその脅威に慄くだけしかできなかった。今の俺ならば前に立っただけで動けないという失態はさらさないだろうが、それにしたって戦って勝てる相手ではない。

 必然、残るは騎士の2人となる。大鎧は四騎士の一人、『異界護りのクレシーヌ』だろう。鉄壁の防御を誇り、あらゆる者を守り抜いたとされる忠義の騎士。

 大剣を持つ騎士は『山脈断ちのオーロラ』。大剣の一振りにてデーモンの一軍を蹴散らしたとされる猛き騎士。

 双方、伝説といっていい、辺境世界の英雄である。

(……勝てるか? 俺で)

 戦っている自分を想像することすらできない。

 だが勝てるか、ではないのだ。勝たなければならない。上にはオーキッドがいる。俺の、家族がいる。守らなければならない全てがある。

 この実感は俺の欠落を埋めている。未だ完全ではないが、俺の心を満たしてくれる暖かさがある。

 負けない理由。戦う理由。十分かはわからない。だが不足ではない。

(そう。だから相手がなんだろうが、る。らなけりゃならねぇ)

 手に視線を落とした。武を練ってきた。ここまで戦ってきた手だ。息を吐く。ここは重苦しい。異質、というより死の気配が濃い。

 三重の聖衣で心を守っているから俺は平気だが、ここは心をおかしくさせる。

 手の中に聖女様の肋骨を落とし、強く握る。ほのかな暖かさが異様な空気から俺を護ってくれる。

 さて。決断がつかないならばこれしかないか。

「表なら、大剣。裏なら、大鎧。……神々よ。導きを」

 こうも自由を与えられると、どうにも相手を決めかねる。俺は袋に手を入れ、銀貨を一枚取り出した。

 弾き、手の甲に落とす。出たのは表だ。

 大剣。大剣の騎士。山脈断ちのオーロラ。四騎士の一人。

「こいつが弱けりゃいいが……いや」

 弱いのは困るな。山脈断ちのオーロラは伝説に歌われる覇王チルディ1世の四騎士の一人だ。

 辺境の武人全てが憧れる武の頂点の一人。例えそれがデーモンと化してようが弱いなんてのは……。そうだな。すごく困る。憧れなのだ。やるせなくなる。

 それに、雑魚を殺した所で俺の力は高まらない。ボスデーモンは強敵でなければならない。でなければ最終的に俺は破壊神を殺せない。

「それに、四騎士だぞ? 勝てればいいで戦う相手じゃねぇだろ」

 そんな巫山戯た心持ちで行けば剣の一振りで殺されるだろう。戦う以上は、必ず殺す気概で向かう。それが戦いってもんだ。

 俺よ。なぁ、俺よ。この空間の重圧に竦んでたか? 破壊神の重圧を今更に感じ取ったか?

 気合を入れ直すためにも呼吸を整える。

 オーラを練り、戦意を新たにする。

 強敵であればいい。それも俺が、俺たち戦士が憧れた最高の戦士であればもっといい。


 ――そうだ。戦う以上は、誰であろうと必ず殺す。力量足らずとも必ず殺す。辺境の戦士とはそういうものだ。


「それはそれとしてこの空間を少し調べるか」

 何かしら道具が見つかるかもしれないし、うまく行けば聖域を設置できる場所があるかもしれない。

 瘴気の密度からしてあまり期待はできないが、ここに来る度にあの火龍のブレスや大階段を突破しなければならないというのは少しばかり勘弁して欲しかった。


                ◇◆◇◆◇


 隠されていた階段を下った先にあった隠し部屋で俺は長櫃を見つけていた。

「どんな武具も使う自信はあるが、流石にこれは、俺には使えんな」

 中に入っていたのは女物のローブ一式だった。流石に着るわけにもいかない。だが、強力な神秘を感じるので持っていくことにする。

 ローブを袋に入れつつ、周囲を見渡した。

「ここは都合がいい場所だな。どういう理屈でこんな場所が出来たのかはわからないが、使える場所だ」

 ちょうど長櫃の置いてあったこの部屋は、どういうわけか瘴気が薄い。

 それでも灰の神殿の影響下にはある。地下室といった趣のこの部屋は薄暗さもあるが、色がない。

 灰色の壁面。灰色の柱。色のない蝋燭の火。

 長櫃とてここでは色がない。色があるのは長櫃に入っていたものや、俺自身だけだ。

「で、この瘴気の薄さはこいつのせいか?」

 袋に入れたローブ。そいつから感じた神秘は一級のものだ。それこそ、あの幽閉塔で見つけた指輪にも匹敵するレベルの強力な神秘がこのローブには宿っている。

「名のある聖女由来の品か……?」

 といっても、名札がついているわけでもない。ついていたとしても俺は文字を読めないのでわからない。

 ローブの刺繍や紋様から読み取れる情報もあるのかもしれないが、猫のように俺にはそういったものから情報を取得できる技能はない。

 瘴気の薄さに首を傾げつつ、都合がいいので俺は聖域を張ることにする。

「もしかしたら、ダンジョンがここに聖域を作れと言っているのかもしれんな」

 ここでは時折、そういうことがある。ソーマ然り、武具然り、このダンジョンは俺を深淵へと誘おうとこういった小細工を仕掛けてくる。

「業腹だがな……」

 それでも利用できるなら利用する。

 聖域があれば転移ができるようになる。効率的な攻略には聖域は必須だからだ。

 周囲に結界構築用の特化聖水を撒きつつ、俺は聖印とスクロールを使用して聖域を張る。

 善き神々へ祈りを捧げ、探索の無事を、強敵との戦いを、デーモンの討滅を祈願する。

「少し、神に祈りやすくなったか?」

 場所のことではない。俺の気持ちの方だ。

 オーキッドと出会ってから少しだけ神への信心が深まったように思えた。神々には嫁取りの際にしてやられたが、やはり善神は善神だ。善き神々なのだ。

 オーキッドとの出会いは、俺に必要なものだった。

 オーキッドもまた、辺境に必要な人間なのだろう。

 小さく息を吐く。地上に待つ女を想うと口角が緩むのが自分でもわかる。

 戦士には必要のない感傷だ。だが、俺には必要な感情だった。

「少し休息していくか」

 これから未踏の地へと挑むのだ。武具の手入れも必要だった。

 俺は床に座り、袋から手入れ道具を取り出す。

「四騎士か」

 まさか四騎士と戦うことになるなんてなぁ。

「戦士冥利につきる……か」


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